表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
356/613

圧倒

 

『ぬうっっ』


 それは思わぬ奇襲だった。零二が割った地面を伝っての──足元から噴き出す焔による強襲。

 その焔は火柱となり、瞬時に赤鬼を包み込んでいく。

(さっきの地面への拳はこれの仕込み、という訳か)

 焔に巻かれながらも藤原新敷は冷静に考える。

 今の零二の姿ばかりを見ていてついぞ失念していた。そもそも目の前にいるNo.02とは近接戦闘ではなく、距離を取った上で焔を放ちて敵を滅ぼす戦い方、つまりは中長距離を得手としていたのを。


『だがそれがどうした? 俺を灼くには些か火力不足だぞ──』

「ンなこたぁ分かってンよ!!」

『む、』


 零二の声が聞こえた。それもかなりの至近距離。ほんの数メートル先からだろうか。

 だが藤原新敷は相手を把握出来ない。目の前どころか周囲を焔によって包み込まれ視界はゼロ。


『くむぅ』

 赤鬼は零二の狙いが自分の視界を潰す事だと理解、即座に焔を消し去らんと手を振るうのだが。

『こ、れは──』

 焔は消えない。手を振るった瞬間こそ視界は戻るがそれもその瞬間のみ。焔はすぐに勢いを取り戻して再び視界を奪っていく。

『おのれこ……』

 罵倒の言葉を言い終わる前にドッスン、とした衝撃が赤鬼の腹部を襲う。

『くああっっっ』

 反撃とばかりに手を横へなぎ払うも手応えはない。

 するとその直後、今度は腰にハンマーでも叩きつけられるような鈍痛が生じる。

『なめる、なああっっっっっっっ』

 凄まじい怒号によってまとわりつく焔を消し飛ばす。

 だが既に零二は懐に入り込んでいる。左足を踏み込みつつ、右拳を赤く燃やしながら叩き込みにかかっている。

「インテンスファースト────!」

 激情のままに振るわれた十八番の一撃は狙い違わず相手の鳩尾を直撃、めり込む。

『く、ぬうっっ』

 よろめく赤鬼へ零二は追撃をかけるべく突っ込まんとするのだが、相手もそこまでは認めない。ぶおん、と手が左右へ振るわれる。狙いも何もあったものじゃない雑な攻撃。しかしそれでも今の彼の膂力を以てすればそんな手打ちであってすら危険極まる攻撃と化する。

「ちっ」

 零二は舌打ちしながら一歩下がって回避。だが舌打ちの理由は追撃が出来なかった事からではなく、さっき叩き込んだインテンスファーストの結果である。

(間違いなくオレの焔は向こうにいった。だったら燃えるか蒸発するはずだってのに……)

 零二の焔は相手に触れさえすればそれで効果を発揮する。焔、または超高熱により相手の体内の水分を気化蒸発させ、或いは相手の体内を灼き尽くす。いずれの場合になるのかは零二自身も正直分からないのだが、どちらにせよ相手はそれで終わり。

 ただし例外・・もある。

 それは相手に焔に対する抵抗力がある場合。

 例えば相手もまた炎熱系だったりすると単に触れさえすればいい、とはならない。

 また相手が相反する能力、氷雪系の場合も能力同士の反発による抵抗力は発生する。

 とは言えそれらの場合、最終的には零二の焔に匹敵、もしくはそれ以上に強力な炎ないし氷雪を扱える、という制限がオマケで付く。自画自賛する訳ではないのだが、零二はかなり高レベルな焔遣いでありそれと同等のイレギュラーを扱えるマイノリティとなるとそうはいない。

(ま、アイツなら或いは、だけど)

 その脳裏に浮かぶのは近くで気を失っている美影。彼女であれば同等以上とも言えるかも知れない。だが目の前の赤鬼はそういったイレギュラーを用いてはいない。無論、隠しているのでなければ、だが。

(やっぱりもう可能性として高いのは──)

 もう一つの可能性とは単純明快。自分よりも相手の方が格上、というもの。格上、というよりは強い、と言い換えた方が適切なのかも知れないが、いずれにせよ藤原新敷の肉体強度が零二の焔に耐えうるだけの高さを持っている、という可能性。

 その上で、こうなると零二には最悪だと云える。つまりは零二の焔で相手を灼くのは極めて困難だという事実が突き付けられるのだから。


『随分と小癪な真似をしてくれたな小僧ッッ』


 怒気を露わに藤原新敷は零二を睨み、睨まれた零二は思わず距離を外す。

 距離は二十メートルはある。だがこの程度の距離では零二にせよ、そして恐らくは藤原新敷にとっても自身の間合いの範疇。だからこそ距離を外したのだが、

『ふん、どうやら自分の方が不利・・だと自覚しているようだな』

 それはつまりは自分が相手に劣る事を認める事に他ならない。


「へっ、だったらどうだってンだ?」

『……なに?』


 藤原新敷は眉をピクリと動かす。


「確かにそうなのかもな。アンタの方が強いのかも知れねェな」

『…………』

「だったら来なよ。オレを仕留めによ」


 しかし零二の表情から焦りの色は伺えない。

 すう、と呼吸を整えつつ、焔を揺らめかせる。

 まるで何事もなかったかのようなその様に藤原新敷は苛立ちを覚える。


『気に食わん──』


 ギリ、と歯を噛み締め、拳を握り締めて相手を憎々し気に睨み付ける。

 だがその表情とは違い、内心では今の自身に一定の満足感をも覚えている。

 確かに不意こそ突かれはしたものの、零二の攻撃の悉くをこの肉体ははねのけた。

 陳腐な言い方だが鋼鉄の肉体、とでも例えればいいだだろうか。本来ならばこちらも防御に回らねば捌き切れない程の威力と勢いに満ちた数々の猛打を物ともしない堅牢さと、一瞬で体内を沸騰、または灼き尽くすであろう忌むべき焔をすら耐えてみせるだけの異形のならではの異常な生命力。


 イレギュラーに対する抵抗力にもいくつか種類がある。

 一つは個々の能力の相性。炎熱と氷雪、相反する能力は互いを打ち消し合う。

 一つは個々の精神的な強靭さ。根性と言い替えてもいいかも知れない。精神論、と断じてしまえばそこまでだが、病は気から、という言葉もあるように心の持ちよう、精神的な強さはイレギュラーを病気だと仮定すれば免疫力が強いのだとも言える。

 そしてもう一つは単純明快、肉体自体の強さ。これは強度であったり、または生命力、或いはその両方を指し示す。


(この肉体はまさに異形。もはや常識など当てはまらん、という訳だな)


 何せあの忌むべき焔を押さえ込んだのだ。死なないにせよもっと手酷い傷を負うかも知れないと覚悟していたのが、まさかの無傷なのだから。


『気に食わんが、……まぁいいさ』

「──!」


 ドズン、という足踏みの音だけを残し、不意に目の前から赤鬼の姿が消える。


 ぐしゃ。


「く、っはっっ」


 そして瞬きする程の時間で零二の身体は宙に浮く、いや、そんな生易しい表現では足らない。零二の身体は強烈な衝突によって打ち出されたかのように一直線に天井へ。

「く、」

 意識を刈り取られる寸前だったのをこらえ、事態を把握。勢いを殺すべく焔を噴射しようと試みるのだが──────。

『逃さん』

 赤鬼は高速で吹き飛ぶ零二へと既に肉迫。そのまま拳を放つ。

「────あ、っガ」

 その一撃はどうしようもない程の打撃。まるで槍にでも突き刺されたかのような一撃が鳩尾を打ち、その上で衝撃を逃がそうにも天井を突き破る。

『クハアアアアアアアアアアア』

 絶叫しながら零二ごと次々と天井を突き破っていく。手応えは完璧。零二は、これで死ぬ。そう確信するに至れる程の致命的な破滅的な一撃。

 そうして遂には最後の天井をすらぶち破り、薄暗い室内から室外。晴天直下の大地へと零二は投げ出される。


『ふん、』


 血に塗れた拳を満足そうに眺め、そして視線をまだ宙を舞う少年へ。

 ようやく上昇を終えたらしく下降していく零二は無防備に、ピクリとも動く事もなく…………地面へと落ちる。

 ぐしゃ。

 ビルの屋上からトマトでも落としたかのような血溜まりがそこに広がっていく。


『くくく、はははははは』


 藤原新敷は自身の勝利を実感。怖気を誘う壮絶な笑みを浮かべて笑うのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ