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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
353/613

焔をまとうモノ

 

『小僧、素直に死んでおけば良かったものをな』

「死にかけたぜ、まぁ生憎オレの棺桶はまだだってコトで追い返されちまったけども。

 代わりにアンタの棺桶なら用意されてるンじゃねェか?」

『ぬかせッッッ』


 飛び出したのは藤原新敷。

 だが挑発に乗った訳ではない。自分には負ける要素がない、そう自覚しているからこその先攻。

 巨体にそぐわない動き、そして見合うだけの破壊力。

 どれも相手よりも数段上だという自負があり、そして相手の攻撃にこの岩のような皮膚は突破出来ないのはさっきの激突で明白。


(足掻け、ああ好きなだけ足掻くがいい。そのにやけた面構えが絶望に染まるのを見届けながら笑顔で仕留めてやるさ)


 前傾姿勢から拳を突き出す。優に数トンはあるはずの重量から放つ一撃は直撃すれば零二の肉体など軽々と吹き飛ぶであろう威力を秘めている。


(躱すがいい。貴様にはそれしかないのだからな)


 そう、藤原新敷の余裕の原因は未だ自身がイレギュラーを用いていない事に起因する。

 つまり純粋な身体能力だけで相手を圧倒しているのだから。


(貴様がまだ余力を持っていようが俺には届かん。圧倒的な暴力で文字通り粉砕してやる)


 油断とは違う確信。互いの埋められぬ差。

 これが藤原新敷の余裕の正体だった。


(へっ、やっぱりヤベェな)


 零二もまた冷静に互いの戦力差を自覚していた。

 実戦、練習に関係なく相手の方が強い、という経験は幾度もある。例えば士藤要。自分よりもずっと優れた氷雪遣い。

 生きていればどれだけ強くなったのか見当も付かない。

 例えば加藤秀二。後見人にして執事を務め、なおかつ師匠でもある老人。勝てる気がしない。

 春日歩、については強い弱いとは違うように思える。

 自分の血の繋がった兄ながら得体の知れない部分がある。

 戦って負けるとも思えないがただでは済まない、そんな気がする。


 そして目の前にいる藤原新敷。

 幾度となく痛めつけられた相手。

 二年前、あの日に倒したのも記憶にはない。

 その上で二年前以上の力を得た上で襲いかかってきた相手。

 その力は圧倒的としかいいようがなく、まともに戦っては勝ち目などないとまで思えてしまう。


 拳が向かってくるのが見える。


 極限まで思考を、意識を集中させ、既に感覚は研ぎ澄ましてある。

 一種の”ゾーン”ともいえるこの状態。ここまでスムーズに入れたのは恐らくは初めてだろう。


(やるべきコトは分かってる。ああ、オレはアイツにゃ及ばねェ。自分テメェだけじゃまず勝てないだろうさ)


 目の前の相手には自分を燃料にするだけでは及ばない。

 内燃機関で足りないのであれば、外から燃料を集めればいい。


(燃えろ、燃えろ、燃えろ──)


 周囲の可燃物全てを自分の力へと転じていく。

 それは美影が炎を発現させる際に普通にやっている事であり、氷炎に限らずあらゆる自然現象などでマイノリティがごく当然のように行う工程。


 かつての零二、No.02も行っていた事である。


(ああ、正直まだ怖いさ。ひょっとしたらオレはまたとンでもねェコトをしちまうかも知れない)


 二年前、暴走した零二の焔は周囲全てを取り込みながら拡大、膨張。全ての生きるモノを灼き尽くした。

 あの日、あの時の事を思えば手が震える。

 自分でも情けないのは分かっていても怖くて仕方がない。


 拳が迫る。今にも、一撃でこちらを叩き潰してやる、という意志を込めた拳。


(ああ、あのクソ野郎にも一つだけ感心しなきゃだな)


 それは手段はともあれ何が何でも目的を果たさんという意志。

 相手は確実にこちらを倒さんが為にあのような異形になる事をすらいとわなかった。

 逆の立場だとしたら、自分ならどうしただろう?

 あんな怪物にまで成り果てても構わない、とまで思えるだろうか?


(いンや、怪物になンざなりたくはねェよな。そもそもそうなる前に何とかしなきゃ、だものな)


 そんな事を思い、思わず苦笑している自分に気付く。


 つい今さっき死から舞い戻ったばかり、ましてや依然として死地を脱していないにも関わらず、だというのに何でこんなにも余裕があるのだろう、と思う。


(良くも悪くも開き直っちまった、ってトコなのかもな)


 もう、やると決めた。結果がどう転ぶかは正直分からない。

 ひょっとしたら二年前同様の事態になるかも知れない。そうなれば自分も無事では済むまい。


(最悪、ドラ……美影のヤツを巻き添えにしちまう、か。そうならないように気を付けるつもりだけど──そンときゃ地獄でアイツに好きなだけ殴らせてやるさ)


 そこまで考えた所で意識を切り替える。

 スイッチの切り替え、のような物。それまでの内部バッテリーだけから外部のバッテリーも接続する感覚、とでも言えばいいのか。

 或いは小枝だけで保っていた焚き火により燃えやすく大きな薪をくべた、といった方がしっくりと来るのかも知れない。

 他にも例える事例はいくつもあれど、結局の所は答えは同じ。

 武藤零二、という器を動かす、その焔を象る為に必要な燃料庫にさっきまでとは比較にならない程の燃料を投入する、という事。


(燃えろ、オレの中の、いいやオレ自身でもある焔よ──たらふく食ってデカくなれ──)


 そして巨大な拳は零二へめがけて直撃せんとした時。


『──!!』


 変化は即座に生じた。

 焔の勢いが増し、視界を遮る。


『小賢しい真似を!』


 だが攻撃を躊躇ったのもほんの一瞬にも等しい時間でしかない。

 焔の向こうにいるであろう獲物へと藤原新敷は拳を突き出す。

 僅かに勢いこそ削がれはしたもののそれでも死に損ないである零二を仕留めるには十二分に過ぎるはずなのだから。

 拳は焔を貫き、獲物へと襲いかかる。

 狙ったのは相手の顔。直撃すれば間違いなくその脳髄は砕け散り即死は必至。


(死ね小僧)


 だが、あるべきはずの手応えはない。

 拳は空を切り、ならばと余った腕で腕刀を放つもそれもまた焔を切り裂くも相手には当たらない。


(何処へ逃げた小僧?)


 苛立ちを覚えた藤原新敷は文字通り焔を吹き飛ばして視界を確保。索敵するも見当たらない。


(馬鹿な、消えるだと? では──)


 回り込んだ、のかと背後へ注意を配るもやはり獲物たる少年の姿はない。

 周囲を見回し、相手の姿を探るも分からない。

 と、そこであるモノが目に留まる。


 それは地面に空いた穴のようなモノ。

 一見すると零二がさっきから左足で地面を踏み抜いた事で生じたモノと同じ代物に思えるのだが。それは左右二つの足跡であった。


『な、に……まさか────』


 上へ視線を送ればそこに映るのは、こちらへと向かってくる大きな火の玉。


「うっっらあああああっっっっっっ」


 それは全身を焔で覆い尽くした零二が凄まじい勢いで突っ込んでくる姿だった。


『舐めるな小僧ッッッッ』


 だが藤原新敷もまた反応、拳を突き上げ迎撃に出る。


『「うおおおおおおおおおお」』


 二つの拳と拳は激突。


 メキメキ、というその音は零二の腕の骨が折れた音。

 思わず藤原新敷は口角を歪め己が優位に酔いしれようとするも、同時に。

 グシャ、という鈍い音が聞こえ、それが自分の拳もまた砕けたのだと理解、目を剥いた。


「いつまでもやられっ放しじゃねェンだよっっっっ」


 零二の拳からは焔が発せられ、それは藤原新敷の砕けた拳を包み込み、燃やし始める。


『ぬ、うっっ』


 岩のようなその肌を焔は燃やしていく。

 それは普通であれば幕引き。零二の焔は相手の全てを瞬時に沸騰、蒸発、そして焼失させる。

 そう、これまでの相手であればこれで決着は付いた。


「…………」


 だが着地した零二の表情は依然として厳しいまま。

 砕けた骨、そして壊れた腕を焔でに包み込むと瞬時に元通りにする。


「まさか今ので終わりってワケじゃねェよな?」


 その問いかけに対して、異形は言葉を返す。


『ふん、当然だ。どうやら第二幕の始まりという訳だな』


 メキミキョ、という不協和音を立てながら岩のような皮膚をポロポロと外して焔から逃れる。


「へっ、どうやらそっちもまだ隠してた、ってトコかよ。クソッタレめ」


『ゥ、グおおおオオオオウウウウゥゥゥウウ』



 唸り声と共に藤原新敷は本領を見せていく。

 そこにあるのは筋骨隆々とした赤銅色の肌をした巨人。

 岩のような皮膚は続々と全身から剥がれ落ちていき、最後に額から伸び出すは二本の角。


『フゥ、フゥゥゥゥ』


 そこにいたのはまさしく”鬼”そのものだった。



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