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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 12
410/613

クレイジーサマーエンディングザディ(Crazy summer ending the day)その10

 

 ピチャン、ピチャン。水滴の音がする。

 聴こえる。誰かの声、良く知ってる人に似た声が。




 昔から手のかかる子だったわ。

 何かにつけてよくケガばかりして、兄としていつもハラハラしていたのを今でもよぉく覚えてるわ。

 両親はそんなあの子を出来損ない、って言ってたけど。結局の所、それは数年後のアタシへの言葉になった。要するにアタシ達兄弟は揃いも揃って出来損ない、って事みたい。

 アタシは自分を偽る事をやめ、自分の望むものを手にしようとした。

 何度も何度も失敗して、危ない目にもあったわ。そしていつの間にか妙な力、イレギュラーってのが使えるようになってた。

 そこからはWDとかいう怪しい連中の一員となって、色々と口に出来ない事をたくさん犯した。全てはアタシの居場所を作りたかったから。お金にキレイも汚いもないんから。

 アタシはいつの間にか家族を、悠を顧みなかった。自分の言葉ばかり考えて、大事にして、そして気が付かなかった。

 悠は壊れてた。弱い自分を脱したくて、急いで変わろうとして壊れた。

 アタシが悠に手を貸すのは結局、そんな自分を誤魔化す為かも知れない。でもいいの。悠はアタシにとって一番大切なモノなんだから。

 だからあの子が望むのであれば何だってしよう。例え、どんなに倫理にもとる事だって。せめてあの子が少しでも人間らしくなれるように。



 ◆◆◆



「さって、と。何とか間に合ったみてェだけど──ってうわっっ」

 零二は思わず目を背けた。

 つい勢いで木岐へと振り向いたのだが、彼女の服が無残な事になっていて、下着が見えてしまったから。

「…………」

「あ、あのな。見るつもりはなかった。ホントだぞ、信じろ」

「…………くすっ。アハハハッ」

 木岐は思わず笑ってしまった。さっきまであんなに怖かったのが、まるで嘘のような気分。

「ンあ、何笑ってンだよお前」

「だって、武藤くんたら、全然しまらないんだもの」

 全く状況にそぐわぬ会話が続く。一見すれば隙だらけ、に思える乱入者を目の前にして捌幡真一は動けない。いや動けなかった。

(な、なんなのよこの子は?)

 相手が武藤零二である事はすぐに分かった。何せクリムゾンゼロの悪名は誰もが知っている事実。九条羽鳥の秘蔵っ子として結果こそ残してきたが、それ以上に数々の命令違反などの問題行為を重ねた問題児として。

(だから、いくら強いって言っても、付け入るスキなんて幾らでもあるって思ってた……)

 だが目の前にいる少年に油断はない。隙だらけに見えるが、実際には違う。

(グラスハートを使おうにも、近付けない)

 下手に動けば即座に返り討ちに遭うのが分かる。

 グラスハートは強力なイレギュラーだが、射程距離の短さがネック。使うには近付かねばならないが、その隙がない。

(く、悠、アナタならこの状況を)

 視線を弟へと向けるも、彼は虚ろな目で、ただ呆然と目の前を眺めるのみ。

「あ、ああ」

 捌幡悠は目の前の、木岐の表情を前にして動けなかった。

「な、んでだ?」

 分からない。

「おれ、は、ただ一緒にいたいだけな、のに」

 分からない。

「君を守れるのは、おれ、だけのはずなのに……」

 なのに、何故前に別の男が立っているのか?

「はなれろよ、」

 そこは、そこにいるべきは自分だけのはずだ。

「うぐ、あああああああああ」

 捌幡悠は激情のままに零二へと殴りかかる。どたどた、とした足音。文字通りの意味で隙だらけの所作。その全てが零二にとって見れば、相手の技量が恐れる程のものではない、と思わせるに充分。

「おっせェよ」

 前へ一歩、二歩と進み出て、顔へと放たれる拳へと自ら近寄る。無謀にも見える行為だが、零二にすればこんなパンチを恐れる必要など一切ない。あっさりと顔を逸らして躱すと、そのまますれ違いざまに手を伸ばして肩を掴み……ぐい、と相手を引きつけながら膝をめり込ませる。

「ぐあぎゃっ」

 呻き声をあげ、よろめく捌幡悠。零二はそれを無造作に前へと突き飛ばす。ガタガタンと机を巻き込む形で倒れる相手を一瞥し、「まだやるか?」と凄んでみせる。


「あ、あああああ」

 捌幡悠は泣くような、悲鳴のような声をあげ、その場でバタバタともがく。

 その有り様は木岐のみならず、零二ですら哀れに見える。

「どうやら、完全に正気じゃねェな。オイ、木岐」

「なに?」

「オレは今からソイツにトドメを刺す。わりぃけど、ソイツはもうダメだ・・・・・・・・。手の施しようがねェ、朝に会ったアイツと同じくな」

 零二の言葉に木岐はハッとする。半日前に出会った、倶利伽羅宏樹という同年代の少年。異様な雰囲気を醸していたが、まさしくその異様さこそ、目の前にいる幼なじみと同じモノだと理解した。

「ありゃ完全に理性がブッ飛ンでやがる。ちなみに朝に出会ったヤツだけど、死ンだぜ。

 で、犯人は多分コイツらのどっちかだ」

「え? 死んだ?」

「ああ、そうだ」

 木岐は零二を見上げ、その言葉に一切の嘘がないのを確信する。そもそも、今朝会った、ただ半日前に出会っただけの相手ではあるが、彼女には分かる。分かってしまう。

(武藤零二君は、嘘をつかない)

 どうしてかは自分自身でも分からない、まったく根拠のない話だけど信じられる。

「いいのか?」

 零二は木岐に問いかけ、彼女は零二の手を握って返事を返す。ぎゅ、という握り締める感触は、少女の複雑な気持ちをまさしく代弁しているように感じられる。

「そっか、ワリぃな」

 零二は一言だけ言葉を返すと、少女の手を外す。

「じゃ、そういうこった。覚悟しなよ」

 零二は拳を白く輝かせ、未だに呻き苦しむ相手へと近寄る。ゆっくりとした足取りなれど、油断はなく、仮に捌幡真一が介入するのであれば先にそれを討つ、という意図は明々白々。

 二対一、本来であれば不利なはずの状況下にあって、零二はそれを意にも返さない。まさしく、格が違う事を場の全ての者に実感させる。


「う、くっっ」

 そう、格が違った。

 捌幡真一は、この時、本心から理解した。深紅の零、クリムゾンゼロこと武藤零二という少年がまごう事なき真性の怪物なのだと。

(フリークじゃないのに、それ以上の怪物がいるだなんて)

 理性を保ったままで、ここまで力量に差があるなどと思いもしなかった。

 白く輝く拳を持った少年はゆっくりと、だが確実に自分の弟を殺すべく近付いていく。

(ああ、本当に駄目ねぇ)

 自分の無力さを痛感する。弟が殺されようとしてるのに、何を迷う事があるか、と己を奮い立たせる。

(迷っちゃいられない、かくなる上は──)

 捌幡は意を決し、前へと飛び出す。弟を守る為、何よりも弟の望みを叶える為に一歩を。

(来る──)

 そして、それは零二とて望む所だった。

 そもそもがこんな行動を取ったのは、悠を倒す為ではなく、真一をこそ倒す為に他ならない。

 どちらもイレギュラーは不明だが、一方は戦意など喪失、かたやもう一方は無傷のまま。どちらがこの場に於いて危険かなど考えるまでもない。腰を回し、そのまま返り討ちとばかりに拳を振るって仕留める。それが零二の目算だった。

 全ては思惑の内であり、何も問題などないはずだった。

「うあああああああ」

 捌幡真一は叫び声をあげ、注意を自分へと向ける事に成功。零二の注意は自分へと向けられ、あの拳はこちらへと向かうに違いない。

 僅かな時間の余白。標的を切り替えるほんの一瞬の隙間。その時こそが彼の狙い目。

「っっっっっ」

 ポケットに隠していた装置のスイッチを押す。稼ぐのはその時間だけで充分。

 キィィィィィン、という耳をつんざく音が教室内に響き渡る。そう、これは倶利伽羅宏樹に行わせた実験に用いたのと同じ音。捌幡真一が平気な顔で動けるのは、事前に処置を、具体的には投薬を受けているから。そして効果はすぐに出た。

「く、あっっ」「!」

 零二、木岐の二人はその音を受け、木岐は一瞬不快に顔をしかめるに留まるも零二は動きが止まった。待ち望んでいた隙が生じる。真一と零二の距離は僅か三メートル。この間合いこそがグラスハートが最大の効力を発する射程。必殺の距離。

「くらいなさい、全身から血飛沫をあげてね」

 捌幡真一は手招きでもするかのような仕草を見せた。

 そして血飛沫はあがる。

「う、ぐああっっ」

 呻き声をあげたのは零二だった。全身から突如、無数のガラス片のようなモノが飛び出す。

「零二くんっっっ」

 木岐が叫ぶも時既に遅し。血飛沫を噴き上げながら、零二はよろめき、膝を屈する。

「く、うっ」

「ようやく勝機が見えたわね」

 苦悶の表情の零二を捌幡真一は満足そうに眺める。

「…………」

 ブシャ。

 それは完全に不意打ちだと言えた。

 さっきまで悶え苦しみ、戦闘など到底不可能だとしか思えなかった捌幡悠は立ち上がるや否やで、零二へと手を振るう。

「グ、ッッッ」

 何もない虚空を切ったはずの手の動きに呼応するかのように斜めへ零二の身体は切り裂かれ、さっき以上の鮮血を噴き出す。

「お前は、おれがここで殺す」

 そう冷たく宣告する捌幡悠はさっきまでとはまるで別人だった。


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