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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
367/613

焔と戯れ

 

(なによアレ? 反則じゃないの)


 零二同様、美影もまた鬼の能力を知り、困惑する。

 それも当然ではある。

 相手がこの世ならざる存在であり、姿を、それどころか存在そのものを消せるのだから。


 ──そうか。反則に見えるかぁ。


(ええ、そりゃあ──ってなに!)


 気付けば傍に誰かがいた。姿そのものは見えない。というより揺らいでいる。


(もう、コレで何回目よ。アンタ誰よホント)


 ──いやぁ。そう言われてもなぁ。コッチとしちゃ名乗ってもいいけど、あんたは正式な担い手じゃないから名乗っても聞こえないんだよなぁ。

 っつうかさ、ホントあんたビックリしないよな。これで何回目だからってよぉ。


(そりゃどうも悪かったわね。で結局、アンタ何なの? 幽霊なワケ?)


 ──まぁ、そんなもんだけどもな。細かい事は分かんないなぁ。


(ちっ、……使えねぇわ)


 ──オイオイオイオイ。少しは敬意とか抱くなり何なりしろよ。これでも一応お前さんより結構な先輩なんだぞ、まぁ多分。


(多分なんかい! いい加減なヤツね)


 この得体の知れない相手と緊張感の欠片もない会話にも美影は随分と慣れてきた。

 とは言え、目の前で起きている出来事に無関心とはいかない。


(一つ聞くけど)


 ──おれの正体とかじゃなきゃ大丈夫だぜ、大体はさ。


(アレ、倒せるの?)


 指さすのは姿なき鬼。より正確に言えば零二の拳や輝く手刀は虚しく空を切り、鬼の攻撃を受け続ける光景。


 ──おお、アレか。倒せるよ。


(えらく簡単に言うわね。どうやって倒すのよ?)


 ──まぁコツはいる。というか持ってる能力によっちゃ何をやっても無駄かも知れない。


(でも倒せる、っていうのは何で?)


 ──そりゃ簡単だ。お前さんなりあっちの少年はアレと戦えるだけの能力を既に持ってるからだ。ただ単に何をすればいいのかを把握してないだけさ。


(つまり自分自身が何が出来るのかを思い直して、何とかしろってコトなワケ?)


 ──そういうこった。自身の持ってる手札を分析して、その上で最善手を打つ。極々簡単にして普遍的な真理ってヤツだよお嬢さん。


(……でもアタシはまだマシね。アイツよりも考える余裕がある)


 ──ああ、そりゃあその通り。まぁ順調に育ってりゃ少年にも誰かしらの”声”なり何なりが見えるか聞こえるはずだ。


(じゃあアイツも今頃は?)


 ──ううーん。そいつぁどうかなぁ。その誰かによっちゃ何の介入もしないって可能性だって無きにしもあらず、ってやつだからな。何せおれ以外の他の連中はそれこそ一癖もふた癖もある奇人変人のオンパレードだからな。


(…………)


 お前が言うな変人、という言葉を飲み込み、美影はさっきの言葉を考える。

 自分の持ってる手札、その中であの相手に対抗出来るだけのモノがある。

 零二は増々追い詰められていく。

 ここでの時間経過は普通の世界とは違うのも分かってはいたが、かといって猶予は然程ないのも分かっている。


(考えろ、相手に対抗する手段を)


 美影は今の自分に出来る事に集中するのだった。



 ◆◆◆



「く、はっ」


 痛烈な一打が顔を直撃。零二は呻き声をあげつつ、仰け反る。


『かか、思った以上に粘るなお主』


 鬼からは嘲笑に満ちた言葉を投げられ、睨み付けようと視線を向けるがそこに相手の姿は既にない。

 周囲に気を配って相手の攻撃を察知しようと試みる。

 だが気付けば相手の攻撃は目の前。躱そうにもその暇はない。

 ならば、と周囲に拳を振るおうものなら鬼はカウンターを喰らわせてくる。

 逆にわざと相手に攻撃させ、カウンターを決めようとしても相手はすぐに消える。

 結果として零二の攻撃のことごとくは虚しく空を切るのみ。

 逆に相手の攻撃は百発百中。一方的な展開になりつつある。


(くっそ。どうすりゃいい?)


 鬼は言葉通り消えてしまう。いや、存在しなくなる。

 攻撃の際にはその手や足をのぞかせるものの、それも攻撃を当てればすぐにいなくなる。


(光の屈折、だとか幻覚って生っちょろいモノじゃねェ。視えねェンじゃ手の打ちようがない)


 努めて冷静さを保ってはいたものの、このままジリ賃の状態が続けば間違いなく負ける。

 そして零二は気付いていた。


(あのヤロウ。手加減・・・してやがる)


 理由は簡単。鬼は明らかに楽しんでいる。さっきからの言葉を借りれば久方振りに受肉をしたという事。


(やっとやっと好きに使えるオモチャが手に入ったってトコか。

 ンでもって丁度いい遊び相手がオレってワケだ。ったくムカつくぜ)


 あの鬼の筋力から鑑みても藤原新敷の意識があった時よりも攻撃の威力は上がってもおかしくはない。ここまでもう数えるのも億劫な程に攻撃を受けた。だから分かる。身体が覚えてる。あの攻撃の一発一発の重みを嫌になる程に。


(待て、もしかしてあの鬼は藤原新敷のハゲヤロウのイレギュラーは使えないのか?)


 可能性はある。イレギュラーとは担い手の精神によってその能力は千差万別。似たような系統のマイノリティ同士であってもそれは同じ。同じ炎を使える同士でもかたや火炎放射であったり、もう一方は火球を作り出すのが得意、と差異がある。

 そして相手の話を事実だとして考察すると、あの鬼は藤原新敷の精神に取り憑いたのではなく、喰らった。塗り潰したのでは、と思える。


(だとすりゃ、いいや。だからってどうするってンだ)


 戦いながらそんな事を考える自分に少しばかり嫌気が差した時だった。


 ──ったくさぁ。イチイチ細かい事ばっか考えるなっての。バカだろお前。


 ついぞさっき死にかけた際の声が再度聞こえる。

 姿は見えない。当然ではある。何せここは異界ではなく、零二の考えの中なのだから。


(オイオイ。もう死にかけたンかオレ? 或いはもう死ンでる、とかってオチか?)


 ──ちげぇよ。お前が何時までも何時までも手間取ってるから来てやったんだぞ。感謝しろよな。バカヤロウ。オレのエレガント、いやキュートな姿が見えないだろ。察しろよバカ。


(バカバカ言うなバカ。ったく、調子狂うぜ)


 ──そうそう。余裕を持ってる位が丁度いい。細かいコトは考えるな。お前は強い。あそこにいる鬼なんざぶっ飛ばせ。だってアレ。前にオレ達と同じ焔遣いに灼かれたんだぜ。


(──マジか?)


 ──ああマジもマジ。大マジってヤツ。アイツが何であんなチマチマした攻撃してるか分かるか? 口じゃ大口叩いてるけど怖いのさ。灼かれるのが怖いのさ。


(何かやれるような気になって来た)


 ──おうおうその調子その調子。いやぁバカは楽だわ。


(オイ!)


 ──まぁ細かいコトをいつまでも考えてても埒があかない。お前はバカなんだから考えてもいいけどまず手を出せ足を出せってコト。


(ああ。何だかアホらしくなったわ)


 ──そうそう。いいから思いっきりやれよ。んで出来れば勝てよ。何たって相手は全盛期の数分の一の力しかないんだし。


(マジかソレ)


 ──マジもマジの大マジだよ。まぁもっともその時は倒した側も一人じゃないんだけど。

 うん、そう考えるとお前の方がキッツイな。はっは。やっばいわ。


(はっは、じゃねェェ。オレの方がハードモードじゃねェか。死ンだらどうすンだっての!)


 ──はっは。いいからいいから行けって。いくら燃料を外から確保してるからって、お前自身の限界・・はもう近いんだろ? 出し惜しみなんかしてる場合じゃねぇハズだぜ。


(そりゃ、まぁ。そうだけどよ)


 ──いいか。こう考えろ。何をしたら相手がイヤだろうか、ってさ。お前悪戯とか大好きだろ? そんなノリでやっちまえよ。


 そんな声と共に煉は遠のくのが分かる。


 ──じゃまぁ程々に気張れよ。で、もうしばらく生き延びてみせろよな。


 そうして気付けばそこには零二だけが残される。


(へっ、ホント言いたい放題言いやがってよ)


 そうして世界は崩れていき────。


「──!!」


 目の前に迫るは鬼の爪先。

 身体を後ろへ倒れ込ませ何とか致命傷は避けるも、胸元からはパッ、と血飛沫が舞い上がる。


『かか、器用に踊りおるわ』


 鬼は自身に敗北など有り得ない、と確信を抱いているのだろうか。嬉々とした声からは、まるではしゃいでいるかのように思える。


「く、──」


 零二は幾度となく後転して間合いを取りながらさっきの会話を思う。

 やるだけやっちまえ。

 本当に行き当たりばったりの言葉。何も考えてないのが丸わかりの放言としか思えない言葉。


「う、おっっ」


 気付けば転がってる先に相手の腕が伸び出している。何もない虚空から腕だけがニョキ、と飛び出してくる。

 上から突き刺すかのように放たれた攻撃を零二は下手に避けようとはせずにむしろ焔を噴出、回転速度を加速。勢いを乗せた左右の踵でヒールキック。迫る攻撃を弾く。


『かっか、面白いぞ。足掻け足掻け』


 またすう、と姿を消しつつ虚空から鬼の声がする。

 このままでは埒があかない。というより間違いなく先に自分の方が動けなくなる。


「ぐ、っっう」


 零二は勢いよく壁にぶつかる。そうして素早く立ち上がる。これが零二の狙い。虚空からの攻撃自体は止めようもない。だが後ろは分厚い強化コンクリートの壁。ここからなら不意に攻撃されるにせよ方角は上下左右に限定される。背中は気にしなくていいだけだが気休めにはなる。


『小癪な──』


 直後、鬼からの蹴りは真っ正面から。素早くはあるがさっきからさんざ喰らって来た零二からすれば警戒すべき方向が一つ減ったからだろう。身体を反らしすれすれで躱してみせる。


『かか、いつまで粘れるかな』


 だが鬼からすればだからどうした、といった所らしい。

 実際、攻撃されるタイミングが分からない以上、後手なのは零二である。


(ああ。そうだな。せいぜい嫌がらせをさせてもらうさ。足掻いて足掻いて足掻きまくってやるよ)


 開き直った零二は悪そうな笑みを浮かべると、焔を揺らめかせた。



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