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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
373/613

消失

 

「え、?」


 美影がそれを見た時、抱いたのは困惑だった。

 だってそれは有り得ない事だから。

 それを遣っていた人はそこにいる零二が殺したはず。

 だが見間違えるはずもない。


 その焔の色はかつて見た……でももういないはずの人がまとっていたモノだから。


 淡い、水を思わせる────青い焔が彼女の目に映った。

 それは間違いなく、かつて彼女が相対した、そして命を救った恩人のソレだった。



 ◆




『なんだこれは?』


 鬼もまた困惑する。一体何が起きたのか判然としない。

 零二の手から、全身から噴き出たのは青い焔らしきモノ。

 さっきまでの煌々とした橙色の焔と比べると貧相にすら思えるか細く、弱々しい色合い。


『くだらぬ真似をしおる。どくがいい』


 鬼は零二を難なく突き飛ばす。特に力も何も込めていない突き飛ばしだが、零二は抗う様子もなくそのままヨロヨロと倒れ込む。


『何のつもりかは知らぬが、最後の足掻きも終わりのようだな』


 鬼は決着をつけるべく己が得物を手招きする。投げ捨てたはずの金棒がす、と手に収まる様はまるで糸か何かで結び付けているかのよう。

 この金棒には銘はない。だがかつて大陸で戦った武人の持つ武器。あの武人の魂は実に美味だった。そしてその魂を喰らった事で鬼はこの筋肉の鎧を得た。そう、鬼の持つ最大の権能は喰らった相手の優れた特性・・を得る事。

 藤原新敷の肉体は器としては申し分ない。だが得るべき特性はない。


(さて、焔遣いを喰らわば我は神殺しをも得る事が叶う。となれば何人も我に刃向かう事など叶わぬよな)


 鬼にとって目の前で倒れている零二はまさしく至上の獲物。その魂、特性はさぞや己を強くするに違いない。そう思うと笑みがこぼれるのを抑え切れない。

 そう、目の前には無抵抗となった獲物があるだけ。あえて懸念するならば、さっき無駄な足掻きを見せた小娘、美影の存在だが、間違っても己を打破するには至らないのは明白。


(あの小娘も、中々に面白い。喰らうのが楽しみよな)


 零二が主菜なら美影はさながらデザート、といった所だろうか。何にせよ鬼にとってこの先はもう食事の前の下拵えでしかない。金棒で潰して殺す。ただそれだけの単純な作業を行うのみ。


『く、ぬ?』


 だが、それを実行するのは叶わない。

 何故なら、鬼は既に”囚われていた”のだ。



 ◆



 薄れていく。

 視界が薄れていく。目の前がかすむ。力が入らない。

 もう、指の一本だって動きそうもないし、まばたき一つするのすら億劫だ。


 今のオレは焔なンざとてもじゃねェけど使うような余力はない。

 何もかも出し尽くした。もう何も出来そうにねェ。


 あとはただあの鬼にトドメを刺される、ただそれだけのはず。

 悔しいがこの勝負は俺の負け。

 鬼のヤツが一旦は手放した金棒をまたぞろ握っているのが見える。

 ああ、あれでグシャリ、とされるってワケだ。


 言っとくけどな、確実に仕留めろよな。じゃねェとよ────。


 せめて睨み付けてやる。

 それ位しか出来やしねェけどな。


「ン?」


 何か妙だ。

 鬼のヤツが来ない。さっさと仕留めればいいってのに。どうして…………。


 そしてオレは目にした。

 何故だろう? 初めて目にしたってのに、どうして見覚えがあるって思えるンだろ?


 そこにあったのは青。淡く弱々しく、今にも消えちまいそうな青だった。



 ◆



『これ、は一体?』


 気付けば鬼は動けなかった。いや、正確には違う。

 動く事は出来る。ほんの一、ニ歩程分は動ける。ただそれだけ。それ以上は全く前へ動けない。

(なら……)

 後ろへ下がろうとするが結果は同じ。やはり一、ニ歩分しか動けない。

(何が起きている? これではまるで)

 まるでかつて倒されたのと同じく、結界・・にでも封じられたかのよう。

 そして異変の原因に気付く。


 青いがあった。目の前。後ろ。前後左右全方向に壁が見える。


『く、ぬおっっ』


 壁を壊さんと金棒を突き出す。

 手応え、は感じない。ぬっ、と金棒は壁を突き抜ける。だがそこまで。金棒は突き出るのと同時に固まり、そこから微動だにしなくなる。

 まるで粘着物が固まったかのような感触はまるでそれ自体に意思でもあるかのように思える。

(一体何故こうなった?)

 意味が分からない。この場にいるのは己以外には二人。今にも死ぬのではないか、という有り様の零二と零二程ではないにせよもう余力など残っていないであろう美影のみ。

 どちらにも今更何かを仕掛けられるはずなど…………。


 ──あ、あああ。


 声がした。怯えるような耳障りな声。何処からの声なのかは分かっている。これは鬼が喰らった魂の一つの声だと。

 他の魂は既に消化され尽くしており、今更このような耳障りな声など出せるはずもない。

 答えは明白だ。その魂はまだ消化され尽くしていない。つまりはまだ意識を残しているのだ。


(五月蠅いぞ藤原新敷)


 それはついぞさっきまで共存関係にあった禿頭の大男。

 この今の肉体の元の持ち主。


 ──あれが来る。あれが!!


 だが藤原新敷の声は止まらない。明らかに怯え、動揺しており、その感情の余波は鬼にまで伝わってくる。


(黙れ、これ以上喚くのであればお前を完全に喰ろうてやるぞ)


 それは明確な恫喝。今や鬼の中にある無数の魂の塊のほんの一部でしかない藤原新敷には決して抗えないはずの命令のはずだった。


 ──構わない。いっそ俺を喰えばいい。



(なに、?)


 その返答は予想だにしないもの。

 有り得ない言葉だと言える。辛うじてとは言え、残っている自我を失っても構わないと答えるなど数百年後であればいざ知らず、まだほんの十分程の時間で言い出すとは。

 それに今から目の前にいる獲物を殺すのだ。それを何よりも誰よりも渇望しているはずの藤原新敷がそんな言葉を言うなど思いもしない。


(お主、千載一遇の機会なのだ──)


 ──嫌だ嫌だ嫌だいやだ。あれだけは、あの青いだけは勘弁してくれぇっっっ。


(青い焔、だと?)


 その言葉が引っかかった鬼は藤原新敷の中を覗き込む。以前なら出来なかったが、今や藤原新敷の精神、魂は取り込んでいる。それ故に知ろうと思えば何もかもを知る事が出来る。

 だから見た、はずだったのだが。


『く、あっっ』


 激しい頭痛と共に引き戻される。

 見るはずのモノが見えなかった。いや、見た。ただ一色の世界に飲み込まれる様を。


 青い世界、だった。水か空、…………いや違う。鬼は思う。それはまるで氷のようだった。冷たく冷徹な光をたたえた────焔だったと気付く。


 それは丁度目の前で広がっていくモノのように。

 儚さを感じさせる青が広がっていく。


『む、ぅ、……』


 ここに至り、鬼は自分が窮地に追い込まれた事を知る。この青いモノはどうやら焔らしい。


『出られないだと』


 しかも信じ難いのはこの焔を突破出来ない、という事。まるで分厚い氷の壁にでも覆われたような感覚。鬼の膂力を以てしてもまるで砕けない。まさしく結界、ここから出さぬ、という意思表示にも見える。


『ぬ、お主?』

「…………」


 視線の先には零二の姿。信じられない事にあの状態から起き上がっている。


『よくも半死半生、いやほぼ生ける屍の如き状態で立てるものだ。その生命力だけは驚異的だと褒めてやろう』

「…………は、……る」

『ぬ?』


 か細い、声にもならないような小さな呟きが少年の口から出る。

 何にせよ、鬼にとって今の零二は不気味で不可解なのは事実。

 全身から夥しい流血、そして傷口が回復している様子もない。にも関わらず立ち上がっている今の状況はこの世ならざる鬼から見ても異常。


「やく、そ……したンだ。ぜった……………………やるって。だから──死んでたまるか、よ」


 もう足元もおぼつかず、一歩前へ出る前に転ぶ。鬼の身体にぶつかり、それを支えに何とか立っている有り様。


『とんだ茶番だ。この結界が焔なのかどうかなどどうでもよい。要はお主を殺さば消えるのだろうしな』


 これ以上、零二にわざわざ付き合う理由など鬼にはない。そもそも殺して魂を喰らうのが目的なのだ。

 あと一撃。どんな攻撃であってもそれで獲物は死ぬ。


『かか、終わりにしてやろう』


 突き飛ばしてからの、ぶちかまし。それで終わらせようと決めた赤鬼は零二に手をかけ、突き飛ばさんとして────。


『む、何故離れぬ?』


 もはや死人同然のはずの相手を突き飛ばせない事に戸惑い、そして気付く。自分の腹部から青い焔が伸び出している、と。その繋がる先は零二の右手。


『離れろっっ』


 言葉を荒げて無造作に左右の拳槌を叩き込んでいく。

 単なる手打ちの攻撃ではあるが、それでも鬼の剛力による威力は強烈。メキメキ、と直撃を受けた零二の肩、腕の骨は折れ砕けていく。だが離れない。零二の焔は依然として繋がったまま離れず、周囲を囲む焔の壁は迫る。


『貴様、しつこいぞっっっ』


 いよいよ鬼は焦り出す。この焔は何かマズい。それが何かは未だに分からない。ただ、仮にも今の自分の肉体の礎となった相手の深層にあそこまで傷を負わせたナニカに対し、言いようのないモノを覚える。

 そうしていよいよ青い焔の壁が接触した。

『く、ぬうっ』

 ジジ、とした焼け付くような感覚。ただし燃える、という感覚ではない。


『小僧、くたばれっっっ』


 鬼は相手の肩口から一刀両断しようと左の手刀を放つ。肉体を変異させ、鋼鉄よりも硬く、鋭くした手刀はあっさりと目的を果たすだろう。

 もはや、魂を喰うとかそういった事など微塵も考えてはいない。

 確実に殺す、それだけを考えての攻撃だった。


 だが、既に手遅れ。一手遅い。鬼は零二をどう扱うかを逡巡した。それがこの勝負を決定付けた。


『う、ぐ、あァアアアアアアアアアアアアッッッッッッ』


 青い焔が包み込み────鬼の身体は炎上した。



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