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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 11
385/613

ミスフォーチュンギャザリングオブピープル(Misfortune gathering of people)その7

 

「ふははは、いい。実にいいよぉ」

 目の前で繰り広げられる光景を倶利伽羅くりから弘樹ひろきは満足気に眺めている。

「そうだ。そうだ、やっちまえよぉ」

 血飛沫が上がる。眼下では多くの一般人が互いを攻撃し合っていた。ただただ互いを殴りつけ、蹴り倒す様は本当に滑稽で笑い声をこらえるのも一苦労。

「本当にいいモノだよ、お前はさぁ」

 倶利伽羅は手元に視線を落とす。そこにあるのは小さな機械。ボイスレコーダー、或いは音楽プレーヤーにも見えるガジェット。

「こんなオモチャみたいなモンでこうなっちまうなんてな」

 感心の声を上げつつ、周囲の様子を伺う。

 この放送室からはスポーツセンター全体をカメラで確認出来る。

 彼にとってこの状況は心底愉快なものだった。ほんの半年まで倶利伽羅弘樹という青年は世間から笑いの種にされていたから。

 理由は自身の性格、小柄でおどおどした性格。内向的だった倶利伽羅宏樹は、子供の頃から周囲に馴染めず、同級生からいじめられ、散々っぱら悔しい思いをした。

 そうした日々が続き、嫌気が差した倶利伽羅は学校に行かなくなり、程なく退学。

 家族には毎日毎日邪魔者扱いを受け、本当に息苦しかった。

 居場所など何処にもなく、ただ生きているだけの毎日。死のう、とすら思った事すらある。


「ふははっ、本当にバカばっかだよなぁ」

 それが今やどうだ? こうして馬鹿な連中を見下ろすのは本当に楽しい。

 自分を散々馬鹿にし、見下してきた連中がこんな小さな装置で発狂、手当たり次第に暴れる様は獣のよう。

「ったくさぁ、お前らの方がよっぽど人でなしってもんだよぉ」

 ふはは、としばしの間、室内に笑い声が響くのだが、

「ん?」

 ふとカメラに映ったのが気になる。

 ほんの数秒にも満たない時間だったが、何かおかしなモノが見えた。

「どうしたどうした?」

 録画した映像を調べてみると、すぐに何があったのか判明した。


「なんだコイツはぁ?」

 スポーツセンター全体が騒然とした状況に陥っている最中、他の連中とは明らかに異なる行動を取っている人物が映っていた。

「あ、もしかしてコイツが聞いてた奴かなぁ?」

 倶利伽羅はすぐに相手が何者であるのか、という疑問の答えに考え至る。

 そう、この装置を与えてくれた奴が言っていた。

「この装置を奪いに来た奴だな、そうはいくか。絶対奪わせやしないぞぉ」

 ギリリ、と歯を強く噛み締め、モニター越しに映っていた零二に敵意を剥き出しにするのであった。



 ◆◆◆



 物陰から顔だけを出した零二が呟いた。

「さて、と。とりあえず誰も来そうにないな」

 その言葉を受け、安心出来たのか、木岐がはぁ、と深いため息をつく。

「まぁ、ここは安全ぽいからアンタはここに隠れてなよ」

「…………」

「ン、どうかしたのかよ?」

 零二は少女が何故自分を睨むのかがサッパリ分からない。

 別に礼を求めるつもりはさらさらなかったが、かといってどうして睨まれる必要があるというのか? 少なくとも成り行きではあったが、さっきは危ない所を助けたのは事実なのだから。

「あのなぁ、オレは女にゃ手を上げたりはしねェけど、そうやって睨むってのは流石にどうかとは思うぜ。オレがアンタに何かしたのかよ?」

「…………って言うな」

「ン?」

「アンタって言うな──!!」

「うおぅ」

 キィィン、と鼓膜が震え、予期せぬ声量に零二は思わずその場でビク、と身体がビクつく。

「…………」

「あ、声大きかったか、な?」

「ったりまえだろが!!!」

 今度は零二の大声に木岐が耳を塞ぐのだった。


 そしてせっかく隠れたのもつかの間、今の大声でのやり取りで全て無駄になった。

 周辺をウロウロとしていた一般人達が声を聞き、こぞって建物へ向かってくるのが見える。


「あっちゃあ、まぁ当然だわな」

 零二は苦笑しつつも、余裕綽々なのだが、一方の木岐はと言えば。

「嘘でしょ……何なのよ」

 荒事になど無縁の毎日にあった少女にとって、この状況はまさしく何か悪い夢でも見ているかのよう。

「まぁまぁ落ち着けって」

「落ち着ける訳ないでしょ。一体何が起きてるのよ、これ」

 まさにパニック状態寸前といった様子に陥っている。むしろこの場合、まだパニックになっていない事を評価すべきかも知れない。

(まぁ、そりゃそうだな)

 零二は少女の様子を見てそう思う。彼女の立場を考えれば、この状況を容認出来ないに違いない。ついぞさっきまで、数分前まで普通だった人々が突然狂ったかのように暴れ出す。それだけでも酷いのに、狂った人々が自分めがけて襲いかかってくるのだから。

 視線を落とせば、少女は膝を抱えたままカタカタ、と身を震わせている。

 覗き込んで確認すると、こちらへ向かって来る人数は十人程度。零二からしたら何の問題もない数ではある。

(さて。ここで隠れるってのはまぁ、オレらしくないわな)

 答えは明快だった。さっさと外へ出て、向かって来る相手を蹴散らす。その上で今回の目的を達成すべく動けばいい。

「じゃあ、今からオレは外に出る。アンタはここに隠れてな」

「…………」

「じゃあな」

 そうして外へ出て行こうと前に踏み出した瞬間だった。

「──おい、何してるンだよ?」

 零二が後ろへ振り返ると、シャツの裾を掴む少女。

「待ってよ」

「あのなぁ、ここに隠れてるだけじゃ限界があるンだよ。だから今から外に……」

「待ってよ、お願い」

 語気を強めた零二だったが、少女の声、表情を見て少しトーンを落とす。

「はぁ、」

 頬を掻きつつ、今すぐの行動開始を思い留まるのだった。



 数分後。




「……少しは落ち着いたかよ」

「うん。ごめんなさい」

 木岐は俯きながら、消え入りそうなか細い声で謝意を示す。

「いいって、アンタがどうこうってワケじゃねェ。結局はオレがここにいただけってこった」

 合宿所を取り巻く状況は悪化していた。

 発狂した一般人は建物の周りに集結。二人は入り口ではなく、奥の倉庫にまで避難。ここは外からも出入りする事は可能だが、普段から南京錠で施錠されており、また扉も頑丈。そう簡単には突破は出来ないと零二は判断した。

(ま、あくまでも一般人連中を参考にしてるんだけどな)

 だが零二は、この状況を訝しみ始めていた。

 西東夲からの情報で、一連の通り魔事件の加害者に共通していた点。


 ”彼らはあるスポーツセンターに通っていた”


 加害者達はそれぞれに社会人スポーツや、エクセサイズ目的で幾度となくこのスポーツセンターに訪れているのだそう。その中でも野球やサッカーサークルなどの加入者が多く、更に細分化すると熱心に早朝練習に参加している事まで判明した。

 つまりは早朝の時間帯で何かしらの出来事が発生、それが原因となって通り魔事件へと至っている、というのが西東の考えであり、それは実証された訳だが。

(だけどよ、ならコイツは妙だよな)

 だとしたら、ああも一斉に凶暴化しているのは一体何なのだろうか? それが零二がこの状況に際し、疑問を抱いた点である。

(あれだけ凶暴化しちまってるンなら、事件もすぐに起きちまうンじゃねェのか?)

 そう、通り魔事件の発生時刻は早朝ではなく、数時間、或いは半日以上も後の事。なのにこの場に於いては、時間を置かずして、即座に凶暴化しているのだ。

 つまり今ここで起きている出来事は、何かがこれまでの事件とは決定的に違う。それが零二の現状での結論であった。


「さて、何時までもここにいるだけじゃ事態は変わらない、ソイツは分かったよな?」

「うん」

「警察とかそういった連中もすぐにゃアテに出来ないってのも分かったか?」

「…………うん」

 木岐は不安を隠せないのか、指先が震えている。

 ここに隠れている間に電話をかけようと試みたのだが、不通になっており、叶わない。

 電波妨害なのか、それとも何らかのイレギュラーによる作用なのかは定かではないが、スポーツセンターの周囲には民家はなく、云わば孤立状態。その上、彼らがこっちに集中しているのは、被害拡大の防止という観点から見れば不幸中の幸いなのかも知れない。

(ま、流石にもうちょっと時間が経っちまえば、近所の連中も何かしら異常が起きてるって分かるかもだけどよぉ──)

 そうなれば、犠牲者が増えるだけだろう。

 零二は自分の本質が善ではない事を知っている。

 何せ暴虐非道、敵と判断すれば躊躇なく焼き尽くす。まさしく燃え盛る業火の如くに。

 社会悪、つまりはパブリックエネミー。それがWDに所属する事の代償。自由気ままに、好き勝手に生きる為に背負うべき代価。

(だってのに、どうしてだろうなぁ)

 横目で傍にいる少女を一瞥する。

 何の面識もない、関わりもない少女。見捨てたって問題は無いはずの赤の他人なのに。

 何故か零二には見捨てる事が出来なかった。

 依頼の達成の障害でしかない相手かも、いや間違いなくそうなるのに。

 これまでも、これからも関わるはずのない、交わる事などない彼女なのに。

「教えろ」

 気が付けばそんな事を訊ねていた。

「え?」

 木岐は困惑するしかない。話の脈絡がついていないのだから当然だろう。

「いいからお前の名前を教えろよ」

 横柄極まる言葉なのに、何故か木岐にはそう聞こえない。

 だからだろう。

「添碕木岐。あなたは?」

 自然と答えていた。そして、

「そっか。オレは武藤零二だ」

 零二もまた、さも当然のように名乗っていた。

「これでオレ達は赤の他人じゃねェ、そうだな」

「う、うん。そうだね」

 それは彼女にとって本当に奇妙な会話だっただろう。

 だがしかし。これで零二は木岐を知った。”無関係の見知らぬ相手”ではなくなった。

 なら、やるべき事は単純明快。

「よっし、じゃあ木岐。ここから出るぞ、ついてこい」

 この状況を打破する。傍らの少女を守りながら。だって今や、彼女は見知らぬ誰かではなく、知り合いなのだから。



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