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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 12
406/613

クレイジーサマーエンディングザディ(Crazy summer ending the day)その6

 

 午後九時。


 サラリーマン風の男こと弟石でいし伸吾しんごは仕事を終えて帰路についていた。

「…………ふぅ」

 思えば今日は面倒だった。

 昨晩は夜中に酒場にファランクスの面子に呼び出された。


 ”ねぇ、ワタシたちの仲間になりたいのよね?”


 話を切り出したのは、”グラスハート”と呼ばれる男。

 身長は一九〇程、体重は九十から百キロ、鍛えられた体躯をしており、周囲を圧倒するような威圧感からただ者でないのは明白なのだが。


 ”ちょっと聞いてるの?”


 その言葉遣い、そして服装はまるで女性。いわゆるオネェに分類される男、女だろうか。

 グラスハートは弟石が入ろうとしているWDのファランクスのサブリーダーをしており、普段めったに顔を見せないというリーダーの代わりを務めている。


 ”いい、明日ちょっとしたお仕事をしてくれないかしら? キチンとこなせばアンタを正式に仲間って認めてもいいってリーダーが言ってるんだけど、どうなの?”


 その話は、弟石にとって魅力的だった。

 聞けば、仕事というのはとある会合に参加する。ただそれだけの事。


 ”本当ならアタシが参加するのが筋なんだけどね。リーダーが明日、実験・・するって決めちゃってねぇ。最悪の場合、アタシが後始末をするかも知れないわけ。

 会合って言っても大した話はないだろうし、ぶっちゃけ単なる交流会みたいなもの。新米、半人前でも問題はないはずよ”


 言われた通りに指定された店へ足を運んでみた。

 正直な感想は、と言えば。

(拍子抜けだ)

 あのWDの面々が揃う。裏社会で最強と云われる組織の会合だというからどれほどのものか、と

 内心期待していたのだが、そこにいたのは奇人変人ばかり。もっと凄い連中が集うものだと思ってた彼にしてみれば肩すかしもいい所だった。

(唯一、面白そうだったのはあのガキだな)

 武藤零二、とかいう少年がいた。明らかに年少なのにも関わらず、彼は場の誰よりも強気で、そして怖いもの知らずであったように思えた。

(にしたって、あのガキは一体誰なんだ?)

 WDに、より正確には九条羽鳥が統治していた一ヶ月前までに加入していれば弟石にも武藤零二とは何者なのかは知る機会はあっただろう。

 何せ九条羽鳥の統治下に於いて、明文化こそないものの、幾つかの不文律があり、その中の一つというのが武藤零二には手を出すな、というのが暗黙の了解だった。

 九条羽鳥直属のエージェントにして、最凶最悪の炎熱系能力者。迂闊に近付けば躊躇なく消し炭にされると、まことしやかに囁かれていたのだから。


「それにしても、随分かかっちまったな」

 スマホを開きつつ、ぼやく。実際には三時間程捕らえられたのだが、その記憶は消されており、代わりに近くのファミレスで食事をしたりしていた、という偽の記憶が刷り込まれた。

 トーチャーはファミレスのレシートまで用意しており、それを確認されれば流石にバレてしまうのだが、時間稼ぎにはなる。



「さって、と。何処まで行くのかね?」

 そしてそんな相手を零二はマンションの屋上から監視していた。

 本来であればこうした追跡や監視は歌音の方が向いているのだが、今、歌音には巫女の相手を頼んでいた。

「しっかし、監視ってのは退屈だよなぁ」

 双眼鏡越しに零二が視てるのは、弟石の発する熱探知眼サーモアイで相手の熱を追っていた。流石に歌音程の精度でこそないが、おおよその位置は把握している。


 ──だから、君には向かないって言ったはずだけどね。


 通信機越しに、トーチャーから冷ややかな声がかけられる。


 ──追跡装置に盗聴器を仕込んでおけば、少なくとももっと楽に出来たと思うけどね。


「うっせ。オレはそういった細けェのがキライなの。もし探知機とかに引っかかっちまえば失敗だしな」


 ──そりゃそうだけど。何にせよ、無理は禁物。あくまでもまずは情報収集だよ。


「あ~、わーってるよ。あ、角を右な」


 ──ならいいけど。ともかく、まずはおれが確認するから。


 そこで通信が切れ、零二は一人で屋上に残される。

 夜空を見上げれば、雲が多いのか月は殆ど見えない。

「どうにもイヤな空だな……」

 何の確信もないが、零二は何か嫌な予感を感じていた。



 ◆



 弟石が足を止めたのは、ある一件の店の前だった。

 看板もない店なのだが、周囲にあるのは明かりの消えた飲食店に、個人経営の工場位のもの。なのでまるで暗闇の中を照らし出す光、海の灯台のようにも見える。

「…………」

 弟石はしきりに周囲を確認、誰もいないのを確信すると、裏口へと回っていく。

 コンコン、と勝手口をノック。

 すると、ドアの向こうからもノックが返ってくる。

「ガラスは砕けやすいから、取り扱いには気を付けろ」

 それがここに入る際の合い言葉。

 ぎい、とドアは開かれ、弟石は中へと入る。


 店内には十人弱の客がおり、それぞれがカウンターで酒を飲んでいる。

 そこだけ見れば普通のバーだろう。ただし、ここが普通とは違うのは店内にいるスタッフ。

 スタッフの人数は四人なのだが、いずれも女装した男。メイクは完璧だし、顔立ちも比較的整っているが、ゴツゴツとした体格が明らかに女性ではない。


「いらっしゃーい、あら、弟石ちゃんじゃないの?」

「あ、あのハートは?」

「ハートねぇさんならいつもの場所。さぁ、早く行きな」

「うひっ」

 スタッフの一人であるみっちゃんにすれ違い様に尻を撫でられ、思わず声を出してしまう。

「あーら、かわいいわぁ」

「…………」

 どうにも苦手だった。この店にいるのはいずれも自分の性の差異に悩む者ばかり。普段はそうした差異をごまかして、生活している訳だが、抑圧されたストレスが蓄積されると日常生活にも支障が出かねない。だからそうした不満を解消するのがここの存在意義なのだそう。

 実のところ、スタッフにせよ客にせよ同様の悩みを抱いている為に、互いに親近感を抱きやすいらしく、中にはプライベートでの付き合いに発展した者もいるらしい。

(まぁ、俺には関係ないがな)

 どうにも居心地の悪さを感じながら、弟石は店の奥、食器棚をずらす。するとそこにはドアが隠れており、またノックをする。


「入りなさいなぁ」

 独特の、野太い声を聞いた上でノブに手をかけ、ゆっくりと開く。

「ハート、どうもです」

 弟石の視線の先にいたのは、紛れもなくグラスハートの異名を持つWDエージェント。リラックスした表情をしながらソファーに身を沈み込み、手にはワインを注いだらしきコップ。

「あらあらぁ、こんな時間だなって随分と重役出勤なのね」

「すみません、飯を食っていましたので」

「別にいいわよぉ。こっちも焦ってるワケじゃないし。それで…………どうだったの?」



「さて、どうなるかな」

 店から少し離れた場所にトーチャーは控えていた。

 零二には言わなかったものの、実は弟石に盗聴器を仕込んでいた。

 仕込んだのは、服とかではなく、相手の体内。小さな集音マイク付きの代物で、とある諜報機関が使っている物の横流し品であるので性能は折り紙付き。

 ただし難点として、近距離の音しか拾えないのと、盗聴するには聞き手が一定範囲にまで接近しなければならない、というのがある。

(普段なら誰か適当なペット・・・にでも任せるんだけども。まぁ、問題ないさ)

 普段なら、彼は自分から動きはしない。思考などを操作完了した代理に任せ、仮に失敗しても前もって記憶を操作しているので自分の正体はバレない。

 そう、彼は油断はしていなかった。周囲に気を配っていたし、誰もいないのも確認済み。

 一切問題などなかった、はずだったのだが。


「お前、誰だ?」

「…………え?」


 背後から声がかけられ、思わず振り向く。瞬間、腹が火を放ったように熱くなり、力が抜けていく。

 ボタボタ、と冗談みたいに腹が割かれ、血がとめどなく流れ落ちる。

「く、かはっ」

 立っているのも難しくなり、膝をついた緑髪の少年は、自分に何が起きたのかを考えるも、大量出血の為なのか、上手くまとまらない。

 ただ焦点がずれる視界に映るのは、姿すらはっきりしない誰かの冷め切った目。

「お前、弱いな」

「…………」

 声を出そうにも力が出ず、かなりの深手なのは間違いない。リカバーに集中しなければすぐにでも死ぬ可能性が高い。

「ほっといても死にそうだけど、念の為、とどめ刺しとくか」

 誰かはそう言うと、すぅ、と手を突き出す。そしてゆっくりとした動きで────死にかけの相手へこれ以上ない一撃を加える。



「あらまぁ?」

 グラスハートの目の前が血で染まっていく。

「う、げ」

 弟石は何をされたか全く分からなかった。ただ気付けば正面に誰かがいて、そして…………血を噴き出している。

「ちょっとぉ、ここで殺るのはやめてよねぇ」

「こいつは尾行されてた」

「あら? そうなの」

「尾行してた奴は今始末した・・・・・、こいつは無能だから要らない」

「ふぅん、じゃあしょうがないわねぇ」

 まるで冗談に聞こえる程、軽い口調だった。

 弟石は何が起きたか分からない。何故、自分がこんな目に合っているかも、そして何をされたかも分からないままに、死んでいく。

「ああ、そうそう。弟石クン。死ぬ前だけど紹介しとくわぁ。ウチのファランクスのリーダーこと【知覚不可パスィーヴドノット】よ。それで、残念だけども、アンタはクビよ」

 もう、呼吸すらままならない弟石が死の際に見たのは、何の変哲もない、陰気そうな少年の姿。

「…………」

 弟石はただただ、何も出来ないままに死するだけ。パスィーヴドノットという少年を見上げつつ、絶命した。



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