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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
377/613

上部階層

 


 春日歩と加藤秀二は足を止めていた。目の前にいる少年を前に。

 その顔は、一見すると美少年にも美少女にも思える。眉目秀麗、とはまさしく彼のような者を指し示すに相応しい言葉だった。

 白髪、いや銀色の髪を無造作に縛っているだけなのだが、ただそれだけで異様なまでの妖艶さを放っている。


「それであんたは誰なんだ?」


 沈黙を破ったのは歩だった。

「それを聞くならまずはそちらから名乗るべきじゃないのかな? 少なくとも僕はそう思う」

「ち、わかった。春日歩、だ」

「ふふ、なら僕からも答えなきゃな。士藤要、一応は武藤零二の知り合いだ」

「──!」

「僕は敵じゃないよ。少なくとも、はね」

「随分と含みのある物言いだな」

「人生は一寸先は闇だからね。今日の味方が明日には敵なのかも知れない」

「確かにな」

「じゃ、とりあえず互いに殺気を放つのは止さないか?」

「そうだな。友好的にいこうぜ」


 そうして歩と要が殺気を収めた瞬間だった。

 しゅん、とした風が歩の横をかすめ──要へと向かっていく。

 それは加藤秀二、秀じぃの踏み込みからの一撃。疾風迅雷、という異名に相応しい、凄まじいまでの速度から放たれる杖の一撃は一切の躊躇もなく繰り出され、

「あっぶない危ない」

 そして何処から取り出したのか、一振りの刀によって弾かれた。


「それで、腕試しは合格なのかな? 加藤秀二さん」

「ええ、文句なしに。流石は藤原の元暗部。士藤の末裔ですな」

「なに?」

 歩は要に対する警戒心を高める。前もって手首につけた傷口から、いつでも血を噴き出せるように備える。

「春日歩さん。心配はいらないよ。さっきも言ったが、この場に於いて僕はお二方の敵ではない。ただし、一つだけお願いがある」

「何?」

「歩坊ちゃん。落ち着きなされ。それで願いとは何でしょうか?」

 歩は後見人の落ち着きようが解せない。

 零二は間違いなく窮地に陥っているはず。本来ならばもっと取り乱しても不思議ではない。歩は知っている。一見すると温厚そうなこの老人は本来ならば誰よりも激情しやすい性格であるのを。この姿が取り繕ったものだと知っている。

「流石に話が早い。簡単な事ですよ。少しここでお待ちいただく。ただそれだけです」

「つまりは若と鬼との決着を待て、そう仰せられるか?」

「そうです。恐らくそう時間はかからないはず──ハッ。困ったな」

 要は目を細める。まるで刃のような鋭利さを漂わせるその視線の先にあるのは、秀じぃの手にした杖。

「僕は穏便に事を進めたいだけ、なのですよ?」

「ですがその為に若が死するかも知れぬ。であれば論外。その話はお断りさせていただく」

「これは……ハハ。困ったな」

 苦笑しつつも、要は刀を一振り。

 ポタポタ、と水滴が滴る刀身は美しささえ感じさせる。


「歩坊ちゃん。ここは私が請け負いましょう。先へ行かれよ」

「だが、」

「いいえ。行ってもらいますぞ。この御仁は強い。単純に手合わせしてみたいのです」

「…………分かったよ。先に行かせてもらう」

 どうやら秀じぃの中にある武侠の血が疼いたらしい。

 逆に言えば疼かせるだけの強さをあの相手が持っているのだとも。


「行かせると思いますか?」

「関係ない。勝手に押し通るだけだ」

「なら、ここで──」

 その時だった。激しい爆発音が轟く。まるで爆撃機による爆撃とも思えるその爆発は、向こうで何らかの進展があったのを示す。


「どうやら、決着したみたいだ」

 うんうん、と要は満足そうに頷く。歩と秀じぃは知る由もないが、この爆発の原因は美影。だが、施設そのものを潰したのは藤原新敷の仕掛けた爆薬。正確には要が裏で手を回し、提供したモノ。

「足止めして申し訳ない。先へ行ってください」


 それだけ言うと要はその場を去る。飛び退き、森の中へ入り、姿を消した。

「結局、あいつは何なんだ?」

「さて。何と言うのが正しいのかは判断出来ませぬな。ただ、かの御仁は二年前に亡くなったと聞いております。若の手によって」

「色々と裏があるって事だ」

「ですな。しかし今は……」

「そうだったよな。零二と、美影ちゃんを救出しなきゃだ。何せ俺の立場としちゃ美影ちゃんを優先しなきゃならないんだよ。急ぐぜ秀じぃ」

「は、」


 そして二人が走った先で見たのは。

「ハァ、ハァ、」

 爆炎を背負い、息を切らせながら、気絶しているらしいツンツン頭の少年と共に歩く少女、美影だった。




 ◆◆◆




 ──今回の失態……どう責任を取るつもりだ、ピースメーカー?


 漆黒の闇、そうとしか形容しようもない空間に声が響く。

 湿り気のあるそれでいて甲高い声は女性とも少年とも取れる。

 声が反響しているらしく、とてつもなく広い空間らしいのは間違いない。


 ──まぁそういきり立つな。そもそも今回の九頭龍での一件だが、どうにも腑に落ちぬ。様々な物事があまりにも都合よく重なり過ぎだ。まるで誰かが手引きしたかのようにな。

 理性的な壮年の男性らしき声は先だっての発言者へ牽制を入れる。


 ──どうでもいい。早く用向きを片付けろ。こちらは忙しいのだ。くだらぬ些事に携わるのはごめん被りたい。


 ──よく言えたな。この愚者・・め。お前が働く姿など数十年見ておらぬわ。


 ──女狐、言葉は選べよ。こちらはお前らのくだらぬ牽制やら何やらなどはどうでもいい。それよりもピースメーカー。何か言い分はないのか?

 ぱ、と漆黒の空間に光が差し込む。

 広大な広場のような空間が広がる中、ほぼ中央に椅子がある。

 そこに腰掛けるのは九条羽鳥。

 その周囲には動物を象った像が取り囲むように据え置かれ、そこから声が出ているらしい。


「いいえ。弁解の意思はありません」


 ──これは珍しいわね。いつも口ばかりは達者なピースメーカーが随分と殊勝な心がけだこと。


「今回の一件で身に染みました。かくも大きな騒動を見抜けなかった私は上部階層オーバークラスには不適格と判断。ですのでこの場を以て席を辞したいと思います」

 その言葉に場の空気が一変。

 狐の像からは「ばかな」という明らかな動揺の声。

 象からは「これは些か予想外だな」と感心の声。

 そして獅子の像からは「自分から申し出る、その潔さや良し」と賛同の声。

 他の像からも様々な声が出るが総じて、戸惑いこそすれど、結局は九条羽鳥の提案を認めた。


「ではこれで失礼します」

 九条羽鳥はこれで用件は済んだとばかりに席を立つと、その場から立ち去ろうとして、不意にその足を止める。

「あとはお任せしましたよ」

 そう暗闇の中に声をかけると、音もなく立ち去っていく。


 そしてオーバークラスの関心は、九条羽鳥の後釜に誰を据えるのか、に変わる。

 幾人かのオーバークラスは自分の息のかかった者を推薦し、幾人かは興味を持たないのか席を立ち、同時にいくつかの像が倒れる。


 どれ位の時間が経過したのか、重々しく獅子の像は告げる。


「いいだろう。それぞれの推薦者に機会を与えよう。我らに必要なのは強さのみ。策謀、武力、政治力でも何でも構わん。各々の力を尽くして生き延びよ。最後の一人こそが我らの一員となるに相応しい」

 それは上部階層、というWDに於ける最高意思決定機関の一員、という権力を求める抗争の開始だった。血みどろの争いが各地で勃発。全世界規模で混乱は拡大していく。



 更にこの日を境に、九頭龍に於いてもWDの活動は近年稀に見る大混乱状態へ突入する。

 それまで九条羽鳥、という統率者によって辛うじて保たれていた組織の体は無残に崩れ去り、いくつものファランクス、が一斉に発生。組織的な行動こそ減るものの、大小様々な事件の急増を招く結果となる。





「さて、僕も行くとしようか」

 銀色の髪をたなびかせつつ、士藤要もまた動き出す。

 そう、彼にとっても今回の九条羽鳥の件は願ったり叶ったり。


「まさか、こうも早く機会が来るとは思わなかったけどもね」

 目を閉じ、思い出すのはあの漆黒に包まれた会議場での一幕。九条羽鳥の抹殺・・をあるオーバークラスから依頼されて潜んでいた時の事。

 彼女は悠々と去っていった。自分へと声をかけて。無防備に背中を見せて。思わず躊躇した。殺せる気がしなかったから。


「依頼は失敗した訳だけど、まぁ僕がオーバークラスになれば問題はないな」

 ポタポタ、と滴る水滴は一振りの刀から滴る赤い滴。見れば要の周囲は血の海となっている。

 依頼に失敗した彼を始末せんと、依頼人から刺客が送られたからである。

 そして更に刺客の一団が迫ってくる。


「いいさ。今更僕に撤退の文字など存在しない」

 まるで氷のような冷たい表情で士藤要は前へと進み出す。

 内に秘めた目的の為に。

「さぁ、誰から血の華を咲かせたいんだ?」

 刀を一振り、血を飛ばしながら美少年は問いかける。対して刺客の一団は一切の返答を返す事もなく主人の敵へと襲いかかる。



 この後、新たなオーバークラスが誕生する。

 ”深紅クリムゾンキング”。それが彼に与えられた異名だった。




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