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縁起祀対怒羅美影

 

 ゴオオオウウッッッ。

 オレンジ色の炎が巻き上がり、夜の闇を鮮やかに照らし出す。

 遠目から見ていたのなら、漆黒の闇の中、突如綺麗な明かりか松明でも灯った様に見えただろう。


「ちっっ」

 美影が舌打ち混じりに、己の視線だけを泳がせる。

 視線だけを動かすのは理由はただの一つ。相手の動きがあまりにも速過ぎるから。

 下手に身体までも反応させると、相手の速度の前に成す術もなく翻弄されるだろう事が容易に想起出来るからだ。

 その為に身体は動かさないが、手は──指先は動かす。

 パチン、と指を鳴らしながら火花を放つ。

 速射可能の火花ではあるが、相手はそれ以上の速さで到底追い付けそうにない。

 ガッ、鈍い音が耳元で響く。

 同時に美影の肩に鈍痛が走る。

 その原因が暗闇の中で微かに銀色に煌めく。

(今のがもし刃物だったら)

 そう思うと肌が粟立つ。


「くそっ、しぶとい!」

 一方の相手である縁起祀もまた、決して冷静とは言えない状態であった。

 彼女が”速度”を解放してからこれでこれでおよそ十秒程度、といった所だろうか。

 ロケットスターターの呼び名を持つ彼女にとってこれは、たった一人の相手に費やす時間としては間違いなく最長時間だった。

 彼女の速度は常人を遥かに凌駕している。

 動体視力のいい者であっても、彼女の姿は見えやしない。もし仮に彼女らしきシルエットが見えたのなら、それは残像。もう既にそこに彼女はいやしない。

 この相手、怒羅美影も実際の所は自分の速度を前に手も足も出ていない。その事は間違いない。

 現にさっきから幾度となく特殊警棒での攻撃は確実に相手を捉えている、そのはずだ。狙っているのはいずれも急所。

 なのに、

 美影のこめかみへの攻撃は、身体をすんでの所で後ろに仰け反られ躱された。辛うじて髪を掠めた位だ。

 美影の鳩尾への突きは身体を捻られて脇腹を掠めた。

 そして今。

 頭頂部への一撃は首を曲げられ、肩に直撃。

 本来ならばその一撃は必中であり、相手が昏倒してそこで終わりのはずなのに。

 全ての攻撃を完全ではないとはいえ、紙一重で躱されている。


 正直言ってこんな事は初めてだった。


 縁起祀は自分の能力イレギュラーで他者に暴力を振るった事はある。それも数知れずに、だ。

 ドロップアウトのチームを率いる身としては、近辺に睨みを効かせる為にも喧嘩に負ける訳にはいかない。

 とは言え、彼女のチームであるリングアウトには御法度がいくつかある。

 一つは無闇に暴力を振るう事を禁じた。

 これはプライドの問題だ、そう縁起祀は考える。

 いくら自分達が世の中から弾かれた、落伍者だからと言って世の中そのものを恨み、無関係な一般人に何をしてもいい、そういう安易な考えを彼女は忌み嫌った。

 自分達が爪弾きにされたからと言ってそこいらのごろつきと同じになりたいのか?

 そう彼女は仲間に問いただす。

 それに反発した者は容赦なく叩き出す。

 これで一般人に対する無闇な暴力を抑制した。


 次に殺しは禁止。

 喧嘩に際してもナイフ等は禁じた。

 これも彼女なりのプライド。単なる喧嘩に殺しの武器は必要ない。ただし相手がそういうルールを守らないなら、話は別だ。

 ドロップアウトの中にはヤクザの下っ端に成り下がる連中もいる。そうした奴等は、稀に喧嘩の最中にとち狂って拳銃等を持ち出す事がある。

 そういう連中に対してだけは、縁起祀も武器を用いる。

 それが今、美影に振るわれている特殊警棒だ。

 伸縮性に優れた護身用の武器であり、縁起祀が唯一用いる得物。

 彼女は一般人相手にはイレギュラーを用いない。

 彼女の場合、高速移動能力の影響からか動体視力や神経機能が発達しており、その結果として普段から一般人の動き等は少し意識すれば止まって見える。

 たったそれだけで、彼女が一般人に後れを取る事はまず有り得ない。


 彼女の前にはどんな人数も武器も必要ない。

 何故なら、その全てが彼女よりも遅いのだから。


 また個人的に便利屋をしていると、仕事中にマイノリティと交戦する事も何度かあったが、彼らでも縁起祀の速度の前には手も足も出なかった。

 彼らが如何に強力なイレギュラーを持っていようが関係ない。

 当たらなければ問題などないのだ。

 そして誰もかもが、急所を攻撃されて失神。

 この繰返しだった。……これ迄は。



 美影は確かに相手の動きに対応出来ていた。

 とは言ってもあの高速移動を見切れ等はしない

 相手はあまりにも速く、マトモにやり合えばまず負けるだろう。

 だが、怒羅美影という少女は常に冷静だった。

 彼女は今、この状況に於いても何処か自分の事を俯瞰している様に、何処か客観的に眺めている。

 それは炎熱系の内包するイメージとはまるで真逆。

 氷の様な冷徹な眼差し。

 彼女は冷静に状況を分析していた。

 僅か十秒程の対決のその前に、既に彼我の能力を比較し、どうすれば対処出来うるのかを彼女は考えていたのだ。


 そして美影が注視したのは、相手の扱う武器だった。

 特殊警棒は確かに秘匿性に優れ、護身用としては最適の道具。

 だが、あれでマイノリティを相手にするとなると選択肢はかなり狭まる。

 何故ならば、マイノリティにはリカバーがあるから。

 生半可な攻撃や負傷では傷があっという間に回復してしまう。

 にも関わらずに扱うのなら、使い道は相手の殺傷ではない。

 その証拠に先程からの攻撃はいずれも急所狙い。それも直撃すれば意識を刈り取られる様な箇所ばかり。

 ならば、相手の狙う箇所も自ずから絞られる。

 さっきから美影は指先を打ち鳴らし、火花を巻き起こしている。

 その火花をクルリ、と回し自分の周囲を覆わせた。

 この火の輪は攻撃の為ではない。

 観る為であり感じる為だ。

 フワッ、火が揺らめく。瞬間に美影は身体を動かす。

 今度は美影の後方。そこから一撃で彼女を昏倒せし得る箇所。

 美影は前に飛ぶ。

 ブワッ、風が巻き起こり、ビュオン、という風を切る素振りの音。間違いなく縁起祀の特殊警棒での一撃。

 そう、これが美影がさっきから縁起祀の攻撃を躱し続ける事が出来た理由だ。

 自分の周囲を覆っている弱い火の輪の揺らぎで相手の動きを予測。あとはそこの位置から相手が狙うであろう急所を予期して動く。

 だが、それは簡単に出来る事ではない。


(な、っっ)

 縁起祀もまた、今の動きで完全に確信した。目の前にいる少女が自分の動きを予め予測しているのだと。

 そして気付いた。

 相手の周囲を覆っている火の輪。あれで自分の動きを察知していたのだと。


 パチン、瞬間。火花が目の前で立ち上がった。

 自分の動きを読まれ、動揺していた縁起祀は火花を受け、うわっ、と声をあげ倒れる。

 一瞬の事だったが高熱が顔面を覆う。

「く、ぐっ。ちくしょう」

 それでも態勢を素早く立て直し、美影に向かい合う。

 軽く肌に手を触れて火傷の有無を確認。どうやら一瞬の事だったからか大した傷は付いてはいない。

「やってくれるじゃないか!!」

「今ので分かった? ……アナタじゃ、アタシには勝てないって」

「はぁ? 何を言ってんの、何でワタシがアンタに勝てないって言うんだよ? 意味分かんないね」

 縁起祀は苛立ち混じりに言葉を返す。

 美影は、そう、とだけ呟くと指先を高らかに鳴らした。

 火花が向かって来る。

(確かに早いよ、でもワタシに比べたらずっと遅いんだよ!)

 ロケットスターターの異名を持つ彼女にしてみれば、速射力に優れた美影の火花も遅い。

(これを回り込む様に躱して──あの生意気な鼻っ柱に一撃。終わりだよ!!)

 そう思い動き出そうとした瞬間。

 バアン。

 その火花が突如弾けた。

 自分に届く前に炸裂したそれを見た縁起祀は美影が間合いを見誤った、と最初思った。

 しかし、それは違う。

「いうっっ」

 確かに火の威力そのものは小さかったが、爆発に伴う眩しい光の前に視界が奪われた。

(マズイっ、炎が向かって来る!)

 彼女は見ていた。相手の炎が倉庫への襲撃部隊を全滅させたのを。あの炎をマトモに受けてしまえば負けてしまう、と。

 だから視界を喪失したロケットスターターは後ろに飛び退く。

 少しでも間合いを外して、炎に備えようというその判断は間違ってはいない。

「せやっっ」

 だが、それは美影が中距離からの攻撃をする前提での話。

 例えば美影が相手に肉迫して肩を突き出す事は予期していない。

 まさか自分よりも遅い相手が接近戦を挑む等とは露程にも思ってなどいない。

 だから、ボヤけながらも視界が戻りつつある瞬間に、相手がもう目の前に来ているだなんて思いもしなかった縁起祀は、美影の体当たりをマトモに喰らい……吹っ飛ばされたのだった。


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