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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
364/613

完全融合

 

 ”──ろ”


 声が聞こえたような気がする。


 ”は────せ”


 かすれてはいるが声がする。

 しかしそれは無理な相談、だと彼女は思う。

 自分で分かる。今は意識と身体の繋がりが絶ち切れている、と。

 こんな状態で何が出来るだろうか、と。

 だが声はお構いなしに何かを囁く。


 ”おまえ──べき────ある。いいから──めをさま──!!”


 だが声はそこまでだった。

 直後に美影は揺れる。意識にではなく繋がりが切れている身体に何かが起きたのか。激しいモノが駆け巡ったかのような感覚。

 これは馴染みのあるモノ。自分がよく使うモノ。

 そう理解した瞬間、意識は急速に引き上げられいく。


(う、なに?)


 その熱は途切れていた少女の意識を目覚めさせるのに充分。

 暑い、というより温かい。

 ゆっくりと目蓋を開いたその先に見えるのは、焔をまとった零二と赤鬼と化した藤原新敷の激突だった。



 ◆



「ウラアアアアアッッッッ」『く、あああああああ』


 二つの声は混じり合い、まるで獣じみた雄叫びとなり響き渡っていく。

 焔が巻き上がり、相手を包もうとする。だがそうはさせじと鬼の角はゾブリ、と焔の中に食い込んでいく。


『しねしねしねっっっ』


 声に応じるかのように角はその長さを変形。まるで槍の穂先の如く鋭く伸びていき、そして相手の拳へと到達。


『うが、あああああっっっ』


 頭を突き出し、角はさらに深く食い込む。そして確かな手応えを感じ、抉るようにかぶりを振る。

 焔は切り裂かれ、血が一瞬舞い散り、すぐに蒸発。

 その上で焔の切れ間から見えたのは──。


「っらあっっっっっ」


 拳に焔を集束させた零二の姿。藤原新敷とすれば拳を破壊したつもりだったがどうやらそれは避けたらしく、腕からの出血だった。深めに抉れているらしいが零二はそんな事などお構いなしに突っ込んでいく。

 焔を背中から吹き出して急加速。焔の拳を一気に顔面へと叩き込む。


『ぐ、ぬあっっっっ』


 ほぼゼロ距離からの一撃をまともに受けて藤原新敷は大きくよろめく。

 ズシン、と想像だにしなかった程の重さで脳が揺れ、そして視界がぼやける。

 その隙を零二は見逃さない。またも焔を吹き出しながら空中で反転。勢いを乗せた左浴びせ蹴りを鎖骨へ。

 メキ、という感触は骨が折れた証左。同時に赤鬼たる藤原新敷の腕が垂れ下がる。

「う、おらっっ」

 零二は残った右足で相手の胸部を蹴りつけ、水泳のターンの如く、反動を用いて飛び退く。

 だが飛び退いたのは間合いを外し、一旦呼吸を整える為ではない。

「ふ、──」

 五メートルはあったであろう間合いを零二は再度踏み込む。

 狙いは相手への追い討ち。叩ける時に徹底的に叩く、まさしく目の前にいる男に身体に刻み込まれた教訓である。

 一歩、二歩、と踏み込むその都度に地面に亀裂が生じ、零二の速度と勢いは増していく。

 同時に拳に焔をさっきよりも一層集約。曖昧な大きさだった焔は文字通りの意味で担い手たる零二の拳そのもののサイズに変化していく。

 自分に生じた現象の全てを理解してはいない。

 実際、どうやって傷が塞がったのかすら分からないままだし、全身を血液の如く巡り循環していく焔はかつての、二年前の自分に匹敵するレベルになっている。

 しかし今の自身はかつてとはまるで違う。

 二年前であれば絶対的に足りなかった様々な技能、とりわけ格闘技能の向上。

 経験値自体はまだまだ大きく劣るのは分かっている。

 だが執事であり師匠でもある加藤秀二の格闘技術は藤原新敷よりも上。

 そして彼によって教えられた様々な格闘技術。

 身体に教え込まれたそれらの技術が混ざり合って今の自分がいる。


 秀じいは何度も繰り返しこう言った。


 ──人生に無駄な事などございませぬ。ありとあらゆる全ての出来事に如何に意味を見出すか。それこそが人が与えられた力なのです。

 さぁ立ち上がれ。己が足で地面を踏み締め、拳を握って前へ。ただ前を見るのです。


 だから零二は前へ。拳を握って振るう。

 使うのは一撃。たったの一撃でいい。


(燃えろ、燃えろ、燃えろ────オレは焔そのもの)


 全ての焔を手に込めて、放つのは自身にとって最凶の一撃。

 神に近しい存在モノすらも灼き尽くした必滅の攻撃。


「【拒絶ディクライン第二撃セカンド】」


 拳は真っ直ぐに相手へと向かっていき──直撃。


『う、ふぐうあああああああああああああ』


 藤原新敷は絶叫した。自分の全てが燃えていくのが分かる。

 それはさっきまでとはまるで違う感覚。

 燃えていく、消えていく。痛みや苦痛すら感じる暇すらなく失われていく。

 自分の存在が消えていく。そこにいた、あったはずのモノが跡形もなくなっていくのが実感出来る。





(消えていく、俺がここにいた全てが焔に飲み込まれて──)


 藤原新敷は最早自分は手遅れなのだと理解する。

 全身が文字通りに消えていく。手足は崩れ、筋肉、内臓、ありとあらゆる全てが焔の中に失われていく。

 とそこに声が掛けられる。


 ──かっか。どうやらお主の負けだな。


 それは左目と化したあの鬼からの声。もうすぐ自分も消えてなくなるというのにまるで他人事のような淡々とした口振りを受け、藤原新敷の中に怒りが巻き上がる。


(貴様、馬鹿か? 事ここに及び、共々に消えてしまうというのによくも平然と言えるものだ!)


 藤原新敷の怒りはそれを為した相手ではなく、共生関係にある異形へと矛先を変える。


 ──我もこれで幾度目かの死、ゆえな。どうにも慣れてしまったわ。まぁ、切られ、突き殺されたのではないだけ些か上等よ。


(な、馬鹿が)


 ──とは言え、な。我としても五体の大半を失って久しい。この上この目までなくし、復活の時がさらに遠退くのも歯痒い。

 そこで、だ。一つ提案がある。どうだ、聞くか?


(今更何が提案だ。このような状況で一体何があるというのだ?)


 ──なに、実に単純明快よ。我にお主の身体を譲り渡せ。さすれば仮初めとは言えど我はこの場に顕現出来る。我の全ての権能を以てすればこの死の定めからも抜け出せるぞ。

 心配すな。精神まで寄越せとは云わぬ。あくまでも一時的な委譲であると思えばよい。


(……お前、最初からこれを……)


 ──さてな。可能性はあったが、こうなったのはあくまでも結果よ。あの小僧っ子の余力が発揮されればお主はこうなるであろう、とは思っていた。その程度の事よ。

 して……如何する? 素直に滅ぶか? 或いは小僧っ子に復讐するか?


 それは提案の体をした脅迫だった。

 鬼にとってはここで滅んでもまた機会はあるだろう、だが、己は違う。

 ここで滅べばそれで終わり。不死身でない身である以上、いつかの死は覚悟してはいた。しかしその相手がよりによってNo.02、武藤零二だというのが我慢ならない。


 ”このガキにだけは負けたくない。殺してやる。何が何でも、どんな手を用いても”


 その憎しみが溢れ出す。

 答えは決まっていた。


 そしてそれは鬼にも分かり切った回答であった。


(譲り渡してやる。必ず小僧を殺せるのならな)


 ──よかろう。


 未だ眼球しかないはずの鬼が笑うのが分かる。

 そう、笑ったのは藤原新敷自身。いや、それは違う。

 この身体を担うのは最早人ならざる存在。


『う、ぐううううううううううううううう』


 かくて断末魔にも似た叫び声をあげながら、異形の怪物は解放された。



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