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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 11
386/613

ミスフォーチュンギャザリングオブピープル(Misfortune gathering of people)その8

 

「くっそ、くっそくっそ──」

 倶利伽羅宏樹はブツブツと悪態をつく。

 獲物の姿がカメラから消えてどの位経っただろう。

「早く早く姿を見せろよぉ」

 彼は観たかった。自分以外の者が地べたを這いずる姿が、泥塗れになって、無様に転がる様を見下ろしたかった。

「あいつを這いつくばらせたら、絶対に面白いだろうなぁ」

 一目で分かった。あの不良は自分とは真逆。傲岸不遜、誰にも屈せずに生きてきたに違いない、と。

(ああ、あいつをボコボコにしてやったら絶対に愉快なんだろうなぁ)

 そう思うと手足が震える。怖いからではなく、楽しみで震える。こんな感覚を味わえるのも、自分が特別な力に目覚めたからだ。

 それまでの、自分からの脱却。選ばれし存在への覚醒。言い方はいくらでもってあるが、とにもかくにもある日を境に、彼は常人ではなくなった。

 誰も自分には刃向かえない。それどころか、いくらでも媚びへつらわせる事だって出来る。

 実際、学校に通っていた時に散々世話になった同級生。あの如何にも世界は自分を中心に回ってる、とでも言わんばかりの偉そうな顔を恐怖で塗り潰したのは愉快だった。

 目覚める前なら決して勝てなかった相手にだって今なら簡単に勝てる。

 指先一つすら必要ではない。本当に簡単に勝てるのだ。


「くそ、あの野郎ぉ」

 だからこそ、だ。この状況下であれだけ余裕綽々な不良が心底気に入らない。

 ドン、と壁を蹴りつける。足に電気でも流したかのような衝撃が駆け抜けるが構わない。ドン、ドン、と繰り返し繰り返し壁を怒りに任せて蹴りつける。

 そうして十数秒。

「はぁはぁはぁ、はぁぁ」

 息を切らせながら、倶利伽羅はようやく気持ちを落ち着ける。

 じんじん、と足は痺れ、立っているのも辛い程。

「あくまでも隠れるって言うなら……こっちにも考えはあるんだからなぁ」

 そうして倶利伽羅はニタリ、と口元を歪めてみせた。



 ◆◆◆



「面倒くさい、本当に面倒くさいわね」

 それがまさしく今現在、歌音の嘘偽りない心からの言葉だった。

 何故なら、今の彼女には聴こえないから。一人目的地へと入った相棒・・、つまり零二の出す音が一切耳に届かないからである。

(うん。他の音は聴こえる)

 耳を澄まさずとも、周囲の音は聴こえる。何処かの家からはトントン、とした小気味良いリズミカルな音……これは包丁だろう。軽い感じなのは切っているのが然程固い物ではないから。

 バシャ、というこの音は外に水をまく音だろう。水滴が地面に落ちていくのが分かる。淀みなく、何度も何度も聴こえるのはこれを為している誰か、心音、呼吸から察するに恐らくは老人がこの作業を日頃からの日課としているからに違いない。

 特に意識せずとも周囲の様々な物音がその耳に入ってくる。

 なのに、零二が向かった先のスポーツセンター近辺からの音だけが、一向に聴こえてこない。

(妨害されてるって見てまず間違いない)

 何らかのイレギュラーなどを用いた音の遮断。つまり、スポーツセンターで何かしらの事態が起きている、と読んだ西東夲が正しかった事を裏付ける。


「はぁ、もう」

 なら、と双眼鏡で視認しようと試みるも、何故かスポーツセンター近辺だけが、もやがかかっているかのように視界不良。ここまで来れば疑いようはない。あの場所で何かしらの異常事態が現在進行形で進んでいる事を示す何よりの証左だった。

「本当に面倒くさくて嫌だけど────!」

 立ち上がり、零二の元へと向かおうとした時だった。

 不意に歌音の耳朶に入ったのはこんな言葉。


 ──こちらウオッチャーNo.10。例の実験対象モルモットがスポーツセンターで暴走。当初の予定通りに観察を継続する。その前に──。


 その言葉に思わず足は止まった。

(待って。今のって……)

 音の聞こえた方向へ耳を向け、改めて聴こうと試みる。

 その瞬間だった。


 ターーーーン。


「────!」

 歌音はとっさに後ろへと倒れ込み、辛うじてそれを躱す。

「くっ」

 即座に身体を仰向けからうつ伏せに変化させ、様子を窺うべく双眼鏡を──。

 途端、双眼鏡は吹き飛んでいく。

 最早疑う余地などない。今、自分は狙撃されている。


 ──さて、一応訊ねておく。生きているな?


「!」


 その声は間違いなくさっきの何者かだった。ここまで来れば歌音に疑う余地などない。


「そっちも聴こえてるって訳?」


 ──ああ、どうやら互いに耳が利くらしいな。


 相手もまた肯定する。


 ──さて、と。残念ながら互いに互いの存在に気付いてしまったからには仕方ない。


「ええ、そうね」


 ──そっちが何者かは知らんが。


「ここであんたを倒す」


 ──そこは殺す、んじゃないのか?


「うっさい。こっちはあんたの正体に興味がある。面倒くさいけど、出来れば殺す前に確認する」


 ──そうか。つまりは偶然じゃないわけだな。互いの遭遇は別として。


「そういう事みたい」


 ──ではこちらも真剣に取り掛からねばな。ここで死んでもらうとしよう。


「……そうね。そうすればいい」


 会話はそこで途切れた。

 それは姿も分からない者同士の対決。

 歌音にとっては初めての、長距離ロングレンジ同士での戦いの始まりだった。


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