クレイジーサマーエンディングザディ(Crazy summer ending the day)その13
「で、一体何がどうなってるワケ?」
怒羅美影がWG九頭龍支部に戻ったのは二十分前の事。
個人的には明日からの新学期に備えての準備をしたかったのだが、支部に到着した彼女が目にしたのは、まるで戦場のような慌ただしさでせわしなく動き、ひっきりなし入る通信などに対応する職員たちの姿だった。
「い、いや。何で俺に聞く?」
美影に詰め寄られていたのは田島。彼もまた、つい今し方支部に戻ったのだが、報告に向かう途中で待ち受けていた美影に捕まってしまったのだ。
「だって皆忙しそうじゃない」
「いや、俺も忙しいよ?」
「へぇー、あー終わったぁって開放感タップリの顔してたけど」
「う゛、っ」
「別に文句を言うつもりはないわ。だってコッチも外に出てたワケだし。
でもこの状況、どう見ても異常よ。一体いつからこうなってるワケ?」
美影は真っ直ぐに相手の目を見据えている。じぃ、としたその眼力を前に最初こそ沈黙を保ってた田島であったが、根負けしたのか、ハァとため息をつくと観念したのか話を始める
「…………言っとくけど、別に機密事項とかそういうのじゃないからな」
前置きした上で、この数日で起きたフリークの異常発生の件を美影へ聞かせた。
(数分後)
「……ふぅん、随分と厄介なコトになってるのね」
「ああ、間違いなく組織的な活動の痕跡があってな、一体誰の仕業なのか調査中って訳」
「それで誰が怪しいの?」
「そりゃまぁ、一番の容疑者は断トツでWDだな。何せ、今や連中は好き勝手してるみたいだから」
「でも、今の九頭龍にいる連中にそんな組織力なんて存在するワケ? 九条羽鳥がいたのなら可能だとは思うけど、今じゃ小さなグループに分散してるハズよ」
「ああ、ファランクスな。まぁ、あれだけの設備を今の連中に管理出来るか、って言うと正直疑問だわな」
「でしょ、なら他は?」
「他なら、NWEって線も浮かんではいるそうだ、あとギルドも」
「どうだかね。ギルドは少なくとも九頭龍での縄張り争いには関わらないんじゃなかった?」
「ああ、確かに。でもそれはあくまでも前の責任者が決めただけらしいからな」
「そ、NWEもどうだか。九頭龍にそんな根を張ってるって聞いたコトないわ」
「春日支部長もそう言ってたな。ギルドにせよNWEにせよ活動の中心は欧州だから、こっちに必要以上のリソースは向けるとは思えないって。ともかく今のとこはこんなもんだ。いい加減報告しなきゃ怒られちまうから、じゃあな」
時計を見た田島は顔を青ざめて、慌てて支部長室へ向かっていく。
それを尻目に美影は歩き出す。
彼女がここに立ち寄ったのは、単に久方振りだったから。先日の一件は一本早い電車で戻った家門恵美と林田由衣の二人が既に報告済みだそうで、今の美影は手持ち無沙汰。暇を持て余していた。
「あ、美影ちゃん。ヤッホー」
「ゲッ」
そんな美影に声をかけたのは本来なら今は田島の報告を聞いてるはずの春日歩。
スルスル、と雨樋を伝って下へと降りてくる様は何処か間抜けに見える。
「ゲッ、はないでしょ。仮にも俺、君のボスよ?」
「そう言うのならそれらしくしてくださいませんか? 田島君からの報告はいいんですか?」
「君が拘束してるんで、進士君に聞いた」
「ああ、そうですか」
美影は正直この支部長が苦手だった。
どうにもつかみ所がなく、飄々としていて、支部長という立場におよそ相応しくない人間。おまけにあの武藤零二の兄だと言う。氏素性をもう一度洗い直した方がいいのでは、とすら思う。
「にしたって、いや、相も変わらずツンツンしてるね」
「任務に支障なければよいのではないでしょうか?」
「うん、まぁそりゃそうだ。はっは」
軽薄極まるその笑い顔に美影は言葉に詰まる。
とてもじゃないが、年上とは思えない無邪気な笑いに、毒気が抜かれるのを実感。これ以上、あれやこれやと反発してもこの相手の前では無駄だと理解する。
そしてそんな心境を見抜いたかのように、歩は問いかけた。
「それで、少しは落ち着いたかな?」
「え?」
思わず相手を二度見する。その声音はさっきまでとは打って変わって、穏やかなものだった。
「いやね、ここんとこ色々あったろ。この街も君も」
「…………」
「だからさ、君が外に出る事に俺は反対しなかった」
「…………」
「エリザベス、だったか。彼女が行方不明になった件に君が引け目を感じてるのは知ってたし、個人的にはWD内部の動きが気になったのもあってね。丁度いい機会かなって思ったのさ。ヒドい奴だと思うだろう?」
「いえ、こちらこそ我が儘で支部を離れてしまって……そのせいで」
歩の言う通りに美影は負い目を感じていた。一つはエリザベスの件。もう一つはこの数日のフリーク騒動に際し、何も知らないまま外にいた事。
「あ~、言っとくけどな。君一人がいない位で事態がそんなに変わったりはしないさ。まぁ、確かに君は優秀さ。それもかなりとびきりにね。だけども、だ。
君一人いたからって事態はそう変わってないよ。今回の一連の騒動を引き起こした犯人だが、業腹だけど認めるよ。大した悪党だって。俺達はまんまと相手の思惑通りに右往左往させられちまったってな」
本当に悔しいらしく、歩は頭をかきながら盛大なため息をつく。
「だけどな、好き勝手やってるのも今だけだ。どうしてだが分かるか?」
「い、いえ」
「簡単な話だ。向こうは悪党で、こっちは一応正義の味方って奴だからさ。正義は勝つの、最後にはさ」
「う、」
美影は後悔した。長話の挙げ句に出た言葉の何とも言えない軽さに。
(聞くんじゃなかった)
心の底からそう思った。
「ま、何はともあれ、お帰りなさいませ美影ちゃん」
「馴れ馴れしいです、やめてください。恵美さんに言い付けますよ」
「んげ、それはマジに止めて」
数十分後、そんな他愛のない会話から逃れ、支部を出た美影が帰路に着こうとした時だった。
”─────────────!!”
「え、何?」
思わず足を止める。
彼女には聞こえた。誰かの声が聞こえた。
消え入りそうに小さな声で、美影は周りを見渡すが、どうやら周囲にいる人には聞こえていないらしい。
「助ける? 誰を?」
聞こえない声は助けを求めているらしい。何を言っているのか、その言葉は聞き取れないが、声にこめられた意味は分かる。助けを求める、……それもかなり切迫感を感じる声。
「待って、何処に行けばいいの?」
気が付けば美影は走り出していた。それは日頃の彼女であれば決して取りはしない行動。見知らぬ、それどころか姿さえ分からない誰かからの一方的な嘆願。罠の可能性だってあるにも関わらず、彼女は走る。
誰の声、何の目的がだなどとは全く考える事なく、そうするのが正しいと確信しているかのように、ただ声の示す場所へと向けて足を動かす。
腰まで届く黒の長髪をたなびかせ、氷炎を担う少女は走る。まるで誘われるかのように真っ直ぐに。




