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カスタムバイク

 

 バルルル。一台のバイクが唸りながら疾走していく。

 かなりの速度を出しているこのバイクだが、普通とは違う点がある。

 このバイクには燃料タンクがない。それからこのバイクが街灯もろくにない真っ暗な道路を無灯火で走っている事だ。もっとも前者はバイクの問題、後者は乗り手の問題なのだが。

「ふぅン、こりゃ早すぎたかもな」

 時間はあれから一時間。指定された時間には余裕で間に合いそうだと零二は思った。

(わざわざ急いで【倉庫】までバイクを取りに行かなくても良かったかな、こりゃあよ)

 零二は今回単独での任務遂行となる。

 相棒たる桜音次歌音は今夜は休みらしい。

 一応電話してみたものの、

 ──夜更かしはお肌に悪いから嫌、面倒くさいし。

 とけんもほろろに断られたのだった。



 ◆◆◆



「……はぁ」

 零二は思わずため息を洩らす。もう春先だが、外は意外と冷えている様だ。吹く風が少し強い。

 ──どうしました?

「いや、そのさ。ちょいとばっかり思うとこがあるンだわ」

 ──案件を断る、という認識で良いのですね?

「そうじゃないよ、姐御からの依頼をオレが断るはずないだろ」

 零二にとって九条羽鳥は、単に処分寸前だった自分の命の恩人ではない。彼女こそ、あの施設から外に出た”02”としか呼ばれなかった実験体の少年に彼の出自を教えた人物であり、名字はあっても名を持たなかった少年に”零二”という名を与えた張本人だった。

 零二も正直言って得体の知れないこの上司を心の何処かで恐れている。

 この平和ピース使者メーカーなる女性は、どんな相手でもその態度を変える事はない。

 淡々とした声で相手に必要最低限の情報だけを渡し、後は受け取り手に任せる。

 彼女にとっては全ては”盤上の駒”なのだろう。

 今、零二が抱いている違和感についても、彼女ならば把握していてもおかしくはない。そう思わせる何か底知れなさが彼女にある。


「いいから教えてくれよ。……オレは何をすりゃあいいンだ?」

 とは言え零二も理解している。

 この電話の相手はそんな自分の悩みなどとうにお見通しなのだろう、と。全てを理解、把握した上でこうして統制下にある自分に今、電話を繋いでいるのだろう、と。

 彼女には敵わない。直接的な意味なら負けやしないだろうが、こういう間接的な意味ではまず間違いなく。彼女の足元に及ばないだろう、それ位の事はこの不良少年にだって分かる。

 少し間が空いた。時間に換算し、およそ三秒か四秒程度だろう。

 ──ではクリムゾンゼロ。貴方に任務です。

 ピースメーカーの名を持つ上司は告げた。



 ◆◆◆



「で、コイツを貸せっていうのか?」

 ガラガラ、というシャッターを開く音と共に、訝しげな声がかけられた。声はしわがれていて相手が老境に差し掛かっている事を教えてくれる。

 その相手、下村老人が嫌そうな表情を浮かべながらその倉庫の一番奥、そこにブルーシートに覆われた場所に足を運ぶ。

 顔中に無数の傷が刻まれた、その顔を目にすれば普通の人であれば思わずその場から逃げ出す事だろう。

 ましてや薄暗いこの倉庫の中でボオッ、と心許ない照明の中でこんな凶悪な顔が浮かび上がったのならば余計に。

 零二も正直言うと、下村老人の凶悪な顔を見ていて、まるで落武者の生首だな、と連想したものの、それを言うと自分が怯えていると思われる様な気がして……黙っている事にした。

 もっとも、零二は熱で周囲を視認出来るので暗闇でも別段見えない、という事ではないのだが。

 下村老人は、はぁ、と心からのため息をつく。

「そう言わないでくれよなぁ、オレだってこンな夜中に仕事なンだぜェ……はぁ、って感じなンだよな」

「はいはい、分かったよ。でもな、頼むから大事に扱ってくれよなぁ……」

 やれやれ、と呟きながら下村老人がブルーシートを外す。

 バサッ、というシートの音と共に視界に飛び込んだのは、一台のバイク。正確にはバイク風の二輪車だ。

 見た目こそはきちんとしたバイクなのだが、普通の物とは違い、ガソリンでは走らない。このバイクが走る為に必要なのはそれに乗るマイノリティ自身のエネルギー。

 下村老人がカスタムした特注品で、一応マイノリティなら誰でも扱えるのだが実際にこれを扱うのはほぼ零二一人。

 ついでに言うなら毎回その乗り手がこれを扱う度に中破ないし、大破させるので下村老人が毎回怒りながら修理する様を見ていると、つい誰も乗らないのだ。

「はいよ、気を付けるよぉ」

 この言葉もまたいつもの事で、下村老人ははぁ、と大きな溜め息を付く。

(ああ、こりゃまた駄目かもなぁ)

「♪~、ンー♪」

 いつも通りに鼻唄混じりにカスタムバイクを倉庫から出す零二の後ろ姿を目にした下村老人はもうこの後の顛末を予期し、頭を垂れたのだった。

「ンじゃ、また後でっ」

 バルル、と音を出してバイクは走り出す。

 幸いにも、行きは何事もなくバイクも特に壊す事なく無事に倉庫街へと辿り着けた。



 ◆◆◆



「ンあ、監視ぃ?」

 零二は思わず間の抜けた声を出してしまった事を後悔した。

 九条羽鳥からの任務は零二がいつも受け持っている様な荒事ではなかった。

 監視と聞いて零二が想起したのは、刑事ドラマで見かける様な犯人が寝ぐらにしているボロいアパートを、電柱の陰からジッとアンパンを口にしながら待ち受けている地味なイメージだった。

 ──不服ですか?

「だって待つってこったろ? ……オレの性にゃあわねェよぉ。退屈で死ンじまうよー」

 ──確かに通常であれば貴方向きの任務とは言えません。

 ですが、今回は貴方向きなのです。何故なら、恐らくは戦闘がそこで起きますので……。

「え、マジで……ですか」

 戦闘と聞いた瞬間に零二は目を輝かせる。相手は電話越しだと言うのについ、背筋を伸ばして直立するのはご愛嬌、といった所だろう。

 ──では任務について話をしましょう。



 九条からの説明によると、

 とある製薬会社の所有する倉庫に今夜襲撃があるという。

 その製薬会社、EP製薬はこの数年間で製薬業界で一気に躍進した新進メーカーなのだが、どうやら極秘でマイノリティやイレギュラーについての研究を行ってきたらしい。

 マイノリティの存在をいくら表向きは隠してはいても、イレギュラーという超常の異能力を携えた彼らに興味を持つ者達は多い。

 軍事産業は元より、製薬業界も常人を凌駕した超人には強い興味を示している。

 このEP製薬もマイノリティについて他の企業同様に研究をしていたそうだ。

 そうして研究している内に偶然、ある物を作ってしまった。

 それは一種のウィルス兵器。元々は新型インフルエンザワクチン開発でのミスが原因で作り出した代物。

 それは普通の生き物には全くの無害。例外なのは、それが世界の少数派マイノリティにとって致命的な疾患を招くという特性を持っていた、という事らしい。

 表向きは元々のコンセプト通りに新型のインフルエンザワクチンとして培養しているらしく、それが今、この九頭龍にあるという話。試作品を近々実験に用いる予定らしい。

 それを聞き付けたWDのよその支部が九条に極秘で部隊を動員した、同時にWGもその情報を聞き付けたらしく、調査をする。そういう内容だった。


「姐御、ンでオレの立ち位置はどうなってんだ?」

 ──ケースバイケース。臨機応変でお願いします。

「つまりは、無断でこっちの縄張りに入った余所者をブッ飛ばしてもいいって事かよ?」

 ──ケースバイケースです。

「上等だぜ」



 ◆◆◆



 ──それで現状報告をお願いします。

 さっきから九条の声が少し掠れて聞こえる。

 理由は簡単で、零二はカスタムバイクを再度駆っているから。

 風を切る音で、電話の音声が途切れ途切れになっているのだ。

 軽く食事(約二千キロカロリー相当)を取った零二は追跡を始めた。

 彼は火に包まれた倉庫街の屋根から見ていたのだ。

 まず怒羅美影が逃走する様を。そしてそれを追跡する武装集団を。さらに少し間を置いてから傷が癒えたらしい正体不明のマイノリティ、つまり縁起祀が猛スピードで走り出したのを。

 それで彼もまた追跡を始めた。

 零二の熱探知眼サーモアイは美影程の広範囲を見通せる訳ではない。だが、その代わりに熱の”痕跡”を見る事が出来るのだ。

 それはまさに足跡と同じ。零二はただそれを追うだけ。


 だが、そう簡単にはいかなかった。


「え、ゴメン姐御。なンだって?」

 ──現状……報告です。


 ババババ。

 銃弾が零二へと浴びせかけられる。

 相手はエトセトラの連中。彼らは全員バイクに乗っており、片手でサブマシンガンで銃撃してきたのだ。

 どうやら追跡者を妨害するのが目的らしい。


 ──もしもし?

「ちっ、めんどうくせェッッッ」

 舌打ち混じりに零二がバイクを巧みに前後へと加速、減速を繰り返し銃撃を避ける。

 腹ごしらえして体力を少しは回復させた訳だが、まだまだ本調子ではない。

 それにこのバイクを運転する間も、僅かとはいえイレギュラーを使うのと同様に消耗していくのだ。

 こんな所で無駄な弾を貰う事等出来ない。

 だから、

「ったくよぉ――!!」

 零二はアクセルを吹かし一気に加速。先行していたエトセトラのバイクに一気に迫る。

 驚異的な迄のその急加速は、零二の駆るこの乗り物が既製品とは明らかに別物である事を如実に雄弁に物語る。

「るああアッッッッッ」

 更に加速しながら前輪を持ち上げ──前にいた相手のバイクに乗り上げる。

 ガシャアアン、という破壊音。

「うわっっっ」

 予期せぬ反撃の前に相手のバイクは中破。乗り手は前に投げ出される。

 まだまだ零二は止まらない。今度は空中で反転。まるで曲乗りの様にバイクを制御。後輪で追撃してくるエトセトラの隊員を攻撃。

 バキン、メットを半ば叩き割りながら相手を吹き飛ばす。

 ザシャアア!!

 火花を散らしつつ着地した零二のカスタムバイクの周囲を、残されたエトセトラの三台バイクが取り囲む。


「姐御、悪いけど──ちょい、とばっか電話切るわ。だってよぉ」

 自分を取り囲みながら銃口を向けてくる敵に向かいなおる。

「結構楽しいンだよ……今さぁ」

 零二は獰猛に歯を剥いて笑う。

 そして愛馬ならぬ愛機をバルル、と鳴らすとゆっくりと動き出す。エトセトラの面々がサブマシンガンの引き金に指をかける。

 パパパパパ。

 乾いた銃声と共に火の花が咲き乱れる。

 薬莢がばらまかれ、無数の銃弾が襲いかかる。

「へっ、上等だ!」

 零二は向かってくる銃弾を、防弾仕様のタイヤで弾きながら──笑った。



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