クレイジーサマーエンディングザディ(Crazy summer ending the day)その4
夢を見てた。
何て言うのか、とても懐かしい夢。
私は公園にいた。子供の頃、近所の友達と毎日遊んだ公園だ。
象さんのすべり台があって、ジャングルジムがあって、砂場がある。ああ、懐かしいなぁ。
お日様が凄く眩くて、上を見ていられずに思わず目を逸らす。
”○▷§&○¥”
誰かが私を呼んでる? 振り返るとそこにいたのは幼なじみの悠ちゃん。子供の頃はいつも一緒で、色んな事を一緒にしたなぁ。
ああ、そう言えば幼稚園の頃、近所のおじさんの家の窓をうっかり割っちゃって一緒に怒られたりもしたなぁ。
悠ちゃん、いつからだろう? 気が付くと君と一緒にいなくなったね。
男の子と女の子がずっと一緒にいたら馬鹿にされるから、ってどっちが言い出したのかな?
悠ちゃん。何でそんなにも悲しそうな顔をしてるの?
ねぇ、一緒に遊ぼうよ。二人ならきっと楽しいよ。
◆◆◆
「う、っ」
木岐が目を覚ましたのは、目覚まし時計の設定時刻の三十秒前。
時刻は午後の四時。
「──っっ」
カーテンを開いてみると、まだ眩い陽射しに刺激され、一瞬目を閉じる。
「う、ん」
枕元に置いてあったスポーツドリンクを入れたペットボトルを飲む。ゴクゴク、と少し渇いた喉を潤し、リストバンドで顔の汗を拭う。足元へ届く、扇風機の控えめな風が心地いい。
「お母さん、シャワー使うよ~」
ペタペタとした足音を立てて階段を降りながら母親へ言うのだが、返事はない。
「お母さん?」
リビングを覗くと、テーブルにはボウルに入った鶏もも肉。醤油などで漬け込んでいて、寝かした状態で置かれている。
「……」
さらに視線を動かすと、近所のスーパーの特売品のチラシが置かれており、幾つかの品目にマジックでチェックされていた。
「買い物か、タイムセールの時間だもんね。うん、じゃあシャワー入っちゃうか」
そう決めた木岐がボイラーのスイッチを入れ、風呂場へ向かおうとしたその時だった。
ピンポーン、という玄関のチャイムが鳴り響く。
「はーい」
木岐は玄関の鍵を開ける。
「え────?」
そこで彼女の意識は切れた。
十数分後、母親の添碕真子が帰宅。異変に気付いたのはそれからさらに数分後の事であった。
◆◆◆
「ウッシャアッッ」
塀を蹴り出し、勢いをつけた零二は相手へと飛びかかる。左拳を握り締め、顔面へと叩き込まんと突き出す。
「くだらん」
サラリーマン風の男はそう呟くと、向かってくる拳を右手でパリー。残った左手を突き出し、相手の顎先を打つ。
「く、ぬっ」
カウンターの掌底に零二は自分から頭突き。ミキャ、という嫌な音は手の骨に亀裂が走った証左だろう。サラリーマン風の男の表情は僅かに歪む。
「はあっっ」
男は戦意を失ってはおらず、一歩飛び退くや否や、鋭い横蹴りを放つ。素早く、それでいて無駄なモーションのない蹴りを断続的に放ち、零二を近寄らせない。
「よ、ほっ」
とは言え、零二に焦りは見えない。確かに訓練された相手だとは分かった。格闘技術もしっかりしていて、なまじっかの腕じゃまず見切れないだろうとも。
「でも飽きたぜ」
だがそれはあくまでも一般的な解釈でしかない。
単純な技術で劣っていても、それは絶対的な様子ではない。少なくともマイノリティにとっては。
「はあああああっっ」
サラリーマン風の男は息を切らさずに蹴りを放ち続けている。半円の軌道で顔を蹴り上げるような回し蹴り。返す格好で抉るような一撃。蹴り足が着地した瞬間に跳躍し、反対の足を振り上げての踵落とし。見事なまでの蹴り技のオンパレードだったが。
「曲芸ならサーカスでやってくれ」
零二には通じない。躱すのは難しくなかったが、踵落としを避ける事もなく肩口へ喰らわせた。だがそれは罠。踵が肩へと届く寸前で零二は半歩前へ。鈍器のような踵を躱すと左右の手で相手の足を抱え込む。
「せーのっっ」
そしてそのまま相手を持ち上げると一気に塀へと叩き付ける。
「ぐ、ぎゃ」
強かに背中を打ちつけ、呻き声をあげたサラリーマン風の男へ零二は追撃。即座に左肩を相手の胸部へ叩き込み、息を吐き出させ、右肘で肋を強打。さらに右腕を小さく振り上げ、トドメのショートアッパーを顎に一撃。
「か、かっ」
強烈な攻撃の前に、サラリーマン風の男は為す術為く崩れ落ちた。
「く、うっ」
目を覚ますとそこは見覚えのない部屋。
(なにがあった?)
頭がハッキリせず、事情が分からない。
ツン、とオイルの臭いがし、視線を動かすと、バイクやバギーなどが置かれている。
他にも工業用の機械やら、部品やらが置かれており、ガレージのような場所だと判断する。
「お、目を覚ましたな」
そう声をかけたのはやはり見覚えのない老人。その無数の切り傷を刻まれた凶悪な面構えは、どう贔屓目に見ても堅気ではないだろう。
「ここは何処だ?」
男は老人に話しかけつつ、自分の状況を把握しようと試みる。
椅子に固定されている。紐やロープではなく、どうやら幾つもの手錠で手は後ろ手に。足は椅子の足に固定。木製ではなく金属製の椅子はコンクリートの床にボルトで打ち付けられており、自重をかけた位ではビクともしないだろう。
「あーやめとけ。足掻いても疲れるだけだからな」
凶悪な面構えの老人は見た目とは反して軽い口調で制してくる。
「すぐにボスが来るから話はソイツとしな」
それだけ言うと、口笛を吹きながら、部屋を出て行こうとする。
「お、零二。奴さん目を覚ましたぜ」
「そうか。サンキュー、下村のオッチャン」
「ったくオッチャンっつうな、クソガキめ」
言葉遣いの悪さとは反して、砕けた言い方は互いの親密さを示している。
「貴様、クリムゾンゼロ?」
サラリーマン風の男はようやく何が起こったかを正確に理解した。
自分が近付いて来る相手に襲撃され、そしてここへ運ばれたのだと。
零二はふてぶてしさを漂わせつつ、ゆっくりとした足取りで告げる。
「ああ、そうだぜ。ココはオレの所有する倉庫だよ」
「……いやいや、お前さんのじゃないだろ」
そのツッコミで話は完全に脱線した。
「下村のオッチャン。引っ込んでてくれって言ったろ」
「言っとくがな、お前さんがワシの倉庫に勝手に来てるだけなんだからな」
「いや、だってよ。オッチャンはオレのファランクスの一員じゃんか」
「まぁ、一応なぁ。不承不承、仕方なくだけどなぁ」
「だったらよ、オッチャンのヤサはオレのヤサでもあるワケじゃん?」
「おま、……何だよそのガキ大将みたいな暴論はよぉ」
何ともレベルの低い言い争いが始まり、サラリーマン風の男の存在など完全に忘却の彼方。二人は際限なく互いに文句を言い続ける。
「オッチャンはオレの手下なワケ? ドゥユーアンダスタン?」
「じゃかあしい、下手くそな英語で話すなマセガキが」
「ま、マセガキって何だ。オレの何処がませてるって言うンだ?」
「は、住んでる部屋に年下の嬢ちゃんを連れ込んで、一緒に暮らしてるそうじゃねぇか」
「あ、いや、……………………ソウダケド」
「ただれた関係とかにゃなるんじゃねぇぞ、恥ずかしいからな」
「なるか。ンな関係によ。バッカじゃねェのバッカじゃねェの」
「はん、どうだかな。そういう事言ってる野郎に限って間違いを犯すんだよなぁ」
「何だよ間違いって、ンなコト絶対ねェからな、ねェからなッッ」
完全に蚊帳の外に置かれた、サラリーマン風の男はただ呆れるしかない。
「バカな奴らめ、お前らみたいな間抜けは初めてみたぞ」
言いながら、あれ? と自分が何を言い出すのか、何故言ったのか分からない。
零二は言い争いを止め、ニヤリと笑みを浮かべて訊ねる。
「へェ、そういうマヌケに捕まっちまったアンタは何様なン?」
「ふん、誰が言う……弟石伸吾だ。っっ、なに?」
サラリーマン風の男、つまり弟石は何故自分の名を、それも本名を口にしたのか意味が分からない。
「へェ、確かに効果テキメンだな」
零二はつまらなそうな声をあげる。
「当然だよ。こっちも仕事でやってるんだからね」
「──な」
思わず弟石は振り向く、一体いつからそこにいたのか。背後にいたのは緑色の髪をした少年。耳には無数のピアスが付いた、ヒョロリとした少年で、その中性的な顔立ちは傍目からは女の子にすら見える。
だが、整った顔立ちを台無しにするかのような、酷薄な笑みを浮かべており、彼がどういった人物なのかはそれだけで分かってしまう。
”拷問”それが少年の異名。文字通りに拷問をこよなく愛する倒錯者。
零二にとっては気に食わない相手だが、腕前は折り紙付き。
様々な相手に情報を売ったりもしており、信用など皆無だが、敵に回すより、近くで見張ってた方がいい、という歌音の言葉でファランクスの一員となった相手。
「うーん、もういいよ。ここからはこっちの作業だからね♪」
「好きにしろ、ただしここじゃ」
「分かってるさ、殺しはしないよ。リーダーの命令は絶対だからね」
「へっ」
吐き捨てるような言葉と共に零二は出て行き、そして残されたのは、弟石とトーチャーのみ。
「うっふっふ、さぁて久方振りに好き放題出来るよ。あんたは何処まで正気を保てるかなぁ」
心底嬉しそうに、悦楽に満ち満ちた表情を浮かべ、地獄の責め苦は始められる。
解放された弟石はその精神を破壊され、陥落した。




