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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
370/613

歩の目的

 

 取り出すのは黒いモノ。まるで丸太のように丸みを帯びたモノ。だが所々から煌めく鈍い光はそれが鉱物である事を物語る。鼻をツン、とつく錆びた臭いは零二にも馴染みのあるモノ。人の血の臭い。

 その大きさはおよそ四メートルはあるだろうか。

 異形の赤鬼の巨体に相応しい巨大な巨大な金棒が零二の前にどしん、と突き立つ。


『かっか。これを出すのは久方振りよ』


 心なしか鬼の声もまた弾んでいる。

 まるで長年見つからなかったお気にいりのオモチャでも見つけた子供のように嬉々とした笑みを浮かべている。


『さてさて。コレがどのようなモノであるか、まずは見せておかねばなるまいて』


 鬼は柄を握り締めると、その鉄塊をぶん、と一振りしてみせた。

 メキョ、ミキョ、と何かがひしゃげるような異様な音が響き、零二は横目で何が起きたかを確認する。


「──!」


 それはまるで溝のようだった。水を流す為にでもこしらえたのでは、とすら思える原始的なそれは丁度鬼の足元から始まり、一直線に零二の真横を抉りながら突っ切る。そうして厚さ数メートルあるかも知れない強化コンクリートの壁をまるで土くれでも壊したかのように砕き穿つ。


『かか。こんなモノであろうか』


 鬼は満足そうに頷くと己が相棒たる金棒を無造作に置く。

 ミシ、という重々しい音を立て地面を割り、めり込む様は握り締めたその鉄塊が途方もない重量であるのを雄弁に物語る。


(へっ、どうやらいよいよヤバげだな。こりゃあ)


 零二は表情こそ一切変化させはしないが、その実、焦燥感に苛まれつつある。

 さっきまで用いていた”消える”能力など些細なモノにしか思えない。

 圧倒的な破壊。これこそまさしく鬼が鬼たる所以だと理解した。

 純粋無比なまでの破壊の権化。それこそが鬼の本質なのだ、と今更ながら実感する。


『かか。それではこちらから行くぞ武藤零二』


 そんな零二の内心を見透かすかのように歯を剥き、獰猛に笑うと赤鬼は肩に金棒を乗せ──飛び出した。




 ◆◆◆




 夏の日差しはまるで刺すように厳しい。

 アスファルトに転がる蝉の死骸はからからになっていて、まるで中身だけ溶けてしまったかのよう。無論犯人は蟻などの昆虫なのだが。


「…………」


 そんな中、この人里離れた山林は独特の湿気を帯びた空気が漂い、ねっとりとした汗が背中を伝っていく。


「どうされましたかな坊ちゃん」

「その言い方はよせって言ったろ。加藤・・さん」


 ったく、やれやれ、と春日歩は大袈裟に肩を竦めながら、自分の前を先導する武藤家の執事の後を歩く。

 歩にとって目の前を歩く老執事は昔の自分を知っているせいかどうにも苦手意識を拭えない相手。

 自分がどんな子供だったか、どんな悪戯をしたか、いつおねしょをしたのかまで知られた相手なのだからそれも致し方ないだろう。


「しかし本当に……この先にアイツはいるのか?」

「ええ。恐らくは。この山林を越えた先にはかつて藤原本家が管理していた極秘の研究施設があります。零二坊ちゃんはそこにいるはず」

「相手はあの藤原新敷・・・・なんだよな?」

「はい。何やら因縁を抱えた相手らしいですな」

「らしいな。何にせよ嫌な予感がするぜ」

「では急がねばなりますまい」


 言葉を発した次の瞬間には加藤秀二、秀じいの歩幅、速度が一気に増した。


「──っう」


 いきなりのペースアップに歩の呼吸が乱れる。

 目の前を先導するのは盲目・・の老人。足腰に問題こそないものの、杖をついている相手だと云うのに。信じ難い速度で前を、深い深い緑の世界を突っ切っていく。


「歩坊ちゃん。大丈夫ですか?」

「あ、ああ大丈夫、だ」


 しかも、息が乱れ始めた自分とは異なり、老境に入って何年も経つはずの老執事の呼吸には乱れは一切ない。


(ったく。相変わらず化け物染みてるよ。あんたはさ)





 武藤の家を離れ、母方の姓である春日・・を名乗ってからもう何年だろうか。

 歩が家を離れたのはまずは藤原一族のあまりにも醜い権力闘争に嫌気が差したのと、それから父親である武藤玄むとうげんの死について、ある出来事をきっかけに疑問を抱いたから、である。

 そして父が死んだ理由はどうやら藤原一族の差し金らしい事を知った。

 ただ仇を打とうにも藤原一族は古来より異能に関わってきた一族だけあって、現代に至って多くの異能者、つまりはマイノリティを抱えている。その戦力はちょっとした国家をも凌駕しており、それまでの自分では到底通用しない事を悟ったから。


 だからこそ歩は外へ出た。

 藤原一族から離れ、海外へ。欧州某国の外国人部隊へ入隊。自分の経歴を抹消した。

 様々な修羅場を潜り抜け、戻ってきた時、歩は自分の復讐心が揺らぐ出来事を知る。

 それは自分に弟がいた、という事実。

 生まれた直後に研究施設へ送られた弟が今もまだ実験体として生きている、と知った。

 復讐心よりも先に弟を救いたい、そう思った彼は裏社会で名を上げた。

 そうして接触を図ってきたのがWDとWG。

 その上で歩が選んだのがWGだった。


 WDは何せ犯罪者の巣窟。ギルドとは違い、最低限の秩序すら存在しない。

 まだ見ぬ弟に近いのはまずこちらだとは理解したが、関わり合いにはなりたくはない。

 そうなると選ぶのは消去法でWG。実際にはその前にとある”議員”の称号を持つ人物との出会いがあり、それが入るキッカケになったのだが。


 その議員はまだ若い。二十一歳の歩も充分若いとは言えるが、何せ向こうはまだ十二歳。本来であれば一番人生を楽しむべき時期の少年。

 それが何の因果だろうか、WGの中でも最高の地位と云える議員になってしまったのだそう。


 名前は”ミシェル・オッフェンバック”。

 欧州はフランス。その国内でも名の通った名家であるオッフェンバック家の一員らしい。

 背丈は同年代よりも小さく、小学生にも思えるその少年議員を成り行きで助けたのは、多分その姿にまだ見ぬ弟の姿を投影した為なのかも知れない。


 ミシェルは歩をWGへ誘い、そして歩は承諾した。

 日本にいたのは僅かな期間だったが、ミシェルとの時間は思いの外楽しいものだった。

 とは言え、歩の目的はあくまでも弟を探し出す事。だからミシェルの護衛役への要望には応えられず、そして彼が去った後で選択したのが今の立場。


 表向きは日本支部所属、だがその実はWGの暗部とも云える実行部隊の一員。それが”ウォーカー”こと春日歩の正体。

 そしてその任務はWGにとって都合の悪いモノの抹消。文字通りの汚れ仕事を受け持つ立場。

 だからこそ彼の存在は秘匿される。知られればWGの存続すら危ぶまれる案件が表に出かねない。歩はその見返りとして、支部長クラス以上の権限を持ち、汚れ仕事以外の時間は自由に動ける。全ては弟を見つける為、だった。


 しかし結果として弟は自力で外に出た。


 そしてWD、九頭龍支部に保護される形で所属する事になる。


(なんだかな。考えてみりゃ一歩遅いんだよなぁ、俺って)


 あっという間に二年が経過し、先日ついに対面した弟を見た感想は。


(ああ、コイツ。色々背負っちまったんだな)


 そう直感した。無理もない。詳しい情報はWDの最高機密らしくWGの自分では知りようもない。だが、No.02と呼ばれた少年は施設を一人で壊滅させたらしい。

 原因はイレギュラーの暴走。そこにいた全てを消した、という。


(ああ、そうか)


 武藤零二というその名前は、表向きにはNo.02をもじったモノだとされる。

 しかしそれは違う。歩は知っていた。

 零二、というその名は母親・・の考えた名前なのだと。

 武藤の家を出る前、荷物を整理していて見つかった小さな手帳。

 数年前に死んだ母親の書いたモノで、そこには毎日の楽しみが書かれていた。


 そして、その最後の記載にはこう記されていた。


 ”次に生まれる子の名前を考えてみた。玄さんは俺が考える、って聞かなかったけど。あの人ネーミングセンスがないからやっぱり私が考えなきゃね。うう、ん。女の子なのかも知れない。でもきっと男の子ね。そんな気がする。病院で調べたりはしない。だって分かったらちょっと楽しみが減っちゃうものね。よし、決めた。やっぱり男の子の名前。あなたの名前は零二。私達の宝物”


 そう。

 零二は望まれなかった子供ではない。父親と母親の二人が望んで生まれてきた子供。

 歩はそれを伝えたかった。






「歩坊ちゃん。大丈夫ですか?」

「──ああ。平気だ。急ごう」

「御意」


 秀じいは即座にペースアップ。歩はいよいよついていくだけで精一杯になる。

 だが構わない。零二が危機にある。ならば、何が何でも急がないといけない。


 そう、敵の正体が人ならざるモノ。つまりは鬼である以上、一刻の猶予もないのだから。


(待ってろ零二。向かうからな)


 そして深い緑の世界を脱した瞬間。


「え、……何で?」


 足が止まる。待ち受けていた誰かを見た歩は驚愕する他なかった。



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