ミスフォーチュンギャザリングオブピープル(Misfortune gathering of people)その2
図書館での騒ぎからおよそ一時間。
九頭龍の繁華街。その裏通りにあるダーツバー。
大通り沿いの良くも悪くも煌びやかな店とは違い、こじんまりとした、くすんだ印象の店。
周囲に住む住人は、前科者だったり、または密航などによって訪れた不法外国人や現役の筋者等々お世辞にも治安がいいとは言えない立地条件にその店はある。
時代がかったレコード盤からジャズが鳴り響く店内。
「それで、お前さんは白昼堂々と暴漢相手に暴れた上、そそくさと逃げ出したって訳か」
「いや、そうだけど。言い方ってモノがあるだろ? まるでオレ無法者じゃねェか」
「なぁに言ってやがる。最悪最凶、無法者の集団たるWDのメンバーだろうがお前さん」
「う゛、……まぁ、そうだけどさ」
「その位にしといてよマスター。あれでもレイジは頑張ったと思うよ」
「何だか釈然としねェンだが。何でオレ、出来ないコみたく言われるのかな」
「細けぇ事を気にすんな。ほらガキ共、これでも食っとけ」
顔や肩、腕など肌の見せるあらゆる場所に傷を持つ禿頭の厳つい大男。彼こそが元傭兵にして現在は店のオーナーである進藤明海。普通の一般人なら目があっただけでも失禁しかねない威圧的な見た目に反して、実際には大らかで気前よい性格をしている。
零二と巫女の目の前に差し出されるのは、オーナー特製のサンドイッチ。大皿に山のように盛られており、普通ならとても二人分には見えない。
「「いっただきまぁす」」
だが、そんな懸念は無用。何故なら見る間にサンドイッチの山は崩れていく。その原因は零二。ツンツン頭の不良少年が次々とサンドイッチを平らげていくからだった。
「レイジ。少しはゆっくり食べたらいいのに。おれは……」
「ゴホン。んー?」
「あ、あたしはそんなに食べないぞ」
巫女はついついいつもの癖で男言葉を使い、進藤にギロリ、と睨まれる8。
「いう゛ぁ、だっで。うばいンだがらざぁ」
「ったく坊主。モゴモゴしながら喋るな。ほら、コーヒーでも飲め」
零二の頬はまるでリスのように膨らんおり、進藤は苦笑しながら、淹れ立てのコーヒーを差し出す。零二はそのコーヒーを一気に口に流し込んでいく。淹れ立ての熱々のコーヒーであったが、炎熱、引いては熱操作に特化した少年にはぬるま湯のようですらある。
「お前さんなぁ。少しは香りを楽しむとかそういう風情はないんか?」
やれやれ、と肩をすくめた大男は、予備のサンドイッチを用意すべく調理場へ引っ込んでいく。零二がまだまだ食べるのを彼は誰よりも知っていた。何せあの不良少年は常人で例えると、軽く六人前以上は食うのだから。
「ご馳走様でした」
「ごっそさンです」
「しっかしまぁ、いつもながらよく食うな」
「いやぁ、オーナーのトコじゃなきゃ思いっ切り食えないからさぁ」
「ったく、迷惑極まる話だ」
「家賃とか多めに払うから勘弁しろよな」
「当たり前だ。他の住人の五倍は寄越せ」
「いや、それはムリかも……」
「わーってるよ。無理しない程度でいい。ガキが家賃だの何だの細かい事を気にするな」
がっはは、と豪快に笑いながら、進藤は皿洗いをする零二の背中をバンバンと叩く。全身に走る衝撃は見た目通り、いや、それ以上に強烈で一般人なら到底耐えられるものではない。正直言って勘弁して欲しい、と叩かれた零二は思う。
「そうだよレイジ。多分支払えない金額になっちゃうからいい子ぶりっ子はやめときなよ。
ウチの家計に余裕はないんだぞ」
「がっはっは。もう女の尻に引かれるとはなぁ。いやぁ笑えるぜ」
「そうでしょ。ほらレイジも諦めておれ、……コホン。あたしを一人前の女の子として見てもいいと思うわよ」
巫女はバーカウンターの掃除をしながらそう言った。冗談ではなく至って真剣な表情で。
もっとも、店の奥にある調理場にいる零二に少女の表情は見えないのだが。
零二と巫女が現在同居するマンションは、進藤の所有する物件。かつて戦場を駆け巡った歴戦の傭兵は、周辺に何軒もの不動産を所有しており、生活に困ってはいない。このダーツバーをやっているのも趣味の範疇であり、収益を重視してはいない。
強面の見た目に反して情の深い進藤は、零二や巫女のような曰わく付きの少年少女を他にも何人も保護してきたらしい。彼らが真っ当な人生を送れるように支えるのが自分に出来るせめてもの償いだ、と以前零二は聞いていた。
しかも最近になって知ったのだが、この強面のオーナーと実家である武藤の家、より具体的には自分の後見人であり、執事でもある加藤秀二は以前からの知り合いらしい。
つまる所は実家を出てはいるものの、秀じぃには零二の生活態度などは筒抜けなのだ。
(結局、悪いコトは出来ねェってこったな)
だから、たまに実家に戻った際に、秀じぃには色々な事がバレていたのだと自覚した時の、鏡に映った自分の青ざめた顔を思い出して苦笑いを浮かべる。
要するに目の前にいる進藤明海もまた、自分にとっての保護者なのだ。
以前はこの店の二階に泊まりもした。今も含めて食事はもう何回作ってもらったか分からない。現在妹分である巫女と暮らしているマンションの部屋も貸してもらってる。おまけに裏社会の情報にも詳しい、と零二にすれば何もかもお世話になりっぱなしで申し訳なさすら感じる相手。だからこそ、せめてものお返しとして、店の掃除をたまに手伝っているのだ。
「にしても、どうにも似たようなな事件が多いな」
カップにコーヒーを注ぎつつ、話を切り出したのは進藤からだった。
時刻は午後四時になろうかという所。神宮寺巫女は一足先にマンションへ戻っている。
「ン、事件って?」
「ああ。この所だが通り魔事件やら傷害事件がやたら多発していやがるのさ」
「ふーン。そうなのか?」
「ったく。ニュースでも新聞でも何でもいいから、街で起きてる出来事については知っとけ。
お前さんにとっちゃ大事な情報かも知れないんだからな」
「で、わざわざオレに話すってコトは何か知ってるのか? 勿体ぶらずに教えてくれよ」
「俺も詳しい話は知らないがな。まぁ捕まった犯人なんだが、いきなり狂ったかのように暴れ出したらしいぞ。普段とは違いがあり過ぎて、家族や隣人は予想も付かなかったそうだ」
「……クスリでもやってたンじゃねェの?」
「警察もその可能性を疑ったそうだ。だが、その類のモノは一切検出されなかったんだとよ」
「……へェ。にしても、何でそンなに詳しいワケさ?」
零二の懸念は至極当然だった。今、聞いた情報を手にしたスマホからネットで確認してみたが、掲載されてる情報は通り魔事件、容疑者がまるで狂ったみたいに暴れ出した、という情報しか載っていない。薬物検査の件はどの新聞にも掲載されていない。進藤の話は単なる推測ではない。彼は情報屋としても優秀なのを零二はこれまでの付き合いでよく知っている。つまりは、情報提供者がいる事は間違いない。
「ま、それ以上についちゃ依頼人に聞いてくれや」
「クライアント?」
零二の問いかけには応じず、進藤はカウンターに置かれた呼び出し用のベルを鳴らす。チリンチリン、という甲高い音が店の中に響くと、それに反応するように階段から誰かが降りてくるのが分かった。
「ン、アンタは?」
その姿を認め、零二は理解した。同時にこの件はかなりの厄介事になるだろう、という事を。




