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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 11
384/613

ミスフォーチュンギャザリングオブピープル(Misfortune gathering of people)その6

 

 零二が木岐と出会ってから数分後。

 スポーツセンターからおよそ一キロの地点にある貯水塔。

 周囲には超高層ビルなどもなく、せいぜいが五階から六階位のマンションがある程度で、それ以外には民家が並ぶ団地が点在する一帯。団地と団地の間には緑豊かな田畑が広がり、その光景は何処か牧歌的で心が落ち着く。

 そんな場所に於いてこの貯水塔の高さは際立つ。夜間になれば時期によって緑色やオレンジ色に照らされ、目立つ事この上ない建物。高さは五十メートル、といった所で、螺旋階段で登れるようにはなっているが、最上部は丸みを帯びており、準備もなしに歩けば転落の恐れもある危険極まりない場所。

 そもそも登ろうにも、普段は頑丈な南京錠によって施錠されており、立ち入る者などいない場所。

 普段なら誰もいないそんな場所に人影が二つある。


「それで、どうだい? あいつは上手く入れたのかな?」

 一人目、西東は訊ねる。

「ええ、さっきから何も聴こえない。あなたの読み通り、あの場所で間違いなかったみたいね」

 二人目の歌音は淡々と答えた。


「そうか、それなら行くかな」

 歌音の返事に満足したのか、西東は少し笑うと歩き出す。

「何処に行くつもり?」

 歌音は零二とは違い、西東を信用してはいない。だからこそ訊ねる。相手の真意を知るべく。

 耳を澄ませ、真意を探る。あらゆる”音”を聞き取れる彼女を前にして嘘偽りは困難だ。

 言葉巧みな詐欺師であっても、その言葉の節々、呼吸の調子によって虚言は見破られる。

 それすら誤魔化せる者であっても、心臓の鼓動まで誤魔化せはしない。鼓動の強弱、早さまではどうにもならない。

「何処って、俺は警察官。捜査をするのが仕事だ。それくらい分かるだろ?」

 西東は淡々と切り返す。一切の動揺も感じさせず、鼓動も変わらず。

「そうね、悪かったわ。零二アイツは私がサポートするから、そっちはそっちで好きにすればいい」

「勿論だ。お互いに出来る事に注視すべきだ。だがあまり過保護なのも考え物だぞ、ああいった奴は多少好き勝手させておいた方がしっかり仕事をする」

「──知ってるわよ」

 歌音は小さく舌打ちする。

 西東はそんな少女の様子を見て、面持ちにこそ出したりしないものの、苦笑したくなる。

(しかし、いい相棒を持ったものだ。奴には勿体ない程だよ)

 惜しむらくは、まだ子供だという事だろうか。とかそんな事を考えながら、歩き去っていく。



「はぁ、本当に嫌。ああいうタイプは信用出来ない」

 西東夲がいなくなり、歌音はふう、と呼吸を整える。

 彼女にとって、ああいうタイプはどうにも苦手だった。

 零二のように良い意味で素直で分かり易い直情型とは真逆の、自分を律する事に長けた相手。如何にあらゆる音を聴けるとは言っても限度はある。徹頭徹尾自分を律し、必要以上に呼吸も鼓動も乱さない。そういった相手を彼女はついつい身構えてしまう。

(やっぱり苦手。でも少なくとも今回の依頼には嘘はない)

 それが歌音の結論だった。だからこそ、最初こそ依頼を受けた零二に文句を言ったものの、今こうして動いているのだ。


「それにしても、一体何なの?」

 歌音にとってこの周辺は庭も同然。何せ、ほんの一カ月前まで自分が住んでいた星城の家は、この近くなのだから。

 依頼を受けた理由の一つにあったのが、この一件が続けば星城の家にも影響が出るかも知れないからである。

 血の繋がりはない、記憶を操作された上での、偽の家族関係ではあった。

 だが星城夫妻は歌音に間違いなく親だった。肉親にも忌み嫌われ、遠ざけられた経験を持つ彼女にとって、夫妻こそ親の情愛を教えてくれた大切な人達。

(もう、二人には会えない。でも、だからって他人だからって見捨てられる訳がない)

 だからこそ、彼女はここにいる。

 スポーツセンターの様子を伺い、何かしら動きがあるのなら防ぐ。それは義理、偽物の関係であれ、それでも間違いなく両親であった人達へのせめてもの恩返し。



 ◆



「さて、これで恐らくは状況は解決するはずだが……」

 一方、車内では西東が状況分析を試みていた。

 零二達に依頼したのはあくまでも事件の被害拡大の阻止・・

 西東はその先を考えていた。対処療法ではなく根絶手段を。

(問題は、この件がどの程度根が深いモノなのか、って所だな)

 西東の調べで、スポーツセンターの件については既におおよその事実は判明している。

 犯人と思しき相手も含めて、だ。だが、同時に疑念は膨らみ続ける。

(分かっている限りでの犯人だけではこうも被害が拡大はすまい。何かしら裏があるはずだ。

 それを解決せねば、一件落着とは到底いかない)

 恐らくは汚い仕事になるだろう。誰かが死ぬ事になるであろう。

 そしてそれを引き受けるべきなのは、自分だけで充分だろう。

(それが大人、としてのせめてもの意地というモノだろうさ)

 西東はキーを回し、エンジンを始動させる。

「さて、鬼が出るのか蛇が出るのか…………」

 そう一人呟きながら、車は走り出すのだった。

 当てならある。こういった事態に精通した人物に一人だけ心当たりがあった。

「どうなる事やら、だな」



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