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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
368/613

鬼の目論見

 

(────)


 何もない世界の中で美影は考える。

 意識はここにある。死んでいないのも分かってる。

 しかしそれだけ。現実の世界での自分は気を失い、無防備そのもの。

 そんな状態のすぐ近くで戦いは続いている。


 零二にせよ赤鬼にせよ気を遣ってるのか、或いは互いしか見ていないのか、今の所美影の身体は無事である。

 とは言え、それは運に依存した状況でしかない。両者が互いしか見ていなかろうが、その衝突の余波、具体的に言えば砕けた壁、コンクリート片でも飛んできたら今の美影には躱す術などある訳もない。事故死、という可能性はつきまとっているのだ。


(気にするな。どうせ今出来るのは考えるコトだけなんだから)


 赤鬼に焦点を合わせて観察を継続する。

 赤鬼の能力は”消える事”。それは単に光の屈折とかの科学的現象ではなく、文字通りの意味でこの世界から消える、という前代未聞のモノ。事実上無敵にも見える能力で相手の攻撃の一切を無効化。自身が一方的に先手を取り続ける事が可能。


(オマケにあの体格から繰り出す攻撃、か)


 まさしく鬼そのものとでも例えるしかないまるで岩のように頑強な肉体はそんじょそこらのボディコントロールのイレギュラーを持つマイノリティよりも遥かに上。そこから繰り出す攻撃は間違いなく一発一発が直撃を受ければ致命傷になりかねない程に強力無比。


(アレじゃ矛盾、って言葉がバカみたいね)


 一見すると付け入る隙など見受けられない。

 だが、あの声の誰かは確かに言った。対抗する手段を持っているのだと。


 美影は状況を刮目して見る。


 零二は苦戦しながらも徐々に対応し始めている。

 見えない攻撃を察知するのは無理だと割り切ったらしく、壁を背にして攻撃方向を制限。その結果、さっきまではもらい放題だった攻撃を躱し始める。


(悔しいけど武藤零二アイツは強いわ。戦いながらあの鬼との戦いに適応している)


 では自分ならどうするのか?

 壁を背にして躱せるのか? 結論は否である。


(アタシとアイツじゃ戦い方の根本が違う。だからあそこまで上手く適応するのはムリね)


 零二は接近戦に重点を置いたショートレンジ戦闘。だからこそ焔のコントロールも身体能力の向上や瞬発力に特化している。美影自身が同様の使い方をしてみたから実感出来る。

 確かに接近戦では有効だと。ただしコントロールは難しい。一瞬の判断で炎を操る。速度の加速減速は神経をすり減らす。


 美影は中長距離での間合いを維持したミドル及びロングレンジ戦闘。

 炎の威力を調整しながら射撃により牽制、殲滅掃討を得手とする。


(あの戦い方はアイツだけのモノ。ならアタシは──?)


 そこまで考えた時に不意に思った。

 最初に相手が仕掛けるのは仕方ない。では仕掛けてきた○○に対応すればいいのだと。

 仕掛けてきた攻撃を対応しやすくすればいい、と。


(ああ、分かった。多分対応は可能だ)


 美影がそう結論を出した途端、彼女の世界は閉じた。



 ◆◆◆




(一か八か、だな)


 零二は覚悟を決める。

 どうなるかは分からない。失敗すればそれこそもう敗北は必至。

「──ち、っ」

 顔をそむける。頬を掠めた爪先が壁を抉り、削っていく。

 反撃に転じようとしても相手の腕はもう既に消えている。

 頬を掠めた拍子に出来た傷から生じた血がつつ、と流れていくのが分かる。

 どの道このままでも負けるのは間違いない。ならば、と零二は動き出す。


 目の前に鬼の手が見えた。

 狙うのは心臓だろうか。喰らえば間違いなく終わりだろう。

 もはや逡巡する時ではない。


(やってやるよチクショウめ)


 零二は焔を揺らめかせ、そして────。




 ◆



(かっか、なかなか粘りおる粘りおるわ)


 赤鬼は己が優位を確信。

 如何にゆっくりじっくりと獲物である零二を傷め付け、殺す事に夢中になっている。

 理由はかつての仇敵と目の前の獲物の姿が被って見えるから。


(憎き憎き異能のモノ共。忘れはせぬぞほむら遣い)


 それはかつて京都にて暴威を振るった時の事。

 多くの異能者を返り討ちにし、餌食にした赤鬼の前に彼らは姿を見せた。


 日の本でも随一と呼ばれる陰陽師、多くの呪術に精通した呪術師、あろう事か人の味方をする道を選んだ物の怪、そして彼らをまとめたのはある貴族の末裔にして焔を操る武士であった。


 戦いは熾烈を極め、三日三晩続き、遂に赤鬼は敗北を喫した。

 勝負を分けたのは結局の所、数の差だった。自身一人に対して敵は複数。最初から持久戦に持ち込む算段だったのだろう、陰陽師や呪術師は早々に結界を張り巡らせると自分達を閉じ込める。

 目的は二つ。まず鬼が逃走しないように、というのともう一つは鬼が人を喰わないよう予防の為である。

 鬼は人の魂を喰らう。そうする事によりこの世界で活動する為の燃料を獲得する。


 二人が結界の維持に務め上げ、残った物の怪と武士が間断なく攻撃を仕掛けてくる。


 血飛沫を上げながら赤鬼は倒れた。

 物の怪は既に息絶え、気付けば武士との一対一となっていた。

 結界により、徐々に力を奪われたのも大きかったが、何よりの要因は目の前でこちらを見下ろしている武士の能力。

 焔を刀に纏わせて斬る。ただそれだけの異能。

 だがその焔はいつまでもいつまでも体内を燃やし続け、それによりどれだけの体力や能力を損なわれた事だろう。

 気付けば武士は刀の刃へ焔をまとわせている。

 どうやらとどめ、らしいと鬼は悟る。


 ”我はいずれ復活する。焔遣いよ。その時こそ貴様の血脈の悉くを絶やしてくれるわ”


 最期に鬼は呪詛の言葉を吐いた。

 忘れた事など一度もない。

 その武士の名字は”藤原・・”。

 そう、鬼にとって藤原一族は憎き仇敵そのものであったのだ。



 長い長い時をかけ、鬼は少しずつ復活に備えた。


 五体をバラバラにされ、封印。それにより能力を弱体化。折を見て滅す。

 それが数百年にも及び幾度も幾度も繰り返される。

 鬼は少しずつ身体を損なうのを実感。その都度、憎しみを募らせた。


 ”このままではいずれ我は滅し尽くされる”


 いつからか、その結末を悟った鬼は考えを改める事にする。

 自力で復活の時が迎えられぬのであれば、迎えられるように仕向ければいいのだと。


 だから鬼はその為に人を利用する事にした。

 具体的には自身を封印、管理している各地の異能者を観察した。


 そしてその中の一人に目を付けた。


 その青年は野心を秘めていた。

 人よりも優れた才覚を持ち、世に出れば間違いなく一角の人物として名を知らしめるであろう能力を持っていた。

 だがその望みが叶わない事も青年は知っている。

 この寺に鬼の身体が奉じられている限りそれは不可能であったのだ。


 その本心を見抜いた鬼、正確には鬼の左目・・は青年に甘言を囁く。


 ”我の力を用いるつもりはないか?”


 当然ながら最初その問いかけはにべもなく拒否された。

 時代が経ったとは言え、仮にも寺の管理を任された青年は口伝で封印された鬼がどれ程の脅威なのかを聞いていた。

 だが鬼は諦めなかった。

 残された身体の部位の中で、もっとも権能を秘めたこの左目さえ無事であれば時はかかろうとも復活の目はあるのだから。


 そうして幾度も幾度も囁いた甲斐もあり、遂に青年は封印を解く。

 待ちに待った時は来た。

 青年は鬼の囁くままに、目を加工。呪具と為した。

 そして秘めた権能により、青年の望みを叶えてやった。代償としてその寿命を奪う。

 そして数年が経過。青年は若くして急死。その今際の際の表情がたまらなかった。


 そう、鬼にとってこれは復讐でもある。

 青年はあの憎き藤原・・の血脈だったのだから。


 かくして鬼は巡った。様々な人の欲望を叶え、命をいただく。

 そうやって少しずつ復活に必要な力を得ていく。

 不思議と権力者の多くはかつて藤原の血脈だったのはまさに運命の皮肉といった所だろうか。


 そして時は遂に来た。


 復活出来るだけの能力は得た。後はそれを発揮するに相応しい器を持った者を待っていた鬼にとって藤原新敷はまさしく待ち望んだ器。


 ”憎き藤原の末裔の身体で復活。そして根絶やしにする。これ以上の楽しみがあろうか”


 更に鬼にとって仇敵とも云える存在もいた。

 武藤零二。実験動物であったなど、諸々の細かい経歴はどうでもいい。


 ”焔遣い”


 そう、それこそが重要。憎き異能を受け継いだ末裔。その使い方こそ違えども、少年は間違いなく忌むべき焔を使う。


 ”殺してやる。じわじわと苦しめて殺してやる”


 今こそまさしく待ちに待った時。


 だからこそ鬼は楽しんでいた。


 かつてのように”結界”による権能の阻害はない。この状況で敗れる要素など微塵もない。

 鬼の鬼たる所以、権能。

 この世から存在を消す。生者には叶わぬ死者に近しき存在故の不条理な能力。

 対抗するにはその不条理すら無効化出来る呪具ないし神器を用いる位だろうか。

 つまりはこの状況に於いて獲物である零二に為す術はない。


 鬼は堪能し、満足した。

 既に獲物は全身を傷だらけとし、半死人である。


『かっか、小僧よ。そろそろ死ねぃ』


 虚空に腕を浮かばせ狙うは心臓。

 鬼は自身の勝利を確信していた。



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