クレイジーサマーエンディングザディ(Crazy summer ending the day)その8
午後十時。
九頭龍駅近辺にある地下駐車場は閑散としている。
駅からは徒歩十分という距離がネックなのと、元々は繁華街に足を運ぶ人々を狙ったのだが、周辺のホテルや別の駐車場の方が料金が安いから。使いにくい、料金が高い、という二重苦のここに車を止めるのは、月間契約などの長期利用者くらいで、普段使う住民や観光客はまずいない。
だから、ここは色々と都合のいい場所だった。犯罪の取引や、情報交換には。
「なぁ、一体どうなってやがるのさ?」
開口一番、苛立ちを隠さずに零二は殴りつけそうな勢いで話を切り出す。
相手は西東夲。添碕木岐の一件の後始末を、具体的には記憶操作を頼んだマイノリティ犯罪専門の刑事。
「…………」
だが、当人は難しい顔をしたまま、シュボ、とタバコに火を付ける。
零二は知る由もないものの、西東もまた激情に駆られそうなのを必死で堪えていた。
何せ警察官としての師匠とも言える向居は未だに意識不明の重体。現場での異様な状況からは犯人は間違いなくマイノリティ。
しかも、わざわざ挑発するような文言を残したのだ。
本当であれば今すぐにでも捜査に行きたかった。それでもここに来たのは、今朝の一件の不首尾に対して、西東も多少なりとも責任を感じていたからに他ならない。
「何か言えよ──」
だがそんな事情など今の零二は知る由もない。
彼にとって西東夲、という人物はクセこそ強いが、信用出来る相手なのだから。
零二もまた、今回の一件を根に持ってはいない。記憶操作をするはずの人物が殺されたにしても、結局は当人が弱かった、そういう事だと割り切っている。マイノリティ、ひいてはイレギュラー犯罪で犠牲者が出るのも仕方のない事だとも分かってる。イレギュラーという異能力は、銃火器などよりも遥かに強力な場合も多く、そんなシロモノを一般人へ向けて行使すれば命を奪う事など容易い事も、自分自身の経験でこれ以上ない程に知っている。
なのに、零二の頭の中はぐちゃぐちゃだった。
自分がもっとしっかりすれば、良かったのではないか、もっと何か、例えば今日だけでも陰ながらでも様子を見れば良かったんじゃないか、とついつい考えてしまう。
「…………」
西東夲はまだ何も言わない。ただ淡々と煙草を口にし、数秒の間を置き、紫煙を吐き出すのみで何も言おうとはしない。
そんな相手の様子に、零二は怒り心頭に達し、思わず。
「ふっざけンな!」
苛立ちの余りに拳を握り締め、殴りかかる。感情のままに放たれる拳を西東は躱そうともせず、そのまま受けるに任せて、派手に転がっていく。
「アンタにどういう事情があるかは知らねェよ。多分、オレが何を言ったってムダだってのも」
零二が苛立った最大の理由は、西東がただ黙っている事だった。零二にも何となく分かってい
た。目の前の相手が何かおかしいと。表情こそ何の変化もないが、それなりの付き合いから態度で分かる。
「誰にだって何か、事情ってのがあるのは当然だと思うよ。だけどさ、それが何だってンだ?
オレとアンタがここでムダに時間を使ってる間に、添碕木岐に危険が迫る可能性がドンドン上がってく。アイツはあくまでも一般人、オレらみたいなマイノリティの世界に関わっちゃいけねェンだ。オレみたいな悪党にだって分かるこった。まして警官のアンタならそれくらい分かってンだろ!」
吠えた。感情のままに言葉を吐き出し、怒りを噴き出させた。
そんな零二に、「スッキリしたか?」と西東は問いかける。
「え?」
「少しは落ち着いたか、と聞いてる?」
西東はゆっくりと起き上がると、服についた砂や埃を手で払う。
そこで零二は理解した。平静さを失ってた自分の為にあんな態度を取ったのだと。
「あ、ああ」
「ならいい、話を聞かせろ。お前の知っている限りの情報をな」
◆
「なるほどな、トーチャーは重傷。囮は殺害され、それ以前の段階で添碕木岐は誘拐された」
「ああ、そうだ」
「…………」
西東は零二の話を聞き、おおよその事情は理解した。電話越しでは何を言ってるのかが分からなかったものの、平静さを少し取り戻した今なら問題ない。
だからこそ、一つだけ気になった。
「なぁ、一つ訊ねるが、お前さんはこの一件をどう見てる?」
「どうって、そりゃ厄介なコトになってるって思うよ」
「そうじゃない。この件だが、どうして添碕木岐が事態の中心にいるんだと思う?」
「え?」
そこで零二もまた気付いた。そう、添碕木岐はあくまで一般人。マイノリティ、ましてやイレギュラー犯罪などとは無関係な人生を生きてきた少女であると。
今朝の一件、倶利伽羅宏樹の起こした事件は、あくまで巻き込まれた格好であり、単なる被害者だと判断出来る。
「でも、じゃあ何で誘拐された?」
では何故、今度は誘拐の憂き目に、それもまたしてもマイノリティに。録音された内容を改めて思い出してみる。
──それよりも、【お姫様】は回収出来たの?
──出来たよ。彼女は確保した。
──そう、木岐ちゃん。元気してたのね、良かったわ。
「あ、……」
そうだった。相手は添碕木岐を知っている。オネェ言葉の何者かは元気にしてたのね、とハッキリ言っていた。その言い回しが意味するのはただ一つ。
「知り合い、ってコトか。つまり木岐は……」
「偶然の被害者ではない、明確な意図によってさらわれた。そういう事だろうさ」
西東はタバコを口にし、ゆっくりと紫煙を吐いた。
「あの、サンキュな」
「ん、何がだ?」
西東は横目で零二を見る。情報交換、というより情報精査により、判明した可能性。零二にしてみれば、西東のおかげでその可能性に思い至ったのだから、感謝するのは当然の事。
一方で西東の立場からすれば、自分がしたのは単なる可能性の指摘。何か具体的な事など一切したつもりではなく、感謝されるような事などしたつもりもない。
「お前が自分で気付いたんだ。俺に感謝する必要などない」
「それでも、だ。アンタのおかげでオレは少しだけ頭が冷えた。あのままカッカしてたらきっとまだ何も分かってなかった。だから感謝するよ、アンタに」
「そうか。だが、依然として添碕木岐の行方は不明だ。事態は好転した訳ではない」
「そうだな。だけど、一つだけハッキリしてる。木岐は無事だ」
「……何でそう思う?」
「犯人、二人目のヤツにとって木岐は大事な存在みたいだ。だからこそオネェ言葉のヤツはお姫様って言い方をした。なら、きっと少なくとも殺すつもりはない。そう思う」
「……そうだな」
「なら、オレに出来るのはこれ以上カッカせずに冷静になるコトだと思う。だから、その、……ありがとう」
零二は居心地悪そうに呟くような、消え入りそうな小声で感謝の意を伝える。
そんな少年の有り様を西東は苦笑しそうになるのをこらえつつ、頭をポンと叩く。
「ま、よく言えたよ」
「ば、バカにすンな」
「よし、ここで別れよう。俺は添碕木岐の周辺を洗う、お前はまずは休め」
「は、? 何言って……」
言いかけた瞬間、身体が宙を浮き、そのまま地面へと背中から落ちていた。
「見ての通りだ。お前、万全じゃないんだろ?」
「──」
今更ながら、実感した。自分の体調が良くない事を。今朝の一件の消耗、それからこの半日程の出来事。傷とかはないものの、精神的な疲労がまだ回復していないのだと。
「そんなんじゃ、いざって時に役に立たん。だから、まずは休め。寝てろとは言わん。ただ動かずに身体を休めればいい」
「ああ、そうだな」
「心配するな。事前情報があるからそう数時間もかかりはしない。今夜中に決着するぞ」
「──ああ」
西東の不敵な笑みを見た零二もまた同様の、不敵な、いつもの笑みを浮かべた。
(そうだ。例え強がりでも構わない。お前にはそういう表情が似合うよ)
それが、自分にとっての弟分のような少年を見たある刑事の、偽りのない本音だった。




