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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 11
387/613

ミスフォーチュンギャザリングオブピープル(Misfortune gathering of people)その9

 


「よっし、じゃあ行くぞ?」

「うん」

「いいな、絶対に一人で動くなよ」

「うん」

「それから……ぶへらっ」

「いいから行くっ」

「……はい」


 たった今鼻を小突かれた痛みを感じながら、零二はドアノブを回し、出来うる限り静かに音を殺しながら外に出る。

 すると目の前には周囲をうろうろしている一般人、もとい凶人が三人。

「せっっ」

 小さく息を切って、零二は即座に動き出す。一足飛びに手前の凶人へと肉迫。そのまま跳び膝を見舞う。相手を地面へと叩きつけ、生じた反動で前へ。二人目の凶人が獲物に気付くも時既に遅し。零二は左足払いでその足元を刈り取り、尚且つ右手で地面を叩いて自身の勢いを殺す。更に左手を地面へと叩きつけ、その勢いで右足を体制を崩した相手の顔面へと喰らわせる。

「すうう、っっ」

 三人目が猛然と向かってくる。理性らしきものは相手の様子からは全く伺えない。確かに厄介ではある。一般人とは言え、何事にも躊躇せず突進をかけてくるのだ。普通であれば気後れし、逃げ出すような状況でも彼らには関係ない。もっともそれは勇猛果敢ではなく、単にそうして判断を下すだけの知性を失っているからなのだろう。

 とは言え、それはあくまでも一般人同士での話。

「しゃっっ」

 零二の身体能力は素の状態でも一般人のそれを大きく凌駕。イレギュラーなど使う必要もなく、目の前の相手を制圧出来る。

 実際、三人目の凶人を零二はあっさり返り討ちとした。

 単に相手の突進を躱しながら手で頭を掴み、足を払って地面へと落とした。

「…………」

 その光景を受け、木岐は言葉も出ない。

 ものの数秒、文字通り秒殺で三人の、大の大人をあの小柄な少年は蹴散らした。

 荒事とは縁のなかった彼女から見ても、零二の強さは圧倒的。まるで大人と子供のように見えた。


「よっし、さっさと行くぞ」

「え、あ、うん」


 零二に促され、木岐は静かに動き出す。


「っしゃっ」

 風を切るような勢いで零二は肩口から相手へとぶち当たっていく。その小さな身体の何処にそんな馬力があるのか、大柄な相手は見事に後ろへと転がっていく。

「すごい」

 口をつくのはそんな言葉位しかない。

 とにかく零二は強かった。

 凶人達を次々と、それこそあっさりと蹴散らしていく様は、まるでアニメかマンガのキャラみたいで、現実離れもいい所に思える。

「うっらっっ」

 素人目にも分かる。

 あの凶人達と零二の圧倒的な違いが。

 凶人達は決して弱くはないんだと思う。何せ躊躇らしきモノが一切見受けられない。自分が傷付くような無謀とも云える行動でも怯まず、襲いかかる様は異様だ。


 五人の凶人が一斉に飛びかかっている。ツンツン頭の不良少年に覆い被さるつもりらしい。一人目はカウンターの右膝を喰らった。二人目は左拳を叩き込まれた。三人目は後ろへ引きながらの左前蹴り。四人目は右フック。だが如何せん人数差は大きいのか、五人目まで返り討ちには出来ないのか、肩口を掴まれてしまう。

「あ、あう゛ゅああああああ」

 人とは思えない絶叫をあげながら、五人目の凶人は零二を引き倒さんと試みる。だが、狙いは叶わない。その前に不良少年の頭突きが相手の顔面を直撃。

「へっ、おととい来やがれっての」

 そう言い切る零二に一切焦りらしきものは見受れず、それどころか笑ってさえいる。

 どう見ても普通ではない。単なる不良だとかそういった範疇で括れはしない。

「…………」

「ン? どうした木岐。行くぞ」

「うん」



 ◆



「いたよぉ。あの不良めぇ」

 その零二の暴れっぷりを倶利伽羅は建物の外から見ていた。

 カメラに映らない以上、いや映ってもほんの一瞬。これでは相手をじっくりと観察・・する事など到底出来そうにない。

 だからこそこうして外に出たのだが、正直苛立ちを隠せなかった。

「あいつら【ポーン】なんだからもっと前へ前へ進めばいいのに」

 倶利伽羅の怒りの矛先は凶人達。

「理性の欠片もない連中のくせして何をトロトロやってるんだぁ」

 思った通りの結果を出せない彼らに八つ当たりしたくなるのだが、

「じゃあいいよぉ。もっとやってやればいいんだからぁ」

 彼らに怒りを発するよりも、もっと狂ってもらえばいい、とそう思い、再び建物内へと戻っていく。


「チューニングレベルをマックスにしてぇ、」

 渡されたガジェット、音楽プレーヤーのメモリを最大レベルにし、コードを接続。その上で放送室にあるマイクのスイッチをオンに。

「くっへへへへ。もっともっと狂っちゃえよぉぉぉ」

 そうしてプレーヤーの再生ボタンを押した。



 ◆



「──ンっっっ」

 ドクン。

 それに気が付いた時、零二の中の何かが揺らいだ。

 ドクン。

 心臓の鼓動がやたらと大きく響く。

(なンだコレ?)

 例えるなら、身体の内側から何か出て来るような感覚、とでも言えばいいのか。

 自分の中の深い何かが沸き出すような感覚。

「う、げっっ」

 急に気分が悪くなり、力なくその場に膝を屈する。

 それは元来の体質から、風邪などの病気を患った事のない彼にとって初めての不調。

 身体に寒気が走り、汗が滲んで溢れ出す。

(ヤッベ、口から出ちまいそうだ)

 胃液が逆流しているのが分かる。たまらなく気分が悪い。許されるのならば、その場に倒れ込みたい程身体が重い。こんな状態で襲われればまともに反撃すら覚束ないのは明白。

「…………」

 視線を巡らすと、凶人達もまたその場で悶え苦しんでいるらしい。誰も向かってくる気配はない。そうして苦しんで何秒経っただろう、ほんの十秒足らずにも思えたし、はたまた何十分にも思えた時間は唐突に終わりを迎える。


「え、?」

 さっきまでの変調が嘘のように零二は起き上がる。

 内臓を吐き出しそうなあの不快感は嘘のように全く感じない。つい今まで自分のモノとは思えなくなった手足が軽々と動く。

(待てよ。オレがマトモになったつぅコトは──)

 零二の懸念は的中した。自分同様に悶え苦しんでいた凶人達もまたすっく、と立ち上がり、こちらへと走り出す。


「へっ、鬼ごっこ再開ってワケかよ」

 しかし凶人達の様子がおかしい。走っている誰かだが、急に走るのを中断。顔を抑えつつ、ギャアアアアアと悲鳴をあげる。その声量は叫んでいる、というレベルではなく、まるで今際の際の叫びのようで────。

 見ればそうした状態に陥る凶人が続出していた。

「なンだ?」

 変化は急激に起きた。突如、一人の凶人の背中から足が飛び出す。メキメキ、と骨が砕け、軋む音。

 また別の凶人の身体はまるで粘土細工のように崩れていき…………。

「なによあ、れ」

 木岐は自分の目を疑った。その目に映ったのはまるで現実離れした光景。さっきまでの零二の強さも大概だったが、そんな強さなど吹き飛ぶような光景。

 つい今までそこにいたはずのヒトが、別のモノへと変わっていく様を目の当たりにしたのだから。ここに至り、彼女は非日常の世界を、見てはならない世界の裏側を知ってしまった。


 もうそこにいるのは怪物としか形容出来ないモノ。

 上半身以外はムカデそのものの怪物。そしてもう一体、粘土細工の下から姿を見せたのは、さっきよりも小さくなった凶人。体格的には小学生のようだが、異様な雰囲気を放っている。


「ひっ」

 ムカデ男と目が合い、恐怖で木岐の背筋が震える。

 零二が遮るようにその前に立つ。

「へっ、フリークになっちまったってワケだ。そいつはご愁傷様、同類ってンなら手加減しねェ。遠慮なくブッ飛ばせるな、もっとも──」

 今更オレの言葉が通じるかは疑問だな、という挑発を受けたのか、フリーク達は示し合わせたかのように動き出した。

「木岐、後ろ──とにかくオレから離れろ」

 そう言うや否や、零二もまた前へ飛び出していく。


「そうだよぉ。殺し合え、みんな死んじまえよぉ。化け物になって、殺してしまえよぉ」

 そしてその有り様を満足そうに、再度外に出た倶利伽羅は眺めていた。ようやく仕込みは終わった。しかも都合よく手駒も手に入った。

「うん、じゃあぼくも行かなきゃなぁ」

 勝利を確信した倶利伽羅は嬉々とした表情を浮かべると、動き出した。


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