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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 12
401/613

クレイジーサマーエンディングザディ(Crazy summer ending the day)その1

 

 倶利伽羅宏樹の事件からおよそ一時間後。

 立体駐車場に彼はいた。


「ああ、その少女の記憶については任せろ。こちらで手を打っておく、メールで時間は指定するから後はそいつに任せておけばいい。ああ、では切るぞ」

 西東夲は電話を切ると、車から降りる。

 理由は、ここで相手と待ち合わせているから。

 相手とは自分の上司である向居むかい。カジュアルな服装で手帳を見せなければ刑事である事を疑われる西東とは違い、テレビドラマに出てるような、昔気質の刑事。

 一般人ではあるが、マイノリティ及びにイレギュラーについて知っており、西東に刑事のイロハを教えた人物でもある。


「妙だな、…………」

 西東は腕時計の時刻を確認。既に待ち合わせ時間が過ぎているにもかかわらず、姿が見えない事を訝しむ。

 この駐車場を指定したのは向居であり、時間に几帳面な彼が遅れる、ましてや何の連絡も寄越さない事に不審感を抱いた西東は、スマホを手にすると、相手へと電話をかける事にした。

 すると、微かだが着信音が聞こえた。

 向居の着信音は三十年程前の時代劇のオープニングテーマ。よもや聞き違える事など有り得ない。

「向居さん、いるんですか?」

 音の方向へ小走りし、そして周囲を見回し、音の出所を見つける。

「…………」

 一台の車がそこにあった。国産のファミリーカー、で色は白。上司の車と同じ車種だった。

「…………」

 西東の背中に嫌な汗が流れる。

 ドクン、ドクン。

 鼓動が止まらない。嫌な予感がした。

 着信音は車のトランクから聞こえているらしい、手を伸ばすと、アッサリと開き──。


「…………!」

 西東は微かに身を奮わせた。

 予想通り、そこにいたのは血塗れの向居の姿。

 着ていたネズミ色のスーツ、よれよれで一体何年使っているのかも分からない所々ボロボロの一張羅は真っ赤に染まっていた。

「く、」

 一体何をしたらここまでの状態になってしまうのか見当もつかない。トランクの中はまるで鮮血で風呂のようになっている。

(…………なのに、向居さんは干からびてない、つまり……)

 冷静に考える。そうしなければ激高しそうだった。

 手は震え、唇には歯が食い込んで血が滲んでいく。幾重にも流れる血の筋は雫となって地面へ落ちていく。そんな中、異変は起きた。


 ぱしゃ、という水の音に思わず視線を動かす。

「え、」

「ぷ、はっ」

 トランクから出て来たのは死んでいたはずの向居その人。

「向居のおっさん」

「だれ、がおっさんだ、わかぞ、う」


 鮮血にまみれ、這いずるように脱する上司はそれだけ言うと意識を失う。

 西東は慌ててスマホを開くと、病院へ連絡を入れる。



「…………」

 数分後、救急車に乗せられ、搬送される向居を見送りながら、西東夲は静かな怒りを抱いていた。その手には血にまみれた手帳がある。今運ばれた向居の物であり、意識を失う寸前に渡された物。表紙こそ汚れているものの、中身には一切の濡れた痕跡がないのは、トランクルームの天井にでも取り付けていたからだろう。

 ページをめくると、そこに書いてあったのは、ただ一言だけ。


 ”裏切り者へ制裁を”


 という書き殴ったような字。

 それは西東夲に対する何者かからの宣戦布告だった。



 ◆◆◆



 同日午前十時。


 九頭龍駅前には多くの人の姿がある。

 夏休みも今日で最終日。

 その為だろう、学生らしき十代の少年少女の姿が特に目立つ。


「いらっしゃませー」


 威勢のいいかけ声を発したのはトルコケバブの販売車。

 普段ならば土日祝日のみの販売なのだが、夏休み期間中はお盆休み以外毎日のように駅前の大通りで営業しているこの出張店舗は今日も人気らしく行列が出来ている。

 整理券まで配っているらしく、番号を呼ばれた客が嬉々として車へと向かう。

 そんな混雑している列の中、注文をする為の列の中に、「ったくさぁ、何で今日はこンなに人が並ンでるワケよ?」とブツブツと文句を言う零二の姿。

 熱操作能力による温度調整、そもそも平熱が常人以上の為だろう、他の行列客とは違って汗一つかいていないのだが、並ぶ、という行為そのものに不快感を隠し切れないらしく、口を尖らせている。

「ハァ、馬鹿なの?」

 そんな不良少年に冷ややかな声がかけられた。

「なンだとぉ」

 零二は横に並ぶ少女、桜音次歌音を睨む。その眼光は周囲の行列客を怯えさせるのだが、歌音は一向に気にする様子もなく、手にしたラノベに視線を傾ける。

「お、前な。本を読むか文句を言うのかどっちかにしろよ」

「…………」

 歌音はパラ、とページをめくる音だけを返す。

「く、ぬぬ」

「はぁ、武藤零二。暑いからあっち行って」

 シッシッ、とばかりに手を振る仕草に零二の苛立ちは頂点に達しつつあった。


「歌音さんよ、あんまし調子に乗ってると……」

「静かにしてくれる、今、集中してるの」

「ほっほう~~」

 零二のこめかみにピクリと青筋が浮き上がる。今にも暴れ出しそうな鬼の形相を浮かべ、横の少女を凝視。当人以外の行列客はいよいよその圧力を前に、足が竦み、腰を抜かし始め──。


「レイジのアホッッッ」

「ゲフぅっ」


 妹分こと神宮寺巫女の発したの一撃に沈む。音の鈍器にど突かれた零二は気絶。そうして、行列は平穏を取り戻した。


「場所を考えなさいよ、まったくもう!」

 椅子に立つ巫女は相手を睨み付ける。

「…………」

 相手、つまり零二は反省を示す為に正座。歌音も同様に正座させられている。

「あのね、ケバブ食べたいって駄々をこねたのは誰でしたっけ?」

「……オレです」

「はい、正解。行列見た上でそれでも食べたいって言ったよねレイジ?」

「……ハイ、さいです」

「ハァ、本当に面倒くさいわね武藤零二」

「はい、歌音ちゃんも挑発しない!」

「…………ごめんなさい」


 巫女の説教は続く。

 傍目からはピンク色のシャツを着たまだ幼さを残す少女に、どう見ても年上の少年が怒られているようにしか見えない、実際その通りなのだが。

 その上で、怒られてる人物が仮にもWDエージェントで、付け加えるなら最悪最凶との呼び声もある人物だと誰が思うだろう。


「とにかく、世間様に迷惑はかけない。はい、復唱」

「「世間様に迷惑はかけない」ません」

「声が小さい、やり直し」

「「────」」

 その後、三度同じ宣言を大声でさせられ、通行人から奇異の目で見られながら説教は終わりを迎えた。



「…………はぁ」

 零二は備え付けのベンチでうなだれる。

「何か知らねェけど、スッゴい疲れたぜ、主に精神的に」

 最近、零二と巫女の力関係が完全に変わっていた。

(前はまだ普通だったよな?)

 じゃあ、何でだ? と思いながら考えられる理由を思い浮かべ、割とすぐ思い至る。

「あ~、そっか」

 思わず頭を抱える。力関係が変わったのは京都から戻ってから。九頭龍に戻ってからの事。その間で巫女が変わるとすれば。

武藤じっかだよな。あ~、なら犯人は皐月だろうなぁ、ぜってェ)

 武藤の家に仕える家人の一人にして、零二の天敵その二の彼女でほぼ間違いない。天敵その一にして執事で後見人の秀じいは巫女に余計な事は吹き込まない、と思える。

(最悪だ、ぜってェアイツ色ンなコトを教えてるぜ)

 武藤の家にいたのは実質一年だったものの、世間知らずもいいとこだった零二は様々な粗相をしてしまった。食事のマナーやら、何やら、日常生活レベルでの事をすらろくすっぽ知らなかったのだから。

「ハァ、イヤになるぜ」

 これから先が思いやられると思い、深い溜め息をしながら、ブンブンとかぶりを振る。


「はい、レイジ」

 巫女から声がかけられ、顔を上げると、目の前には紙に包まれたケバブサンド。

「え、え?」

 思わず目をパチクリとする。何故なら、説教からしばらくして店は今日の販売を終了していたはずだったから。なのに、何でそこにケバブサンドがあるのか?

「いいから食べなさいよ」

 そう言う歌音の手にも同じケバブサンドがあった。

「だって売り切れだろ?」

 困惑を深める零二の顔を見て、巫女はニンマリと笑って答える。

「お店の人からよ、最常連さんへどうぞってね」

 その言葉に零二は撤収作業中の販売車へと視線を向ける。すると、目が合った店員さんはニコリと笑顔を見せる。

「あんた毎日通ってたみたいね。だから店員さんもあんたの顔覚えてたそうよ。で、さっきの顛末も見てたからって、用意してくれてたみたいよ」

「当然だけどお金は払ったからね。だから、とりあえず食べろって事だよ」

 巫女はグイ、とケバブサンドを差し出し、零二はそれを受け取ると、そのままかぶりつく。

「うまっ」

 さっきまでの不機嫌など何処ヘやら、零二は破顔一笑しながら、束の間の平穏を楽しむ。

 そう、束の間の平穏が早くも終わりつつある事を、今の零二は知る由もなかった。



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