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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
376/613

帰還

 

 白い箱庭での対決から三日が経過。WG及びにWD双方で生じた混乱の影響で、戒厳令下とも云える異常事態に一時は陥った九頭龍にも、平穏の時が訪れていた。



 ちゅんちゅん、という雀の囀りが耳朶を打つ。

 ポタ、ぽた。という音は水滴だろうか。空気がいつもより湿ってるように感じるのは、早朝とはいえ心地良い涼しさを肌で感じた事からついさっき小雨でも降ったのかも、と思いながら──。

「う、ううん」

 零二は目を覚ました。

 ギシギシ、と慣れ親しんだベッドを軋ませて、クッションを堪能してみる。まるで子供みたいな行為だが、京都に行って以来久し振りの我が家に安心していると、そこに。

「おっはよーーっっ」

「グ、ウェッッッ」

 挨拶と共に零二は、腹部にどっしん、とした重みを感じ、蛙みたいな呻き声をあげる。

 ぎっしぎっし、とベッドが軋みをあげ、

「く、うえええ」

 零二がしばし悶絶し続ける様を、

「ふっふーん。いい気味だぜ。おはよ」

 この部屋の居候である神宮寺巫女が満足そうに眺めている。

「…………おはようさん」

 零二は眉間に皺を寄せながら少女を見上げた。




「ったく。ようやく我が家に戻ったってのにヒッデェ目覚ましだ」


 ツンツン頭の不良少年は、ブツブツと文句を言いながらも卵を割り、黄身を油を引いたフライパンへ投入。ジュウウ、という卵の焼ける音、そして横にある別のフライパンにはこんがりと焼けたベーコンの香り。


「まぁそう言うなって。これ位勘弁しろよな」


 巫女は全く反省する様子もなく、つい今し方焼き上がったトースターを皿に載せている。

 小皿には既に千切った野菜の入ったサラダが置かれ、傍にはジューサーで絞ったばかりのオレンジジュースがコップに注がれている。


「いっただっきまぁす」

「うるせェよ。いただきます」


 二人での朝食も久し振り。巫女は心底嬉しそうな顔で食事を進める。

 零二は目の前の妹同然の少女の様子を見て、頬を緩ませるのだった。


(ああ、帰って来たな)


 そんな事を思いながら。



 ◆◆◆



(同時刻WG九頭龍支部の食堂にて)



「それでそれでお前、クリムゾンゼロの奴をお姫様抱っこしてたってのは本当なのか?」

「ぶふっ」


 穏やかなはずの美影の朝食はこの問いかけで崩れ去った。

 ちなみにその問いかけをしてきた哀れなる田島一は直後に美影から強烈なエルボーを食らってKO。現在絶賛失神中である。


 静かに食事をとろうとしていた美影は、そのとんでもない質問に逆上。シリアルを一気に流し込んで席を立つと、もはやほぼ競歩みたいな速度で歩き去っていく。


(犯人は限られてる、っていうか一人しかいないんだけど)


 目指すはその犯人と思わしき人物が現在使っている会議室。

 そのドアを勢い良く開くと、「一体どういうコトなんですか」と開口一番に問いただす。


「うーん? 何がだよ美影ちゃん」


 そこにいたのは寝袋に入ったままの春日歩。

 髪の毛はボサボサで、しかもどうやら昨日着ていた服をまだ変えてもいないらしい。


「ちょ、せめて服は変えてください」

「うー、いいじゃないか。あとでシャワー行く時でもさ」

「よくありません。不潔です」

「仕方ないなぁ」


 歩はモゾモゾと寝袋から出て来ると、何を思ったかいきなり服を脱ぎ出す。


「ちょ、何やってるんですか!」

「何って、着替えだけど?」

「向こうで着替ればいいじゃないですか!!」

「俺は気にしないから」

「少しは気にして下さい!」

「いいっていいって」

「う、ううわ」


 歩は美影にお構いなしに服を脱ぎ始め、美影は慌てて部屋から逃げるように出て行く。

 そんな彼女の姿を眺めつつ、

「はっは。いやぁ、からかいがいがあるよね、美影ちゃん」

 歩はタチの悪い笑みを浮かべてみせた。



「それでどういうつもりなんですか?」

「ん、何が?」

「何がじゃないです。どうして私があのバカをお姫様抱っこしてる、って話が広まってるんですか!!!!」


 バン、とテーブルを叩く音が食堂に響き、その威力に耐え切れなかったのか足が壊れた。歩の朝食だったハンバーガーの乗った皿が勢い良くずり落ちていくが、歩はそれを手で受け止めると、何事もなかったかのようにハンバーガーを口に入れてモゴモゴと頬張る。


「答えて下さい!」

「あにょ、さ。おれはしょくじゅちゅうなの、まっちぇくれるかば? それにだぢょ」

「──あ」


 歩の視線が泳ぎ、追いかけた美影も気付く。食堂中の視線が自分へ突き刺さってる事に。

 おまけに誰も彼もが美影と視線を合わせようとせず、そそくさと逃げ出す始末。

 ようやく事態が呑み込めた美影の顔は紅潮、椅子に座り込んで押し黙るのだった。


「さって。さっきの問いかけに答えようか」


 ずるるーとシェイクを飲み干した事で、歩はようやく人心地ついたらしく、美影へと向き直る。


「あれはさ、まぁお茶目だ」

「…………は?」


 美影は絶句する。歩はテへ、と笑っている。


「いやぁ、だってさ。考えてもご覧よ。あのファニーフェイスがクリムゾンゼロと一緒・・に出て来たんだよ? しかも互いにあられもない姿でさぁ~」


 歩はまるで無邪気な子供のように、嬉々として話を続ける。


「でね、皆がその時の事を聞くからさぁ。ついつい、ね?」

「それで話を盛ったんですか…………」


 呆れて言葉も出ない、とはこの事だと美影は心底思った。一応年上で、しかもどうやら支部長クラス以上の権限を持っているとは聞いたが、これはまるで悪戯大好きな悪ガキでしかない。

 当の加害者には罪の意識など毛頭ないらしく、はにかむように笑いながら話を続けてくる。


「いやぁ、それに考えてもごらん。アイツがお姫様抱っこなんかされてたらウケるだろ。しかもそれが助けに行った女の子に、とかさぁ」


 ああ、これはもう駄目だな、と美影は理解した。目の前にいる春日歩、という人物は人の話などお構いなしの悪戯大好きな悪ガキそのものなのだと。


「でさ~」


 ちなみに歩はこの後もあれやこれやと話を続け、十数分後に「うっさいわ」とキレた美影によって氷漬けにされる。そしてその場にいた他のエージェントや職員達は口々に言う。


 ”怒羅美影はマジで怖い”


 そして彼女はまだ知らない。これより数日後の事。九頭龍支部の新支部長として任命されるのが、自分が遠慮なく氷漬けによる制裁を下した青年なのだとは。



 ◆



「で、いいのかよお前はさ?」


 ──藪から棒に何がよ? 意味が分からないわ。とりあえず死んでくれる?

「……容赦なさすぎだろ」


 ──いいのよ。どの道WDからも抹消された私には、もう帰る場所なんかないんだし。これで自由の身なのよ。羨ましいんでしょ。


「何か性格変わってねェか、お前」


 ──あらあら、それは申し訳ないですわね。武藤零二さん。優等生だった星城凛はもういないの。ここにいるのはただの桜音次歌音。それ以上でもそれ以下でもないの。


「そうだったな。そういうコトだったよな。だから、……どうすンだよお前はさ? イチイチはぐらかすのはやめろよな。面倒くさい」


 ──それ私のセリフなんですけどもね。そうね、分からない。WDの、いいえ九条羽鳥直属のエージェントじゃなくなって、それに恩人だった人まで死んじゃった。星城のお父さんお母さんにはこれ以上迷惑かけられないし、やっぱり出て行くわ。その方がせいせいするでしょ?


「へっ、かもな。でもさぁ、別に九頭龍から出て行く必要はないンじゃねェかなぁ」


 ──どういう意味?


「オレさ、近々自分の【ファランクス】を立ち上げようかと思ってンだよ。だがな、オレのお眼鏡にかかるようなこう、尖ったヤツはなかなかいなくてよー」


 ──もしかしてスカウトのお誘いなのかしら?


「どうだ? ……いや、待てよ。やっぱ返事はいらね。うん、お前はメンバーに決定。おめでとうございます」


 ──ちょ、何よそれ。何で勝手に決めてるのよ。


「だってお前、相棒じゃねェか。それとも…………違うのか?」


 ──ハァ、嫌だ。本当に面倒くさい。一応考えとくわ。


「いいぜ。じっくり考えな。ま、結論は変わらねェけどな」


 ──ハァ、本当に自分勝手ね。


「ああ、オレはワガママなのさ。何たってWDの一員なンだぜ」


 ──分かったわよ。入ればいいんでしょ?


「よっし。じゃこれからもヨロシクだ、相棒」


 ──あーあ、本当に面倒くさいわ。




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