エトセトラ
その爆発は三人の注意を引く為の手段。
そしてその目論見はおおよそ図に当たった。
爆発を前にし、零二と美影の動きは止まる。
だが縁起祀だけはその爆発の瞬間、その速度を活かして、爆発から抜け出し、難を逃れていた。
「うはあっっっ」
とは言え、突然の事で状況把握が出来るはずもない。
その表情には動揺の色がハッキリと映っている。
それでも、舌打ち混じりに「くっっ」と呻きつつ、態勢を整えようとした時だった。
パ……パスッ。
聞こえたのは空気が抜ける様な音。
感じたのは何かが身体を突き抜けた感触。
反射的に手を触れる。熱い、強烈な熱さだった。
途端、腹部に強烈な熱が襲いかかり──何かが溢れ出す。赤い血潮が流れ出している。如何に早く動けようとも、死角を突かれては意味がない
「くそ……っ」
彼女はその場に崩れ落ちる……周囲に赤い水溜まりを作りながら。
零二は爆風を前に身構える。腰を落とし、備え……迫ってくる物を見据える。全身に纏わせた蒸気もそろそろ限界だ。ここまできたら一旦、退却せざるを得ないだろう。
「だがよぉ、まだまだ暴れ足りねェよな」
この期に及び、零二の目はより獰猛さを増している。ギョロリ、と周囲を見回す。勿論、獲物を探す為に。
そこに降り注ぐは無数の榴弾。狙いは間違いなく零二だった。
彼の防御力なら、この程度で仕留められる事はない。だが確実にイレギュラーを使わされ、消耗させられるだろう。何者かは分からないが、敵は零二の事を知っているのかも知れない、そう感じた。
「チッ、めんどくせェッッッ」
思惑通りにいちいち熱の壁を使うのも鬱陶しい、そう思った零二は熱操作で加速。爆発とそれに伴う爆風を縫うように躱しながら、榴弾の軌道を把握。一気に飛び出す。相手は上だ。
「これは……WGなの?」
美影は口にはしたものの、疑念を浮かべ、すぐにその可能性を否定する。
判断理由はWGにしてはこの攻撃は過激過ぎるからだ。
WGとしては状況の収拾に主眼を置くはずだ。
だが、今この場で起きているのはそれとは真逆。寧ろ、火に油を注ぐような暴挙だと言える。さっき見かけたが、武藤零二の目には凶悪な光が宿っているのをハッキリと見た。
どうするべきかを美影は迷わなかった。何が起きたにせよ、三竦み状態は崩れた。こんな戦場の様な場所にわざわざ留まる理由など何処にもない。
爆風に紛れてその場から退却する。
彼女の受けている任務はあくまでも今、自身が持っているウィルス兵器の回収なのだから。
ジジッ、という掠れる様な周波数音。
──こちらエトセトラA。予定通りに標的の分断に成功。
──エトセトラB。同様に標的の狙撃に成功。しばらくは動けないはずです。
──こ、こちらエトセトラC……て、敵が迫ってくる。至急援護を……ああああっっっ。
通信が入り、男はニヤリとした笑みを浮かべる。
彼にとっては、全て予定通りに推移していた。
彼にとって、状況の混乱こそ最上だ。
「エトセトラA、Bは予定通りに動け。エトセトラCは間に合わん、そのまま放置。待機しているエトセトラDからFも状況を開始しろ」
男は淡々とした口調で指示を出すと、モニターへと視線を向け……呟く。
「さて……お楽しみはこれからだ」
彼以外誰もいない暗室には、無数のモニターがズラリと並び、そこには倉庫で蠢く零二に美影、倒れ伏した縁起祀の三人の姿がリアルタイムで映し出されていた。
◆◆◆
「ぐきゃああっっ」
悲鳴をあげながら灰色の戦闘服を纏った男が屋根から転げ落ちていく。ガアアアンっ、という衝突音、それからピーピーピー、というアラームが響き渡った事から恐らく、下には乗用車が置いてあったのだろう。
周囲には同じ服装の男達が三人アサルトライフルの銃口を敵へと向けている。
「へっ、やってみろよ」
零二は不敵な笑みを浮かべ、相手を手招きする。
彼らはエトセトラCのコードネームを付けられた部隊だ。
五人チームで今回の”作戦”の為に用意された特殊チーム。
経歴こそバラバラではあったが、彼らはいずれも軍隊経験者であり、戦地での実戦経験もある。そして彼らは戦場でマイノリティと遭遇、戦闘した経験も持っていた。
彼らの役割は牽制。その火力で標的達の足を止める事だった。その後彼らが所持していたグレネードランチャーで零二を狙った理由は単純明解。三人の中でこの少年だけがその場から動かなかったから、ただそれだけの理由。
そしてその結果として、今、彼らは命の危機に瀕していた。
「どうした、ガキ一人に手も足も出ねェってのかよ、ぷっ」
ぷはははは、と零二は哄笑。
エトセトラCの面々の表情にハッキリとした怒気が浮かぶ。
本来であれば、彼らの選択肢はこの場からの撤退だった。
彼らは戦地での経験から学んでいた。この世界には自分達の力など到底及ばない存在がいるのだと。
それは一見すると自分達とそう大差のない姿形をしている。
だがしかし、彼らはいずれも人ならざる異能を行使し、その力は絶大。たった一人相手に完全装備の一個師団が潰滅寸前に陥ったのを彼らは目の当たりに
した。
そうした経験から学んでいたはずだった。
にも関わらず、エトセトラCの面々の選択は引き金を引く事。徹底抗戦だった。
理由は、彼らにも判然としてはいない。もうそんな事はどうだったいい、そう思っていた。
セミオートに切り替えたアサルトライフルから銃弾が飛び出していく。
「そうこなくちゃなぁッッッ」
零二は嬉々とした声と表情を浮かべながら向かっていく。
深紅の零たる少年は不満だった。
ここまで任務は散々。気が付けば全力戦闘のリミットが切れる寸前。
そこに彼らが姿を見せた。殺意を持った攻撃を加えて来たのだ。
武藤零二にはある種の線引き、ルールがある。
それは自分のイレギュラーを一般人には基本的には用いない、というもの。それは彼がやはり少数派の怪物であり、容易に他者を弑する可能性を孕むからだ。
とは言え、例外も存在する。
相手が明確に敵意を抱いており、なおかつそれなりの脅威であるなら、という点だ。
敵は軍隊経験者なのか、躊躇なく一斉射撃を仕掛けてくる。
狙いは心臓を中心とした上半身だろう。
普段であれば、”熱の壁”で防げる程度の、別段気にもしない攻撃だ。
だが今の零二は、欲求不満だった。
だから、意図してイレギュラーを用いる。
僅かとは言え、全身の熱量を上昇させる。
身体能力を向上させエトセトラCの面々からの銃撃を縫うように掻い潜りつつ……肉迫。拳や頭、膝を見舞う。
これは欲求不満解消の為の、云わば八つ当たり。
その捌け口となった哀れな獲物達はあっさりと全滅。
最後の一人は自分に迫る左拳を眺めながら思った。
(何で逃げなかったんだ?)
戦地とは違って、相手がどう見ても少年だったからか?
(違う。戦地じゃ少年兵だっていた。そんな理由じゃない……じゃあ、何故?)
ゴキン、という音。
同時に衝撃が走り……身体が後方へ飛んでいく。
(そうか。怖かったんだ。あの、少年が纏っている雰囲気、存在そのものに冷静ではいられなかったんだ)
そう思い至った瞬間、幾度も屋根を跳ねた彼の身体は、天窓を突き破り倉庫へと落ちていた。そうして地面へ叩きつけられ──彼の意識はそこで途切れた。
「あーあ、……痛そ」
その様子を張本人である零二はスッキリした表情で眺める。
足取りも軽く、屋根に空いた穴から倉庫に降り立つと、微動だにしない相手の首に自分の手の甲を当てる。脈拍はあるのを確認。死んではいない。
「悪ぃな、つい八つ当たりしちまってさ。一応殺さないようにはしたから、……そンで勘弁してくれ」
悪びれる様子もなく、零二は意識のない相手にそう声をかけると、満足気にその場を立ち去っていく。
ちなみにエトセトラCの面々はいずれも全治半年以上の重傷だった。