集中
爆発が周囲を包み込む。
「仕留めたか?」「直撃だ」
エトセトラD、Eの面々は各々に呟く。
「だが油断はするな」「そうだ奴等は化け物だ」
彼らは幾度となくマイノリティと交戦してきた。
それゆえに彼らとの戦い方を、この傭兵達は熟知している。
彼らに対して、一般常識等は通用しない事を含めて。
”少数派”である彼らは、個々によって能力に大きな隔たりがあるものの、そうそう簡単に死ぬ様な存在ではない。
彼らはバイクを、ハマーを止め、様子を伺う。
モクモクと上がる爆煙で、視界は極めて悪い。
だがエトセトラの面々は、容易に近寄ろうとはしない。
あくまでも距離を取る事が優先だ。
誰一人として油断はしない。息を飲みつつ、静かに銃口を向けて待ち構えている。
その様子を伺っていた者がいる。もうもうとした最悪の視界であっても彼女にとっては全く問題はない。
周囲の生物の”熱”を察知できる彼女の目は追撃者であるエトセトラの面々が装着しているナイトビジョンよりもずっと高性能。
彼らはこちらの様子が分からない。だからこそ美影が身を低くして様子を伺っている事にも、未だ気付いていないのだ。
獣が擬死行為により、騙されて油断した獲物が不用意に自分から近寄るような展開を期待していたのだが、流石にそうは問屋が降ろさないらしい。
(ちぇ、油断はしてくれない、かぁ)
結果として、美影は無事だった。
爆発が起きる直前に自分の周囲を炎で覆ったのだ。
その結果、榴弾は相手へと着弾する前に爆発。結果、美影は無事だったのだ。零二の熱の壁とは違い、半ば無意識でも発動する訳ではなく、美影自身が意識する必要はあるのだが、彼女の場合、熱ではなく、炎そのものを巻き上げている分、単純な防御力なら勝っている。もっともそんな事を零二にしろ、美影にせよ互いに知る由もないのだが。
美影は中近距離での炎による射撃を得手としている。
その有効射程はおおよそ五十から六十メートル。
そもそも美影に限らず、自然操作能力のイレギュラーはその制御が難しい。
彼らの扱うのは色々な原理はあるものの、いずれも自然に存在する現象への”強制介入”だ。
自然現象とは世界の根幹を為す要素。
世界の成立そのものでもある。
その威力は絶大であり、その現象にもよるものの、たった一人で一国の軍隊と互角に渡り合えるマイノリティも存在するらしい。
だが、何事にも代償及びに問題は存在する。
ナチュラルは自然現象そのものを扱うが故に、下手を打てば諸刃の刃となり、イレギュラーを制御するマイノリティにも襲いかかる事がある。
人智を越えた様々な事象。自然現象とはそういう存在なのだ。
だからこそ古来より人類は自然を恐れ、敬ってきたのだ。
美影の場合は、その有効射程を越えると途端に制御が難しくなる。余分な犠牲を出すのも構わないならそれでも問題はない。
今は周囲に民間人はいない。そういう意味でなら美影には気を遣う必要も本来は無い。
だが、彼女はそれをよしとはしない。
あくまでも炎を制御する事。これが彼女がイレギュラーを用いる際に己に科した決まり事なのだ。
(仕方ないかぁ、煙が晴れる前に仕掛けるべきね)
美影は自分から仕掛ける事を決める。狙いは後方のハマー。何といってもこの追撃チームの中で彼らが一番の火力を持っている。
マシンガンでの掃射にグレネードランチャーでの爆撃はなかなかに厄介だ、だからこそ先に仕掛けるべきだと判断した。
ボウッ。
美影は右手に火球を造り出した。
彼女の強みは”継戦能力”だ。攻撃力こそ熱操作による瞬間的な、爆発的な戦闘力を発揮する零二には及ばないが、零二には本気で戦える制限時間が存在する。
だが美影にはそういう心配はない。
イレギュラーを操作する上で重要なのは器の大きさと深さだ。
それは精神力とも言い換える事が出来る。
美影の場合は、大きさも然る事ながら、その深さが尋常ではないのだ。それも当然だろう、彼女は”そうなる様”に訓練を積んで来たのだから。
幸い、ハマーの周辺には六人もの追手がいる。
あれを無力化出来れば後はバイクの追手が四人。
彼らは速度こそ厄介だが、アサルトライフルの攻撃ならば美影はどうにでも出来る。
煙が徐々に晴れてきた。
敵の動きがにわかに変わる。明らかにこちらの動きを警戒しているのがよく分かる。
すう、と息を整える。
仕掛けるタイミングを頭の中でカウントする。
(一、二、……三ッッ)
火球をにわかに集束。小石位の小さな種火をソフトボール位の大きさへと瞬時に変化させる。
そうして一気に走り出し──間合いを詰めた上でその火球をハマーへと叩き付けようとした時だった。
「駆けるよ──」
誰かがそう呟いた。
その呟きは背後から聞こえた。思わずエトセトラのメンバーが後ろへと振り向いた瞬間──!
その男の身体が宙を舞っていた。大きく後方へ飛ばされる。
ハマー周辺にいた他のメンバーは、仲間がやられた事に気付いていない。いや、厳密には違う。彼らは分かっていたのだ。ゴキン、という鈍い音と共に後方のメンバーが吹き飛ばされた事を他のメンバーも分かっていた。
だからこそ彼らは即座に反転。反撃に転じようと試みていた。
その動きは美影から見ても的確であり、流石に訓練を受けたプロだと充分に言えるレベルだと言えた。
ただし、それは彼女には当てはまらなかった。
加速した彼女にとっては全てがスローに見える。
彼女にとっては周囲の全てがややもすれば”止まっている”様にすら感じる。
彼女の一歩一歩を目で捉えられる者はこの場にはいない。
何故なら彼女は余りにも速過ぎたから。
バ、ババッ。足音が聞こえた瞬間。
エトセトラの面々はその場から吹き飛ぶ。ほぼ一瞬の事だ。
「え、何?」
何が起きたのかを美影は把握しきれない。
煙はまだ晴れてはいない。分かったのは”何か”が駆け抜けた事だ。それもとてつもなく速い何かが。一瞬で、
僅かな一瞬だったが、あの場にはもう一つの熱源が見えた。
見間違いなどではない。何かが間違いなくその場を通過した。
そしてそれは間違いなく直進している。
一瞬、ほんの僅かな一瞬、何かの熱源が見える。
凄まじい速さだ、その姿を捉えきれない程に。
(来るッッ)
一陣の風が駆け抜けた。煙が吹き散らされる程の強風。
美影は咄嗟に横に飛んでいて相手の突進を避けていた。
そして同時に火球を放っている。
「くっ」
縁起祀はまるで機雷の様な火球をギリギリで躱す。そしてソフトボール位の火球は強風に煽られ消え失せた。
(気付いたのか?)
彼女には美影の姿は見えてはいなかった。
だからこそ”敢えて”突っ込んだのだ。相手の位置を正確に知る為に。
彼女は自分の速さに自信があった。これ迄に彼女よりも速い者に遭遇した事はない。誰もが彼女の速度の前には何も出来ない。
気が付けば、いや、気が付く前にもう決着は着いている。
それが彼女の、縁起祀のコードネームにしてイレギュラーの名前でもある”ロケットスターター”。
(なっっ、)
だからこそ縁起祀は驚いた。美影の動きはまるで自分の動きを見ていたかのように反応していたのだから。
パパパ。
音が聞こえた瞬間には彼女は動いていた。
ガシュッ、地面を大きく蹴り出すと方向転換する。
狙いはこちらへと銃撃をかけてきたバイクに跨がってる連中だ。
パパ、銃弾が飛んでくる。だが遅い。彼女には見えている。
彼女は自分の手に握られている特殊警棒を振る。
まさしく一撃必倒。
ゴ、キン。
相手の鼻柱に警棒を叩き付け、返す形でもう一人のこめかみに一撃。
バイクを踏み台代わりにし、さらに反対側の敵へと襲いかかる。
銃撃の音が鳴り終わる前に全てが決していた。
その場にいたはずのエトセトラの面々は全員が地に伏している。
そこまでにかかった時間はおよそ五秒程の事。
たったそれだけで美影を囲んでいた連中は全滅したのだ。
美影は思わずボヤく、「やれやれね」と。
するとブワッ、と風が巻き起きる。
「ふぅ、これで邪魔は入らない」
縁起祀が美影と背中合わせに立っていた。
ほんの僅かな時間だが、沈黙が場を支配する。
「…………」
先に口火を切ったのはロケットスターター、こと縁起祀。
「さて、あんたに恨みはないわ。だから大人しく盗んだ物を渡して貰えるかしら?」
その言い回しには絶対の自信を感じさせる。
自分が負ける事などは、露程も思ってはいないのだろう。
対して美影も言葉を返す。
「いいからかかって来なよ。アタシ達はそういう存在なんだし」
そして二人は前へ一歩飛び出すと、ほぼ同時に振り返る。そうして正面に立つ敵を見据え、向かい合った。