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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
355/613

焔と鬼

 

「──しゃああっっ」


 気合を込めた言葉と共に零二が飛び出す。

 赤い焔を全身から揺らめかせ、加速。目にも止まらぬ速度で肉迫していく。


『………………ふん』


 だが対する赤鬼と成り果てた藤原新敷に焦る様子はない。

 普通であればまず見る事すら困難なその突進も今の彼には何の問題もない。

 すべき事は至極単純。その拳を握り締めて待ち受けるだけ。

 わざわざ自分から向かわずとも相手れいじの方から向かって来るのだから。


(ふん、精々俺を楽しませろ小僧)


 赤い焔の塊と化した零二は飛び込みながら膝を放つ。狙うは顔面。相手の鼻先。


(鬼だか何だか知らねェけど、基本的に人間と変わらねェってなら脆い場所だって同じだろうよ)


 まずは鼻骨を砕き、文字通り相手の出鼻を挫く。

 そこから拳を叩き込む。

 狙いは寸分も違わずに鼻先へ。相手は躱せないのか或いは動けないのか反応しない。

 そしてメキ、という骨の砕ける音に感触。


「…………く、」

『ふん、』


 赤鬼は何事もなかったかのようにただそこに有り、零二の表情に浮かぶのは苦悶。飛び膝は確かに命中した。狙い通りに鼻先に、である。相手は反応しなかった。ただ動かずその場にいただけ。

 だと言うのに。

 零二の一撃は自爆。喰らわせたはずの膝にひびが入り、そして相手は何のダメージもないらしく平然とした様子で見下ろしている。


『くだらんな……もう終わりか?』


 憐れむような声音からはどうしようもない程の憎しみが滲んでいる。


「へっ、──まだ始まったばっかだよ」


 不敵な笑みを浮かべた零二はそう言うと即座に立ち上がるや否やその場でバク転。左右の踵で相手の顎先を蹴り上げながら後ろへと飛び退いてみせる。


『く、』


 思わぬ反撃だったのか、赤鬼がわずかによろめくのを零二は見逃しはしない。即座に態勢を整えると加速。肩を突き出して相手の腹部へと叩き込む。

「りゃっっっ」

 ここが攻め時とばかりに攻撃を続けていく。まず左足を赤鬼の右足を踏み砕く勢いで振り下ろす。そうして動きを遅らせた上で、右ショートアッパーで再度顎をはね上げる。左拳槌で下腹部を打つ。

「まだまだァッッッ」

 その場で左右の拳をひたすらに鳩尾へ叩き込んでいく。

 お世辞にも体重の乗っていない手打ち。本来なら大した打撃でもないのだが。零二の焔による身体能力の急上昇に伴う筋力によって繰り出される速度での連打はかなり重く、藤原新敷は僅かに表情を歪める。

「──ちっ」

『こぞ、う──』

 零二はとっさに上半身を後ろへ仰け反らす。そこに鬼の手が勢い良く振り抜かれる。平手打ちのような一撃はぶおん、と空を切る。空を切る、というよりは空気抵抗などお構いなしにそのまま潰した、という表現が正しいのかも知れない。

『なめるな──』

 激高した鬼は反撃に転じる。膝を突き出し零二へ放つ。零二は後ろへ転がってそれを躱す。だが赤鬼の攻撃は続く。その巨大な足を高々と上げると虫でも潰さんとばかりに振り下ろす。

「ちっ」

 地面を転がって踏みつけを躱す零二を赤鬼は次いで足を振り下ろす。相手の顔よりも大きな足が地面を直撃するその都度にバガン、という破壊音と共にコンクリートには巨大な足形が刻み込まれていく。

『ちょこまかと──』

 藤原新敷は苛立ちを隠す事もなくボヤくと踏みつけではなく拳を叩き付け始める。

 明らかに足よりも素早い攻撃が零二を脅かす。

「クソッ」

 迫る拳を前に舌打ちしながら零二は全身から焔を噴出、その勢いで距離を外す。

 だが藤原新敷もそれは読んでいた。零二が離れたその瞬間に地面にめり込ませた拳をそのまま引き抜く事なく地面を抉り出して後に抜き放つ。

「!!」

 抉り出されたコンクリートの破片が距離を外した零二へと襲いかかる。

 無数の破片はまるで弾丸のような勢いで迫り、躱すには態勢が悪く、かといって受け止めるのは嫌な予感を感じる。

(避けるのも受け止めるのもダメってなら答えは一つだよな──)

 起き上がった零二は両腕を交差。上半身と顔を覆うとそのまま破片へと突進。全身を赤い焔で包み込みながら前へ。

「っしゃああああああ」

 ゴオッ、と勢いを増した焔は零二の前で噴射。迫るコンクリートの破片の勢いを殺し、溶かし、燃やして塵にしていく。

『ふん、そうだろうな』

「──!」

 その行動もまた藤原新敷の予想の範疇。突っ込んで来るのを見越していた赤鬼は前傾しながらその腕を突き出す。相撲でいう所の張り手のような攻撃が零二へ迫る。

「ッラアッッッ」

 零二もまた止まるつもりはない。焔を前方に集中させ盾のように展開。そのまま突っ込む。

 両者は激突。

 焔はその場で巻き上がり、そして収束して消えていく。

『ぬううううう』

 藤原新敷の張り手を見舞った腕からは煙が上がる。その皮膚はブクブク、とシチューでも煮込むかのように火を噴き出す。

「…………く、」

 零二に相手の張り手は届いてはいない。顔面へすんでの所で止まっている。

 しかし────次の瞬間。

「ぐ、あっっっ」

 零二は勢い良く後ろへと吹き飛ぶ。さっきまでのような勢いを削ぐ焔を出す事もなく地面へ落下。さらに転がっていき壁に背中を強打。激突の衝撃で壁には無数の亀裂が生じておりその衝撃が如何に強かったのかを雄弁に物語る。


『ほう、流石と言えばいいのか』

 藤原新敷は眉尻を微かに上げてみせる。

「く、は、あっっ」

 呻き声を上げながらも零二は起き上がる。

『ふん、さっさと傷を癒せ。さもなくば、死ぬぞ?』

 零二の肉体が負ったダメージは深刻なレベルに達している。さっきの掌打からの衝撃波こそが藤原新敷の必殺の一撃。瞬間的に筋力を増大させるというイレギュラーによって全身の筋力を一瞬だけ増大。一瞬だけとは言えど数十倍にも引き上がった身体能力から放たれる攻撃は速度、威力共に凶悪。ただし使えるのは肉体への負担から一度だけの切り札だったのだが。

「へっ、言われなくてもそうするぜ」

 零二の全身が赤い焔に覆われ、傷を塞いでいく。

 普通であればマイノリティであっても行動不能間違いなしの重傷がほぼ瞬時に癒えていく様は不死身なのではないか、と錯覚させるには十二分だろう。少なくとも傍目から見れば、だが。


『ふん、一応は褒めてやろう。今の俺の攻撃にも辛うじてだが耐えたのだからな』

「へっ、嬉しくねェな」

『だがやはり代償は大きいようだな』


 しかし数年に及び目の前の相手を見てきた藤原新敷はその常識外れの回復力を目の当たりにして一切の動揺もない。


「ぬかしやがれっっ────」


 雄叫びをあげ零二が反撃に転じようと試みる。さっきの赤鬼よろしく地面へ左拳を叩き込む。そうして──「くらいやがれっ」と叫びながら左腕から拳へと赤い焔を移動させ、拳を抜き出して巨大な塊を抉り出すと右拳で砕き割って破片を飛ばす。


『児戯だな、小賢しい』


 藤原新敷は全く動揺する事なく淡々と対応する。

 既にさっき負わされた腕の異常は収まった。零二のような化け物じみた回復力こそ持ってはいなくとも今の彼にはその異形に相応しい回復力が備わっている。

 そもそも負ける要素がいまや存在しないのだ。

 身体能力も向こうより遥かに上。イレギュラーにしても貧弱であった人間の頃とは違い、今や常時発動させたままでも何の消耗すら感じない。

 肉体強度も鋼鉄以上だろう。

 ここまで条件が揃って最早負けるはずがない。

 瓦礫など躱すまでもない。そのまま全て受けた所で傷一つ負わないだろう。

 そしてその位の事は零二とて知っているはずなのも理解している。

 だからこそ不可解だった。この程度のめくらましがかほどにも通用しない事を。

(何を考えている小僧?)

 そしてその答えはすぐに判明する。


『ぬ、──!!』


 足元から噴き出す焔が赤鬼を襲った。


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