サマーオブモンスターズ(Summer of monsters)その3
「ウグギャアアアアア────」
フリークは雄叫びをあげつつ歩き回る。
「おいおいおいおい。なぁ進士」
「何だ一。手短に頼む」
「そもそも俺らの任務って何だっけ?」
「…………偵察、出来れば潜入だが」
「じゃあさ、この状況ってどうなんだろな?」
「知るか」
「だよなぁ──」
田島と進士の二人は窮地に陥ろうとしていた。
さっきの警報により、檻の全てが開放。中に入っていたフリーク達が一斉に出て来た。
とっさの機転で、田島は持っていた煙幕手榴弾を使用。進士もまた便乗し、奪っていた短機関銃の引き金をひく。狙ったのは今し方死んだばかりの哀れな警備員の死体。血肉をばらまき、怪物達の注意を引き付け、何とか物陰へと退避する事に成功。今は様子を窺っている。
「にしたって、妙だよな」
「何がだ、一?」
「いや、ここまで派手な騒ぎだってのに、外の警備員とかは何してるのか、って」
「…………」
進士はその言葉を受け、思案を巡らせる。
(確かに妙だ。ここはつい先日まで稼働している、という情報すらなかった。実際ここの施設の稼働規模を見れば本当に巧妙に隠匿してきたのは間違いない。なのにだ)
今のこの状況はどうしたと言うのか?
確かに自分達の侵入こそ許してしまってはいる。だからその排除に動くのは当然だろう。
しかしここまで大っぴらにしてしまっては、もはやこの工場は終わりだろう。
仮に自分達がここで死んだとしても、WG九頭龍支部は異変を察知し、動くだろう。
そうなってしまえば終わりだ。
(既にこの工場の役割は終わった、とでも言うのか? いや、そうだとしても)
少なくともこれだけの数のフリークを使い捨てには出来ない。
(工場、という表現から鑑みれば、あれらは商品なのだろう)
つまりは買い手が存在するという事であり、では何故その商品をあたら無駄に損なうような行動を取ったのかが進士には分からない。
「おい将、しっかりしろよ」
「!!」
田島の声に進士はようやく我に返り、周囲を見回す。
「一、通信は可能か?」
「いいや。真っ先に確認したけども、繋がらない」
「電波妨害、まさにお手本通りの対応だ。一、お前のイレギュラーで全部倒せそうか?」
「いいや、無理だな。半分ならいけるかどうか、ってとこだ」
「状況は芳しくない、という事だな」
「俺はむしろお前のアンサーテンゼアに期待してるぜ。何とか突破口でも分からないのか?」
「ああ、やってみるが期待はするな────」
進士はすう、と小さく息を吐きながら、目を閉じる。
そして意識を開放。
イメージ的には水が流れていくような、小さな小さな一滴の水滴が、流れ、浸透していくように。
(つ、うっっ)
ズキン、とした鈍痛を感じ、そして始まる。
浮かび上がるのは、この先に起こり得る可能性。
例えばこのまま隠れ続けた場合に起こり得る出来事。
気が付けば、自分と田島の二人が全身をバラバラにされる光景。
例えばこの場から一か八かで飛び出した場合に起こり得る出来事。
一番近くにいたフリークを持っていた銃で撃ち、動きを止め、やはりバラバラにされる光景。
いずれの死因も明確で、まず間違いなくあのフリークの群れにやられるのだろうと予測出来る。そんな可能性、出来事が無数に、無限とも思える程に一瞬で浮かんでは消え、また浮かんでいく。
アンサーテンゼア、不確実なその先。
超感覚に属するイレギュラーで、能力は無数の出来事の先読み。決して予知ではなく、あくまでも予測。起こり得るかも知れない可能性の羅列。
正直言って使い易い能力ではなく、無限とも思える様々な可能性を突き付けられ、そこから一番起こり得る可能性の高い出来事を自分で選び取らなければならない。
ほんの少しでも考え違い、捉え違いをしてしまえばそれだけで予測は変わる為、担い手である進士にかかる負担は極めて大きい。
(く、うっっ)
今現在、進士の肉体、何よりも精神には大きな負荷がかかっている。
だがそれも当然。不確実なその先を少しでもより正確に予測する為の材料が今の彼には欠けている。
具体的に言えば、この状況に於ける登場する役者の認識不足である。
今の進士が予測に用いられる役者は三人。自分自身と田島、そしてさっきのフリークのみ。
それに対してこの場には他にも檻から放たれたフリークが無数にいる。
それらの存在を進士はきちんと認識していない。どういった姿、どういった気質、といった要素などの情報が決定的に足りていない。
ただでさえ不確実な予測なのに、登場する役者の情報すらないのでは、可能性は増々薄くなってしまう。
演劇的にいえば即興劇、ぶっつけ本番にしたって、相手がどういった存在なのかを知っているのと知らないのか、ではその出来映えには雲泥の差が生じる。
役者同士が元より顔見知りだったり、一定以上の信頼関係があるのと全くの初対面では完成度に差が出るのは当たり前の事。
(く、やはり無茶だったか……)
鈍痛だけではなく、刺すような痛みまで感じ始める。恐らくこのまま予測を続ければ肉体にも相応のダメージが起きるに違いない。
(だがこのままでは僕らは共倒れだ。それだけは防がないと──)
その一心で進士はイレギュラーを使い続ける。
「……ったく」
そしてその相棒の状態を田島はまさに目の前で見せられていた。
時間にしてほんの十秒にも満たない、僅かな時間経過。だが異変は目に見えて起きている。
毛細血管が切れたのか、顔からは血が流れ出している。ビクンビクン、と血管が動き、このままではもっと深刻な負傷に繋がるのは明白。
(ああ、お前がそんだけ無茶するってんなら、俺も少しは貢献しなきゃだよな)
確かに全部を相手にするのは無理だろう。だけど、大事なのは敵を相棒に見せる事。それも少しでも長く、だ。
「将、悪いけど俺は仕掛ける。だから、お前は少しでも早く予測してくれよな」
「──!」
進士が止める前に田島は物陰から飛び出す。そしてすぐ近くにいたあのフリークへと持っていたサブマシンガンの引き金を引き、弾丸を見舞う。
「うっらあっっっ」
「ギュガアアアア」
不意を突かれたフリークはその銃撃を受け、怯む。その隙に一気に走り抜け、フリークを通過。そのまま距離を取らんとする。
「おい、こっちだぜバケモノっ」
パパパ、と天井めがけて銃撃し、挑発する。無論目的は相手の注意を進士ではなく、自分へと向かわせる為。
「グウルルルル──」
そしてその思惑は図に乗り、フリークは自分を攻撃した田島へと狙いを定め、突っ込んでいく。四本足で這うような動きは尋常ではない速度で、あっという間に獲物ヘと肉薄。その喉笛を噛み千切らんと飛びかかるも、それは虚像。
「隙だらけだぜ──」
空を切り、無防備なその腹部に銃口が突き付けられ──火花が散る。
「ウギュアアグウウウウウ」
至近距離、と言うよりゼロ距離からの銃撃は流石に効いたらしく、フリークは力なく床に倒れ込んでいく。
「次っ」
だがフリークはまだまだいる。次いで迫って来た相手は全身を炎に包まれている。間違いなく炎熱系のイレギュラーを扱うに違いない。
「モエロッッッ」
炎に包まれたフリークは口から火炎弾を吐き出す。
「うおっ、と」
田島はとっさにしゃがんで躱す。
「カアッッ」
フリークは続々と火炎弾を吐き出してくる。
「おいおい連発可能なのかよ、こいつぁ」
厄介だな、と愚痴をこぼしながら田島は後ろヘ、横へ飛び退いて躱し続ける。
そしてそうしながら、サブマシンガンの弾倉を入れ替え、装填するや否や、反撃とばかりに銃撃を見舞う。
(いや、なるべく省エネで戦ってはみてるが、キッツイぜ)
イレギュラーの使用を虚像の構築にのみ使用、攻撃はサブマシンガンでという割り振りで何とか場を保たせてはいるが、予備のマガジンは三つ。約九十発で打ち止め。三発ずつのトライバーストで三十回。
(持って一分ってとこだな)
それがこの状況を維持出来る限界。
視線を巡らし、向かって来る敵を確認。
炎に包まれたフリークは相変わらず火炎弾を放ってくる。躱し続けていたが、ここで問題が生じた。いつの間にか田島の後ろで火の手が上がっていた。
「く、っ」
そして炎に包まれたフリークは口元を歪ませるのを目にし、この展開が相手の思惑通りなのだと理解する。
「ウッキャアアアア」
その上である。積み上げられた機材の上を飛び越えて襲いかかってきた第三のフリーク。メキメキと鞭のように腕をしならせ、上から振り下ろす。
「う、おあっ」
完全に不意を突かれた格好の田島は、躱し切れずに鞭は肩を切り裂く。
バシュ、という感触は紛れもなく斬撃による痛み。
「く、っそ」
床に着地した第三の、もとい鞭のフリークへ牽制の銃撃を見舞うが、その隙を突くように火炎弾が飛んでくる。
(こりゃもう、手加減とか、省エネとかダメだな──)
田島は覚悟を決め、そして能力を開放する。
ドスドスドス。
鈍い、音が幾重にも響く。
「クキャアアアアアアア」「グウウウウウウアアアアアッッッ」
絶叫をあげたのは鞭のような腕を持つフリーク、そして炎に包まれたフリークの二体。
鞭のような腕は獲物へと到達する前に何か、鈍く輝くククリナイフによって断たれた。
炎に包まれたフリークはその全身を無数の細槍に貫かれている。
「──【虚ろなる抵抗】」
これこそが田島にとっての切り札。本来のイレギュラーである”不可視の実体──インビジブルサブスタンス”の進化版とも云える能力。
インビジブルサブスタンスが様々な虚像をその場に作り出すという云わば囮、陽動に適した能力なのに対して、ホロウレジストはその虚像を具現化。実体化させて干渉させる能力、つまりこれまで支援要員であった田島一にとって、待望の攻撃にも使用可能な能力。
「く、っは」
強力なイレギュラーだが、問題は消耗が大き過ぎる点である。何せ虚像を具現化する、と無から有を作るよう能力が精神的な負担をかけないはずがない。
「クギャアアアアアウウウウ」
そこへ最初に襲いかかってきた血塗れのフリークが起き上がり、牙を剥く。
田島は右手に持ったククリナイフで相手へ切り上げる。だがフリークは止まらない。
「甘く見るなっっっ」
だがそれは田島にも分かり切っていた事。だから左手を空けていた。虚空からスウ、ともう一本のククリナイフを取り出すと──そのまま相手の心臓を貫く。
「グ、ガッッッ」
ゴボ、と口から血を吐き出し、フリークは崩れる。
(く、まだまだっっ)
気を抜けば具現化させた武器が消えてしまう。消えてしまえば足止めも意味を成さない。
(もう少し、持てばいい。そうすれば……)
何の根拠もない。だが田島は相棒を信用していた。彼なら何とかこの状況を突破出来るはず。自分に出来るのはそれに考え至るまでの時間稼ぎ位の事。だからこそ限界まで耐えてみせよう。
田島は更に向かってこんとする更なるフリークを迎え撃つべく、身構えた。
(まだだ、これじゃない)
いよいよ全身の毛細血管は破裂。微量ながらも、だが確実に床は血で染まっていく。
進士は目を閉じたまま、集中し続ける。
予測は続く。だがどれもが不鮮明で不明瞭。とても使えるようなモノはない。
いずれの予測でも二人共に死んでしまう。一人だけでも生き延びる可能性すら未だ観えない。
「く、うぐっ」
ズキン、としたその痛みはさっきまでとは比較にならない程に進士の全身を瞬時に駆け巡る。
ふらり、と足元がぐらつき、意識が遠退く。
ポタポタ、とした血の雫は鼻から落ちている。
(まずい、限界か──)
何とかこらえようと試みるも、無駄だった。進士の意識は照明のスイッチでも切り替えるかのように、プツリと落ちるのだった。




