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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 11
381/613

ミスフォーチュンギャザリングオブピープル(Misfortune gathering of people)その3

 

 八月二十九日深夜。


「ふう、やれやれ」

 遠目から見えるパシャパシャ、という新聞記者達のカメラのフラッシュの輝きとパトカーの赤色灯が闇夜を切り裂く。真っ暗な世界をほんの一瞬だけ光が弾ける。

 足元はついさっき降った雨でかなり酷い。

 長靴でも用意しておけば良かったか、と思いながら男は車から降りる。

(とは言え、俺の格好じゃ似合わんわな)

 周囲にいる同僚に比べて、男の格好は明らかに浮いている。何せ黒いポロシャツにジーンズ、それからスニーカーという格好なのだから。手帳を見せなければとても警官とは思えないだろう。

 彼はついぞ三十分前まで男は潜入捜査の一環でホテルのバーにいた。相手はとある犯罪者の親族でかなりの美人。偶然を装って面識を作り、番号を交換し、そうして作った機会だったのだが。

(全く……勿体なかったな)

 思わず嘆息した。もう少しで上手くいけた、そういう手応えを感じた矢先の呼び出しにより、思惑は頓挫。ここしばらくの苦労がふいになった事で、正直苛立ちを覚えていた。


「お疲れ様です」

「!!」

 男に気付いたのか、後輩刑事こと桜井さくらい一成かずしは頭をさげ、傘をさす。

「お構いなく」

 男はその気遣いを無視、そのまま前へ進んでいく。後輩刑事の雨に濡れないように、という気遣いは分かってはいたが、男がここに呼び出された、その時点で何をすべきなのかは分かっている。ここに来るまでの車中で概要・・は把握していた。

「それより、準備は出来てるのか?」

「はい、表向きは向こう側にいるとされる立て籠もり犯への警戒。それでこちらにいるのが特殊犯罪──」

 そう言いかけた後輩刑事を男は手で制する。そう。今ここに自分がいるのは捜査ではない。ここにいるのは刑事ではなく、執行人としての自分。

「行くぞ」

 建物へ足を踏み入れた途端に、ジクジクとした疼きが肌を刺激する。”フィールド”を触れた感覚は個々で違う。より正確には、展開した個人によって周囲に与える感覚も違う。

 ただ共通するのは、この一種の結界は同類マイノリティ以外の存在には忌嫌される、という事のみ。

「標的はどこだ?」

 男の問いかけに後輩刑事は指で指し示す。そう、彼もまたマイノリティであり、男と同じ部署に所属している。ちなみにこのフィールドは桜井が展開したもの。

 建物は元々は個人病院だったらしく、非常灯だけが照らし出す薄暗い室内に見えるのは、いくつかのソファーが置かれた待ち受け室に受け付け、奥にある診察室。

「上です」

 桜井が小声でそう言って指差したのは、診察室の奥にあった階段。

「私はここで標的が逃げないように待機しますので。あとは西東さん──」

「つまりは何も見ていない。始末しておけ、か。ったく汚れ仕事は嫌いなんだがな」

 やれやれ、と大袈裟に嘆息するも、目的がはっきりしている以上、ここで無駄な時間を費やすのは好ましくはない。男、つまり西東さいとうはじめは階段を登っていく。



 ◆



「む、」

 階段を登るとすぐに異臭に気付く。鼻をつくこの臭いには馴染みがある。

 独特の錆びた臭いは歩を進める都度、より濃くなっていく。


「ひっひ、ひひひ」

 声が聞こえ、西東はその声が聞こえたであろう部屋のドアの影に隠れ、様子を窺う。

 全身が弛んだ男が部屋の中央に座り込んでいるのが見えた。血の臭いは男の周辺に散らばった誰かの手足、だろうか。暗いので具体的な状況は分からなかったものの、これだけ濃厚な臭いを漂わせるには、相当の流血が必要であり、犠牲者が生きているとは思えない。

(さて、どう見てもフリークだが、どうするか)

 西東はあくまでも慎重だった。彼のイレギュラーは使い勝手がいいとはお世辞にも言えない。

 ”直撃応報ストライクウェイジ

 それが彼のイレギュラー。応報、という文字が示すように相手のイレギュラーによる攻撃を受けねば発動しない後手の能力。

 事前に敵のイレギュラーを把握していれば、それなりの対処も可能ではあるのだが、今回は全くの不明。だからこそ、仕掛けるタイミングを見計らう必要があった。

 しかし、その目論みは脆くも崩れ去る。何故ならば、

「あ、ぁ、ァ」

「──!」

 それは小さな、本当に小さな声だった。

 今にも消え入りそうな、微弱で、しかし確かに聞こえるその声は、生きた人間のモノ。

「グルウアアアア」

 フリークと思しき男は満足そうにかぶりを振る。間違いなく楽しんでいる。悲鳴を、死にかけ、恐怖にまみれたその様子を……見下ろしていた。

(くそ、計画変更か)

 西東は裏社会に精通している。それこそ二重スパイ(ダブルクロス)を装いWDに潜入、九条羽鳥の直属にまでなったのだ。あの油断ならない淑女には正体がバレていたにせよ、警察官にあるまじき行為こそ直接的にはしなかったにせよ、犯罪者を見逃し、間接的にしろ犯罪に手を貸した事とて幾度もある。だから知っている。この世の中、綺麗事だけでどうにもならない事は確かにあるのだと。必要とあらば悪事を見てみぬ振りもするだろうし、場合、もしくは状況次第では手を汚す事も厭わない。

 だが今の西東は裏社会の住人ではない。今の彼は紛れもなく警察官だった。

「警察だ! 大人しくしろっっっ」

 警察官が目の前の犯罪を見逃せるはずはない。ましてや、窮地に陥っている一般人を見殺しになど出来ようはずもなかった。



「…………」


 西東は全身血だるまになっていた。

 だがこの血は返り血であって、彼個人のものではない。

 結論として、西東は標的のフリークを倒した。一瞬で間合いを詰め、そして仕留めた。

 相手の動作が緩慢であったのが幸いだった。反撃こそされはしたものの、その全てを見切って、倒す事に成功した。

「先輩、そんなに気落ちしないでください」

 桜井の声が遠くに感じる。

 人質、或いは被害者、いいや、犠牲者と言うのが正しいのかは今となっては分からない。手足をもがれた遺体が運ばれていくのが分かる。WG九頭龍支部が回収していくのが見える。

 一般人だった彼は間に合わなかった。フリークを倒した直後に、彼もまたフリークと化したのが原因だった。

「有り得ない可能性じゃなかったんです。仕方がなかった」

 桜井の言葉は理解している。マイノリティとして覚醒する要因は幾つか存在している。

 先天的な覚醒、つまりは生まれついての覚醒は要因としてはもっともレア。後天的な覚醒の方が圧倒的多数なのだが、その中でも最も多い事例は、生命の危機。命を失う、死に瀕しての覚醒である。

 極限下での覚醒、それは生存本能とも結び付いて、対象者を一気に覚醒させるのだが、その代償は大きく、急激な変化に伴って器となる肉体の変異。これは問題ない。だがより問題なのは、同時に起こる精神的な変容。その際の負荷に耐えられるかどうかは半々。怪物とも云える存在、能力に心が耐えられず、自我を、理性を失った結果が怪物フリークである。本能的な欲求にのみ従う彼らは、もう人間とは別のモノ、ケモノ。その対処は実力行使、つまりは倒す事のみ。だからこそ西東は倒した。つまる所、彼は間に合わなかったのだ。

「ああ、分かってる」

 虚ろな目、表情のまま西東はただ血を拭う。


 この後、フリークとなった男の身元が程なく判明。何の前歴もない善良な一般人だと。その上で西東は知る。そして調べると程なくここ数日で起きた数々の傷害致傷事件に辿り着き、それらにはある共通点があるのだと気付く。


「どうやら警察こっちだけじゃ手が足りない、か」

 紫煙を吐きつつ、呟いた。

「なら、相談すべきはこの場合、あいつだろうな」

 やれやれ、とかぶりを振りつつ、煙草を携帯灰皿に押し付け、歩き出した。



 ◆◆◆



 八月三十日、現在。



「久し振りだなクリムゾンゼロ」

 階段を降りながら、そう零二へ声をかけるのは紫煙を浮かばせる一人の男。つまりは西東。

「ちょっとした依頼をしたいんだが、話を聞いてもらえるか?」

 柔和な笑顔とは裏腹に、凄みを込めた声音。

 零二は肩をすくめて促す。それを受け、西東は目の前の少年に話を切り出すのだった。



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