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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10.8
397/613

サマーオブモンスターズ(Summer of monsters)その4

 

 ”ここは何処だ?”


 気付けば灰色の世界だった。

 我ながら笑ってしまう。白でも黒でもない、灰色。

 まさしく僕に相応しい色だと思えたから。


 何故だろうか、心が落ち着くように思える。

 もしかすると僕は既に死んでしまったのかも知れない。

 ここは天国、或いは地獄、いいや何処でもない場所なのだろうか?


 とりあえず他にする事もないから、歩いてみる事にした。

 灰色の空、灰色の地面、ついでについて言えば僕自身ですら灰色がかっており、この世界の全てが灰色なのは間違いなさそうだ。


 ”ふぅ”


 歩けども歩けども、何も代わり映えのしない世界。こんな場所にずっと一人でいたら、普通ならばまず発狂してしまうのだろう。

 だがそれは僕には当てはまらない。何故って、簡単な事だ。僕はこれよりもずっと酷い感覚を頻繁に実感しているのだから。


 アンサーテンゼア、不確実なその先。それが僕のイレギュラーの名だ。

 僕のイレギュラーはよく勘違いされる。

 僕がまるで未来を予知・・でもしているんじゃないか、ってな。

 ふざけるな。そんな便利な能力であればこんなに苦労はしない。

 僕自身に出来るのはただ”選ぶ”事のみ。

 無数に、無限にも広がる様々な可能性を観る。それが僕の能力だ。

 分かり難いのであればこう噛み砕いて言えばいいだろう。僕のイレギュラーは未来を予測する。脳内で妄想、或いは想像する能力であると。もっとも単なる妄想や想像と大きく異なるのは、観た出来事は何もしなければ実際に起こってしまう、という事。


 例えば交差点を渡ろうとしたら、信号が点滅し始めた。このままだと何が起こる?


 パターンA。急いで信号を渡ろうとして曲がってきた車に轢かれる。


 パターンB。横断を諦めてその場で待っていたら、前方不注意の自転車と衝突。


 パターンC。渡りきった先で目の前にいた歩行者が突然暴れ出し、殴打される。


 上記三つはいずれも災難ばかりだが、こういった危険を常に予測するだけのイレギュラー、だと思ってもらえたらいい。

 予知、というのは未来の事を前もって知る事であり、予測とは今の状況を鑑みて、この先に起こるであろう出来事を推測、想定する事。

 似たような言葉だが意味合いは違う。


 まぁ、何にせよここじゃ何も出来そうにない。

 灰色の空間には何も見えないし、聞こえや…………何だ?

 何が起きてるかは分からない。だが、僕の周囲の灰色が薄れていく。まるで霧でも晴れるかのように、スーッと世界の色が変わっていき────目の前にあったのは。



 ◆



 カチン。


 僕が目を見開くと、まるで何か機械の歯車が噛み合ったような音がした。

 まだ僕は生きていたらしい。無数の予測、起こり得る可能性が幾重にも分岐している。

 どれを手繰っても結末は同じで、僕と一はここで死ぬ。

 当然ながら何にも変わっていない。情報が絶対的に足りない。この場に於ける不確定要素フリークたちについての情報が欠如している。

 こんな状況では時間の無駄だ。そんな事は分かってる。だけど、何もしないまま、っていうのは違う。


 気が付けば僕は立ち上がって、歩き出していた。

 何故僕はこんな行動を取ってしまったのだろうか?

 誰でもない僕自身が一番困惑している。アンサーテンゼアの使用中、まだ望むべき予測けっかを手繰り寄せていないのに。


 一の奴だが、孤軍奮闘していた。一人で同時に四体、いや、五体ものフリークを相手取り、持ちこたえている。

 何が俺の事はあまり評価するな、だ。お前は実際、僕の知ってる連中の中で一番の嘘吐きだよ。常に周囲には自分という存在を低く見せて油断を誘い、いざという時になれば隠してきた牙を必要に応じて見せる。相手からしてみれば何でこいつに負けたのか、分からないだろう。それ程に一の奴は強さ、というものを上手く隠せる奴だ。

 僕は前々から思っていた。もしかしなくても一の奴は僕のサポートなどなくとも戦えるんじゃないのか、って。確かに虚像を見せる能力では自ずと限界はあるだろう。だとしても、だ。あいつならどんな奴が相手でも何とか渡り合えるのではないか、と思っていた。

 一カ月前の、”先導者ベルウェザー事件”をきっかけに虚像は実像となった。

 インビジブルサブスタンスはホロウレジスト、とその能力を進化させ、一の奴は強くなった。

 互いに援護しながら、修羅場をそれなりに潜り抜けては来たが、いよいよ僕はもう必要ないんじゃないのか、という思いは強くなり…………今に至っている。



 ああ、理屈は分からない。だが、分かる。

 一の奴が気付かない六体目のフリークの存在が分かる。

 僅かな先、ほんの数秒後に起こるであろう出来事が今の僕には観える。

 予測、とは明らかに異なるこの現象は恐らくは予知・・だ。

 様々な予測が奔流のように襲いかかっていたのが嘘の様に、今はたった一つの”流れ”だけが観えて、これが一番正確な可能性、起こる出来事なのだ、と直観出来る。


 はは、直観、か。

 僕がそんな曖昧なもの、漠然とした言葉に納得するとはな。

 だが今はそれで充分だ。


 この異能が何なのかは、また後で鑑みればいい。

 今はまず、この状況を乗り越える事にのみ、集中しなければ。



 ◆



「はぁ、ふうっっ」


 荒くなる呼吸を整えつつ、田島は左右のククリナイフを振るう。

 火炎弾を切り裂きつつ、間合いを詰めていき、切り上げる。

「グ、ギュッッアアアアアア」

 炎に包まれたフリークは悲鳴をあげ、よろめいたのを田島は見逃しはしない。

「はあっっ」

 上下左右、十字を切るかの如く得物を振るって、駄目押しする。

 もう余力などないのか、フリークの全身から炎が消えていく。

「──く、」

 だが敵はまだまだいる。咄嗟に上半身を捻る。直後に鞭のような腕が通過、炎を失ったフリークをあっさりと貫く。

 異変はすぐに生じた。貫かれたフリークの全身が見る間に萎んでいく。ものの数秒もかからずにその場にはペラペラとなったモノだけが残される。

(今のは、吸血か、それとも食ったのか?)

 いずれにしても脅威なのは間違いない。見れば伸ばしてきたのは釘付けにした腕とはまた別。使えなくなった腕を自分で断ち切り、再生させた上での攻撃。

「──しっ」

 背後からの気配を察し、振り向きながらククリナイフを一閃。ガキン、という音は血塗れのフリークの牙を食い止めた音。間違いなく心臓を貫いたはずだったが、どうやらまだ生きていたらしい。

「クウウウウウウウウ」

 獰猛に唸りつつ、牙を食い込まさんとする。

「ったく、大人しくしとけよなっっ」

 田島は舌打ちしながら、前蹴りを腹部ヘ叩き込み、隙間を生じさせる。

「くらえっ」

 その数十センチの隙間に一瞬にして数十本ものコンバットナイフを発生、不意にククリナイフを手放し、左右の腕全体で押し出す。

 数十もの刃物は相手の身体へ食い込む。クルリと身を翻し、狙い澄ました回し蹴りを一撃。狙うのは今しがたナイフが突き刺さった腹部。

「はあっっっ」

 田島の蹴りは思惑通りにナイフをさらに食い込ませる。血塗れのフリークは返り血ならぬ自らの血に塗れながら崩れ落ち、そこへ──再度ククリナイフを発現。両手で柄を握り締めると横へ一閃。相手の首を飛ばす。


「はぁ、はぁ、はぁ…………」

 いよいよ呼吸は定まらなくなっていく。

 ここまでで三体。まだフリークはいるはず。

(どうせなら共食いでもしてくれると助かる)

 その可能性は充分にある。何せ、フリークに敵や味方などの理性的な観点はないだろう。少なくともこの場にいるモノに関しての話だが。


 実際、フリーク達は互いに殺し合いをしていた。

 檻から解き放たれ、力を持て余していた怪物同士。何の前触れもなく、互いに躊躇する事なく殺し合いは勃発する。

 破壊欲、征服欲、殺人欲、支配欲、そういった諸々の欲望に苛まれ、フリークは暴れる。

 ただただ目の前の存在に対し、鬱屈した欲望をぶつける事だけが怪物にとっての存在証明。


 そう、怪物は本能・・欲望・・に従う。例えば生前、人間だった頃に彼が好んだのは物影から機会を窺う事だった。

 獲物は例えば部活帰りの学生だったり、ジムなどでトレーニングを終えた社会人。

 共通するのは疲労困憊で、元来のポテンシャルなど到底発揮出来ない、という点。

 本来なら、彼が勝てる見込みなどまずない格上の相手を、弱った時に狙うのが手口だった。

 使うのは目に付いたモノなら何でも。大きめの石だったり、相手が持っていた文房具を用いた事もある。

 自分よりも強い相手が弱り切った所を狙って仕留める。

 相手の絶望した表情を見ると、それだけで興奮のあまりに達した事もある。

 たまらないたまらないたまらない快感。


 彼は潜んでいた。そこは誰も注意を払わない場所。息を殺し、狩りをする時を待ち受けていた。獲物は連戦で疲労を蓄積させていく。行くべきか、いやもっと、まだだ。

 獲物を確実に仕留めるには、もっと疲れてもらわないといけない。だから待つ。


 そしてその時は来た。獲物は戦いで疲労を深め、今にも倒れそうだ。

 彼は潜んでいた場所から飛び出し──仕留めんと動いた。


「はぁ、はぁ、はああ…………」

 田島は決して油断していた訳ではない。周囲には注意を払ってもいる。そもそもホロウレジストは強力な力ではあったが、だからといって自分が強くなったとは露ほどにも思わない。

 そもそも自分は常に傍観者じゃくしゃだったのだから。

 だがそれでもの存在にはついぞ気付けなかった。

 だがそれも無理なからぬ事。何故なら敵が潜んでいたのは既に死んだはずのフリーク。より具体的に言うのであれば今さっき田島自身の手により倒された血塗れのフリークのにいたからだ。

 実の所、かのフリークはさっき田島に返り討ちに遭う前、心臓を貫かれた段階で既に死していたのだ。ではさっき動いていたのは一体何なのか? 敵は”死体にのみ乗り移る”事の出来るイレギュラーを持っていたのだ。その身体を液状化させ、体内へと浸透。仮の器として蠢く不気味極まりない能力。

 ズルズル、と流れ出でる血液に紛れ、体外へと排出。そして獲物にゆっくりと近寄り、一気に仕留める。あくまでも侵入出来るのは死体のみ、生きているモノには入り込めない。

 とは言え、殺す方法など簡単だ。液状化した身体を用いての窒息。たったこれだけでいい。いずれにしても弱り切った今の田島には対応出来ない。

 音を殺し、一気に殺そうと蠢き、襲いかからんとした時だった。


「悪いな」

 パン、という銃声。

「なっ、」

 田島は背後の音に振り返り、目にした。

 真っ赤な液体が浮かび上がっていて、迫っているのを。

 その前に相棒である進士が立ちはだかり、持っていた銃で撃ったのを。その銃口の先には金属製のタンク。

「終わりだ」

 銃撃で穴の開いたタンクからガスが噴き出る。そのガスは液状化していたフリークを見る間に凍らせていく。

「液体窒素ガスだ。普通の攻撃では効かないらしいが」

 フリークは動こうともがくがカチカチ、とその身体は固まっていき、そしてピクリとも動けなくなる。

「将、これは一体……」

「一、細かい説明は後だ。今はここから生還する事だけに集中しろ」

「ああ、だけどその妙なフリークは?」

「問題ない。マスクを着けろ──酸素不足で死んでしまうぞ。こいつみたいにな」

 フリークは絶命していた。液体窒素をまともに受け、凍結し、さらに自立呼吸が出来なくなって窒息死したのだ。


 そう。進士には観えたのだ。田島に迫るフリークが。そしてどういった方法で倒せるのかも。死んだ様が観えた事によって、手段も予想出来る。

「お前、まさか」

 田島は気付いていた。自分同様に相棒である進士のイレギュラーに変化が生じた事を。

 そしてその事を進士は一切否定せず、「ああ、どうやら僕のイレギュラーもまた、進化したらしいな」と、珍しく笑みを浮かべた。



 ホロウレジスト、と進士のアンサーテンゼアの進化した能力によって状況は変化。

 残ったフリークに対しても、二人は粘り強く抗戦。

 それから十分足らず後、工場内へと突入して来た九頭龍支部の面々及びに支部長の春日歩が目にしたのは、倒れた無数のフリークに、工場のほぼ中央にて敵を警戒する二人の姿。


 工場が完全に制圧されたのはそれから更に五分後。

 だが、これで事態は終わりを迎えなかった。

 何故なら、同時刻に九頭龍各地にて無数のフリークが出現。

 同時多発的に発生したこの異常事態に、WG九頭龍支部は奔走させられる事になったのだから。




 ◆◆◆



「これでWGはまともに動けなくなった訳だが……」


 監視カメラからの映像を見ながら、男は傍らの相手へと話しかける。

 カメラに映っているのは十数ヶ所のそれぞれ工場や倉庫の内外の映像で、場所はバラバラ。

 ただ一つだけ共通するのは、カメラに映っているモノの存在。

 姿こそ様々だが、それらは全て怪物フリーク。そう、この男こそ田島や進士の潜入した廃工場もとい、ファクトリーの責任者。


「悪趣味ですね、それに手間をかけてここまで育成・・した商品を全部破棄するような行動。本当に性格の悪さが滲みが出ています」

 その男に辛辣な言葉を浴びせるのは一人の女性。スーツ姿の如何にもキャリアウーマン、といった雰囲気の淑女。少し明るめの茶色がかったストレートの髪の毛をハーフアップに纏め、赤いバレッタを付けている。顔立ちも整っており、一見すれば美人秘書といった雰囲気。

「ですが、本当にらしい、です」

 クスリ、とした含み笑いの裏。その目に宿った光を見れば誰もが肝を冷やすに違いない。それ程の冷たさを感じさせる。


「まぁ、買い手にとっては痛いかも知れないがね。こちらとしてはあんな出来損ないはどうだっていいよ。それよりも在庫処理・・・・を外注する手間が省けたから本当に助かるよ」

 男の言葉に一切の感情の揺れはなく、彼にとってあれらの工場が実際、必要ない事は明白だろう。それよりも男が興味を持っているのは、ある試作品を用いた実験データ。

「例の実地調査は順調かね?」

 それは数日前から開始したばかりの実験。

 特殊な”音”を流す事により、生物の脳に影響を与える実験。


「はい、概ね」

 秘書風の淑女は答える。

 男は満足そうに頷くと嬉々とした声を出す。

「素晴らしい。この実験さえ上手くいけば、私の目的はまた一歩進むというものだよ。ハッハッハッハ」

 その笑い声からは隠しようもない程の悪意が滲み出していた。




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