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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
375/613

決着

 

(ぬ、おお、おおおおおッッッッッッ)


 鬼の身体が灼ける。青い焔の前には、鬼の誇る鋼よりも強い筋肉の鎧すら全くの無力。全身を燃やされ、消えていくのが分かる。


(これは一体、何だと言うのだ?)


 鬼には分からない。この焔がどういったモノであるのかが皆目検討すらつかない。長年様々なモノを目の当たりにした異形の存在であっても、分からないモノには対処は出来ない。

 そして鬼にとって最大の不幸は、藤原新敷の肉体を──ひいては精神を取り込んだ事。

 それも完全にではなく、精神の一部を敢えて残していた事。それが足かせとなり、鬼の動きを鈍らせた。

 鬼は侮っていたのだ、人の深層心理に深く刻み込まれた心的外傷トラウマというモノを。

 負ける理由などない。自分の方が圧倒的に強いのだから。

 それは傲慢からではなく単純な事実、のはず。

 鬼には分からない。

 自分が何故滅ぶのかが。

 神をも殺す焔、それとは何処か違うモノに何故滅せられるのか分からないまま、を聞く。


 ”ここから先にはいかせない。ここで止めてみせる”


 果たしてそれは幻聴であったのか、それとも実在する誰かの声であったのか。



『く、ぐぬう、アアアアアアアアアアア』


 消えゆくのみの鬼にはもはや知りようもない事だった。




 ◆




「────はぁ、ハァッ」


 目を覚ます。息苦しさを感じ、汗を拭う。


「あ、ぐっっ」


 激痛が生じ、思わず呻き声を洩らす。手足を始めとした全身のあらゆる部位が、骨が、筋肉、血液や細胞の一つ一つ余す事なく軋みをあげているようだ。


「オレ…………生きてンのか?」


 零二はこの状況が信じられない。

 夢かとも思ったが、頬をつねると痛みを感じ、心臓に手を置くとドクン、ドクンとした心音も確認出来る。


「一体な、にがあったンだよ」


 そこにいたはずの鬼の姿はもう跡形もない。ただ、足元には堆積した灰の山が残っており、恐らくはこれがあの怪物の成れの果てなのだとは感覚的には理解した。


「へ、まぁ…………いっか」


 どうして勝てたのかなど今はどうだっていい。生き延びた事が重要なのだ、とそう言い聞かせて零二はその場に倒れ込んだ。






「…………勝ったの? アイツ。ホントに」


 一部始終を見届ける格好になった美影は激しく動揺し、混乱していた。

 訳が分からないまま、決着が付くのを見た。


「どうしてアイツがあの青い焔を──?」


 零二が何故恩人の持っている焔を使えたのかが分からない。

 よもや見間違えるはずもない。あの淡い色の焔は目に焼き付いていたのだから。


「…………」


 しばらく倒れ込んだままの零二を見つめる。全身傷だらけのボロボロ。リカバーすら発動出来ない程に消耗したらしく、回復している様子はない。

 恐る恐る、覚束ない足で近付き、覗き込むように様子を伺う。


「死んではいない、よね?」


 まるで死んだようにも見える有り様だったが、その身体は確かに動いており、ホッ、と胸を撫で下ろす。


「──ば、なんでアタシがコイツの心配なんかしてんのよ。バカみたい」

「くごーーー」

「…………」


 美影の心中などお構いなしに、寝返りを打った零二はいびきをかいている。

 今の今まで死の瀬戸際にいたとは思えない、まるで子供みたいな寝顔。

 今、もしも美影にその気があるのならば、間違いなく命を奪うのは容易いだろう。


「ハァ。もうどうでもいいわ。それよりココから出なくちゃ──」


 美影の懸念はここから出た後の事。

 何せ彼女は意識を失ったままここまで連れてこられたのだ。以前いた場所だからといって自身の足でここまで来た零二とは違い、土地勘など全くの皆無。

 知ってるのはここが人里からかなり離れた辺鄙な場所だという事のみ。


「それにこの格好もいい加減イヤだし」


 服には無頓着な美影でも素足に前後ろ均等な布地を紐で繋いだだけ、という今の恰好はいくら何でも不快だった。


「とにかく、どこかにロッカーとか何かあるだろうから……」


 まずは服の確保ね、とまずやるべき事を決めて動き出し出そうとした時だった。


 ──くわばははははっっっっ。遂に、遂に待ち望んだ時がきたようだねぇぇっっっっ。


 不快極まるその声が鳴り響き、美影は表情を強張らせる。

 何故ならその声を彼女は聞き違えるはずなどないのだから。


「道園獲耐、のクソジジィ?」


 憎々しげに、吐き捨てるようにその名を呼ぶ。


 ──そうだ、その通りだよNo.13。いいや今やファニーフェイスだったかねぇ。確かに私は天才科学者の道園獲耐だ。くわばははは。


 美影はその声を聞くだけで沸々とした怒りを沸き上がらせる。抑え切れない怒りで今すぐにでも爆発しそうになるのをこらえつつ、訊ねる。


「アンタどうしてここにいるワケ?」


 そう、美影は枯れ木のような老科学者がここにいるとは思いもしなかった。

 実際には昨日の段階で藤原新敷の手によって死んでいたのだが、それは美影の知る事ではない。

 そもそも、もしもいたのであればここまで静かにしているはずなどない。


(だってさっきまであの零二バカが戦ってた。あのジジィなら絶対興奮しながら見ていたはず。なのに静かすぎる)


 何年もの間、付き合いのあった相手だからこそ分かる。あのネジの弛んだ老科学者の性格上、ただ黙っていられるはずなどない、と。

 最前線で、特等席で見ようとするはず。なのに、ここに相手の姿は見えない。

 するとそうした美影の考えを察したのか、道園獲耐は喋り始めた。


 ──くわばははは。そもそも私の肉体は既に死んだよ。ここに今存在するのは云わば予備、バックアップというヤツだよ。

 いやぁ、藤原新敷氏は良くやってくれたよ。感謝したい位さ。


「……どういう意味?」


 ──彼は私を殺してくれた。そのおかげでこうして私の念願は叶った。そう、私は目的を達したのだよ。

 私はこの【白い箱庭】にいたかったのだ。何故だと思うね? 簡単な理由さ。ここには様々なマイノリティの研究データがそれこそ山のように積み上げられていたのだ。

 しかし、二年前にここは壊滅・・してしまった。そこにいるNo.02によってね。

 研究データにアクセスしようにも権限を持った人間は全滅。しかも、だ。ここのデータベースは完全に孤立させられていてね、繋がらないのだよ外部からでは。

 まさしく宝の山というヤツが誰にも知られず、埃を被り、埋もれているなんてあまりにも勿体ない。そうは思わないかねぇぇ。


「全然思わないけど」


 ──ともかくもだ。私はここのデータを知りたかった。そしてそれには下準備がいる。この場所にアクセス出来る権限を持っていて、尚且つ私の目論見になど興味も抱かない程よい愚か者がね。まさしく藤原新敷氏こそはその条件に適合する人物だった。

 彼に近付いて、利用するのは実に簡単だったよ。何せNo.02を餌にしてやれば注意は簡単に逸れる。その上で、私はバックアップの準備に勤しませてもらったのだよ。

 コントローラーは単なるサポート用のプログラムではない。そのプログラム内には道園獲耐、という自我を忠実に再現したコードを入り込ませていたのだ。


「あっそ」


 ──そしてコントローラーにはわざと私を裏切らせた。私が様々な背信行為を行っているのだと藤原一族に伝わるように情報を流させ、その上で始末させる。あの身体はぼちぼち寿命を迎える所でねぇ。肉体などというモノなど必要ないのだ。こうしてバックアップによって私、という存在を作り出す事に成功した以上、ね。

 だが、流石に手こずったよ。自我を忠実に再現させるなど、私の研究からかけ離れていたのだからねぇ。いやぁ、本当に助かった。【二ノ宮博士】には感謝だよ。


「二ノ宮博士?」


 ──ああ、彼こそは私が認める数少ない真の天才の一人。自我を忠実に再現させるプログラムなど彼にしか出来やしないだろうともねぇ。

 まぁ、もっとも彼自身は既に死んだそうだがね。私にこのプログラムを提供したのは【パペット】とかいう犯罪コーディネーターだ。


「へぇ────」


 その名前を聞き、美影の目には剣呑な光が宿る。

 その名前の犯罪コーディネーターと先日やり合った結果、重傷を負わされた事を老科学者は知らないのか、或いはテンションが上がり過ぎて気付かないのか。


 ──ともかくもだ。こうしてコントローラーがここのシステムに侵入した段階で目的は達した。暗号解析さえ終われば私は最強のマイノリティを作り出す研究に取り掛かれるのだよ。

 そこで、だ。No.13、私に協力しないかねぇ?


「は?」


 ──今の君は実にユニークだ。炎に氷、相反する能力を並行利用出来るマイノリティなどこれまで私は知らない。君には可能性があるのだよ。どうだね? 手をかし──。


「──イヤだよクソジジィ」


 ──そうか。残念だよ。ならば君をここから出す訳にはいかないねぇ。私はここのシステムと同義の存在なのだよ。閉じ込めてあげよう。限界ギリギリまで……って聞きたまえ。


 美影はため息をつくとスタスタとした足取りで零二を引き起こす。

 零二は相変わらず寝息を立てたままで、無防備な姿を晒している。


「じゃ、出るか」


 ──おおい。私を無視しないでもらえないかねぇぇ。出る、だと? 何を馬鹿な事を言ってるのだねぇ。それが出来るとでも思ってるのかね?


「いや、フツーに出れるでしょ。あそこから」


 ──あ。


 美影の視線の先は、天井にポッカリ開いた大穴。差し込む日の光から地上まで繋がっているのは明らかである。


「じゃ、サヨナラ」


 ──まてまてまてまちたまえ。分かった。君は出ても構わない。だがNo.02は置いていってはもらえないかね? それもまた実にユニークな……。って、何をしようとしてるのかね君は?

 炎など出してどうするつもりだ?


「アンタを倒しとこうかな、って思っただけよ」


 ──くわばははははっっっっ。君は馬鹿なのかね? 今や私には実体など存在せんのだ。倒しようもあるまいさ。ここのシステムは二年前の騒ぎでも無事だったのだ。今更何が出来ると言うのだね。


「そうね。だからとりあえずここ自体をぶっ壊しとくわ。二度と誰も来ないようにね」


 ──くわばははははっっっっ。何を言ってるのだねぇ。君の炎の威力如きで──。な、何だとっっっ?


 美影が放った炎が爆発。ドシン、とした振動と共に施設が揺れる。


 ──なにぃ。何故だ? 何故施設に?


「さっきから思ってたけどやっぱりバカね。今さっきまで散々っぱらやり合ってた連中に建物が壊されてたの、知らないの? バックアップか何か知らないけど、本物より頭がワルいのは間違いないわね」


 ──だ、だが。それがどうしたのだ。建物が壊れようが電子機器に移動すればいいだけだ。


「さっき言ってたじゃない。ここのシステムは孤立させられてるって。当然だけど、よそには繋がらないでしょうね」


 ──な、何だとぉ。


「というワケだから、ココをぶっ壊したらアンタは二度と何処へも行けないわねぇ」


 ──よ、よしまたえ。


「じゃ、サヨナラ。少しだけ同情するわ」


 ──や、やめ──。


 炎が唸りをあげ、爆発を起こす。美影は知る由もなかったが、藤原新敷が証拠隠滅目的で要所に仕掛けていた爆薬が連鎖的に爆発。それが建物の崩壊の最後の決め手だった。


 ──ばかな。私は誰よりも知識を……得るはずだ。それがな、じぇああああああああ。


 それが老科学者、いやその残滓の最後となる。建物全体が崩壊し、地下深くに設置されていた基幹システムは電源を消失。そのまま瓦礫の中に沈んでいく。


「ハァ、これで終わったわね」


 炎を噴出し、間一髪で脱出した美影が後ろへと振り返る。

 かつて悪魔のような研究を繰り返した白い箱庭は、見るも無残に崩れ落ちる。


「…………ったく。いい気なモノね。女の子に抱き抱えられて。……まぁ、アリガトね」


 もしも零二が起きていたら、間違いなく気絶しかねないような至近距離の中、美影は微笑みながら──。


「う、ン──へ、ぶしっっっ」


 直後、目を覚ました零二は目の前の少女に顔に驚愕。同時に少女こと美影から強烈なビンタを喰らい失神させられる。


 かくして零二、そして美影にとって一つの因縁は終わりを迎えた。



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