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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
346/613

因縁

 


「いい…………必ず決着を付けてやるから、な」


 言葉とは裏腹に、美影はその身体を零二にしなだれかからせる。

 零二にも経験があるから彼女が疲労困憊なのは分かる。


「ああ、いいぜ。キッチリとケリ付けてやるよ」


 零二は自分でも似合わない、と思いながらもそう言葉を返すと美影を抱きかかえ、部屋の隅へと運ぶ。完全に脱力した美影は抵抗する事もなく、素直に運ばれる。

 藤原新敷は動くつもりはないのか、悠然と椅子に腰掛けたままこちらを見下ろしている。


(余裕綽々ってトコか、気にいらねェ)


 だが、藤原新敷は意味もなく、ましてや虚勢を張るタイプの人物ではない。

 間違いなく自分が勝つ見込みがあるからこそ、ああした態度でいられるのだと分かる。


「おい、」

「ン?」


 声をかけられ振り向くと美影が真っ直ぐに零二の目を見据えている。


「絶対、負けんなよ、な」

「ああ、約束だ。あのクソハゲをとっととブッ飛ばしてやる」


 そんな言葉を互いに交わすと美影は疲労から意識を失い、零二は背中を向けて立ち去る。

 一歩、二歩、と前へ歩きながら零二はかつての事を思い出す。


(ここで大勢殺しちまった)


 生きる為、という名目でNo.02と呼ばれた自分は多くの仲間を灼いた。


(いや違う。オレは何も分かっちゃいなかった)


 生きる為、それがどういう意味合いなのかすら知らなかった。

 言葉自体の意味は知っていた。だけどそれの重みを知らなかった。

 他の被験者達はきっと本当に命懸けで向かってきた。


(灼いた)


 何も思う事もなく灼き尽くした。


 或いは恐怖からだろうか、腰を抜かし戦意を喪失した誰かを……。


(灼いた)


 涙を浮かべ、怒りにまみれた表情を浮かべる被験者達をNo.02はことごとく灼いた。


(オレは何も分かっちゃいなかった。何一つ分かっちゃいなかった)


 それは息を吸うようにごく自然に、当たり前のように。

 No.02と呼ばれた少年は全てを一切の躊躇なく灼いた。


(オレは本当に分かっちゃいなかった)


 今更後悔しても何も変わらない。失われたモノはもう二度と戻らない。

 歩きながら、思い返す。

 ここで士藤要、No.09と呼ばれ、No.02にとって兄のような存在だった相手と殺し合った事を。

 そして何もかもを焔で灼き尽くした事を。


「ふん、随分と悲壮感に溢れてるな武藤零二できそこない

「そうかい? アンタこそ随分とかっこつけてるみてェだけど全然似合わねェぜ」

「ふん、ぬかせ小僧」


 藤原新敷は席を立つや否や、一気に跳躍。零二の目の前にまで飛んで来る。

 バキャン、と音を立てて座っていた椅子が崩れ落ち、ミシ、とした音と共に着地と同時に周囲の床に亀裂を生じさせる。


「さて、充分に楽しめたか?」


 ニヤリと口元を歪ませ、悠然と見下ろしている。

 零二より二回りはその大きい身体からは尋常ではない威圧感を漂わせる。


「ああ、おかげさまで」


 零二は理解していた。目の前にいる禿頭の大男にとってはここで起きた全てが前座、愉しいイベントだったのだと。

 わざわざここの出身者を二人用意したのがその一番の証左。


「思い出したか、二年前までの自分をな」

「ああ、残念だけど記憶がぼやけててなぁ──」


 かぶりを振りながら零二は仕掛ける。

 腰を捻って左足を内転。そのまま腰の勢いを合わせての右のローキック。

 狙いは相手の膝下。

 寸分違わずにそれは命中、したのだが。


「ふん、小賢しい」

「ち、」


 藤原新敷は微動だにしない。同時に零二は舌打ちする。

 確かに蹴りは狙い通りの箇所に命中していた。だが、蹴った零二の足に痺れが走る。

「くだらんな」

 言いながら藤原新敷はその腕を大きく振り上げ左フックを放つ。ステップなどの重心移動もない単なる手打ちでしかない攻撃。本来であれば容易く躱せるはずの、仮に命中しても威力は望めない攻撃。

 しかし……。

「く、うっっ」

 零二の表情は大きく歪む。急加速した左フックは零二へ襲いかかり、咄嗟に右腕を掲げて防御した。それがどうしたとばかりに藤原新敷は腕を振り抜く。まるで重機のような衝撃と威力の前に零二の身体は容易く宙に浮き上がり──。

「ぬうん」

 そこへ腰を曲げながらの右のショートアッパーを放つ。

 狙うは零二の顎先、直撃すれば間違いなく意識が飛ぶであろう攻撃を前に零二は──。

「しゃあっ」

 一瞬で対応、両腕を交差させて受け止めにかかる。

 ドガン、というまるで巨大な鉄球を壁に叩き付けたかのような鈍い音。

「かっは、」

 藤原新敷の放つ圧倒的な重さの一撃はガード越しでも確実にダメージを与える。

 だが、同時に。

「ぬっ」

 肩に何かが叩き付けられる。それは零二の右足。吹き飛ばされそうになる寸前で空中で腰を捻っての蹴りを放っていた。

「しゃあああ」「ぬう、んん」

 突き上げる拳と叩き付ける足のぶつかり合い。両者はそれぞれの攻撃に意識を向けて放つ。結果として勝ったのは……。

 零二は宙に浮き上がり、後ろへ飛ぶ。

 藤原新敷はと言えばその場でたたらを踏み、転倒を拒否。

 吹き飛ばされた零二が負けたようにも見えるが、それは違う。

「ふっ、」

 息を吐き出すように背中から焔を噴射。勢いを殺すと、そのまま着地。

 どちらも譲らない。


「ふん、以前よりはマシだな」


 藤原新敷の言う以前とは先日、九頭龍学園での対決。

 そこで零二は完膚なきまでに敗れた。

 生きているとは夢にも思わなかった相手との再会に零二の心は大きく乱れ、そしてその乱れは零二の力を半減、力負けしたのだ。


「へっ、今までの借りをまとめて返してやるよ」


 そう、あの日零二は確かに禿頭の大男を倒した。それは事実だ。

 だがその勝利は零二、つまりはNo.02のイレギュラーの暴走によるモノであり、実力で勝ったとは言えない。


「ふん、貴様は俺には勝てん。もうマグレは起こらん」


 そう、零二は一度とて目の前の相手に勝った事はない。

 だからといってイレギュラー、に大きな差があるのではない。それは互いの戦闘経験の差。

 圧倒的なイレギュラーに依存する傾向にあった少年と、実戦の中で磨かれた技術に基づいた戦闘のプロ。それが近接戦闘ともなればその差は如実に表れる。


「どうやらこの二年間前よりも動けるようにはなったらしいが──」


 冷静に右手で零二の拳をさばきながら、身体を半身分前へ。そしてそのまま自身の左拳を添えるように前へ。拳の握りは軽く。それは古武術のいわゆる交差法カウンターの技術。一見すると大したダメージはなさそうだがそれで威力は充分。零二は前へ、拳へ突っ込む形となり、その上……。

 メリ、という感触は鳩尾へ拳が吸い込まれた証左。

 藤原新敷のイレギュラーは瞬間的に筋力を引き上げるというモノ。一瞬でも筋力は飛躍的に増大、そしてその増大した筋力からのあらゆる攻撃の威力も飛躍的に増大する。

「く、う」

 拳を受けた零二は身体を九の字に歪ませ──そこから頭を跳ね上げる。

「!!」

 追い打ちすべく腰を落とし、右の拳を振り上げようとしていた藤原新敷は相手の反撃を察知。とっさに後ろへ飛び退き事なきを得たかと思えた。

「しゃあっっ」

 だが零二は追撃をかける。摺り足で前へ踏み出しながら身体を傾け左右二本の拳を前へ突き出して相手へと放つ。

 そう、零二もまた手段は違えど瞬間的に身体能力を飛躍的に増大させる。

 奇しくも両者の戦闘スタイルは似ていた。

「ち、」

 ドシン、とした鈍器のような衝撃を受け、ズズ、と禿頭の大男の身体は後ろへ下がらされる。

 だがダメージはほぼない。逆に零二の拳は赤く腫れている。


「ああ、二年間とは違うぜ藤原新敷。オレはここでアンタをブッ飛ばす」

「────」


 鋭い眼光はサングラス越しからでも零二へ伝わる。

 二年前まではあの視線だけで身体が震えた。

 だが今は違う。

 恐れがない訳ではない。未だ相手に勝てるかは不明瞭。

 だが、違う。


(ああ、そうだ。オレは決着を付けに来た)


 零二は眼光を鋭く細めると全身から焔を揺らめかせた。



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