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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
354/613

 

 木箱を開けるとそこに納められていたのは、ゴルフボール程の大きさをした水晶のようなモノ。ただしその色合いは漆黒を思わせる黒。この世のモノとは思えぬ怪しげな輝きを秘めている。


「……これがかのの目か」


 藤原新敷は思わず息を呑む。

 儀式に必要なモノは全て揃えた。


(あとはこれを俺の目に入れるだけ、か)


 分かっていても流石に息を呑む。

 魔術師ではない藤原新敷が呪具との間に契約・・を結ぶ為には自身の一部を捧げる必要がある。それは血であったり、または身体の一部等々様々。

 そして一番強く契約を結び付ける事が出来得るのが、ソレを文字通り自分の一部と化す、というモノ。この場合ならば光を失った左目にこれを移植する事である。


 呪具とはそれ自体に強力な力が秘められている。

 この鬼の目はかつて都を恐怖に陥れた存在。

 討伐したのは時の天皇に連なる防人や武士や陰陽師などの異能者。


 鬼は倒された後もなお強力な力を秘めており、このまま埋めてはその土地自体が呪われ、燃やしてもその灰によって疫病をもたらす可能性があった。

 そこで苦肉の策として鬼の遺骸はバラバラにされ、そしてそれらを各地の由緒正しき神社や陰陽師の一族などに封じさせる事によってようやく災いの根を防ぐ事に成功したのだそう。

 決して余人には触れ得ぬ場所に厳重にしまい込んだ、はずであった。


(だがソレが今や俺の目の前か)


 だが長い年月の内にそれらの封印は一つ、また一つと解かれていった。

 その理由は様々であり、例えば鬼の牙は奉じていた神社が戦乱の中で燃え落ち、それを目にしたある農民によって拾われたという。

 また鬼の右腕は高名な寺にあって奉納されていたのを土地の豪族が所望。事の経緯を代々受け継いでいた住職が断ると兵を送って寺を焼き討ち、皆殺しとし己がモノとした。

 他にも盗賊に盗まれ、或いはそれを守るはずの防人が金欲しさで売り払ったりもしたのだそうで、鬼の身体は世の中に出回ったのだという。


 それら鬼の身体を得た者の悉くは一時こそ栄光を得たものの、やがては没落。無残な最期を遂げたという。


 そして今、その鬼の目は目の前にある。


 これは収集家が知己より得たモノらしく、その知己もまた別の魔術師から奪ったのだそう。

 幾人もの持ち手を巡る内にその秘めたる呪力を少しでも利用すべく道具に仕立てた結果が今の状態。

 一見すれば目玉でしかないソレだが実際には水晶体以外は儀式用の水晶に置き換えられており、一種の義眼とでもいうべき代物となっている。


「…………」


 藤原新敷は無言でその目を手にする。

 あとはこの義眼を埋め込む、ただそれだけで事は終わる。


 だというのに、手が動かない。


(何を躊躇う? 俺はいずれ藤原の頂点にまで昇り詰める男。そしてその為には絶対的な、誰もが認めざるを得ない力が必要。その為にも、あの小僧を殺す為にも俺にはこの鬼の力がいるのだ)


 代償については理解もしていた。

 鬼、の一部を手に入れた者達はいずれも何らかの異能を得た、とも調べはついている。

 恐らく手に入れた者達が破滅したのは力を得た事に伴う反動や能力の暴走による怪物フリーク化だろうとも推測出来る。


(俺は既に力を持った存在だ。であるなら他の連中とは違うはずだ。問題はない、俺は暴走などはせん)


 すう、と息を吸い、少しの沈黙の後、意を決してその目を自身の穿かれた穴へ。

 もう光を見られなくなり、抉り出され、敢えて治しも置き換えもしなかった左の穴へとはめ込む。


「俺はお前にこの身体をくれてやろう。見返りに俺にお前の力を寄越せ────」


 声を虚空へと飛ばして、そうして目蓋を閉じる。


『我が鬼だと知ってなお、その身に受け入れようとはな』


 声ならざる声が聞こえた。

 周囲には誰もいない。気配も何もない。


「お前が鬼だな」


『如何にも。お主の望み、理解した。我にその血肉を与えるのであれば力を貸そう。

 ただし、お主の肉体を我のモノとするがよいか?』


「奪うという事か?」


『否。文字通り我の元の姿へとしていくのだ。我の五体は既に大半が滅せられておる』


「…………」


『我の復活は最早叶わぬ。であれば我に相応しい血肉を相応しい情念に満ちたモノを器とし、我の肉体そのものへと置き換える。さすれば我はかつての姿を立ち戻り、都を、虫の如き人間を壊し、喰らい、潰してみせようぞ』


「怪物め、」


『だがお主の心根もまた我と近しかろう? 我をその身に入れた時に分かったぞ?

 お主には手に入れたいモノがある。誰にも屈せぬ圧倒的な力が欲しい。

 誰にも媚びぬ権力が欲しい。そして何よりも殺したい相手がいる。見事なまでに煩悩塗れのその精神、気に入ったぞ』


「ああ、俺には手に入れたいモノがある。殺したい小僧がいる。ただ殺すのではない。

 圧倒的な力の差を味合わせ、捻り潰してやる」


『善い、善いぞ。その下らぬ情念こそ我が欲するモノよ。なれば契約を交わそう。

 我の力をお主にくれてやろうではないか。代わりにいずれ我の肉体となったその暁には、

 お主の魂を喰ろうてやるぞ』


 瞬間、その目は肉と同化し、一部となる。

 藤原新敷は、自らの力が増幅していくのを実感し、久方振りに哄笑したのだった。



 ◆◆◆



『────』


 その鬼、いや藤原新敷は自身に漲る凄まじいまでの力の奔流に人生で初めて、充足感を覚えていた。

 常に何かに対して噛み付き、力で全てをねじ伏せ、そうして欲しいモノをその手にしてきた。

 だが常に、どんなモノを得ようとも心の中は空っぽ。空虚であった。


『ふん、フハハハハハハハ』


 高らかな笑い声が響く。


「……へっ」


 零二は静かに呼吸を整える。

 まだ力の使い方に違和感を感じる。


(まぁ、二年振りだからな)


 元々やっていた事なので馴染むのもすぐだろう、と思っていたがどうやらこの二年間で感覚は相当に変わっているのを今更ながらに強く実感する。


(さしずめ今までやってた腹式呼吸を昔やってた胸式呼吸に変えてみてェなモノか。同じ呼吸っていってもどうにも勝手が違うってコトか。ま、捉え方はどうだっていいけどよ)


 すうう、と息を整える。自分の中のみならず周囲をも燃やして焔の勢いを増大させていく。

 以前であればこの焔をそのまま敵へと放っていたのを今は意識して自分の中へ還元し、または自分の周囲で揺らめかせる。

 ゴオッ、としたその焔の勢いは間違いなくついぞさっきよりも大きく、そして零二の中をその焔は勢いよく巡っていく。


(もっと、だ──)


 だがそれだけでは足りない。

 確かに焔の勢いは強い。だけどそれだけだ。重要なのはこの勢いを維持したまま、血液の如く自然に循環させる事であり、この状態を普通にする事。


 まだ動き出しこそしないものの、赤銅色の肌をした鬼としか見えないモノから漂う気配は尋常ではない。

 さっきまでの異様な姿は蛹、或いは殻のようなモノでしかなかった。


 あの姿こそが敵の本気、全力なのだろう。


「っはあああああああ」


 意識を集中。焔を循環させていく。


「もっとだ。もっと燃えろ」


 橙色だった焔は見る間にその勢いを増していき、色合いもより鮮やかな赤へと変わっていく。

 血液のように焔は身体中を巡っていくのが分かる。


「…………行くぜ」


 卑怯だとは思わない。

 これは命を懸けた対決なのだから。

 相手が動かないのであれば遠慮なくそこを突いて倒す。ただそれだけだ。


 さっきまでの加速がまるで嘘のように早く零二は動き出していた。

 蒸気機関のようだったその速度はロケット噴射でもしたかのよう。一瞬、ほんの一瞬だけ背中から焔を発した零二は一気に間合いを殺すと赤銅色の肌をした怪人に拳を叩き込まんとする。


 その拳は藤原新敷を捉え、直撃。


 拳の衝撃でピシリ、と周囲の地面には亀裂が走って天井からはコンクリートの欠片らしきものが降ってくる。


 手応えは充分、最速にして最高のパンチのはずだったのだが。


「へっ、上等だぜ」

『効かんなぁ小僧』

「!!」


 藤原新敷は全く動じない。

 そしてその表情を歪ませるや否や、漂わせていた気配を解き放つ。


「──くぐっ」


 零二はとっさに後ろへ飛び退くとそこを拳槌が過ぎっていく。

 そのあまりの速度は衝撃波を生じ、距離を取ったはずの零二を軽々と吹き飛ばす。


『ふん、どうやら楽しめそうだな』


 余裕の笑みを浮かべ、己が力を理解していく赤鬼もとい藤原新敷。

 対して姿勢を整えて壁に着地した零二もまた、

「だな、こっからだぜ」

 と不敵な笑みを浮かべるのだった。




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