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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 12
415/613

クレイジーサマーエンディングザディ(Crazy summer ending the day)その15

 

 ピチャン、ピチャン。

 水滴の音が聴こえる。

 そして誰かの声が聴こえる。

 これは誰かの心の奥底。秘めた声。口に出せない、深海に沈んだ言葉には出来ない……誰かの心の声。




 ”いいかな。コレはとっておきの機械オモチャなんだよ”


 ある日、そうアタシに言ってきたのは、子供だった。手にしているのは何の変哲もなさそうなボイスレコーダー。

 妙にマセた子供、それが第一印象。

 だって見た目はせいぜい小学校の中学年ってとこなのに、長袖の白のヘンリーネックカットソーに同じく白のマフラーを首元にしてたし。下は色褪せた感じに加工されたであろうスキニージーンズ、足元はブーツ、というチョイスだったもの。

 何よりもそんな周囲から浮いた服装なのに、本人からは自信しか感じられない。アタシの店、大人しかいない上に、それこそ周囲から浮いた人間の中にあって。


 ”ええ、と。何から話そうか”


 勝手に話を始める子供に、アタシは適当に話を合わせる事にしたわ。どうせたまにいる、少しばかり頭のいい、気取った坊やだと思ってたから。


 ”ああ、僕の事を子供だと思ってるんだね?”


 気付けば、その子はアタシの目の前で覗き込んでいて、思わず後ろへと仰け反る。愛想のいい笑顔を浮かべてはいても、アタシにはソイツの事が、もう得体の知れないバケモノにしか見えやしなかった。


 ”じゃあ、僕の話を聞いてくれるかな。お姉さん”


 ソイツは自分の事をこう名乗った。人形、パペットだと。

 それがアタシがこの一連の出来事に巻き込まれたキッカケ。そして知ってしまった。悠ちゃんが、アタシと同じく、バケモノに片足を突っ込んでしまったのだと。そしてもう、取り返しの付かない出来事おやごろしに手を染めてしまったのだと。


 ”そうさ。弟くんはもう後戻り出来ないんだよ。放っておけば間違いなくフリークになるだろうし、そうなれば終わりだってのは分かるよね?”


 人形は訊ねる。

 いいえ、それは訊ねるとかそういうものじゃない。そこに感情なんか一切なく、それらしいという顔を作っての…………恫喝だったわ。

 アタシに断る、ノー、という選択肢があるはずもなく、受け入れざるを得なかった。



 ◆◆◆



「チ、ッッ」

 零二の視界が僅かにぶれ、ジンジンと、不快な音が鼓膜を揺らし、頭痛が襲いかかる。

 気を抜けば嘔吐しそうな、そんな気分だった。

「気持ちわりぃ、な」

 ズキンズキン、とした鈍痛はまるで後頭部を鈍器で殴打されたかのよう。

「零二くん、大丈夫?」

 木岐が意識を取り戻したのか、背後から心配そうに声をかける。

「ああ、大したこたぁねェよ」

 零二は守る対象であるはずの木岐に心配された自分が情けなくて、思わずかぶりを振る。

(やれやれ、だな。オレよか弱いヤツに心配されちまうなンてな──)

 自分を鼻で笑ってやりたい気分を抑えつつ、視線をもがき苦しんでいる相手、捌幡悠へと向ける。

「く、ぐ、あっ、あ、あああああああああぁッッッッ」

 メキョメキョ、と肩や腹部が隆起し、まるで生き物が蠢き回っているかのような有り様は異様そのもの。

「あ、あああああああぎゃ、ぎゅああああああっがっがああああ」

 目からは血の涙が流れ、かきむしり過ぎたのか腕の皮膚は破れ、ピンク色の筋肉が所々剥き出しとなっている。呼吸も荒く、そのまま発狂死するのではないか、とすら思える。

「悠くん、」

 そんな幼なじみの様子を、木岐は複雑な思いで見ていた。

(どうして、こんな事になったんだろ?)

 真っ先に思うのはその事だった。

 木岐が知ってる捌幡悠は多少引っ込み思案な所こそあったものの、優しい男の子だった。

 幼稚園でも、小学校でも、自分が困ってるといつも助けてくれる。高学年、中学になると疎遠になってしまったが、それでも近所で顔を合わせれば話はした。前より、心なしか暗く感じたがやはり優しい男の子だった。

(なのに、どうして?)

 そんな男の子が目の前で悶え苦しんでいる。肉体の軋む音がし、絶叫している。

 手を差し伸べて助けたい、そう思って前へ出ようとして、「よしな」と零二に遮られる。

「なんで、なの?」

 木岐には訳が分からなかった、何もかも全てが分からない。いつも通りの一日だったはずなのに、この世の中全てがひっくり返ったかのようにすら思える。

 目に涙が滲む。感情をどう爆発させればいいのかも分からず、目の前の零二の背中を叩く。

「ワリぃな。アイツはもうダメだ・・・・・。もう戻れないンだ」

 零二は背を向けたままそう言いつつ、足を前へ。苦しみもがく相手にトドメを刺すべく拳を握り締めた時だった。

 バシュ、と噴水のように零二の身体から血が噴き出る。体内よりガラス片が無数に飛び出したのだ。

「か、っは」

「さ、せなう゛ぃいいいいっっっ」

 息も絶え絶えになって、そう叫んだのは捌幡真一。燃え尽きて消え去る寸前、あの音を聞いた瞬間、焔から脱したのだ。

 とは言え、全身黒こげで、リカバーが発動している様子もなく、辛うじて生きている、というのが実情だろう。

「武藤くんっ」

「心配するなって。痛ェけど、ただそンだけのこった」

 口から血を滲ませるも、零二はなおも不敵に笑う。そして今にも死ぬであろう、相手を見下ろす。

「あ、あの子は死なせない、わっ」

「どうやらさっきの音でオレの集中力が切れちまったのが原因ってトコか、いや、それだけじゃねェか」

「悠ちゃんは、アタシが──」

「弟への執着、ってヤツか。何にせよ、こうなっちまった以上は──」

 捌幡真一は自分がここですぐにでも息絶える事を理解していた。放っておいてもじき死ぬ、それ程に致命的な一撃を零二から受けたのだから。

(ふふ、こうなった以上は悩むまでもないわ)

 切り札ならある。一回こっきりの、とっておきの切り札が。

(木岐ちゃん、巻き込んでごめんね。悠ちゃん、生きてね)

 最期に脳裏に浮かぶのは最愛の弟と隣にいる幼なじみの少女の笑顔。小さな、まだ本当に子供だった頃の二人の姿。

 視線を上へ送れば、拳を輝かせるツンツン頭の不良少年が迫っている。不敵な表情こそ浮かべているものの、油断している様子は窺えない。

(ほんと、腹立つ位に強い坊や)

 笑ってしまう位に歴然たる力の差。自分とてそれなりに経験を積んでいたはずだった。生と死の狭間だって幾度も潜り抜けたはずだ。これは単にイレギュラー云々以前の、根本的な何かの違いだ。そしてそれは恐らくは、理解など叶わず、理解しても及ばない。そういう類の理不尽・・・なのだ。

 拳が迫る。間違いなくコレを受ければ終わり・・・だ。それだけの熱量があの拳からは感じ取れる。

(上等ッッ、あんたも死になさい)

 捌幡真一はただ意識を傾ける。自分、という存在モノ全てをただ、その場でぶちまけるべく。

(ゆ、うちゃ────!)

 それが死の寸前に彼が案じた事。世界一大切な弟を守る、ただそれだけを考え、散る。


「────!」

 目の前が赤く染まった。焔ではなく、血でもなく、無数のガラス片に覆われた。

 それは零二の全身を貫通、そしてさらに体内にて爆ぜる。

「────が」

 辛うじてそれだけを発して、零二は崩れ落ちる。

 その全身を己自身の鮮血に染め上げながら、ガラス片は飛び出した瞬間、元の血液へと変換されたのだ。


「……零二くん?」

 木岐はただ呆然と見ているしかなかった。何が起きたのかすら分からない。

 分かっているのは、目の前で自分を守ってくれた不良少年が倒れた、それだけ。

「嘘……」

 さっきまでなら、零二はすっくと立ち上がっていた。どんなにひどい怪我を負っても何事もなかったかのように起き上がったはず、なのに。

「…………ねぇ」

 木岐の声に零二は反応しない。ただ全身を痙攣させるのみ。


「木岐、木岐、きき」

 そして、そんな彼女へ声をかけたのは。

「悠君?」

 まるで別人のように肥大化し、ぶよついた肉の塊のように成り果てた、捌幡悠であった。


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