表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
359/613

ささやかな抵抗──美影

 

(ん、何だろうアレ?)


 朧気な意識の中で美影は観ていた。

 途切れ途切れだったが、そこにいたのは二人。

 一人は赤銅色の肌を持つ異形。もはや人と云うよりは赤鬼とでも例えるべき怪物。

 もう一人は自分にとって因縁浅からぬ武藤零二。

 ただ今まで何度か目にしたのとは様子が違うように思える。


(な、んだろう? ってか、アタシ何してんだろ?)


 身体を動かそうにも手足の指一本すら動かない。

 より正確に言えばそんな自分の姿を少し高い視点から俯瞰的に観ている、と言った方が正しかった。


 ──よぉ、お目覚めかいミカゲ。


 その声には聞き覚えがあった。

 以前、そう魔術師と名乗る摩周という不気味な相手との対決の際、追い詰められた際に出会った、というか聞いた誰かの声である。


(アンタ誰? 前にも会ってるわよね?)


 ──ああ、会ってるぜ。お前さんみたいなべっぴんさん忘れやしねぇよ。


 声の主は一切の逡巡もなく答え、美影はため息をつく。


(アンタ一体何なのよ? アタシのにいるワケ? それとも……)


 ──ええ、とそいつぁ難しい問いかけだなぁ。お前さんの場合特殊な状況でこうなっちまってる訳だからなぁ。


(いいから教えなさい。誰なの!)


 声の主が誰なのかは判然としないものの、美影がいくつか理解していた事がある。

 それはこの誰かには自分に対して一切の敵意はない事。

 かといって純粋な味方でもなく、立場としては傍観者・・・つまりは第三者なのだと。

 とは言えど、美影を見捨てるつもりはないらしく、直接的ではないにせよ助けるつもりは一応あるらしい。


 ──名乗ってもいいけどさ、お前さんには多分届かないぜ。


(どうしてよ?)


 ──そりゃミカゲが正式な担い手じゃねぇからだよ。を使える人間は別にいるってワケ。もっともソイツも色々と問題抱えちまってるんだけどな。

 いいか、ともかくも俺とこうして話が通じてる事自体が異例中の異例ってもんなんだぜ。

 お前さんのどうも俺を使う使えない以前の本質的・・・なモノがよっぽどなんだろうさ。


(本質?)


 ──ああそうさ。本質ってのは言い換えりゃそいつぁ、例えば怒羅美影っつう個人が生まれながらに持ち合わせたソイツの属性。まぁお前さんっていう存在がどういった概念モノなのかってこった。どんな奴にだってそれは持ち合わせてるんだけど、大抵の場合その本質はソイツ自身の人生に何らかの影響を与えるって訳だ。何せソイツの根幹を示すモノなんだからな。


(バッカじゃないの。そんなの信じられないわよ)


 ──だろうな。でもよ知ってっか? お前らみたいな異能者は大なり小なりそういった本質の影響を他の奴らよりもより色濃く発露してんだぞ。

 異能ってのはその担い手の精神によって形が異なる。それは知ってんだろ?


(…………)


 ──それまでソイツがどんな人生を送ったのか、或いは送りたいって思ってるのか。

 そういった様々諸々の事柄がソイツ自身の精神に影響を与え、そして心の中で一番強い欲求。それらが影響し合った結果、稀に目覚めるのがお前さんみたいな異能者なのさ。


(じゃあなによ、アタシが炎を使えるのは生まれた時から本質的にナニカを抱えてたから、って言うワケ? そんなのウソよ)


 ──まぁまぁ落ち着けよ。どうして炎なのかは俺だって知らないよ。ただお前さんの中の何か、それが色濃く出るのが多分そういう形だった、つぅ事なんじゃないかな。

 それより、俺が気にしてんのはお前さんが氷まで使えるってこった。

 言っとくぜ。お前さんはかなり珍しい存在だ。何せ氷炎、つう事象としちゃ真逆の事を同時に、しかも双方十割の出力で使えるんだぞ。そんな奴は俺は初めてお目にかかったよ。


(アタシはおかしいってコト?)


 ──そういう言い方はよせって。レアって思えよ。それも数十億分の一位の確率のな。

 多分お前さんの本質がそういった矛盾をも引き受ける類のモノなのだろうさ。

 何にせよ、お前さんは俺とこうして意志疎通が出来てる。これは多分偶然なんかじゃねぇって。

 本来なら担い手以外を助けたりすんのはルール違反なんだけどこういった場合は仕方ねぇわな。

 よし、じゃあ戻れよ。さっさと自分の器にさ。


(なにソレ? 助けるつもりがあるの?)


 ──バッカ。俺はもうこの世にはいないモノなんだぜ。干渉なんざしたらそれこそルール違反もいいとこなんだっての。


(どうしろっての?)


 ──簡単なこった。目覚めたらそこにいるのはバケモンだ。そいつに精一杯抗がえ。それだけでいい。観てただろ、相手はとんでもないヤツだった。


(勝てないわよ。あんなの)


 ──だろうな。


(ふっざけんな)


 ──大事なのは抗がおうって気概さ。お前さんは色んな理不尽と向き合って来た。

 今回のもそうした理不尽の一つだ。お前さんが心折れずに立ち向かえば、それで充分だ。


(死ねって言われてるように聞こえるんですけど)


 ──まぁまぁ。俺を信じろ。これだけは保証してやる。お前さんはまだ死なない。

 お前さんは本来有り得ない事を成し遂げた存在だ。そういう奴は何だかんだで死にはしないものなのさ。


(何か釈然としないんですけど──)


 そんな事を言っている内に美影は自分が何かに引き寄せられているような感覚を覚える。


 ──お、時間だ。そろそろ戻る時間ってこった。死なない程度にな。


(アンタ今度絶対ぶっ飛ばす)


 そこまで言った所で美影の意識は完全に途切れる。

 プツンと電源を落としたかのように真っ暗の闇の中に入り込み、そうしてソコからいなくなる。


 残されたのは声の主のみ。


 ──じゃあなミカゲ。心配せずともお前さんは死にはしないぜ。担い手は案外すぐ近くにいるんだからよ。


 その声は何処か遠くにいる誰かに、懐かしむような音色を秘めていた。



 ◆



「小娘────」


 藤原新敷の眉間に皺が寄る。

 ついぞ今まで完全に意識を喪失していたはずの少女がいきなり反撃してきた事に苛立ちを募らせる。


「どうしたの? かかってこないワケ?」

「ち、」


 だが美影の様子を一瞥し、禿頭の大男は冷静さを取り戻す。

 確かに反撃は予想だにしなかったとはいえ美影の状態はどう見ても疲労困憊。


(炎そのものはそこそこではあったが、身体は上手く動いてはいない)


 立ち上がりこそすれど、それも壁に背を預けたまま。

 重傷を負ってはいないが、精神的な疲弊が激しいのは明々白々。


(それに、小僧に比べれば実力は一段下だ。わざわざ鬼の力を出すまでもない)


 そう判断した藤原新敷は何を思ったか一旦間合いを外す。


(来ない? 何にせよ助かった?)


 美影は静かに息を整える。ゆっくりと小さく息を吐き、吸う。

 そんな少女の様子を睨みつつ大男は告げる。


「小娘、一度だけ機会をやる。素直に俺に従うがいい。そうすれば手荒には扱わん」


 その表情からは絶対の自負が見て取れる。

 己が敗れる事など有り得ない、という絶対の自信。


「そうね。確かにアタシはアンタより弱いんだろうね」

「そうだ。どうやらあの小僧よりは賢明らしい──!!」


 美影の言葉を受け、満足げにかぶりを振る禿頭の大男に対して美影は躊躇なく火球を叩き込む。


「だけどね、なめんなこのハゲ。何でアタシがアンタに従わなくちゃいけないの? バッカじゃない!」


 声を張り上げながら美影はさらに無数の火球を発現。相手へと放つ。

 だが、その火球は相手へは届かない。

 何故なら藤原新敷の赤銅色の腕によって全てなぎ払われたから。


「こ、のクソガキが────殺しはせん。だが、死んだ方がマシだと思える位に痛めつけてやる」


 異様な光をぎらつかせ藤原新敷の顔もまた赤銅色に変化していく。


「やっぱりね。変に演じてるの見え見えよアンタ」


 美影は笑いながら、呼吸を整え、左手に氷を、右手には炎を発現させる。


(いいわよ上等よ。やってやる!)


 勝ち目など知らない。ただ抗う、そう美影は腹を括るのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ