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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 11
391/613

ミスフォーチュンギャザリングオブピープル(Misfortune gathering of people)その13

 

「くっ」

 銃弾が後頭部すれすれをかすめていく。

 これで一体何発目の狙撃だろう。最初こそ数えていた歌音だったが、今はそんな事はどうでも良くなった。

 チュイン、という音は、銃弾が何かしらにぶつかった事を示していて、もしかしなくても跳弾が向かって来る可能性を思わせる。

(はぁ、本当に面倒くさいわね)

 さっきからろくに顔を上げる事すら出来ておらず、相手から一方的に攻撃を加えられている。

 本来なら得手としているはずの遠距離戦、のはずなのに。

 何せ歌音が音で攻撃をしようにも、迂闊に顔を出せば、即座に狙撃。その結果が今の状況。

 歌音が攻撃するには身を潜めている物陰から、顔を出さなければならない。しかし、相手は銃口を常に向けている為、先手を取られてしまう。

「マズいわね」

 何よりも厄介なのは、狙撃手もまた、恐らくは自分と同様に、に関わる能力者。ただし攻撃向きではなく、その分、探知・・に特化しているのだろう。


 ──そろそろ諦めてもらえるかな?


 相手から届く声には、同情らしき響きが聴き取れる。


「諦めてもいいけど、まずそっちから先に出てもらえるかしら?」


 ──ははは。それは困ったな。迂闊に動けばこっちがやられるんだろ? 恐らくはそちらは音を攻撃に回すみたいだし。


「そうね。そっちは攻撃には回せない、だからこその銃撃なんでしょ?」


 ──ああ、仰有る通り。本来ならこっちに勝ち目なんてない。だがこの状況下に於いて、なら話は別だ。そっちはこちらを向いてから音を発しなければならない。対してこっちはスコープに映ったそちらを撃つだけ。実に簡単な作業だ。


「ムカつくわね」


 だが実際その通りだった。零二ではないが、正面切っての対決ならばまず遅れを取りはしない相手。皮肉な事に得手のはずの遠距離戦でのみ、相性が悪い相手。

 このまま膠着状態がいつまでも続ける訳にもいかず、何処かのタイミングで仕掛けなければならない。

(どうするの私)

 焦りたくなくとも、零二のいるはずのスポーツセンターから音が聴けなくなってからかれこれ十分は経過している。

(あの馬鹿が後れを取ったりはしないとは思うけど……)

 とは言え、それはあくまでも真っ正面から戦えば、の話。何らかの搦め手などを用いれば対抗する事とて有り得る。

 そんな事を考えている内にも、断続的に銃撃は続く。

(単なるスナイパーライフルじゃない。弾数が多過ぎる。そもそも今まで薬莢の転がった音と微かな発砲音しか聴こえないもの)

 恐らくはボルトアクションタイプの、数発程度のモノではなく、サポレッサー装備かつ二十発以上の代物を使っている。スナイパーが単独で敵集団に対抗する為の軍用の代物だろう。まず一般人には手には出来ない代物である。

(どっちみち相手はただ者じゃない、油断とかそういった隙を待っていても多分無駄ね。

 ああ、もう本当に面倒くさいし、嫌だけど…………覚悟を決めなきゃダメか)

 実の所、隠し玉ならある。

 ただ実戦で使った事がなく、練習でも成功したのは十回中三回程。お世辞にも使いこなせるレベルではないから、用いた事がない技。

(四の五の考えるな、失敗する事を考えるな、ただ相手を狙う事だけに集中して)

 ふうう、と深呼吸を一つ入れる。

 その上で、意を決した歌音は突然立ち上がり、音を放とうとした瞬間だった。


「え?」


 歌音は思わず何が起きたか一瞬戸惑いの表情を浮かべる。

 射程ギリギリの所にいたはずの相手はそこにはいなかった。

(まさか、接近している?)

 耳を澄ませ、周囲の音を聴き取るも、狙撃手らしき何者かの迫る音は皆無。

 考えられる可能性は一つだけ。


「…………逃げたの?」


 まさかの展開にしばし唖然とする歌音であった。

 そして事態は動く。さっきまで何も分からなかったはずのスポーツセンターから音が聞こえ出したのだ。



 ◆



「いやぁ、困ったな。本当に」


 歌音から距離にして一キロ半、千五百メートル先にあの狙撃手はいた。

 ライダースーツにヘルメット、大型バイクに跨がる姿はどう見てもバイカーである。


 ──困ったのはこちらだよ。君には例の実験対象の観察を依頼したはずだがね。


 電話越しの声は不快感を隠さない。


「依頼の件でしたら、おおよそ狙い通りの結果です。そもそも、観察しようにもスポーツセンター周辺を不可視化、音まで遮断されてはこっちに確認する術などないじゃないですか」


 ──それで何者かの妨害もあったから、任務続行を放棄。そういう認識で良いかね?


 電話越しの声、より正確な表現をするのであれば彼にとっての雇用主の不快感は一層増しているらしく、言葉の端々に棘を感じさせる。もっとも、雇用主は彼のイレギュラーを把握しており、自分の感情を聴き取れる事を知った上でこうして話しているのだが。


「ええまぁ。何らかの妨害が入る事は想定していましたが、何せ同系統・・・のイレギュラー持ちが相手では決め手に欠けまして、はは」


 歌音もまた感じていた事ではあるが、彼もまた、あの場で自身に決め手がない事を理解していた。だからこそ、足止めだけ済ませ、後は素早く撤退したのだった。


 ──決め手がない、とは妙な事を言う。君のイレギュラーが非力な事は元より承知だ。

 だからこそ、何故アレを使わなかったんだね? アレなら多少の戦力差などどうにでも出来たであろうに。


 雇用主は彼の戦闘力を補助すべく、武器を渡していた。その一つがオートマチックスナイパーライフルであり、そして切り札たる魔弾・・

 確かに魔弾さえ使えば恐らくは相手を仕留める事は可能だったに違いない。


 ──そもそも、魔弾アレは君自身の要望で用意した代物だ。使わねば意味がない。

 正直に答えてくれるか、相手は少女か?


「はは、ええ、まぁ」


 ──全く、相変わらずだよ。


 電話越しの声からはハッキリと落胆が伝わる。

 彼にとって、年端もいかない少女を手にかけるという行為は、自身が定めたルールに抵触する。だからこそ、足止めにのみ徹した。

 雇用主もまた、それを知った上で任務に就かせたのだ。

 これ以上の問いかけは無駄だと分かり、話を切り替える。


 ──まぁいい。それにどうやら実験対象は敗北した。相手だが、どうもクリムゾンゼロらしい。


「へぇ、それはまた想定以上の大物だ」


 ──という事は、誰がかの少年にあの場所へ向かうように言ったかは大体察しが付く。


「ではその始末をすればいいのですか?」


 ──いや。その件なら問題はない。それよりも君には今回の件が外部に漏れる事を防いでもらいたい。言いたい事は分かるね?


「了解。関連施設の後始末、承りました」


 その言葉を聞いた瞬間、電話はプツンと切れた。


「全く掃除屋ってのも厄介な役回りだ。ま、後始末っていう意味ならこっちより面倒なのは向こうさんだろうなぁ」


 誰に言うでもなく呟くと、狙撃手はバイクを駆り、何処へともなく走り出した。




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