ミスフォーチュンギャザリングオブピープル(Misfortune gathering of people)その9
「よっし、じゃあ行くぞ?」
「うん」
「いいな、絶対に一人で動くなよ」
「うん」
「それから……ぶへらっ」
「いいから行くっ」
「……はい」
たった今鼻を小突かれた痛みを感じながら、零二はドアノブを回し、出来うる限り静かに音を殺しながら外に出る。
すると目の前には周囲をうろうろしている一般人、もとい凶人が三人。
「せっっ」
小さく息を切って、零二は即座に動き出す。一足飛びに手前の凶人へと肉迫。そのまま跳び膝を見舞う。相手を地面へと叩きつけ、生じた反動で前へ。二人目の凶人が獲物に気付くも時既に遅し。零二は左足払いでその足元を刈り取り、尚且つ右手で地面を叩いて自身の勢いを殺す。更に左手を地面へと叩きつけ、その勢いで右足を体制を崩した相手の顔面へと喰らわせる。
「すうう、っっ」
三人目が猛然と向かってくる。理性らしきものは相手の様子からは全く伺えない。確かに厄介ではある。一般人とは言え、何事にも躊躇せず突進をかけてくるのだ。普通であれば気後れし、逃げ出すような状況でも彼らには関係ない。もっともそれは勇猛果敢ではなく、単にそうして判断を下すだけの知性を失っているからなのだろう。
とは言え、それはあくまでも一般人同士での話。
「しゃっっ」
零二の身体能力は素の状態でも一般人のそれを大きく凌駕。イレギュラーなど使う必要もなく、目の前の相手を制圧出来る。
実際、三人目の凶人を零二はあっさり返り討ちとした。
単に相手の突進を躱しながら手で頭を掴み、足を払って地面へと落とした。
「…………」
その光景を受け、木岐は言葉も出ない。
ものの数秒、文字通り秒殺で三人の、大の大人をあの小柄な少年は蹴散らした。
荒事とは縁のなかった彼女から見ても、零二の強さは圧倒的。まるで大人と子供のように見えた。
「よっし、さっさと行くぞ」
「え、あ、うん」
零二に促され、木岐は静かに動き出す。
「っしゃっ」
風を切るような勢いで零二は肩口から相手へとぶち当たっていく。その小さな身体の何処にそんな馬力があるのか、大柄な相手は見事に後ろへと転がっていく。
「すごい」
口をつくのはそんな言葉位しかない。
とにかく零二は強かった。
凶人達を次々と、それこそあっさりと蹴散らしていく様は、まるでアニメかマンガのキャラみたいで、現実離れもいい所に思える。
「うっらっっ」
素人目にも分かる。
あの凶人達と零二の圧倒的な違いが。
凶人達は決して弱くはないんだと思う。何せ躊躇らしきモノが一切見受けられない。自分が傷付くような無謀とも云える行動でも怯まず、襲いかかる様は異様だ。
五人の凶人が一斉に飛びかかっている。ツンツン頭の不良少年に覆い被さるつもりらしい。一人目はカウンターの右膝を喰らった。二人目は左拳を叩き込まれた。三人目は後ろへ引きながらの左前蹴り。四人目は右フック。だが如何せん人数差は大きいのか、五人目まで返り討ちには出来ないのか、肩口を掴まれてしまう。
「あ、あう゛ゅああああああ」
人とは思えない絶叫をあげながら、五人目の凶人は零二を引き倒さんと試みる。だが、狙いは叶わない。その前に不良少年の頭突きが相手の顔面を直撃。
「へっ、おととい来やがれっての」
そう言い切る零二に一切焦りらしきものは見受れず、それどころか笑ってさえいる。
どう見ても普通ではない。単なる不良だとかそういった範疇で括れはしない。
「…………」
「ン? どうした木岐。行くぞ」
「うん」
◆
「いたよぉ。あの不良めぇ」
その零二の暴れっぷりを倶利伽羅は建物の外から見ていた。
カメラに映らない以上、いや映ってもほんの一瞬。これでは相手をじっくりと観察する事など到底出来そうにない。
だからこそこうして外に出たのだが、正直苛立ちを隠せなかった。
「あいつら【ポーン】なんだからもっと前へ前へ進めばいいのに」
倶利伽羅の怒りの矛先は凶人達。
「理性の欠片もない連中のくせして何をトロトロやってるんだぁ」
思った通りの結果を出せない彼らに八つ当たりしたくなるのだが、
「じゃあいいよぉ。もっとやってやればいいんだからぁ」
彼らに怒りを発するよりも、もっと狂ってもらえばいい、とそう思い、再び建物内へと戻っていく。
「チューニングレベルをマックスにしてぇ、」
渡されたガジェット、音楽プレーヤーのメモリを最大レベルにし、コードを接続。その上で放送室にあるマイクのスイッチをオンに。
「くっへへへへ。もっともっと狂っちゃえよぉぉぉ」
そうしてプレーヤーの再生ボタンを押した。
◆
「──ンっっっ」
ドクン。
それに気が付いた時、零二の中の何かが揺らいだ。
ドクン。
心臓の鼓動がやたらと大きく響く。
(なンだコレ?)
例えるなら、身体の内側から何か出て来るような感覚、とでも言えばいいのか。
自分の中の深い何かが沸き出すような感覚。
「う、げっっ」
急に気分が悪くなり、力なくその場に膝を屈する。
それは元来の体質から、風邪などの病気を患った事のない彼にとって初めての不調。
身体に寒気が走り、汗が滲んで溢れ出す。
(ヤッベ、口から出ちまいそうだ)
胃液が逆流しているのが分かる。たまらなく気分が悪い。許されるのならば、その場に倒れ込みたい程身体が重い。こんな状態で襲われればまともに反撃すら覚束ないのは明白。
「…………」
視線を巡らすと、凶人達もまたその場で悶え苦しんでいるらしい。誰も向かってくる気配はない。そうして苦しんで何秒経っただろう、ほんの十秒足らずにも思えたし、はたまた何十分にも思えた時間は唐突に終わりを迎える。
「え、?」
さっきまでの変調が嘘のように零二は起き上がる。
内臓を吐き出しそうなあの不快感は嘘のように全く感じない。つい今まで自分のモノとは思えなくなった手足が軽々と動く。
(待てよ。オレがマトモになったつぅコトは──)
零二の懸念は的中した。自分同様に悶え苦しんでいた凶人達もまたすっく、と立ち上がり、こちらへと走り出す。
「へっ、鬼ごっこ再開ってワケかよ」
しかし凶人達の様子がおかしい。走っている誰かだが、急に走るのを中断。顔を抑えつつ、ギャアアアアアと悲鳴をあげる。その声量は叫んでいる、というレベルではなく、まるで今際の際の叫びのようで────。
見ればそうした状態に陥る凶人が続出していた。
「なンだ?」
変化は急激に起きた。突如、一人の凶人の背中から足が飛び出す。メキメキ、と骨が砕け、軋む音。
また別の凶人の身体はまるで粘土細工のように崩れていき…………。
「なによあ、れ」
木岐は自分の目を疑った。その目に映ったのはまるで現実離れした光景。さっきまでの零二の強さも大概だったが、そんな強さなど吹き飛ぶような光景。
つい今までそこにいたはずのヒトが、別のモノへと変わっていく様を目の当たりにしたのだから。ここに至り、彼女は非日常の世界を、見てはならない世界の裏側を知ってしまった。
もうそこにいるのは怪物としか形容出来ないモノ。
上半身以外はムカデそのものの怪物。そしてもう一体、粘土細工の下から姿を見せたのは、さっきよりも小さくなった凶人。体格的には小学生のようだが、異様な雰囲気を放っている。
「ひっ」
ムカデ男と目が合い、恐怖で木岐の背筋が震える。
零二が遮るようにその前に立つ。
「へっ、フリークになっちまったってワケだ。そいつはご愁傷様、同類ってンなら手加減しねェ。遠慮なくブッ飛ばせるな、もっとも──」
今更オレの言葉が通じるかは疑問だな、という挑発を受けたのか、フリーク達は示し合わせたかのように動き出した。
「木岐、後ろ──とにかくオレから離れろ」
そう言うや否や、零二もまた前へ飛び出していく。
「そうだよぉ。殺し合え、みんな死んじまえよぉ。化け物になって、殺してしまえよぉ」
そしてその有り様を満足そうに、再度外に出た倶利伽羅は眺めていた。ようやく仕込みは終わった。しかも都合よく手駒も手に入った。
「うん、じゃあぼくも行かなきゃなぁ」
勝利を確信した倶利伽羅は嬉々とした表情を浮かべると、動き出した。




