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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
363/613

反撃

 

『く、ぐはっっっっ』


 赤鬼は呻き声を上げつつよろめく。それはさっきまでとは明確に違う事態。

 さっきまでも何度か拳の直撃は受けた。無傷ではなかった。

 鬼となった事により藤原新敷の身体能力はそれこそ飛躍的に増大した。

 筋力自体がまるで人間とは違う。

 マイノリティとなった段階で姿こそ同じでもその中身は別物となった実感はあった。

 肉体の強度は銃弾をものともしなくなったし、その強度はそのまま敵に対しての武器となる。


 初めて能力によって他人を殺したその時。


(何だ。こんなモノか)


 拍子抜けしたのを覚えている。

 相手は当時敵対関係にあった大陸系の犯罪組織。

 きっかけはよく覚えてはいない。大した理由じゃなかったのだろう。


 幾度も襲撃を受け、死にかけた。

 そしてその窮地がマイノリティとしての目覚めの契機となった。


 以来、藤原新敷は基本的に強者となった。

 組織相手であろうとも関係ない。たった一人、己だけいれば事は済む。

 一晩で数百人からなる相手を全て屠った事もある。

 自分の肉体強度を図るのと相手がどの程度抵抗するのかを見てみたくて、わざと避けられるはずの攻撃を受けもした。


 結果はほぼ無傷。かすり傷程度しか負わなかった。


 そしてその出来事がきっかけとなりその悪名は裏社会に広まり、彼は藤原一族から招かれた。

 藤原一族は想像していた以上の権力を持っており、世界中に影響を与えられる。

 ことこの九頭龍に於いてであれば文字通り支配者といっても過言ではなかった。


 これまでただ他者を信じず、己の力のみを頼みに生きてきた男にとってもその権力は魅力的であった。

 頼れるモノは己の肉体のみ。

 一瞬だけその筋力を数倍にも引き上げる、ただそれだけのイレギュラー。

 まばたき一つあるかないか、それだけの僅かな時間のみの愉悦。

 だがその瞬間自分は誰よりも強い存在となれる。まさしく最高の気分だった。


 決して油断していた、訳ではなかった。

 現在のNo.02こと武藤零二は潜在能力こそ脅威でこそあれ、戦闘に於ける駆け引きなど全くの皆無。気にするべきレベルではない。

 焔を燃料に換算し、爆発的な瞬発力による近接戦闘で倒す。

 噛み合えば強力。だが近接戦闘であればこちらに分がある。実際、そうだった。ついぞ今さっきまでは。


『く、がきっっ』


 反撃の右フックは顔を後ろへそらして躱される。だがこれは囮。次いで放つ左フックは最初から躱す事を想定した一撃。放つ瞬間に、筋力を増大。急加速した一撃を前に相手は間違いなくテンポを狂わされ、躱す事は極めて困難。狙いは寸分も違わずに顎先を打つ、そのはずだった。


『ぬ、うっっ?』


 衝撃が走り、視界が揺らぐのが分かる。

 一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。いや、それは違う。

(なに?)

 その表情には明らかな動揺が浮かんでいた。

 フックを当てるはずの自分の顎へ零二がカウンターのシュートアッパーを当てていたのだ。


『認めんッッッッ』


 ぐらつく視界の中で身体を前へ、両手で挟み込まんと放つ。

 今度はさっきまでとは違い、最初から筋力を増大。大振りの反撃ながらも速度は早い。

(後ろへ飛び退くか、それとも──)

 後ろを飛び退くのであればそのまま間合いを潰しての右膝を見舞う。前へ踏み込もうとするのならこのまま肉体そのものをぶちかます。

 上に飛ぶのであれば伸び出した角で迎撃すればいい。

 下にしゃがみ込まれると反撃手段はないのだが、そこが一番弱いと分かってる。意識さえしていればどうとでも対応出来る自信がある。

 一番の悪手は向かってくる左右の手のどちらかを受け止めるというもの。もしそうなればそのまま力任せに潰す。

 あらゆる可能性を想定した上での反撃。

 怒りで頭に血は昇っていたがそれでも幾度もの修羅場の数々から、冷静さを手放しはしない。


 そして零二は動く。

 何を思ったか、迫り来る左右の手へ向けて自分の両手を裏拳の如く放ってみせる。


(馬鹿め、それは悪手の中の悪手だぞッッッッ)


 藤原新敷の目からすれば、ただでさえパワー負けしているはずのその零二の選択は気でも狂ったか、と見えたに違いない。



 ◆



(妙な気分だ)


 この再戦の最中、零二は違和感・・・を感じていた。

 それは例えるなら、自分の身体がまるで自分のモノじゃない、という感覚だろうか。

 いつも通りに拳を振るい、足を踏み込ませるはずが思ってるよりもずれている。

 ほんのコンマ数秒にも満たない誤差ではあるが、どうしても気になる。

 勿論、そんな事は有り得ない。この身体は紛れもなく武藤零二本人であるのは自分が分かっている。


(だよな、オレはオレだ。でもオレじゃないような気がする。何かが違う……ような気がする?)


 何でそんな事を思ってしまうのか自分でも分からない。

 ただ漠然とそう思ってしまう。

 妙なのはそこだけではない。

 さっきよりも焔の出力・・が向上している。体調は万全からは程遠い、だがそれは当然だ。ついさっき死にかけた(実際には数分程心臓が停止していた)のだから。

 傷自体は塞がっていたものの、痛みはまだ残っている。イレギュラーのコントロールには担い手たるマイノリティ自身の体力的及び精神的な状態が大きく影響する。

 精神的にも死んでいた、という実感があるこの状態では良いはずもなく、体力的にも消耗は激しい。

 普通に考えれば戦う、という選択肢自体間違っている、と指摘されかねないそんな最悪な状態にも関わらず零二の戦闘力は損なわれるどころか寧ろここにきて相手を押してさえいる。


(オレ以外からも貰ってるから、か?)


 視線を自身の周囲へ向ける。

 周囲には絶えず焔が巻き上がっているのだが、よく見ればその一部は外から中へ。つまりは零二の体内へと入っている。

 それは零二がかつて最悪の焔遣いだった頃の名残。

 自分の中にある燃料が途絶えないように消費していく傍から取り込んでいる。

 取り込んでいる焔の量は微々たるモノかも知れないがそれをずっと継続していれば補充量も馬鹿にはならなくなる。

 まるで体内に水分を補充したかのように、その焔は体内を循環し、取り込まれていく。

 そうして燃料へ還元され、新たな焔として出力されるのだ。

 理論上は零二は他のマイノリティよりも戦闘継続時間が長いのだそう。

 そして自分の中にある焔を開放した事で燃料を外部・・から取り込んでいる、というのは出力向上に貢献しているのは間違いない。


(ただ、何だろ? ──ああ、もう。わっかンねェわ)


 それでなくても今は戦闘中なのだ。

 余計な事に気を回す余裕などない、そう自身に言い聞かせ、零二は目の前の相手、藤原新敷へ意識を集中させるのだった。

 相手は左右の手で挟み込まんとしているのが分かる。確かに純粋なパワーなら勝ち目はない。

 速度も充分。余計な事に気を回したツケからだろう。出だしは遅れ、躱すのは困難。


火葬クリメイション第三撃サード


 気付けばそう声を出し、身体は動いていた。




『な、あっっ?』


 驚愕からだろう、藤原新敷の右目は大きく見開かれる。

 信じ難い事が起きた。

 突如目の前で激しい光が生じた。

 強い衝撃を感じ、光量で目が眩む。

 自分の左右の手が吹き飛んだ。


『ぐう、ああああっっっ』


 まさしく一瞬であった。相手の裏拳がこちらの手に触れたかどうか、の刹那で爆ぜた。

 クリメイションサードについては知っていた。そういった名称はなかったがかつて実験中に目にした。自分の操る焔を相手へと移して爆発、または炎上させる攻撃。一種の爆弾とも云える技。

 しかし今のはかつて見たモノとはまるで違う。左右どちらか、ではなく両方同時の発動など目にした事はない。


『クソガキッッ』


 怒りのままに膝を顎先へ叩き込んで身体を浮き上がらせる。

 吹き飛んだ手はまだリカバーされない。だが赤鬼となった藤原新敷にはまだ武器がある。

 それは左右二本の角。使ってこそいないが鬼の記憶をも共有した今、これがどれほどの威力を持つのか理解している。


(突き刺して引き裂いてバラバラにして────)


 血で染め上げる様を想像しつつ、角を突き刺さんと突き出す。狙うは胸部、肺を貫き通し、心臓を切り裂く。それで死にはしないだろうが重傷には陥るはず。その隙に手を治し、反撃する算段を立てていた。


(何だろうな? 身体が動く────)


 零二はこんな状況であるにも関わらず違和感が増していく。


(何かがおかしい、何かが狂ってる、なにかが足りない、なにかなにかナニカが──)


 そんな思いが積み上がり、吐き気すら感じる。

 さっきのクリメイションサード。左右同時発動など何故出来たのだろうか? 分からない。

 それに初めての事なのに既視感・・・を感じるのは何故なのだろう、と思う。

 気付けば相手の両手を吹き飛ばしていた。


(──!)


 気付けば身体は宙に浮き上がり、目前に迫る二本の角が見える。あれで刺されればただでは済まないだろう。

 何故か分かる。

 見た事もないのに、見た事があるような気がする。

 そしてこう囁かれた気がした。


 ”アレは危険なモノだ。全力でいけ”


 身体が自然と動いていく。何を為すべきなのかは分かっている、とでも言うかの如く。

 右拳を握り締め──焔を集束。

 それを目の前の相手へ放つ。


 鬼の角と赤く燃える拳は激突。


 場は焔に覆われた。



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