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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 11
392/613

ミスフォーチュンギャザリングオブピープル(Misfortune gathering of people)その14

 

 スポーツセンターでの対決からおよそ三十分後。

 施設内の駐車場には無数のパトカーと救急車、そして警察官に救急隊員の姿があった。

 匿名・・の電話により、施設内に大勢の人が倒れている、という通報があったのがきっかけで、気が付けば情報を聞きつけて報道関係者らしき人影や、空からは無数のヘリコプターまで飛び交い、まるで戦場のような騒がしさで、さぞかし近隣住民は迷惑しているに違いない。

 ちなみに手を回したのは零二から電話を受けた西東夲であり、倶利伽羅宏樹及びに、フリーク化した誰かに関しては既に拘束は済ませ、WGによって確保された。

 とりあえず事態は収束したのだが。


 場所は国道から少し離れたカフェ。テラスからは丸岡城が見える。

「で、どうするのよあの子」

 歌音がオレンジジュースをストローで飲みながら、正面の席に座る零二に問いかける。

 歌音がスポーツセンターに来た時には既に事態は収束していた。倶利伽羅宏樹は気絶しており、その場には血だらけ(傷はほぼ塞がっている)の零二と、どう見ても一般人としか思えない木岐の姿。

「あー、成り行きでな色々見られちまったわ」

「アッホかぁぁぁ」

 あろう事か一般人のすぐ目の前でイレギュラーを行使し、おまけに拘束すらしない。

 幸いにも一般人=木岐が逃げ出さなかったから良かったものの、場合によっては相当に深刻な事態を招く恐れがあった。

 事態の推移によっては抹殺する事すら有り得る、深刻な状況だと言うのに。

 目撃された当人はあまりにも呑気に、注文したコーヒーをすすっている。

「ちょっっっと、他人事じゃないのよ」

 当人よりも歌音の方がむしろ焦っていた。

「…………」

 木岐は、窓を隔ててすぐの席で座っている。ジョギングの格好、それも汗をかいたままでは困る、と言って同行を断った彼女だが、歌音がそれを却下。電話で迎えを呼び、この店まで直行。店に着くなりシャワーを借りて、今は用意されたジャージを着ている。

 一見するとごく普通のカフェなのだが、それは表向きの姿。実はこの店の経営者はあの進藤・・。歌音が以前、何かあった際に頼れる場所はないのか、とバーで進藤に聞いた際に教えてもらったのがこの店だった。


「はいはい、あんまり大声出さないでくれないかなぁ」


 カフェの店長がシーッ、と指を口に当てて注意する。


「一応、ここは基本的には普通の店って事で通ってるんだ。あんまり目立つ事はなしね」

「…………」


 零二と歌音は思わず注意してきた店長を注視する。

 目立つな、と言われてはいるが、

(イヤイヤイヤ、目立ってンじゃン。どー見ても一番目立ってるわ)

(はぁ、その髪型で目立ってないって思ってるの?)

 二人の視線の先にあるのは見事なまでのアフロヘア。

 店長はアロハシャツにビーチサンダル、そしてアフロという完全装備。

 店に流れる音楽はハワイアン。

 このカフェは南国、具体的にはハワイアンをコンセプトにした店だった。




「しっかし、進藤さんからお嬢ちゃんを紹介された時は驚いたよ。はい、ロコモコ丼大盛り」

「あ、どもッス」

「おかわりは出来ないよ。ちなみに」

「…………」


 釘を刺され、苦虫を潰したような表情を浮かべた零二だが、ロコモコ丼を口にした瞬間、その表情は一変。上機嫌に、リズミカルにスプーンを動かし始めた。


「さて、あのバカはあれでしばらくは静かになるだろうから、ちょっと話をしよう」

「そうね…………」

 零二を尻目に、店に入った歌音は木岐の正面に座る。


「今日、さっき目にしたモノだけど、どう思う?」

「それは…………」


 木岐は言葉に詰まる。目の前に座る少女は間違いなく年下だろう。多分、中学生。

 木岐は決して人見知りするような性分ではない。こう見えてコミュニケーション能力は高いと自負もある。バスケ部の部長だって務めたし、チームを引っ張るにはリーダーシップもある程度はないといけない。昔から人によく懐かれたりもした。だから初対面の相手でもそうそう気後れするような事はないはずだった。


(何だろうこの子?)


 年下の、まだ幼さを残した少女だというのに、その目、言葉からは威圧感を感じる。

 とてもじゃないが、友好的に話をするような雰囲気ではない。

 分かる。下手な事を言えば無事では済まない、と。


(武藤零二、じゃないけど、この子はもっと違う世界にいる)


 まるで深い深い闇の底から手が伸びてくるような感覚に、小さく身震いする。

「正直、怖いと思ったよ」

「…………でしょうね」

 歌音の耳は木岐の言葉、一言一句、一挙手一投足、鼓動、呼吸の乱れの全てを聴いている。

 そしてその全ての音が彼女が嘘偽りなど一切ないのだと伝えている。

 歌音が聴くのは、信じるのは上辺だけの言葉ではなく、それ以外の、全て。どんなに自己を抑制出来ようとも決して誤魔化しきれない生きた音のみ。

「訳も分からないまま、良く知らない人にいきなり襲われそうになって、でも……」

 歌音は静かに耳を澄ます。

 あらゆる音が聴けても、それで全てを理解する事には繋がらないから。

 例えば呼吸、心音、感情が乱れれば音も変わる。だけどそれがどういった感情に起因するかまでは聴こえないし、分からない。聴こえるのはあくまでも乱れてる、という事実だけ。


「じゃあ、聞くけど。あそこにいる零二バカは怖い?」

 だから歌音は訊ねる。さっきまで一緒にいたであろうツンツン頭の不良少年を指さしながら。

 相手がどういった思考回路をしているかを知る為に。相手が何に重きを置き、何を信じるかを知る為に。

「ううん。不思議と怖くない」

 木岐の返事、音に一切の動揺はない。

「あのバカは普通じゃないと思うけど、平気なの?」

「確かに普通じゃない、と思う。すっごい乱暴だし、口は悪いし。お世辞にも善人じゃないんだろうね。だけど、」

 木岐は一切表情も変えず、真っ直ぐに歌音へ向き合いながら話す。


「不思議と安心出来た。そんなに悪い奴でもないんだな、って分かるから」

「…………そう」

 そこまでだった。歌音は木岐に一切の嘘偽りがない、と判断。

「色々聞いてごめんなさい。あなたは大丈夫みたい」

「?」

「もう少しだけここにいてもらうけど、いい?」

「うん、かまわないよ」


 木岐の返事を受け、歌音は席を立つと、トイレへ。

 迷わずに用具入れに入る。実はここだけは防音壁になっており、音は殆ど洩れないようになっている。


「もしもし、」


 ──やぁカノン。それでどうするの?


「どうもしない。彼女なら何の問題もなさそう。だから、手出しは禁止」


 ──ちぇ、つまんないな。せっかく、新しい拷問道具(オモチャ)を色々と試せるかも、って期待してたのに。


「はぁ、本当に面倒くさい奴。あの零二(バカ)があんたをファランクスに誘わなくて正解だ。とにかく、彼女には一切手出ししないで。もしも勝手な事をしたら、……」


 ──大丈夫大丈夫。僕だって馬鹿じゃないから。クリムゾンゼロを敵に回そうだなんてこれっぽちだって思わないよ。


「ならいい。じゃあ切るから」



 ──ああ、最後に一つだけ。もしもクリムゾンゼロが嫌になったらいつでも僕を頼りなよ。僕だけは何があってもカノンの味方なんだからさ。じゃね。


 話はそこまでだった。

 通話相手は”拷問趣向者”ことトーチャー。彼女が知る中で最も性質の悪い部類に入る、人格破綻者。

 文字通りに他者に拷問を施し、様々な情報を聞き出す技術に長けている。

 そして数多くの尋問という名の拷問の経験結果、ある程度なら記憶を消す事も可能。

 零二が知れば間違いなく、怒るに違いないのは分かっている。

 何故なら、零二にとってトーチャーは最も忌み嫌う類の相手。


「でも、あんたは甘いんだよ色々と。だから……」


 誰もいない狭い壁に囲まれた小部屋の中で、誰に言うでもなく少女は一人呟いた。


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