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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10.8
394/613

サマーオブモンスターズ(Summer of monsters)その1

 

 八月二十八日、深夜。


 九頭龍郊外。かつては数百人、或いは数千人もの人が働いていたであろう事を容易に想起させる広大な敷地内に、その工場跡はあった。

 稼働を止めて優に二十年以上は経過しており、遠目で見る限り、そこは間違いなく廃墟なのだが。


「ううむ。これはちょいとマズいなぁ」

 田島一は暗視機能を搭載した双眼鏡によって状況を確認。今回受けた任務がかなり厄介なものだと改めて理解する。

 ──どうした? 何か問題があるのか?

 心配したのか、無線越しに進士将が話しかけてくる。もっともその声はいつも通りに冷静そのもの。およそ感情の浮き沈みらしきものはないのだが。

「問題大ありだ。いいか今から写真をそっちに送るぞ」

 田島は持っていた望遠機能付きの小型カメラで目の当たりにした光景を撮影。即座に別の場所で待機している進士へ送る。



「……これは、確かに厄介だな」

 田島からの写真を確認し、進士もまた事態が簡単に解決しそうにない事を理解する。

 その写真に写っていたのは異形。どう見ても人間だとは思えない姿形をした、怪物の姿に、武装した何者かの姿。

 ──一、今から合流しよう。これは想定外だ。二人じゃどうにもならなそうだ。

 進士はあくまでも冷静に客観的に事態を判断。提言する。




 そもそも今回の任務は、この一カ月の内に急増していた様々なマイノリティ犯罪についての情報確認、つまりは裏を取るという物。戦闘は原則禁止であり、無理な行動は不可。それが新支部長となった”ウォーカー”こと春日歩からの命令。

 就任当初こそ周囲から様々な疑念の目で見られていた歩であったが、就任するや否や、支部の混乱を収束。これには副支部長である家門恵美や、その親友であり、また事実上のNo.3だった林田由衣という支部の中心人物が真っ先に協力を申し出たのが大きかった。

 最初こそ、得体の知れない新参者、という認識も日が経つにつれて収まっていき、半月が経過する頃には誰も表立って新たな支部長を批判したりはしなくなっていた。



 そして先日の事。支部長室に呼び出された二人は、そこで資料の束に頭を抱える歩と対面した。

「あの、支部長。俺らに用事ですか?」

「うん、そうだけど。ちょっと待った」

「はい」

「ああ、厄介だなぁ。これはどう対処すっかなぁ」

 ううん、ううん、とかぶりを振りながらクルクルと椅子を回転させるその有り様はまるで新しい玩具で遊ぶ小さな子供。とても年上の、……ましてや支部長には見えない。

「ああ、うん。困ったな。注意しなきゃならん用件だらけじゃないか」

「…………あの? 用事がないのであれば僕達は退室しますが」

「ああ、そうだったそうだった。君らに仕事をしてもらわにゃ……」

「いえ、仕事という言い方には語弊が。任務といってもらえた方が……」

「おい進士。こんなでも支部長なんだぞ。言い方ってものがさ」

「だが一。そうは言うがここに立ったままでは時間の……」

 いつの間にか田島と進士は小声で言い合いを始める。

 最初こそ支部長に遠慮してはいたのか、小声での言い合いは、

「だがな、春日支部長はあまりにも無頓着だ」

「それは同感だけどな。それをここで言って解決するのかよ?」

「それは無理だ。あの支部長は天上天下唯我独尊。我が道を行くタイプの人物だろうからな」

「お前なぁ、それを本人のいる前で言うか?」

 完全に加熱。顔を突き合わせ、互いに引くつもりなどない、とばかりに押し合いへし合いといった様相を呈している。

「うん、君らは実に仲良いな」

 それを止めたのは、いつの間にかそんな二人を愉しげに、興味深そうに見つめていた歩。いきなり椅子から立ち上がるや、硬直した少年達へ向けて一枚の紙を差し出して、

「うーん。よし決定。この件は君らに任せたぜ」

「「え?」」

 全く何の脈絡もなく、おまけに実に軽い言葉で任務を与えられた事には田島はもとより、冷静沈着な進士でさえも完全に戸惑っていた。




 そうして現在。

 田島と進士の二人はこうして任務に従い、この工場跡地の偵察に出たのだが、遠目からの調査でも状況が悪い事は明白。

 ──わかった。一旦この場から退こう。

 田島も向こう側の戦力が不明な状況でのこれ以上の潜入を断念。撤退する事になったのだが。


「何か妙だぞ……」

 田島は不意にそう呟く。周囲には一切の異常は見受けられない。ここはちょっとした森のような場所なので小動物はそれなりに多い場所なのだが、さっきまで周囲にいたであろう、リスやウサギなどの気配が今は全くない。

「……静かすぎる」

 具体的に何かを見つけた訳ではないのだが、この状況に違和感を深めた田島は周囲を見回し、慎重に歩を進めていく。手には銃を握り締め、視線を巡らせ、様子を伺う。その対応はこの場合間違っていない。冷静な判断だといえる。

 彼にとって不幸だったのは、相手にイレギュラーにとって侵入者の無力化は簡単だった事、その一点に尽きる。


「ぐ、うっ」

 突如、強烈な頭痛が田島を襲う。それはまるで頭を万力で握り潰していくような凄まじい痛みで、到底耐えられるような次元ではない。

「あ、う、」

 周囲を見回すものの、誰かがいる形跡は見受けられない。

 そして頭痛は収まる気配など全くなく、むしろ悪化の一途を辿る。

「う、進士大丈夫、か……?」

 ──……………………。

 だが、通信は返ってこない。

「う、あ、っっ」

 そうこうしている内にも田島を襲う頭痛・・は悪化していく。あまりの痛みの前にもうまともに動く事すら叶わない。

「……………………」

 もう言葉を発する余裕すらなくなった田島には、その場で力なく倒れ込む事しか出来ない。

 ざ、ざ、とした足音が近付いて来る。人数は、よく分からない。視界すらぼやけ始めていた。

「よし、侵入者を発見。処分に入る」

 声が聞こえ、見えるのは消音器サプレッサーを装着した自動拳銃を向けて来る誰か。

「悪いな、これも仕事なんでな」

 銃口を向ける誰かがそう声をかけ、引き金を引き絞る。パス、という空気が抜けたような音と共に弾丸は放たれ、田島のこめかみを撃ち抜く。間違いなく致命傷、そう誰かは確信していた。

「ん、何だ?」

 だが放たれた弾丸は何故か地面へ到達。バス、という音はこめかみを通った音などではない。

「これは……幻覚、イレギュ──くぐわっっっ」

 そこまでだった。

 誰かの全身に電流が駆け巡る。

「う、かっっ」

 気を失う直前に、誰かが目にしたのは、背後に回り込んでいた田島の姿だった。

 そう、男が攻撃したのは田島のイレギュラーである”不可視の実体──ことインビジブルサブスタンス”によって作られた虚像。



「く、ふぅ、やっばい。まじに疲れた。にしてもさっきの妙な感覚は何だったんだ?」

 しばらく後、田島はようやくの事で敷地外へと脱した。

 ぜーはー、とここまで気絶させた相手を運んできたので息も荒い。

「予定通りに釣れたな」

 そこに姿を見せたのは進士。田島とは打って変わって涼しい顔で、タブレット端末を操作しており、見ればその足元には別の警備員が転がっている。

「ったく、何で俺が囮なんかやらなきゃならねえんだよ?」

「仕方ないだろ。僕の【アンサーテンゼア】にお前が敵に見つかる姿が観えたんだからな。お前のおかげでもう一人も簡単に捕捉出来た」

 その言葉に田島は呆れるしかない。何せ、囮という話が出たのは相手からの攻撃のほんの十数秒前。おまけにメールでの通知。いくら予測出来たからとは言えども。


 ”来るぞ、生け捕りにしろ”


 その内容は簡潔、というにも程がある。


「お前なぁ。付き合いが長い俺じゃなかったら、訳分からんぞ」

 はぁ、と盛大な溜め息をつく。

「問題ない。現にお前は僕の意図を汲み取って結果を出したのだからな」

「はぁ。マジで性格悪いよな。絶対友達出来ないわ、俺みたいな善人じゃなきゃ」

「お前の何処が善人なのかには些か疑念を禁じ得ないが、まぁそれは置いておく。で、気絶させたこいつらだが…………」

「持ち物を調べてみたが、身分を示すようなものはないな」

「まぁ当然だろうな。指紋は…………削っているらしい」

「ああ、まどろっこしい」

 田島は襲ってきた相手をまじまじと観察。少し考えた末、提案する。

「でもな、これ使えるぞ」

 その口元には悪戯を思い付いた子供のような笑みが浮かんでいる。

「ああ、同感だな」

 そしてそれは進士もまた、同様だった。



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