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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 12
403/613

クレイジーサマーエンディングザディ(Crazy summer ending the day)その3

 

 九頭龍駅から少し離れたとある団地。

 この地域がまだ経済特区になる前、かつて福井県福井市だった頃から存在しているマンションやアパートが立ち並ぶ地区。

 とは言っても、立ち並ぶマンションなどは相当に年数が入っているらしく、老朽化しているのが傍目からでも確認出来る。

 実際、この辺りには住人こそいるものの、暮らしているのはお世辞にも裕福とは言えない生活をしている者が大半で、その中には不法就労者も相当数いるらしい。

 その為なのか、この地区には警察がよく巡回している。つい先日も、観光ビザで入国し、そのまま失効させた就労者が警察に一斉検挙されたのがテレビや新聞にも載っていたからだろう、新聞やら週刊誌の記者らしき人間が取材をしている姿がちらほらと窺える。


 そんな地区の、また一番奥。

 周囲よりも一段と老朽化が進んだ建物が並ぶ通りにそのカラオケ店はあった。

 如何にも昔からあった、という趣の手書きの看板には、スナックカラオケ、の文字。

 どう見ても客が入ろうとは思えないオンボロな店内に、何故か大人数が入っていた。


 店には少なくとも三十人程の客。

 だがよく見るとその客層にはおかしな点がある。

 真っ昼間だと言うのにサラリーマン風の男がいた。

 かと思えば如何にもやんちゃそうなモヒカンの青年がいた。

 妖艶な微笑みを称える女性が酒をあおり、彼女に酒を注ぐ少年がいた。

 そう、店内の客には一見すると何の共通点など見い出せなかった。

 彼らは互いに関心を持っていないのか、特に話しかけたりする様子もなく、ただ何かを待っているように見える。


 そんな中で、キィィン、というマイクの音が店内に響き、客達の視線はマイクを手にした男へと向けられた。

 男は三十代から四十代位の、穏やかそうな紳士。高級そうなスーツに身を包み、店には似つかわしくない。


「はい。本日はお忙しい中で集まっていただき感謝いたします。今日こうして集まってもらったのはこの一カ月についての──」

「あ、そういうのいいから早く進めてくれねェか」


 手を挙げ、紳士の言葉を遮ったのは誰あろう零二である。

 周囲の視線が紳士から零二へと向けられる。視線に込められた感情は様々で、怒り、好奇心、殺意までもが入り混じって、何とも危うい空気を作り出している。


「これはこれはクリムゾンゼロこと武藤零二君。まさかこんな場にご足労いただけるとはよもや思いもしませんでしたよ」

「いや、正直来る気はなかったンだけどな。まぁ、一応ここには九頭龍内のWDの主だった【ファランクス】の代表が集まるって聞いたからよ、とりあえず顔見せしとこうと思ってね」


 零二は不機嫌さを隠す事なく、周囲を睨む。

 彼は不満だった。つい一時間前まではここに来る予定など全くなかった。

 ケバブサンドを楽しみ、映画を観ようとしていたのだが、そこで緊急事態が起きた。


「オレはくっだらねェ縄張り争いとかそういったモンにゃ興味はねェ……」


 零二はゆっくりと前へと進み出る。周囲の視線が刺さるが、そんなのはどこ吹く風とばかりに前へ進む。ペタペタと鳴るビーチサンダルの足音には、まるで緊張感の欠片も感じさせず、周囲の人間を挑発しているかのように響く。

「アンタらが何をどうしようがオレの知ったこっちゃねェ。ああ、好きにしなよ。

 オレがここにいる理由は至極単純さ、今日、正確には二時間程前に起きた、何て事のない殺人についての質問があってさ」

 零二は紳士を押し退けるように小さな壇上に立つと、店内の全員を睨みつけながら、一枚の写真を提示する。

 そこに映っていたのは見るも無残な惨殺死体。全身から血を噴き出し、辺り一面を血に染め上げた事件写真。

「この哀れな被害者さンの名前は倶利伽羅宏樹、今日オレがブッ飛ばしたマイノリティさ。

 コイツは警察に引き渡され、そっから──」

「ちょいと待て。今お前何つった?」

 がた、と立ち上がったのはモヒカン頭の青年。赤と青という相反する色を左右で塗り分けた髪に、耳から垂れたリングが幾重にもつながったピアスが特徴的。タンクトップに短パンという場にそぐわない格好をした零二に対して、半袖のGジャンにジーンズにモカシンブーツという格好を見て、零二は「アンタ誰だよ? あっつくるしいな」と鼻で笑う。

 対してモヒカン頭は、「あぁ、ったく俺様を知らねぇだと? こんのクゾガキが。ったく、これだから九条羽鳥の駒ってのは使えねぇわ」とこっちもまた吐き捨てるような物言いで返す。

 そんな相手の言葉を受け、零二は露骨に苛立ちを見せる。

「まぁ、あのクソアマがくたばったのは俺様にとっちゃお祝い事だがよぉ」

「テッメェ──」

 零二は壇上から降りると、自分へと向かってくるモヒカン頭に掴みかかる。

「誰がクソアマだ? 姐御をナメてっと、燃やすぞアンタ」

「やってみろよぉクソガキがよぉ」

 モヒカン頭もまた零二の襟を掴むと凄んでみせる。

 完全に不良同士のやり取りを、他のWD関係者は冷ややかに笑いながら、或いは目を細める。

 口にこそしないものの、誰もが武藤零二、クリムゾンゼロ、という存在に注目していた。

 曰わく最凶にして最悪の炎熱系能力者、九条羽鳥の直属で様々な任務を実行、そして何よりも現在進行形で超高額の賞金首でもあり、命を狙う者が多い存在。

 そんな相手が今、目の前にいるのだ。


 ”隙あらば賞金を”

 ”相手の手の内てのうちを少しでも知るいい機会だ”

 ”好きにすればいい、WDは自由だ”


 等々、様々な思惑がこの場を交錯していた。

 もっとも、当事者二人にはそんな思惑など、知った事ではなく、

「お前みてぇなガキはよ、いっちょシメとかなきゃなぁ」

「へっ、シメるならサバだけで充分だっての、このトサカ頭」

 互いに額を、擦り合わせながら、睨み合う。

 まさに一瞬即発、いつ喧嘩、いや殺し合いになってもおかしくない状況に思えた。


 ──そろそろいいか。よし、分かってる事だけ言っとくぜ。


 その声は紛れもなく眼前、罵り合うモヒカン頭のそれ。


 実はこのモヒカン頭の青年は九条羽鳥の情報屋・・・。以前から零二とは面識があった。

 今日、この場での情報提供を零二に提案したのも、彼である。

 そのイレギュラーは精神感応テレパシーだと聞いている。ただし一方通行なのが難点なのだが。


 ──倶利伽羅宏樹っつうガキだが、どうやらつい最近まで何の情報もない。痕跡がキッチリ消されてて、辿るのはまず無理だな。

 だがよ、どうやら事情を知ってる奴なら今ここ・・にもいるみたいだぜ。後で直に聞いてみな。じゃあ、この位でお開きといくか。そろそろ勘ぐられるからよぉ。


 そこでその声は途切れ、そして。

「テメェみてぇなガキは一回死んどけ──ぐっはっっ」

 突然、モヒカン頭の青年は呻き声をあげ、その場に倒れ、悶絶する。


「くっだらない言い争いしてんじゃないわよ美祢みね

 そう言いながら向かって来るのは、さっきまでモヒカン頭の座っていた席の隣にいた一人の女性。年頃は恐らくは二十代始め、金髪のボブで、何よりも特徴的なのは、上唇につけた髑髏ドクロのピアス。

「ったく、この馬鹿。いちいち年下につっかかってんじゃない」

「だけどよ、このガキ──いでっ」

「口答えすんなアホ」

 ゴッツン、と拳骨ゲンコツを落とされ、モヒカン頭もとい美祢は頭を抱えて、再度悶絶。

「いやすまなかったねクリムゾンゼロ」

「あ、ああ。別にいいけどよ」

 思わぬ展開に零二もキョトンとした表情でそう言うのが精一杯。そのまま壇上から降りると「あー、もういいや。帰る」と言うと店から出て行く。


 すっかり白けた空気の漂う店内で、

「え、えーと。では場も収まったようですので、気を取り直して会合を始めましょうか」

 紳士は話し合いを再開するのだった。



 ◆◆◆



(二時間後)


 ぞろぞろとカラオケ店から出て行くファランクスの代表達。

 彼らは歩きながら、少しずつバラバラとなっていき、各々の縄張りへと戻っていく。

 そんな代表の一人に、「ちょっと待ってくれねェかな?」と声がかけられ、視線を上へと向ける。

「よ、ちょいっとばっか聞きてェコトがあるンだけどよ」

 塀の上に座っていた零二が見下ろしていた相手は、サラリーマン風の男。さっきまで店内ではまるで空気のように静かだった男。

「小僧、何の用だ?」

 今は殺気を隠す事もなく、敵意を剥き出しにしている。

「へェ、やっぱ当たりみてェだわ」

 美祢の情報が正しかったと確信した零二は、相手に負けず劣らずな、獰猛な笑みを浮かべると、相手へと飛びかかるのだった。



(ほぼ同時刻)


 モヒカン頭こと美祢もまた、連れである金髪ボブの美女と共に帰路へと就こうとしている。


「で、どうだったのよ?」

「どうって何がだ?」

「まったく、いちいち言わせる気なの? クリムゾンゼロ、武藤零二についてよ」

「ああ、あのクソガキね」


 美祢はつまらなさそうにあくびをすると、問いかけには答えず、先を歩く。


 ──で、実際どうだったの?


 その声なき声は美祢のではなく、金髪ボブの美女のもの。

 彼女もまた美祢と同じく、テレパシー能力を持っていた。彼らには言葉など必要ではない。ただ心の中で思った言葉を伝えあう事が出来るのだから。


 ──ああ、思った以上に真人間・・・だったな。あれじゃWDこっちよりゃWGむこうの方が良かったかもなぁ。


 ──あんたがそう言い切るなんて珍しいわね。何か観たの?


 ──いんや、観ようにもぶ厚い壁みたいなモノがあってな。分かるのさ。これを開けたら生きては帰れないってのがな。ありゃとんでもない荷物を背負ってやがるぜ。


 ──それで同情したのね。あんたもWGに行くべきじゃないの。


 ──いやいや、俺らみたいな小悪人はあっちには行く資格がないさ。それよか、分かってんだろな?


 ──あったり前、大方クリムゾンゼロとのやり取りに疑問を持った奴の差し金ね。


 ──だな。さて軽く蹴散らかすぜ。


 言葉にならない会話を打ち切った二人は不意に走り出す。

 それを追っていた何者かもまた、二人を追って走る。

 彼らは不運だった。相手のイレギュラーを何も知らなかった。そして自分たちの手の内は読まれて、あっさりと返り討ちになるのだから。


 数分後。

 尾行を返り討ちにし、美祢と金髪ボブの美女は何事もなかったかのように路地裏から出てくる。


「ま、何にせよ期待はしてるぜクソガキ。せいぜいこの街を駆け回れよな」


 モヒカン頭の青年は舌なめずりしながら、くっく、と笑うのだった。





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