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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 11
388/613

ミスフォーチュンギャザリングオブピープル(Misfortune gathering of people)その10

 


 ムカデ男と零二が衝突。

「しゃあっっ」

 先に仕掛けたのは零二。さっきまでは一応は一般人相手だったので控えていたが、相手がマイノリティ、それもフリークならば話は別。突っ込みながら、全身の熱を操作し──身体能力を開放。勢いを乗せた右拳を相手へと放つ。

「ギュガアアッッ」

 零二へと向けられたムカデ男の腕はまるで小枝のように容易くへし折れ、吹き飛ぶ。

 だが拳は届かない。何故なら──その拳は無数の手足によって遮られていたのだから。


「ち、うっぜェな」

 舌打ちする零二だが、その表情に焦りは特にない。

 今の手応えでムカデ男の耐久性は大体把握した。文字通り百足かどうかは分からないが、無数の手足の強度だが、一本一本では大した物ではない。それに肉体変異系ボディの系統ではあるが、肉体自体の強度もそれ程高くはないらしい。

 さっき吹き飛ばした手足の付け根に、ピシピシと亀裂らしきひび割れが入っているのを、零二の目は油断なく捉えていた。

(まぁ、多分隠し玉の一つや二つはあるかもだけどよ、それを受けるようなマゾッ気は生憎持ち合わせちゃいねェンでな)

 素早く決着を付けるべく全身の熱を沸騰させていく。

 本来であれば一般人である木岐の前で見せるモノではないが、そもそもフィールドを展開出来ない以上やむを得ない。

(いざとなりゃ、記憶を何とかしてもらうさ)

 零二個人にそうしたイレギュラー持ちの当てはないのだが、そこは今回の一件(面倒事)を持ち込んだ当人たる西東夲に押し付ければいい。

(一気に片付けるかっっ──)

 そう決めて反撃せんとした時だ。


「キシャアアアアアアッッッ」


 切り裂くような奇声をあげてもう一体のフリークが向かってくる。

 その体躯はせいぜい小学生の中学年程度。零二よりも頭一つ程は小さく、恐れるような相手には見えないのだが。

 その手に異様なモノを持っていた。

 まるで棒でも持つかのように、灰色の、電柱を片手で掴んでいた。


(オイオイオイオイマジかっっ?)


 それを小男は軽々と持ち上げると──上段から一気に振り下ろした。


 グシャッッッ、という何かが潰れた音、そして土煙が巻き上がり、木岐は何も見えなくなる。

「……武藤零二?」

 訳が分からない。凶人達だけでもおかしいのに、今、目の前で起きた事は一体何だと言うのか? どう見ても普通の人間とは別のモノになった誰かに、優に自分の身体の十倍以上はあるであろう電柱を振り回す小男。

 そしてその一撃があの不良少年を直撃した。ムカデ男に捕まらなければ躱せたのかも知れない。でも現実は見ての通り。

(……あんなの耐えられるはずがない)

 愕然とし、へたり込み、思わず名を叫ぶ。

「武藤零二ッッッ」


「へっ、お呼びかい」

「え?」


 思わず顔を上げる。一瞬幻聴かとも思った。

 しかし、

「生憎とそうそう簡単にゃ死ねねェんだよな、オレ」

 減らず口と共に土煙から姿を見せたのは紛れもなく武藤零二当人。

 上に着ていた白のシャツこそボロボロになっていて、赤のタンクトップ、肩に腕が剥き出しにはなっていたが特に深刻な怪我は見受けられない。


「よ、木岐」

「何で──」

「無事なのか、って? いや、そりゃ無事だろうよ。あの小男が電柱をぶち込ンだ先にはムカデ野郎がいるワケだし」

「…………」

「だから電柱がムカデに直撃した瞬間に掴んでた手を振り払って、しゃがめば余裕だ。

 ってオレ何かヘンな事でも言ったか? 目が点になってるぞ」

「…………」

 今の話を、木岐は何から突っ込むべきなのかが分からない。

 一瞬で振り払ってしゃがんだ、とか、言葉の意味こそ分かるが、そんなのを誰が実行出来ると言うのか。ここに至って木岐は理解した。

 今朝から次々と起きた非日常。これまで知っていた常識など通じないモノ。その中で極めつけの常識外れこそ──目の前にいる武藤零二という少年なのだと。


「待って、ムカデ男は電柱で潰れたんだとして、よ。もう一人の……」

「小男か」

「そう。彼はどうしたのよ?」

 そう。零二の説明だとムカデ男は倒れたかも知れない。だがもう一人の小男は何ともない。なら、こんな所で悠長に話している場合ではないはず。

「早く逃げなきゃ」

「ああ、問題ねェよ。だって……」

 土煙が晴れていき、零二がくい、と指差す先には倒れ伏した小男の姿がある。

「アイツなら、さっきブッ飛ばしたからな」

 そう平然と言ってのけるのだった。



 ◆



(こいつは強い……)

 倶利伽羅宏樹は獲物の強さを目の当たりにし、息を呑む。

 さっきまでの凶人達をものともしない様子からまず間違いなくマイノリティなのは分かっていた。例の装置を最大レベルに設定したのは相手がどの程度の強さなのかを推し量る為。スポーツセンター全施設に一斉に流して、覚醒したのは二体。この場にいた全人数から換算すればまずまずの結果ではあった。

 それらは予定通りに獲物へと向かっていった。

 少なくとも無傷では済まない、そう思っていたのに。

(なのに、あいつはぁ)

 タイミングはバッチリで、間違いなく直撃するはず。脳漿を派手にぶちまけながら、即死するはずだったのに。

 相手はそれを躱してみせた。

 確かに電柱がムカデ男に直撃した瞬間、拘束する力は低下しただろう。だが、そのほんの一瞬、まばたきし終わる位の短時間で、振り解いて躱す事などそうそう出来る事ではない。

 さらにあまつさえ、である。

 獲物たる不良少年は反撃に転じてみせたのだ。

 しゃがみ込んだ状態から、飛びかかって足を腕刀で殴るように払う。

 小男は体格こそ元から縮んだものの、その骨格、筋力密度は上昇。下手な肉体操作、変異系のマイノリティよりも優れた強さを秘めていた。

 鉄骨よりも強度が優れ、そう易々と倒されるような相手ではなかったはず。

(あいつめぇ)

 それをあっさりと倒し、素早く馬乗りになるや否や左の鉄槌を顔面へ叩き込む。一方的だった。左右の鉄槌を交互に放ち、叩き込む。如何に筋力が上昇しようとも脳に衝撃が生じれば話は別だ。地面に倒れ、馬乗りにされ手足を踏まれ、完全に無防備となった小男は二度、三度と振り下ろされる攻撃を前に沈黙。完全に意識を絶たれ、倒された。


(あいつめぇっっっ)


 怒りが噴き上がる。

 折角用意した手駒はものの数秒でおしゃかにされ、他の凶人は、あの装置の影響で使い物にならない。この場に於いて動けるのは今や、自分のみ。本当に腹立たしい事この上ない。

「だけどさぁ」

 だが倶利伽羅は怯まない。何故なら自分ならあの獲物に勝てるから。

 そう、ついさっき条件・・は揃った。自分のイレギュラーを相手に及ぼす事さえ叶えば、負ける要素など皆無なのだから。



 ◆



「さって、と」

 パンパン、と手に付いた土を払いつつ、零二は周囲を見回す。

 見た所、この場に立っているのは自分と木岐だけらしい。

 他の凶人達は未だにうずくまっていたり、或いは気絶しているのか立ち上がる者は皆無。

「そろそろ行くぞ」

「う、うん」

 木岐はようやく落ち着いたのか、零二をじっ、と見つめる。

「?」

 零二は自分に向けられた視線に気付き、苦笑する。あの少女が何を思っているのか容易に想像出来る。

「正直ビックリしたろ?」

 だからそう切り出す。さっきの光景は明らかに異常だった。かと言って嘘をつくのも性に合わない以上、誤魔化さずに訊ねる事にした。

「…………うん」

「そっか。そらそうだわな」

 他愛ない会話。素っ気ないやり取り。だけど木岐はこの短いやり取りで充分理解した。

 武藤零二という少年は、普通じゃない。怪物みたいなモノを蹴散らし、平然としている。でもそれだけだ。

(この人は人間・・だ。私と一緒で人間なんだ)

 そう思うだけで、幾分か冷静になる事が出来たからか、不意に周りを見てみた。

 一見何もない、いつも通りの朝の空気。大勢の人が倒れ伏す異常な光景が広がるこの場所。

 誰かが向かって来るのが分かる。

(誰な、の?)

 その近寄る誰かに視線を向けると、その表情が見え、凍り付く。

「武藤零二っ」

 叫び声をあげ、注意を促す。

 相手はもう数メートルにまで接近している。普通なら躱すにはもう厳しい距離。だけど武藤零二なら、問題ないはずだ。

「…………」

 だが、零二は動かない。誰かが接近している、手には大型ナイフを持っていて、殺意は明白だというのに零二は全く動かない。

 そうして、ナイフはあっさりと零二の腹部へと入っていく。

「武藤零二っっ」

 そのまま食い込むナイフの刃。赤いタンクトップにジワリと滲む別の赤色。

「くへへはっっあぁ」

 喜色満面の倶利伽羅宏樹は、ナイフの刃を動かし、腹部を抉ると、──一気に引き抜く。

 ピピッ、と刃先から飛んだ血が地面へと落着。

「…………あ、ぐっっ?」

 苦痛に顔を歪め、零二はその場にうずくまり、

「はははっ、そうだ。ようやく苦しんでくれたなぁ」

 倶利伽羅は心底から満足気に、口元を大きく歪ませた。



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