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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10.8
395/613

サマーオブモンスターズ(Summer of monsters)その2

 

「…………おいおいおいおい」

「馬鹿、声が大きい」

「あ、悪い悪い」

「だが、これはとんでもないな」

 警備員に扮し、目的の施設へと入った田島と進士の二人は思わず目を剥く。

 そこは外から見えていた光景からは想像だに出来ない、大掛かりな設備だった。

 元々の工場にはあったとは到底思えない、明らかに最新鋭の機器がさも当然のように置かれ、今もなお稼働している。

「なぁ、あれ見ろよ」

 田島の指差す先にあるのは、無数の檻。そしてその内の一つの檻の中には当たり前のようにペットならぬ怪物が入れられていた。

「ああ、あれはフリークだろうな」

 近付くまでもなく目にしただけで分かる。警備員が近寄ると、檻を突き破らんばかりの勢いで中の怪物はかぶりつかんばかりに前へ飛び出す。


「アグ、アグウウウ」


 その怪物は恐らくはイヌ科の動物に変異したらしい。ボロ切れ、恐らくは元々は服だったであろう布を垂らしながら口を大きく広げ、牙を剥き出しにして吠えている。

「はっは、馬鹿め。やっぱり犬っころだな。飽きもせずご苦労なこって」

 警備員は檻が破られるはずがないと確信しているらしく、怪物を恐れる様子もなく、自分へ向かって吠える様をニヤニヤとした笑みを浮かべている。

「ほら、ほら。美味そうな肉だぞ~」

 それどころか怪物の目の前に腕を差し出して、挑発すらしてみせる。

「アグアアアアアウウウウウウッッッ」

 怪物は唸り声をあげ、腕を、肉を食い千切らんともがくも届かない。

「くっはははは。頭悪いよなぁ」

 そしてその様を鼻で笑い、手にしていた警棒で檻をガンガンと幾度も叩く。

「ギャウ、ギャヒン」

 怪物はその音、或いは振動が嫌なのか、思わず飛び退き、四本足で身構える。

「これが元々はエラいエラい学生だってんだ。本当に笑えるよなぁ」

 警備員はどうやら個人的にこの怪物の元の人物に含む所でもあるらしく、繰り返し繰り返し警棒で檻を叩いて、怪物を挑発する。


「お、遅かったな」

 とは言え、流石に同僚が来ればお遊びは終わりらしい。

「それで、外に何かあったのか? まぁ、こんな辺鄙な場所にわざわざ来る奴なんざいないよな」

 笑いながら、肩を叩こうと試みて、空を切る。

「え、あ、なっ」

 そして背後から腕を掴まれ、そのまま床へと組み伏せられる。

「ば、なにをしてるっっ──!」

 困惑する警備員は、そこでようやく目の前にいた同僚が、実体のない虚像だと理解する。

「悪いね。同僚さんならお外でおねんねだよ」

 軽口を叩くのは田島。彼にしてみれば一度目にしたモノならば、大抵のモノは頭の中で構築出来る。まして服装の定まった警備員の虚像などは容易い。

「ば、何だお前は……ぎゃっっ」

 ギリギリ、と腕を捻られ、警備員は呻く。

「はいはい。質問するのはこっちね。いいかお兄さん?」

 田島の口調にいつものような軽薄さはない。鋭い眼光と、刺すような言葉。下手な真似はするな、という言外のメッセージは警備員を屈服させるには充分だった。



「ここは、【工場ファクトリー】だ」

「工場? それってまさか……」

「ああ、思ってる通りだ」

 観念したのか、警備員は田島の懸念を肯定し、頷いた。

「フリークの生産工場、か」

 進士はそう呟きながら、計器類を確認。パシャ、と持っていた腕時計に仕込んでいた小型カメラのシャッターを切る。

 そして備え付けのパソコンを操作し始める。

「流石に何も知らなければ侵入は困難だったな、少なくとも僕じゃ」

 セキュリティは流石にしっかりしており、パスワードに網膜認証、声紋認証の三段構え。

 もっとも警備員が協力したので、特に支障はなく、進士は操作していく。


「しかし、こんだけの設備モノをどうやって手に入れたんだ?

 どう見ても、数十億はかかってるぞここ」

「それに、フリークを生産、いや、生育するにしても、だ。

 まずはフリーク化させなければならない。誰もが潜在的には覚醒する可能性はあるとは言っても、容易く確保出来るものだとは思えない」

 二人の考えは同じで、フリークを育成するとして、一番の問題はどうやって対象を見つけ、それをいつ確保するか等、手間がかかり過ぎる、という点である。

「それこそ、フリーク化するであろう人物を予め把握・・でも出来なければ、まず不可能だ」

「そうだよな。そうでもしなきゃ、ここまで大規模に、水面下で出来るはずがないものな」

 田島の視線はパソコンの画像に向いている。

 そこには、フリークの生育状況が示されていた。

 それも一体や二体どころではなく、数十以上ものデータがある。

「なぁ警備員さん。ここには今、何体のフリークがいるんだ?」

「…………俺も全部をしってる訳じゃない。だから、正確には知らない」

「構わない、知っている限りでいい。僕達に教えてくれ」

 警備員は思わず喉を鳴らす。緊張からだろう、手が震えている。

「知ってる限りじゃ、十体」

「──」

 その回答に田島も進士も表情を険しくする。

「それじゃ質問を変えるけど、外にいるあの日フリークは何なんだ?」

 それは二人が施設に入る前、外にいた個体。その恐らくはフリークだろう存在は普通じゃなかった。その触角などから察するに昆虫系統の変異らしかったが、顔や手足には幾つもの機械が装着されていた。そして何よりも奇妙なのは、すぐ傍に警備員がいるのに、一切の害意を見せていなかった事。フリークとは理性を失い、本能にのみ忠実な存在のはずなのに、暴れる様子が見受けられなかった。

「確かに、フリークが目の前の相手に襲いかからない可能性は存在する。

 だが、それは例えば目の前の存在が自分以上に圧倒的だったり、または何らかのイレギュラーなどで操っている場合だ」

「ああ、だけど俺達の見た限りじゃ、外にいた警備員は特段強い訳じゃなく、かと言って何らかのイレギュラーを使ってた様子もない。だから、あれはおかしいんだよ」

 二人にはべつの可能性が浮かんでいた。ただそれを口にするのには躊躇がある。だって、それが可能であるならば──。


「あいつなら機械で操作してるんだよ」

 警備員はそう断言。

「「──!」」

 二人は目を見開く。

 そう、それこそが口にするのを躊躇った可能性。

 違和感はずっとあった。この施設には確かに警備員がいる。だが、彼らの中にマイノリティはいなかった。いずれも訓練は受けているらしいものの、常人であり、そんな連中にフリークを相手取る事などまず不可能。

「最悪だな」

「一と同意見なのは癪だがそうだな。これは考えられる限りでもかなりマズい部類の話だ」


 ──ふぅむ。どうにも妙な事になっているな。


「「!!」」


 突如として声が聞こえた。


「誰だアンタ?」


 ──答えるとでも思うかね? それはない。


「つまりは知られるとマズいとは理解しているらしいな」


 ──ふむ、そうだね。まぁ、良くはないよ。


 スピーカー越しではあるが、相手の言葉にはつかみ所がない。


 ──予定ではもう少し、発覚を遅らせたかったのだがね。こうなってしまっては致し方ない。


「その割にはあまりガッカリしてなさそうだけどな」


 ──それはまぁ、大人だからね。一々問題が起きたからって激高したりはしないよ。


「それはつまり、まだまだ余裕綽々という事か? 僕らを甘く見てるのか?」


 ──解釈はお任せするよ。では、そろそろお開きにするとしよう。


 そう言葉を発した直後である。

 施設内にはけたたましいまでの緊急を知らせるアラーム音が鳴り響き、場にいた三人共に耳を塞ぐ。


「グアアアアアアアッッッッッ」

 そして呼応するかのようにフリークが吠え、

「う、ぎゃああああああ」

 警備員の絶叫に二人が振り返る。

「ぎゅあ───」

 そこにあったには凄惨な光景。檻から伸びた、いや、檻の隙間から手を伸ばしたフリークがその爪で警備員を貫いていた。

「た、すけ、で」

 口から血を吐きながら、警備員はかすれがすれにそう嘆願する。

 フリークの爪は致命傷を与えはしたが、檻から距離があったからだろう、即死ではなかった。

「し、にちゃく、な──」

 もう言葉すら不明瞭ながら、警備員は二人を見ながら、絶命する。

 フリークは爪ごと獲物を引き寄せ、牙でトドメを刺した。血が飛び散り、周囲一面が赤で染まっていく。


 ──ううん、えげつない光景だ。だが、本当に野蛮だ。だけど、楽しみでもある。


「何が楽しい? こんな最悪の光景の何処がだよ」

「ああ、僕に言わせればこんなものを楽しめるそっちこそまさしく怪物フリークそのものだ」

 二人に浮かぶのは、声の人物への怒り。


 ──いやいや失礼した。だが、君達も他人事じゃないよ。だってね。


 ギギギ、という金属が軋むような音は、檻が解放された音。


 ──次の獲物は君達なのだからね。


 田島と進士の前には血塗れのフリークの姿。


「グギュウウウウルウウウウウウ」


 獰猛な唸り声をあげ、怪物は新たな獲物へと飛びかかるべく動き出した。


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