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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10.8
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キャプチャーその3

 

 アタシへと角が迫る。メキメキ、と伸びたそれはまるで槍のようにも見える。狙っているのはお腹。こんなのを受けたらきっとヒドい事になるだろう。

 以前の私なら、きっともっと焦っていたと思う。

 何とか直撃を避けて、それで慌てて反撃。きっとそうだったに違いない。

 今のアタシは自分でもビックリする位に冷静。

 でもそれは当然なのかも知れない。何故ってアタシには相手の動き、その全てが視えているから。

 スイッチ、それがアタシが今使っている能力。

 これがオンになっている時、世界はコマ送りみたいにゆっくりになる。


 最初こそマトモに使えなかった。

 感覚が狂っていく違和感になかなか慣れる事ができなくて、何度も何度も気を失い、嘔吐したりもした。何でこうなっちゃうのか、ワケが分からなくて困惑した。


 ”う~ん。スイッチが入ると世界そのものの在り方が一変するから、じゃないかなぁ。

 だって、ワタシも最初は電脳空間ネットワークに侵入する時、すっごい気持ち悪くなったからなぁ。多分だけど、それまでの【認識】が突然狂っちゃうことに、主に精神こころが耐え切れないみたいなんだよねぇ”


 林田さんはそう話した。多分それが一番近い答えだとアタシ自身も思う。

 林田さんとは性質とかが違うけど、スイッチもまた認識を変えてしまう、という点では似たようなモノだ。それまでは普通だった世界の速度がいきなりコマ送り、スローモーションになってしまう。全速力で走っていた次の瞬間にいきなり止まれないのと同じ。視える速度が急に切り替わってしまうコトにどうしようもない違和感を覚えたんだと思う。


 ”結局だけど、慣れるしかないよねぇ~。だってそれって結局はミカゲの力なんだし。

 使えない能力が目覚めるって事はそうそうないと思うんだよねぇ”


 林田さんはいつも通りに笑って、それで目の前でイレギュラーを、ネットダイバーを使ってみせる。コンセントに手を置き、「ふう」と一言。すると僅かに火花のようなモノが見え、一瞬にして完全に切れていたはずのパソコンの電源がオンになる。ディスプレイ上から彼女の声がする。


 ”まぁ、今は辛いかもだけど。とにかく使うしかないねぇ。エミエミもそういうのが分かってるからこそ、訓練にも付き合ってるんだろうしね~”


 だから、アタシは何度も何度も繰り返しスイッチを入れた。

 最初は違和感しかなかったけど、少しずつ、本当に少しずつだけど徐々に感覚にも慣れてきた。そして今はもう、無意識とまではいかないけどスムーズに切り替えが可能だ。

 本当に不思議だ。

 受ければ死ぬかも知れない状況だと言うのに、アタシはこんなにも冷静なのだから。



 ◆



 勝負はものの数秒足らずで決着した。

 猛牛の角を美影は腰を最低限捻って躱す。一見すれば攻撃を直撃、抉れたのではないか、と思える程すれすれで躱しつつ、勢い良く通り過ぎようとしている相手の身体を手を添える。

激怒レイジスピア

 瞬間、手から炎の槍を放ち、相手の身体を貫く。

「グゴオオオオオオ」

 槍は体内で拡散、全身へと炎を撒き散らす。猛牛のフリークはまるでナパーム弾でも受けたかのように燃えていき、炭化。秒殺、瞬殺と言っても過言ではない圧勝だった。その上でさっき同様、ドロリとした液体だけが残されている。

「で、本人は何処にいるのかしら?」

 冷ややかな笑みとセリフで相手を挑発してみるが、標的からの返答はない。

「ふーん」

 しかし美影に焦った様子は全く見受けられない。彼女には分かっていた。相手はもう逃げられやしないのだと。




「ば、馬鹿な?」

 キャプチャーは絶句するしかなかった。

 完全に仕留めたはずの間合い。必殺だったはずの攻撃は通じず、そのまま燃やされた。何事もなかったかのように、実にあっさりと。

「くそ、」

 彼にとっての切り札がああも容易くと倒された以上、取るべき選択はただ一つ。それはこの場からの逃避。そもそも元来傭兵である以上、大事なのは如何にリスクマネージメントが出来るかである。予期せぬ出来事はいつでも起こり得る。ならばその事態に備えておかねばならない。彼が自分自身は表に出ず、常に別の奪った人間を使ったのもそうした一環。氏素性を明かさない為の手段である。猛牛のフリークは荒事になった際の切り札であり、保険でもある。

 そして一番重要な事こそ逃走手段の確保。まずは生き延びる事が肝要。死んでは元も子もない。目指すはここから百メートル歩道離れた場所に停泊させている小型ボート。

(大丈夫だ。逃げ切れる)

 確信はある。何故なら、美影がいたあの倉庫からはこっちは見えない。無論、探されれば見つかるものの、大事なのは初動。如何に見つかるまでの時間を稼げるか、だ。

「…………」

 腕時計に視線を落とす。猶予は十秒足らず、そこまでに辿り着ければ大丈夫。

 そう思い、努めて気配を殺しながら、急ぐ。

(はっ、はっっ)

 徐々にボートへと近付く。距離は数十メートル。もうほんの三、四秒もあればそれで──。


 しかしキャプチャーの願いは叶わない。何故なら。


 ダーーーーン。


 一発の銃声が聞こえ、直後に目の前だったボートが爆発炎上したから。

「く、あっっっっ」

 予期せぬ爆風に吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がる。

「ば、っ」

 言葉も出ず、茫然とする。


「見つけたわ」

「──!」

 美影が既にすぐ傍にいた。

「キャプチャー本人ね」

「…………あぁ」

 観念するようにうなだれ、ゆっくりと振り返り──袖口から銃を取り出すと銃口を向ける。狙うのは相手の眉間。大した威力のない短銃だが、この至近距離であれば殺傷力は充分。不意を付いて先手を打てば──。

 だが美影には通用しない。

 今の彼女はスイッチを切った状態だ。それでも集中を切らしてはいない。相手が傭兵、それも未だ表に顔の出ていない存在だと聞いた時から油断するつもりなど皆無。相手が何がしかの抵抗をする事など予測していたし、それに問題はない。


「しねっっ──」

 そう泡を吹きながら叫ぶ傭兵の銃口を握った手が爆ぜる。

「あ、────?」

 そしてその身体は後ろへと吹き飛んだ。宙を舞い、ゆっくりとした放物線を描いて男は燃え盛るボートへ。彼には何が起きたか理解する暇もない。ただ目の前が真っ赤になり、終わった。

 パチパチ、とした炎と共にキャプチャーは燃えていく。彼にとって不幸中の幸いだったのは、己の死因が、呻き苦しみながらの焼死ではなく、狙撃・・による即死だった事だろうか。

 美影がキャプチャーに対峙するに当たって一切の焦りを抱かなかった理由はただ一つ。

 それはこの場にいたのが、自分だけではなかったから。

 副支部長である家門恵美と林田由衣の二人もまた、この場にいたからだった。



 ◆



(キャプチャーの死の少し前)


 アンチ・マテリアル・ライフル、対物狙撃銃を構えた家門恵美の姿があった。

 彼女がいるのは港湾区域を見渡せる高台。草陰に伏せて、いつでも狙えるように待機。美影が迷わずに動けるのは、彼女が上から見ていたから、というのがまず一つ。

 もう一つの理由は、家門恵美のすぐ近くで寝袋に入っている林田由衣。

 目を閉じ、寝入っているようにしか見えない彼女だが、実際は違う。彼女もまた、任務遂行中。ネットダイバーによって電脳空間に自分を飛ばした彼女は、相手を探っていた。

 今回の標的であるキャプチャー本人が、表に出ない事を予測していた家門の依頼で、痕跡を探していたのだ。


 ──あ、エミエミ。見つけたよぉ。周波数と、電力消費を確認。キャプチャー本人だよ。


「了解、」


 家門はスマホに視線を落とす。その指し示す位置にスコープを向けると、登山用ザックを背負った中年の姿がある。港へと走る男の目指す先に視線を向け、停泊されてるボートを発見。


「ファニーフェイス、今から花火を上げるわ。そっちへ向かって頂戴」


 そう言うと、一切の躊躇なく引き金を引くのだった。



 ◆



「それでどう? 何かめぼしいものは見つかった?」


 キャプチャーを倒して、かれこれ三十分が経過。キャプチャーの始末諸々は現地のWG支部に任せて、家門達は宿泊しているホテルの会議室にいた。

 キャプチャーのザックを美影に回収させ、通信機器や電話、マイクロパソコン等の情報端末を林田が調査。次々と解析をしていた。


「うーん、一つだけ気になるかなぁ」


 全部の端末を調査し終え、グッタリした表情で林田は言う。美影のスイッチとは違うものの、電脳空間に自分自身を侵入させるという行為は相当の消耗を強いる。まして暗号だらけのパソコンの解析となればより負担は大きい。本来ならもっとゆっくりと解析する所なのだが、今の彼女達には余裕がない。

 九頭龍支部は今、先日より始まったフリーク騒動でパンク寸前。

 本来ならば三人も戻るべきだったのを、支部長の春日歩が任務続行を指示。今に至っている。


「持ち主さんは相当に慎重だったみたいで、端末に通信履歴とかはなかった。多分頻繁に端末を交換してたんだと思う」

「気になるって言うのは?」

「うん。見つけたのはスマホのメモなんだけど。これを見て」

 そう言いながら林田由衣が家門と美影に見せた液晶には、

 ”輸出は順調。またスレイブを仕入れねば。九頭龍に連絡を”

 という文字が並んでいた。


「スレイブ…………奴隷・・でしょうか?」

「さーぁねぇ。エミエミはどう思う?」

「情報が少ないから断言は出来ないわ。でも、一つ分かるのは九頭龍で何かが動いている、という事。それも良くない事が水面下で」


 家門の言葉に美影は表情を引き締める。

 エリザベスの消息については、結局何も分からなかった。

 ただし、キャプチャーを倒した事から少なくとも当面、ここでは人身売買は減退するはず。


(九頭龍か)

 正直、戻るのは複雑だった。学校が始まる以上、潮時なのは分かっている。

 エリザベスの一件も何の進展もないままだ。

(でもそれよりも…………)

 美影が思い浮かべたのは焔。蒼い焔を担った武藤零二の姿。

(アイツが何でアレを使えたの?)

 一ヶ月前の出来事が頭を離れない。不意に思いだしてしまう。

(あれは私にとっての、)

 命の恩人が遣っていた焔。それをどうして使えるのかがどうしても分からない。

(…………)

 美影は思う。もしも武藤零二と対決、倒せと指示があったら、果たして倒せるのか、と。

 死んだはずの恩人に関係があるはずの相手を殺す事が出来るのか、と。


 惑いを隠せないまま、消せないままに美影は九頭龍へと戻る。


 そしてこの先、更なる事実を彼女は知る事となるのだ。

 自分自身について、武藤零二についても。もっとも、それはまだ少し先の話なのだが。

 かくしてファニーフェイスこと怒羅美影は帰路に着いた。



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