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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
352/613

 

 ポタ、ポタ、という水滴の滴る音でオレは目を覚ます。


「ぅ、ぐ……」


 感じたのは痛み。それも半端じゃない痛みだ。


「な、ンだよコレは?」


 冗談みたいな光景だった。

 オレの腹にデッカイ穴が穿かれていて、そのからはドクドクととめどなく真っ赤な血が流れてる。

 手足が辛うじてヒクヒク、と動くだけでオマケに見た所……息をしている様子もない。

 そんな様をオレは何故か上から見下ろしていた。


「なンだよコレ? これじゃまるでオレ────」


 死んじまったみたいじゃねェかよ。ふっざけンなよオイ。

 じゃあ、今ここでその様を見てるオレは何だっていうンだよ?

 まさかユーレイとか何とかってワケじゃねェよな?


『うん惜しい、大体そういう認識であってるぞ』


「誰だ?」


 声が聞こえる。けど誰もいない、そもそも気配がない。


「ち、ヤキが回ったな……」


『言っとくけどオレは幻覚とかじゃあないからな』


「おわっっっ」


 目の前にいきなり誰かがいた。

 ソイツは男みたいな格好をした女?

 オレよか背は低くて、何よりも印象的なのはその髪。

 真っ赤な髪、まるで燃える焔のような真っ赤な色をしてた。


『うっわ、ダッさ』


「るせェ、いきなり出るなオバケみたいだろうが!!」


『はっはーん。さてはお前。オバケとか怖いんだぁ』


「こ、こわくなンかねェさ。全然へっちゃらさ」


『ふふーん、じゃあオレがオバケだっていっても怖くなんかないんだよな?』


「………………………………へ?」


 ソイツは忽然と姿を消して──。


『ばあっ』


 いきなり耳元で囁いた。


「くッッッぎゃあああああああああああああああああ」


 天をも突くかのような悲鳴をあげる。

 ああ、そうだ。オレはオバケとかキライだ。

 だってそうだろ? 死ンでるのに出るンだぞオイ。反則じゃねェかよ。




『アッハッハッハ』


「…………」


『いやいや、ゴメンゴメン。お前本当に怖がりだったんだなぁ』


「……るっせ」


 くそ、何だよコイツは?

 オバケとか何だとかふざけたコト言いやがって。

 大体何なンだよこの状況?

 全ッ然分かンねェよ、ちくしょうめ。


『そだな。何が何だか分からないよな。確かにその通りだぜ』


「?」


 さっきからコイツ、オレの考えを見通してやがるのか?


『ああそうだ。オレにはお前が何を思ってるかお見通しだ』


「……どうしてだよ?」


 ワケが分かンね。何なんだよコイツ?

 それに初めて出会ったつうのに、どうして知ってるような気がするンだ。


『カンタンだ。お前とオレは似たもの同士ってヤツだからだよ武藤零二♪』


「──な」


『オイオイ~今更名前を知ってる位で驚くなよなぁ』


「う、……」


 そういやそうだった。何でもお見通しとかだったな、コイツ。なら、ってコトは、だ。

 今オレが思ってるコトは筒抜けなワケで、………例えば──。


『オレの名前かい? そうだなぁ【れん】だ。一応ヨロシクな』


「やっぱり……」


 何かもういいや。色々突っ込みドコが多すぎて考えるの面倒だし。


「分かったよ。で、結局この状況は何なンだよ?」


 とりあえず一旦冷静になろう、じゃなきゃ話にならなそうだし。



 ◆



『そだな、ココが何処かと言うと、【異界】だよ』


「異界? 何でそンな場所にオレ……」


『細かいコトは気にすんなって。ともかくお前の精神は今、異界にいて、それでの方は向こう側で死にかけてる、ってトコだよ』


「細かいコトじゃねェ。やっぱし死にかけてるンじゃねェかよ。どうやったらいい?

 オレはまだ死ぬ気はねェぞ──!!」


 そうだ、死ンでたまるか。オレは何が何でも死なない、そう約束したンだからな。

 それに、…………。


『心配するなって、向こうとコッチじゃ時間の概念が違う。だから、器が死ぬのはまだちょいと先だぜ。それよりも、お前何で本気・・でやらねえの?』


「なに、?」


『お前、どうして自分の力を出し切らないワケ? あの程度じゃないよな?』


「それは──」


『心読まなくても分かるぜ。お前、怖いんだろ?』


「…………」


『やっぱしな。お前は全部出すのが怖いんだ。二年前のコトがまだ怖いんだ』


「…………」


 言葉を返すコトなくオレは拳を握る。

 そうだ、その通りだ。怖いよ。だって、───。


『もしも本気で焔を使い出したらまた暴走するかも、か?』


 その通りだ。そンなコトしたらオレはまた……関係ないヤツを巻き添えにしちまう。

 ドラミはこの対決にゃ関係ない。


『ちょいと歯ァ食い縛れよっっ』


「え、──ぐあっ」


 いきなり頬に拳を叩き込まれる。

 ズシンとした重さのある拳。その華奢そうな見た目からは想像も出来ない重さの一撃だ。

 だけど、不思議と痛くない。殴られたってのに、何でだ、温かい。


『コッチを見ろ武藤零二』


 言葉に促されオレは煉を見る。

 するとその拳は焔に包まれていた。まるでそう、オレの拳みたいに。


『お前、そろそろ自覚しろよヘタレ』


「なンだとお前──」


 いつの間にか身体は動けるようになっていた。だからオレは目の前の煉へ殴りかかる。

 だけどオレの拳が命中する前に向こうの拳がこっちに直撃。


「ぶ、っ」


『お前、それでいいのかよ』


 煉の拳が叩き込まれる。

 顔に腹に、腕に、足に。痛い、痛いんだけどそれ以上に熱い。

 尻餅をついたオレを煉は、

『お前は強いよ。でも弱い』

 と言うと頭を撫でる。

 不思議な感覚だった。何故か心が落ち着く。ずっと前に誰かにされたみたいな温かくて、優しい感覚だった。


「ゴメン、」


『気にするなって。いいか、お前が向こうに倒れてる女の子を気にしてるってのは分かるぜ。

 お前は言動こそワルぶっちゃいるけど実際は甘々な甘ちゃんだってコトもな。

 だからさ、……いやだからだよ。本気で戦えよ。自分とさ』


「自分と戦う?」


『そうだぜ。お前の中にあるその焔はお前自身だ。で、ソイツをどう使うかはお前自身が決めるコト。活かすも殺すもお前次第なんだ。だった活かしてみろよ。根性見せてさ』


「へっ、根性と来たか。随分とまぁ…………」


『キライかな?』


「いンや。上等だ、やってやるよ」


『そうそう、お前はバカなんだから細かいコトなんか気にすんな』


「ああ、アリガトな……煉」


『へっへ。ああ、そうだ。最後に一つだけ言っとくけど。向こうさんはマジでヤバいからな。本気の本気でやらなきゃ、死ぬぜ』


「へっ、ソイツぁ楽しみだな」


 目の前がいきなり焔に覆われ、呑み込まれていく。

 ああ、分かるぜ。オレは向こうに戻るンだって。

 いいぜ、全力でやれってならやってやる。勿論負けてやる気はねェぞ。

 あの化けモンをブッ飛ばしてやるさ。



『……そうだぜ。今のお前が持ってる全部を出さなきゃ───お終いなんだからな』



 そんな煉の言葉が聞こえたような気がした。



 ◆◆◆



『なに?』


 不意に藤原新敷は気配を感じ、振り返る。

 だがそこには最早命の灯火が尽きようとしている焔遣いの死にゆく姿があるのみ。

 間違いなく死ぬ、そう確信を抱いた。


(あれだけの傷で未だ回復する兆候すら見えん。間違いなく小僧は死ぬ、はずだ)


 そう、そう思っているはず……なのに。

 言いようのない何かが胸中でざわめく。


(バカな、不安だと云うのか? 有り得ん)


 しかしならどうしてだろうか、既に死ぬだけとなったその少年から目を離せない。


 ”不安を抱くのであればトドメを刺すがいい”


 今や完全に肉体と同化した呪具はそう囁く。

 ソレは今すぐに始末するべきだと。


『…………』


 いつもであれば、他者からの言葉であれば自尊心を踏みつけられた、と思い激しく反発したであろう。

 だがこの呪具は今や自分自身でもある。その言葉とあれば無視、するのはどうか、と思う。


 ”よいか。不安とは即ちそれを抱く相手への警戒心だ。つまりはお主は未だそこな小僧に脅威を覚えている。なれば今、この場で確実に仕留める事こそが肝要。憂いは早急に絶つがいい”


 その言葉は、藤原新敷の本心。そう自分が思っている、という何よりの証左。


『そうだな。四肢を千切り、残った臓腑を潰そう。もっとも脳髄だけは残さねば、だが』


 くく、と笑うとその岩のような腕を振り上げ、一気に振り下ろす。

 直撃すれば間違いなく零二の五体は吹き飛ぶであろう一撃が放たれ────受け止められる。


『バカな』


 有り得ない。既に死の際のはずの肉体が動き、岩のような拳を受けている。

 だが未だ穴は穿かれたまま。血の流出も止まっていない。

 それに受けている手はグチャ、と潰れていく。何の力強さもない。


 だが、それがどうした?


 とでも言わんばかりの光景が起きた。


『ぐぬっっ』


 思わず後ろへ飛び退く。

 焔が少年を包む込む。まるでその肉体を焼失させるのではないのか、という程の圧倒的な勢いで焔は渦となって覆っていく。


「…………」


 超回復、という言葉しか思い当たらない。

 渦の中にいる少年の傷、というには致命的なソレが見る間に塞がっていく。

 ついぞ今潰れたはずの手はもう戻っている。

 橙色ではなく深紅の焔はものの二秒足らずの間で零二の傷を癒やす。


『化け物め』


 心底から苦々し気に藤原新敷は呟く。


「ソイツはコッチのセリフだぜ。藤原新敷クソヤロー


 そう言葉を返しながら、零二は目を見開いた。



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