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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
357/613

異常回復

 

『ふん、……どうやら終わりだな』


 藤原新敷は広がり続ける赤い水溜まりを凝視。その上でそう判断を下す。

 その目に映るのは血の海の中心でピクリとも動かない零二の姿。

 心臓の鼓動は途絶え、呼吸の気配すら窺えないその様は死んでいる、と結論付けさせるには充分である。


『思ったよりあっさりとした決着だったがまぁいい。どの道死体は残しておかねばならないのだ』


 武藤零二の殺害及びに身体の確保。それが今回、藤原新敷へ通達された藤原からの指示。


(ふん、本家筋のバカ共が何を考えてるのかは知らんが、どうせろくでもない事なのだろうさ)


 そしてもう一つの指示が、怒羅美影という少女を生かしたまま確保、という物。

 どちらも藤原の本家筋からの依頼ではあったが、それぞれ別口からのモノ。


(まぁいい。これさえ片付けば俺は更に上の立場になる。いいや、そもそも……)


 もはや今の自分に刃向かえるモノなどいないのではないのか? なら、いっその事、と様々な考えがよぎっていく。


『それにしても、だ。我ながら圧倒的じゃないか、くっく』


 藤原新敷はしばらく地下十階分をぶち抜いて出来た大穴を眺め、ニタリと満足そうに口元を大きく歪めると、下へと一息に飛び降りていった。






 そしてその場に残されたのは、微動だにしない零二のみとなる。

 周囲に生き物の姿はなく、あるのはただキツい日差しと生温い湿気た風。


 雲によって出来た日陰の動きから経過した時間はせいぜい数分、といった所だろうか。


 このまま放置しておかれればそこにある骸には虫がたかっていき、徐々に分会、腐っていく、かと思われた時だった。


 ド、クン。ドックン。


 鼓動が鳴り響く。

 小さく、微弱なその音。

 同時に周囲を赤く染め上げていた鮮血が急速に元へと戻っていく。


 その様はまるで録画した動画を逆再生しているかのよう。

 その体内では血が焔と変わって浸透していき、全身を内部から燃やしていく。

 やがて焔はぼお、と今にも止まってしまいそうな心臓をも燃やし、輝き出す。

 すると鼓動が途切れかけていたポンプは活性化。ドクン、ドクン、ドクンと少しずつだが、徐々に大きく早く脈動を始める。



『──あーあ、だから本気でやれって言ったんだよなぁ』


 その声は零二には届かない。何故ならその意識は途絶したままなのだから。

 それに何より声の主こと煉は異界からこの有り様を観ているのだから。


『まぁレイジの場合、のヤツより色々フクザツだからなぁ。自分のコトを何も知らないってのがホントの所だよなぁ。でもま、何にせよラッキーだったな。いんや逆なのかもな。不幸なのかもな。それも飛びっきりに物凄く。

 とにかく確定してるのはまだお前は死なない、ってコトだ。さっさと目を覚ましてお前の敵をぶっ飛ばせよな────間違ってもすぐにこちらには来るんじゃないぞ』


 それは一体どういう理屈、どういった存在なのか説明出来る者は少なくともこの場にはいない。

 ただ一つだけ言えるのは煉、という赤い髪をした少女がそこから干渉していた、という事だけ。

 もっともそれも具体的に何をした訳でもなく、単にその場で死に瀕していた少年を観ていた、というだけの事なのだが。


 そして今、起きている状況に関しては、当の零二自身全く預かり知らぬ事。

 どう見ても致命的な傷に出血量が嘘のように回復していく。

 その光景はあまりにも人間離れした、異様なモノだった。

 リカバー、焔による超回復、或いはそれ以上のナニカなのかも知れない。

 この有り様を誰か第三者が見れば間違いなくこう思った事だろう。




 ”コイツは一体何なんだ?”




 光を感じる。


「────は、ぐっっっっ」


 ゆっくりと目を開くと飛び込むまばゆい日差しを前に、零二は思わず目を細め、顔を背ける。

 そもそも体温自体が高温である零二は暑さそのものは特段感じないが、まぶしい日差しは話が別。いきなりの強い光量を前に思わずうろたえる。

「何でオレ…………?」

 困惑を隠せない。ついさっきまで地下にいたはずだった。それがどうして外に倒れ込んでいるのかが判然としない。

「ぐっ」

 ズキズキ、とした痛みに骨の軋みを遅れて感じる。

 思わず痛んだ箇所に手を触れるもそこには一切痕跡らしきモノは見受けられない。

 だが、この感覚は間違いなくついぞ今し方まで傷を負っていたのだという身体からの訴えかけ。

 だが自分では回復させた覚えもなく、何があったか分からない零二は困惑の表情を浮かべるしかない。


(思い出せ、一体何があったかを……)


 荒い呼吸を整えつつ、覚えている限りの事を思い出すよう集中していく。

 そして結論が出るのにそれ程の時間は必要ではなかった。


「…………ち、」


 苦々しい表情を浮かべつつ、零二はボロボロに破れたシャツの腹部に手を添える。

 この有り様を見ればおおよその経緯は想像がつく。

 まずまず間違いなく藤原新敷に自分は敗北を喫した。それも恐らくは完膚なきまでに。

 外に出たのは地下から歩いて来たのではなく、向こうに見える大穴からだろう。

 そしてもう治まったものの、さっきまでの痛みから察するに限りなく致命傷に近い負傷を負わされ、その後で無自覚でそれを癒やしたのだろう、と。


「いよいよバケモノじみて来やがった、な」


 髪を手でクシャクシャと掻いて自嘲気味に苦笑。ゆっくりと身体を起こすも、

「く、───はぁっ」

 零二は思わずよろめく。ここに来て今更ながら自分の状態がかなり悪いのを自覚する。

 確かに傷口は塞いだ。外傷は当然だとして内傷も同様に治癒しているのは間違い無い。

 しかし、表面上は癒えたとは云っても肉体に負わされた傷の残滓は一瞬では消えない。あったはずのモノが見えなくなってもついさっきまでそこに刻まれた傷、の痛みなどの感覚まではすぐには消えないのだ。

 こういった感覚にも個人差はあるそうで、当然ながら零二も何度となくそういう経験はしてきてはるのだがここまで酷いのは数える程しかない。

(へっ、どうにもカッコつかねェよな)

 こてんぱんに負けた、という実感。本来ならこうして生き延びた事自体が僥倖。普通ならば逃げ出してもおかしくない程の圧倒的な能力差。

 足がもつれてその場で転倒。何とか手を付き、地面にキスするのは避ける。

「へ、ハハッ」

 思わず声をあげて笑う。

 ひとしきり笑った後、そうして考える。


 ここまでみっともないのはいつ以来だろう?

 こんなに怖いのはいつ以来だろう?

 今のままではもう一同戦っても十中八九負けるのは身に染みている。

 なのに…………どうしてまだ戦おうと思ってるのか、と。

 足がすくんでもおかしくない、それ程に怖いのに、どうしてこんなにも拳を握る手には力がこもっていて、身体は冷めるどころか今までで一番熱いのだろう。


「…………」


 自分を包み込む焔へ視線をむける。

 赤い焔、鮮やかな色合い、これが本来の零二じぶんの焔の色のはずなのに、何故か違和感・・・を覚える。

 ふと思った、オレの焔ってこんな色だったか、と。


「さてさて、……行くか」


 もう一度大きく息を吸って気分を切り替える。

 そして左右の手で頬をぱあん、と一度張ると、意を決し歩を進め始める。



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