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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
361/613

美影から零二へ

 

「か、っかあああああああああ」


 藤原新敷は自分に起きているこの現状が信じられない。

 半ば半死人のような状態のはずの少女の予想外の抵抗。

 そしてあろうことかその少女が今、何かを起こしている。

 眩い光はまるで太陽のように思える。

 まともにその光を見てしまえば目は圧倒的な光量を前にして潰れてしまうに違いない。

 熱い、まるで全身が煮立つように。


「な、にが──?」


 だがそれ以外の感覚も覚える。

 その感覚は、例えるならば氷点下の世界で手足が凍っていく、とでも云えばいいのか。

 限りなく全身の感覚が朧気に、曖昧になっていくような感覚。


「起きて、る────」


 一つだけ理解したのはこのままでは危険だという事実。

 少しずつではあったが、この光の中にいては恐らく死ぬ事になる、と認識する。


 ──やれやれ。小娘だからと随分と油断したものだなお主。


 まるで他人事かのように鬼は半ば呆れた声音で囁く。


(分かってるのか? 俺が消えればお前とて無事では済まんのだぞ!)


 ──当然理解しているともさ。我とてこのような所で消える訳にはいかぬのでな。

 甚だ不本意ではあるが手を貸してやろう。

 だがあの小娘、なかなかどうして興味深いではないか。


(そんな事はどうでもいい。ともかくも手を貸せ、その力を寄越せっっっっ)


 ──勿論だとも。我の力、お主に貸してやろう。無論、代償はもらうがな。


(いいから今すぐ寄越せッッッッッッッ)


 それは時間に換算してほんの一瞬。コンマ数秒にも満たない僅かな時間だった。

 普通であればその変化を最初から観る事など出来なかったであろう。


(な、によコレ──?)


 だが今の美影には、スイッチを入れた状態の彼女にはその変化もまたコマ送りのように視認出来てしまう。

 そうして目の前で生じた変化はまさに異形への変異だった。


 まず変化を見せたのは相手の左目近辺から。

 元々その周辺だけは他の部位と比較しても異様ではあった。およそ人の持つ肌の色合いとは明らかに違う赤銅色、そして爛々とした毒々しさを漂わす目。

 その目が真っ黒に変化を遂げる。まるで黒真珠のようですらある異様な光を放ち、それが呼び水とでもなったのか、全身の筋肉という筋肉が冗談みたいに膨張する。

 まるでふにゃふにゃの風船が一気に膨らんだみたいな異様な変異は、針でつつけば今にも破裂するのではないのか、とすら思える。


「──!」


 だがそれもほんの一瞬、だった。

 膨れ上がったその肉体が今度は縮んでいく。ただし縮みこそすれどその腕、脚、腹筋、大胸筋等々のありとあらゆる筋肉のボリュームはまるで別人のよう。

 バリバリ、と弾け飛ぶ服から覗くその肌の色は赤銅。


『フウウウウウウウ』

「──っっっ」


 美影はその気配に思わず飛び退く。

 傍目から見ている第三者がいれば恐らくは十中八九はこう思ったに違いない。


 ”何で逃げる必要があるんだろう?”


 あくまでも第三者の目線でなら、相手がまさしく赤鬼とでも例えるべき姿に変異したからといってもあのまま両手から発する光を続ければ勝てたんじゃないか、とそう思ったかも知れない。


 だが美影は咄嗟に後退した。

 本能が訴えた、のではない。


 ──退けっっ。


 という切迫感のある誰かの声が聞こえたからである。


 そしてその声に任せた判断は正しかった。


「──っ」


 バキン、という音は今美影がいた場所から鳴り響いた。

 丁度美影の顔のあった箇所に鬼の両の掌が重なっている。

 コマ送りの世界とは言えどほんの一瞬でも遅れていれば間違いなく即死であったろう赤鬼の反撃を目の当たりにし美影の背筋は凍り付く。


『く、あ、がアアアアアアアアア────────』


 だが赤鬼の変化は止まらない。ミキミキ、とした二本の角が飛び出し、口にはまるで狼のような牙。


『アアアアアアアアア』


 赤鬼は絶叫し続ける。

 その変異は明らかに担い手に苦痛を与えている。

 その肉体の節々からは血が流れ出していく。異常過ぎる変異を前にして肉体が悲鳴を上げている。


「…………」


 それを目の当たりにしている美影はそのまま、放っておけば自滅するのではないのか、と楽観的観測を抱く。

 実際、イレギュラーの暴走の末に自壊するマイノリティは多い。

 そしてかつて様々な実験・・という名目で殺し合いを強要させられた彼女はそうした事態を幾度となく目にしてもいた。

 だからもしかしたらこの鬼も、と美影が思ったのも無理はないのかも知れない。

 油断していた、とまではいわない。

 だが彼女が心の何処かで安堵感を抱いたのは事実で、赤鬼と化した藤原新敷という相手は苦痛に悶えながらも、その隙を見逃すような相手ではなかった。


『カッッッッッ────』


 それは単なる突進だった。

 ただこれまでと違うのはその突進に至るまでの流れ。

 赤鬼となってからの藤原新敷はその飛躍的、否、肥大化した身体能力・・・・のみで零二を倒した。それは彼が今の自分の能力をまだ把握仕切れていなかった事、それからこの状態に至った事自体が自身のイレギュラーの発展、進化したモノなのではないのか、と思い込んでいた。

 だがこの瞬間に藤原新敷は肥大化した筋力を更に強化・・出来た。


「──!」


 その速度はこれまで目にした無数の相手、例えばロケットスターターという異名を持っていた縁起祀・・・の常識外れの突進にも匹敵するモノ。付け加えるのであれば速度は同等であってもその肉体の強度、筋肉の厚みは段違いである。

 それはもはや戦車砲の一撃だった。


 スイッチの中にいても不意を突かれ、出だしが遅れた格好の美影にその強烈無比な一撃を躱す術などない。


 グシャ。


 その華奢な身体は吹き飛んでいく。

 藤原新敷としてはまるでトマトでも潰したかのような感触でしかない。

 それ程に容易く、脆い感触と共に勝負は決した。


『やり過ぎた、か?』


 思いの外の威力にそれを為した本人ですら目を剥く。

 叩きつけられた衝撃で血が放射状に飛び散り、白い壁を赤く彩る。

 その様はどう見ても即死、にしか見えないのだが。


「…………………………ぅ」


 驚いた事に美影にはまだ息がある。

 血塗れとなった壁に寄りかかる背中に微かに氷が張られている。

 激突死するその寸前に美影は氷の盾で衝撃を逃がしていた。

 もっともその行動は彼女が自己防衛の為に行った無意識の行為。

 それにいくら衝撃を軽減出来たのだとしても彼女の負ったダメージは甚大であり、完全に戦闘不能。意識も既に薄らいでいた。


『……これは驚いた』


 その様を目にした藤原新敷もまた驚く。

 今ので死ななかったという事実に。


 ──確かに興味深い。


 中に巣くう鬼もまた美影に関心を寄せたらしい。珍しく感情らしきモノが声音から読み取れる。


 ──あれな小娘め、どうも混ざっておる。人ならざるモノを内包し、ああも生き長らえるとはな。ここで殺すのは容易いが面白い。それに器としては最上・・だ。


 それにどうやら鬼には藤原新敷には分からない何かが分かるらしい。

 そして自分が入る器、としての魅力的らしく惜しんでもいる。


『貴様、俺と契約したのではないのか?』


 ──おおすまぬな。あれだけの器は滅多にお目にかかれぬのだ。

 だがまぁよい。我にとって今はお主がなのだからな。

 あの小娘を欲しておる輩が誰かは知らぬが、まず殺しはすまいよ。


『随分と気に召したようで何よりだよ。ともかくもこれで依頼は完遂。外に転がっている小僧の死体を回収して終わりだ』


 数年来の懸念が晴れたからなのか、藤原新敷は赤鬼の姿のままでも判別出来る程の笑みを浮かべる。鬼と一体化した事により色々と失ったモノもあるがそれを上回って余りある程の圧倒的な力を得た事に満足感を覚える。

 そうして倒れた美影へ手を伸ばさんとした時だった。


「──随分とご機嫌じゃねェかよ。クソハゲヤロウ」

『──!』


 その声に赤鬼は上へと視線を向けた。

 焔が巻き上がり、それを手で振り払うと、

「ッッラアアアアッッッッッ」

 眼前に迫るは白く輝く拳。よもや見間違えようもない憎き相手の拳が顔面へと叩き込まれる。


『く、ぐっっっぬっっ』


 拳を受けた顔は即座に赤い焔に包まれ、藤原新敷は後ろへよろめく。


「ん、っっ」


 美影は朧気な意識の中でそれを感じる。

 熱、目の前に何か熱いモノがある、と。


「…………」


 重い目蓋をゆっくりと開き、目の前のモノへ視線を送る。


「よ、目ェ覚めたかよ?」


 そして零二もまた横目で美影の様子を見ていた。


「ア、ンた…………」


 バカなの、と美影はそう言おうとしたが言葉が出て来ない。

 全身のダメージのせいなのか、今にも意識は途切れそうでろくに口も動かせない。


「ムリすンな。ゆっくりとそこで見学してろよな」

「……………………う、」


 そこで美影の意識は途切れたらしく、顔を俯かせる。

 そんな彼女を見据えつつ零二は思う。


(ヘッ、よくもまぁここまでやったモンだ)


 零二は美影の抵抗を直接観てはいなかったが、降りていく内に肌で感じた。

 強烈な熱気と痛烈な冷気を。

 その結果も目にした。赤鬼の赤銅色の肌が白く変化しているのを。それは丁度左右の掌形となって焼き付いている。


「どうやら不死身ってワケじゃねェみたいだな」


 それは紛れもなく相手が負った怪我。

 さっきまで散々っぱら拳を叩き込んでもビクともしなかった相手に刻まれた傷。


(へっ、何だかな)


 どうしてもここに至るまで勝てると思えなかった。

 長年刻まれた劣等感を払拭したと思っていた。

 だが違う、と今更ながら気付く。

 小刻みに膝が震えていた。拳にも必要以上の力がこもっていて爪が肉に食い込み、血が滲む傍から蒸発していく。


『おのれ小僧ッッッ。大人しく死んでおればよかったものを!!』


 焔を消し、そこに浮かぶのはこれまで以上の怒りを露わにする藤原新敷。

 その全身から漂う圧倒的な憎しみを受け、零二は思わず足がすくみそうになる。実際、先日までの彼なら間違いなく後ろへと飛び退いていただろう。

 だが。


『む、ぬ?』


 赤鬼は目を細めた。

 今の怒気を受ければ相手は本能的に距離を外すはずだった。

 そしてその事こそが零二に自分の中にある劣等感を否が応でも再認識させ、機先を制する事に繋がるはずだった。

 だが零二は引き下がらない。その場に立ったままで、逆に相手を睨み付ける。


(そう、か。今更だよな)


 零二は自覚する。

 これ位どうって事もないじゃないか、と。

 ほんの数日前。京都に於いて自分が対決したあの悪意の主。己を神そのものだとうそぶいていた異形と一つになった相手の事を。

 それが本当に神様だったのかは分からない。消えてしまった今となっては。

 だがあの存在はそう言うだけの力を確かに持ち合わせていた。

 彼が解き放っていたのはそれこそ数百数千年もの途方もない悪意の嵐。



 その中に身を置いた事に比べれば今直面している相手からの殺意などたかが自分一人分への感情でしかないのだと。


(そうだよな。一体どンだけか見当の付けようもないアレに比べればこンなの大したコトねェじゃねェか)


 今更ながらに理解する。これまで進んできた経験は決して無駄なんかじゃないのだ、と。

 そう思うと不思議と笑みが浮かぶ。


『小僧、どうやら気でも違えたか』


 藤原新敷の問いかけには戸惑いが入り交じっているのが分かる。


「へっ、」

『──ぐ!』


 気付けば藤原新敷の鳩尾に強烈な前蹴りが突き刺さり、その巨体が後ろへと後ずさる。


(なにっっ?)


 それはここに来て最速の動きだった。一瞬の事だったが藤原新敷の視界から零二の姿は完全に消えた。


 ──小僧っ子め。どうやら余力・・を開放し始めたな。


 鬼は感嘆しているのかその声音は嬉しそうですらある。

 それが一等気に食わない。

 さっきの美影、そして目の前に立ちふさがる零二にしろ、どうしてここまで抵抗をするのかが理解出来ない。


『ふざけるなよ小僧』


 赤鬼の拳が零二へ向けて放たれる。その踏み込みだけで地面は砕け、その衝撃の余波で天井の亀裂も広がり、コンクリートの欠片を降り注がせる。

 それは直撃すれば文字通り零二の頭部など跡形もなくなるであろう一撃。


「────っっしゃああああっっっっ」


 その一撃を零二もまた拳で受け止めてみせる。

 気付けば拳の色は白から赤へ変化していた。


『バカめ。俺と力で勝負とはなるとでも──』


 拳同士の激突になった事で赤鬼は自身の優位を確立した、…………そのはずだった。


『…………ん、なに』


 目を疑う光景に思わず目を見開く。

 さっき同様に押し勝つはずの状況、なのに。


「う、あああああああっっっっっ」


 零二の雄叫びにも似た声に呼応するかのように、赤い焔は強く大きく勢いを増して全身を覆っていく。


『ぬ、ぐう、おおおおおおっっっ』


 そして焔の勢いが増すに従って拳の圧力までもが上がっていく。より具体的に言うなら藤原新敷の身体がジリジリ、と押され出す。


(馬鹿なあり得んッッッ)


 汗が滲み、筋肉もミシミシ、と悲鳴をあげ始める。


(この俺が力負けするだと、……?)


 それはまさしく有り得ざる事態。ここまでの対決中、一度とてなかった展開。

 これまであらゆる相手に対してその筋力によって相手を圧倒してきたはず、だった。

 瞬間的に筋力を増大させる事により何倍、何十倍もの力を発揮し文字通りの意味で潰してきた。そしてそれは武藤零二を相手にした所で同じ事。如何に爆発的な身体能力を発揮せしめようが正面切っての対決ならばそれでもなお自分の方が上だ、という自負が崩れていく。


『このクソガ──』「──インテンスファーストッッッッ」


 焔の勢いはさらに増し、赤鬼となった藤原新敷の拳はついに弾かれる。

 そうして無防備になったその上半身へ燃える拳は突き出され────直撃した。



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