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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
345/613

藤原新敷──その2

 

 左目がうずく。

 その理由は単純明快。それを為した相手がすぐ近くにいるからに他ならない。


「殺してやる」


 そう口にするのはもう何度目なのか、数えるのも馬鹿馬鹿しいと禿頭の大男は自嘲する。

 そう藤原新敷、にとって武藤零二とは決して許す事の叶わない傷を負わせた仇敵であった。


(二年前)


「ぐ、うあああああああああああ」


 周囲にいた医者達はあまりの声量に身を震わせる。

 その声は悲鳴、というより怒号だった。

 いや、怒号なんて言葉すら生温い。


「こぞう、こぞうこぞおおおおおおおおおっっっ」


 禿頭の大男が身をよじるのは自身の身を襲う”痛み”の為。

 その痛みはこれまで感じた事のないモノであった。

 藤原新敷は大抵の痛みには表情一つ変えない。

 何故なら、この痛みを自覚する事とは自分の弱さを認める事であったから。

 そう、に屈するのだけは許せなかった。



 ◆



 それはマイノリティとして目覚める前からの事。

 まだ普通の人間として腕っぷしだけを頼みとして裏社会にいた頃。


 藤原新敷はある仕事・・で窮地に陥った。

 受けた仕事は最初は何てことのない盗み、のはずだった。


 埠頭にある倉庫の奥に保管されている品物をコンテナから盗み出す、彼にとっては難しい仕事ではなかった。

 だがいざ倉庫に、そこにあったコンテナを開けば中身は空。

 そして同時に倉庫は取り囲まれ、藤原新敷は取り押さえられた。

 そう、その仕事は罠だった。


 黒幕は以前彼が仕事を請け負った密売組織の幹部。


 幹部は駆け出しの犯罪者が気に食わなかった。

 理由は以前請け負った仕事を成功させたから。

 本来なら失敗させるはずの仕事を藤原新敷が成功させた事だった。


 捕らえられた藤原新敷は数日に渡り暴行を受けた。


 殴り蹴り上げられ、水に沈められ、首を絞められた。

 そうして最後には全身に燃料をかけられた末に火をかけられた。

 絶叫しながら藤原新敷は死の恐怖に怯え、そして海へ飛び込んだ。


 幹部としてはこれで自分の思惑通りにいかなかった事に対する苛立ちを解消したつもりであった。

 火だるまになって海に落ちる若造の姿に笑みを浮かべた。


 ただ、その事は幹部にとっての不幸の始まりでもあった。


 藤原新敷は全身大火傷を負いながらも生き延びた。

 普通であれば確実に死んでいたはずの状況から生還出来たのは、無意識ながらも彼がマイノリティであったからなのかも知れない。

 全身の火傷の為に藤原新敷は皮膚移植をし、そして同時に整形を施した。

 全ては単なる盗人であった自分、こうなる事を予測出来なかった自分を捨てる為。


 それは腕っぷしと度胸だけで生きてきた今までの自分からの脱却だった。


 髪を剃り上げ禿頭になった男は、肉体を鍛えた。鍛えれば鍛えるだけ強くなれる気がした。

 それは本能的に自分のイレギュラーがどういった属性のものなのかを理解していたからかも知れない。

 そして数ヶ月が経過。

 そこにいたのは強靭な肉体を持つ大男の姿。


 幹部を含めたあの時の実行者全員を始末し、彼は生まれ変わった。


 これまでも暴力的な傾向は持っていたが、それを機に残虐性をも身に付けた彼にはいつの頃からか異名が付いた。

 ”剛腕”それが藤原新敷の二つ名。

 圧倒的な暴虐を見せつけ、敵対者のみならずその家族までを手にかける。

 それをただの一人、その腕だけで為す事への恐怖からそう呼ばれるようになった。



 ◆



「ぐ、うううううう。お、れの、目がっ、くあああああああああああ」


 初めて感じる痛みだった。

 肉を削がれ、そこを焼かれた経験ならある。気分こそ悪くなったが、意識を保てば耐えられる痛みだった。

 だが違う。


 薬で火傷を負った経験もある。強酸性の薬品をぶちまけられ、皮膚が溶けた痛みは表情を多少歪ませたが、それで耐えられた。

 だがそれもまた違う。


「よくも、よくもよくもおおおおおおお」


 怒りのままに拳を振り回し、それが医師の一人に直撃。

 哀れなその医師はあるべき場所から頭部を失って倒れた。

 その後、意識を失うまで地獄のような時間は続いた。





 そう、あんな痛みは初めてだった。


 例えるならば内臓を熱したナイフで刺され、素早く引き抜かれる。

 その後、徐々にナイフから伝わった熱が時間をかけて身体中を内側から灼く、といった所だろうか。消そうにも内側だけが燃える状況では打つ手はない。


 あの日、藤原新敷は身を灼かれた。


 全身を灼かれたのは人生で二度目の経験だが、一度目よりも二度目の方が強烈だった。

 一カ月。それが藤原新敷が意識を失っていた時間。

 そして目を覚ませば全ては一変していた。


 あの日、実験体に灼かれ緊急搬送された直後、白い箱庭は壊滅した。


 実行したのはたった一人の、炎遣いの少年。


 あの施設には軍隊以上の戦力があり、並のマイノリティでは手も足も出なかったはずだが、その少年の前では、焔を解き放った彼の前では無駄だった。


 生き延びたその少年は保護を受け、九頭龍にいると聞かされ激高した。


 そう、それは藤原一族、つまりはその長老である藤原曹元が立ち入りを許可したという事。


(出来損ないのガキなんぞが……許せん)


 自身があの怪人物に面会するまでどれだけの時間がかかったかを思い出し怒りが溢れる。


 身体が動くようになったのはさらに半年後。


 左目の傷だけはそのままにした。

 リカバーで治すのも可能だったが、それはやめた。

 この傷は、失った目は戒め。


(いずれ必ずあの出来損ないを殺す機会は来る。その時まで怒りを忘れない為にこれは治さん)


 そして動けるようになった藤原新敷はすぐにあるモノを求めた。


 それは自分を越える為に必要なモノ。


 そしてそれを得たのは京都、収集家コレクターと呼ばれるある魔術師の助力によるモノ。


 ──それは人ならざる力だ。得るには相応の覚悟が必要だろう。


 そんなのは分かり切った事。

 最初から覚悟もなしに探したりはしない。迷う事なく藤原新敷はそれを受け入れた。


「ふん、あの小僧を殺せるなら何でも構わん」




 得た力は絶大。その力はまさしく求めたモノそのもの。


 全てはこの時の為。


「──茶番は終わりだ、小僧」


 男は一人呟く。

 眼下にいる武藤零二を殺す、それだけの為に。



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