表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 12
402/613

クレイジーサマーエンディングザディ(Crazy summer ending the day)その2

 


「お母さんただいま~」


 添碕木岐が家に戻る。元気良く、努めて明るく、何事もなかったように。

 すると玄関先には丁度床をモップで掃除中の母親、添碕そえざき真子まこがおり、顔を合わせる。


「まぁ木岐、お友達の家に行くのならそう言ってちょうだいね」

「うん、ごめん。気をつけるね」

「はい、それでお昼は何がいい?」

「何でもいいよ、じゃ疲れたから少し寝るね」

「もう、それが一番困るのよぉ。お昼には起こすからね」


 木岐は急いで階段を登り、二階の自室へと戻る。そして部屋に入るや否や、ベッドへと豪快にダイブ。お気に入りのキャラクターを模した枕に顔を沈め、頭の中を整理しようと試みる。

(はぁ、色んなものを見ちゃった、な)

 ほんの数時間前、今まで知る事のなかった世界を見てしまった。

 それまで知っていた世界とはまるで違う風景モノを目にした。

 人間離れした力を持つ誰かは思った以上にすぐ傍にいて、人知れず戦っている事を知ってしまった。非日常はすぐ身近にあるかも知れないのだと知ってしまった。

(私、大丈夫なのかな? 武藤零二、くんは大丈夫だって言ってたけど……)

 自分を助けてくれた少年が嘘をつくとは思えない。だから大丈夫なのは間違いないのだろう。

(でもどうしたら大丈夫なんだって言えるのかな?)

 そう思うと頭の中がグルグル回っていくように思える。色々な事を見過ぎてしまった。

(こういう時は寝よう、頭をスッキリさせなきゃ)

 途端にこれまで感じなかった疲れを実感、木岐はそのまま寝入ってしまう。

 カチ、カチという目覚まし時計の音が妙に大きく聞こえたような気がした。




「添碕木岐の家に向かってたネズミだけど、駆除しといたわ」

「……」

「まぁ、やぁね。無視よ無視。失礼しちゃうわぁ。でもいいの? 時間を置いてからの方が安全だと思うけどね」

「ほぅらまたよ。あたしを無視するのやめて欲しいわ。ネズミだけどね、【カウンセラー】資格を持ってたみたいだから、多分あの子の記憶を消す為の人員と見て間違いないわね。

 でもいいの? あんたにすれば記憶を一回消した方が都合が良かったんじゃないの?」

「…………いいやそのままでいい」

「ふぅん、ようやく喋ったわね。まぁいいわ、あたしはあんたに従うから。何せあんたがボスなんだからね」



 ◆◆◆



 九頭龍病院は今日も大勢の人が行き交う。

 表向きの看板である総合病院、それから特殊な病例などを研究する特別病棟、総合病院には一般の病人が行き来し、特別病棟には少数派マイノリティが行き来する。

 そしてこの特別病棟こそがWG九頭龍支部そのもの。ここを行き交う為の身分証を発行するには、網膜や指紋に声紋等々あらゆる個人認証を通過しなければならず、まず入る事が困難。

 その上、要所要所でレベル制限がかかっており、何も知らない一般人がうっかり入り込む可能性を事前に防いでいる。


 先日のクーデター騒動を機により一層の厳重な警備体制を構築しつつあり、敷地内に張り巡らせたカメラや警備用ドローンを増加。特別病棟には国から許可を得て、武装した警備員まで表立って常駐させたので、最早病院とは思えない備えとなっている。


「はいはい今行きますよ~」

 最上階にある支部長室では電話が鳴り響き、春日歩がキャスター付きの椅子ごと電話の置いてある机へと突進。

「はいこちらイケメン支部長こと春日歩です。君は一体誰なんだい?」

 とどう見てもふざけた電話応対をする。


 ──支部長、あんまりふざけると後で怒りますよ。


 相手は家門恵美。淡々とした声音の終わりに、はぁ、という小さな嘆息が混じる。


「もう既に怒ってんじゃん、手遅れじゃんか」


 ──はぁ、もういいです。


 家門恵美は今度はハッキリと嘆息してみせる。歩の軽薄さに心底から呆れているらしい。


「一応言っとくけどさ、こっちもパニクってるんだぜ。フリークへの対処でエージェントの大半が出払ったままで、さ」


 ──でしょうね。ですので私は聞いたはずですが、戻らなくていいんですか、と。


「今更だけど、見通し甘かったわぁ」

 歩はお手上げです、と言わんばかりに大仰に両手を掲げて、降参の意志を示す。もっとも、その仕草を見ている者は誰もいないし、だからこそ出来る事ではあるのだが。


 ──ですが、致し方ないのでしょう?


 家門恵美の言葉には棘があった。

 歩の目はにわかに鋭く細められる。


「どうしてそう思うのかな?」


 ──春日支部長の性格を考えれば分かります。あなたはどうしようもない位にいい加減で図々しくて鬱陶しい事この上ない人物ですが。


「あの~、言い方っていうか、もうほんの少しオブラートに包めないものかなぁ」


 ──ですが、少なくとも判断力に関しては及第点以上だと思われます。そんな支部長がファニーフェイスを単独任務で九頭龍から出す、という選択肢を選ぶとは思えません。少なくとも今の状況下に於いて、ですが。


「何が言いたいのかな?」


 ──日本支部、或いはもっとからの指示なのではないでしょうか? 理由はさしずめ、クリムゾンゼロこと武藤零二と怒羅美影の接触・・を避ける為。


「全く、君は本当に鋭いんだな。まぁ、具体的に言うのは立場上マズいからこれ以上は言わないけど」


 ──了解しました。とにかく私達も九頭龍へ戻ります。夏休みが終われば、美影にも学校もありますから。


 そこで電話が切られ、歩はふう、と大きく息を吐く。

 椅子に腰掛けたままクルクルとその場で回転しながら考える。


(ま、俺個人としちゃ、零二バカには良くも悪くも首輪・・、がいると思うんだけどな)


 九条くじょう羽鳥はと、零二の上司であった謎の淑女の事が脳裏に浮かぶ。


(面識はないから断言は出来ないけど……)


 恐らくはもしもの際に備えて、首輪はあっただろう、と推測する。

 歩は零二の内側なかに蠢くモノを知っている。それは武藤、いや、藤原一族に連なる者なら知っているはずのモノ。

 そして二年前、アレが暴れた結果が、”白い箱庭”と呼ばれた悪魔の研究所の壊滅。


(だがもし、またぞろアレが暴れ出したら、今度はあんな程度じゃ済まない)


 白い箱庭は周囲とは隔絶された一種の異界・・だったが、九頭龍は違う。

 居住人口はおよそ三百五十万超、就労人口を含めれば五百万人以上もの人が行き交う場所。

 そんな場所で仮に零二が制御不能に陥れば、途方もない事態を引き起こす事は間違いない。その事は歩とて重々承知もしている。


(だから、こそだ)


 議会・・は武藤零二を重要監視対象と見なしたらしい。そして、そんな零二と必要以上の接触をしている怒羅美影、という少女にも疑念を抱いているとも聞いた。


(確かに美影ちゃんは白い箱庭にもいたし、長年WDに実験対象として扱われていたさ)


 議会、議員の一部にはそうした過去が気に食わない、という意見が出たらしく、その結果として美影はここ最近九頭龍にはいなかった。


(だけどさ、そんなの言い出したら、俺だって大概じゃないか。何せ)


 自分は重要監視対象の兄弟だ。血を分けた存在で、尚且つWG九頭龍支部の支部長。むしろこっちの方が問題になってもいいだろうに、と思う。


(まぁ当然だけど問題になっただろうよ)


 なのに何の沙汰もなかったのは、議員の中に擁護する人物がいたからだろう。


(菅原さんはそもそも九頭龍出身だし、まず間違いない。それから、まぁ金髪の坊や、って所かな)


 金髪の坊やこと、ミシェル・オッフェンバック。フランスの名家出身にして齢十二歳、今は十三歳にして議員となっている少年。歩がWGに所属するキッカケともなった人物であり、恩義ある相手だ。彼らの尽力がなければ、歩もまた九頭龍にはいられなかっただろう。そう、支部長就任に際し、歩は自ら嘆願したのだ。自分が九頭龍に残れるように、と。


「まぁ、何にせよ俺は俺に出来る事をこなしていくだけだよな」


 予感がした。まだ何が起きつつあるかは分からない。だが、大きなうねりのようなモノが動き出そうとしているような、そんな予感があった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ