適合したモノ
「…………か、ぐ、ご」
藤原新敷の口をつくのは如何にも苦しげな嗚咽。
やっている事はただその場に立ち尽くしたまま、小刻みに身体を震わせるだけ。
「…………」
だが零二は迂闊には近寄れない。
尋常ならざる殺意の波動とでも云うべきモノが近寄ろうという気概を削ぐ。
およそ人が放てるモノとは思えない凄まじい波動から感じるのはこの雰囲気には既視感があるという事。それもごく最近に。
(そ、か。コイツぁ京都でのカミサマだとか何だかとやり合った際に……)
先日京都で戦った人ならざる存在との対決。
結果として零二はあれと戦い打ち倒しはした。対決自体はそう長い時間でもなく、目撃者もいなかったその戦いは実際の所、ギリギリの勝利だった。
(へっ、ここでまたあンなのと対決とはなぁ)
どうも神様、ってのは意地悪なヤツだぜ。と苦笑しながらすぐに表情を引き締める。
(相手はまだ動けねェ、みたいだ。なら──)
卑怯だとかそういった考えは一切持たないし感じない。戦いというのはそういったモノだと士藤要にしろ秀じいにせよ散々教え込まれてる。
すう、と呼吸を整え全身を激しく燃やすや否や──一気に飛び込んでいく。
(やるべきコトは単純明快。相手がロクに動かないならその内にカタを付ける)
左右両の手を白く輝かせ双剣と化させる。
狙うは相手の無防備な左右の脇腹。
さっきまで幾度となく攻撃を加え、骨を砕いた箇所。
(強烈な一撃は必要ねェ。ただこの手を刺し込ンでそっから焔を通す。それだけだ)
藤原新敷は相も変わらず身を震わせるのみ。躱す素振りすらなく、とても演技とは思えない。
そうして輝く二本の剣は狙いを違えず相手の脇腹へ刺し込まれていく。
ゾブ、ズブリとした肉を刺す嫌な感触を感じつつ、あとはこのまま焔を通す段となり、勝負はこれでもかついたかに思えた時だった。
「なに──」
零二の目は細められていく。内部へと刺し込んだその手を掴まれたのだ。無論それを行ったのは藤原新敷、なのだが。
「…………」
禿頭の大男の雰囲気は何処か妙だった。その目は焦点が合っておらず何処か遠くの一点でも見ているかのよう。
「ぐ、あっっっ」
だが、その手から伝わる握力は零二の刺し込まれた腕を一瞬で握り潰す。その上で白く輝く二本の手を引き抜いていく。
「く、っそが」
しかし零二は潰された手から焔を放つ。引き抜かれる寸前でゴオッ、と藤原新敷の肉体へ焔を内部へと放ってみせる。
橙色の焔は一瞬で傷口から、口から、耳から、そしてサングラスを吹き飛ばして目からと噴き上がっていく。
「どうだ、──?」
確実に倒した、という確信を抱く零二は相手の顔を、正確にはその目を見上げる。
黒こげとなったその肉体は一瞬で崩れ落ちる、そう思っていた。
藤原新敷の目は吹き飛んだのかそこにあったのは二つの黒い穴だけが残されている。左目近辺の抉られたような傷は辛うじて判別出来る。
「倒したのか?」
我知らず疑問形で相手へ訊ねる。無駄だと分かりながら死んだであろう相手へ。
『いいやマダだ』
「──!」
黒こげの相手の声。だがその声は口から発してはいない。
そしてその次の瞬間だった。
メキメキメキ、と異様な音と共に禿頭の大男の肉体が膨れ上がっていく。
そして同時にピシピシ、という何かが割れていくような音が聞こえる。
それはまるで何か硬い殻に亀裂が生じていくような音。
パキン、という一際大きな音と共に真っ先に変化を見せたのは藤原新敷の腕。
元々零二よりも二回り以上は太かったその腕は最早丸太そのもの、とでも云わんばかりにはちきれんばかりに巨大化。
だがそれすらも些細な変化でしかない。
「コ、イツ──」
その露出した肌の色は赤銅色。明らかに人のそれとは異なる異形である事を示している。
「……あ、!」
一瞬我を失った零二であったが即座に力を失った手を強く輝かせると焔を再度内部へと放つ。
(肉体が変化しようがンなの知るか。中身から灼けばいいだけだぜ!)
焔は再度相手を灼き尽くす──そのハズだった。
だが、
「う、あっっっ」
零二は軽々と投げ出される。まるでクシャクシャに丸めた紙屑でも投げるかのように。
だがその勢いは凄まじく、零二の身体は軽々と壁まで飛ばされる。
「ち、」
舌打ちを打ちつつも背中から焔を噴出。勢いを殺して着地するのだが見返す先に相手の姿は既にない。
『おそい』
声が背後からかけられ、同時に背中に衝撃が走る。
「ぐ、っはっっ……!」
まるでビルの解体で用いるような鉄球でも使ったのかと思える一撃を受け、零二の意識が切れそうになる。
倒れるのをたたらを踏みつつも拒み、焔を全開。全身を包み込む。
「ざ、っけンなアァァァッッ」
凄まじい勢いで急転回しながら拳を輝かせて殴りかからんと振り抜く。
潰れた腕はリカバーと何よりもこの凄まじいまでの焔の勢いで活性化した回復力で治癒。
もはや震脚、というかすら分からない左足の踏み込みから放ったそれは、間違いなくこの対決が始まってから、零二が放った最速にして最高の威力を込めたはずの一撃。
さっきまでの藤原新敷であれば全能力を以てして何とか対応出来たかどうか、という鋭さを持った一撃であったのだが────。
パシン、とした音。
その一撃は軽々と相手の巨大な手のひらに包まれ止められる。
『くだらんな』
「────!」
ゾワ、とした怖気が背筋を走り、零二は本能的に後ろへと飛び退く。
その声は藤原新敷、なのだが何かが違う。
ピキピキ、と殻のようなモノだと思ったのはどうやら皮膚らしい。
まるで岩のような肌とその巨躯は人間という範疇には収まっていない。
圧倒的な雰囲気を持つソレは生物、という範疇ですらないように零二には思える。
そして何よりも異様なのはその岩から露出したかのような赤銅色の肌をした腕。
「お前……何なんだよ?」
これは単なる肉体操作能力による変異などではないのだと零二は直感していた。もっと根本的に異なるモノ。
これはもう藤原新敷、であってそうではないモノ。
京都での一件同様の異形の存在なのだと。
『俺は貴様を殺すモノ、単にそれだけのモノだよ』
藤原新敷、はただそう名乗る。
『さぁ、仕切り直しだ小僧。お前の全部を見せるがいい。
俺はその全てを──叩き潰してやる』
そしてそう宣告すると途方もない殺意と共に動き出した。




