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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
344/613

美影の帰還

 

 声が聞こえた。


 何アタシを呼び捨てにしてるワケ?


 ああ、何よコイツ。

 それに勝手にアタシに触れてる。誰がそんなコトを許したのさ。

 感じる。これは何だろう?

 ぽかぽかとした温かさ。まるで春のお日さまのような穏やかで、心地良い温かさ。


 何だろう、この感覚。

 ああ、そっか。

 子供の頃に感じたママとパパの温かさだ。




 ママにもパパにもアタシは何も文句はない。

 二人は自分達の信じるコトの為にWGに協力した。

 二人はまだWGが単なる地域ごとの小さな防人とか異能者の集いから脱却すべく動き出した頃からの所謂スポンサーだ。

 もっとも二人は共に一般人。

 ママがある自治体の有力者の娘でパパは大学病院の教授。

 ある事件を機にこの世界の裏側の存在を知った二人は生まれたばかりのアタシが安心して生きていける世界を守りたい、っていう一心でWGを創設すべく活動していた後の日本支部支部長にして”議員”となる菅原支部長に出会った。


 菅原支部長は二人に出会った事でこの国の政治中枢にコネを構築するコトが出来たそう。


 だから、だった。

 アタシが狙われたのは。

 まだ子供だったアタシはWDのとあるファランクスによって誘拐された。

 彼らの目的はママとパパへの脅迫。そして菅原さんについての情報提供。


 結果としてそのファランクスはすぐに壊滅したけど、アタシは別の場所にいて、そこから研究施設送りとなった。


 後のコトはもうどうだっていい。

 考えるだけでイヤな気分になるから。


 そう、イヤなコトばかりだった。


 ずっとずっとイヤなコトばかりしてきた。


 ワケも分からないままにいつの間にか人殺しをさせられた。


 ただ死にたくない、その一心で。


 でもアタシはまだ幸運だったんだ、と思う。


 青い炎を揺らめかせたあの人。

 彼がいなければアタシはどうなっていただろう。

 きっと今より歪んでいたんだと思う。


 ペルソナ、アタシの代わりに戦ってくれた。

 押し付けてゴメン。もっと言ってるコトをキチンと聞けばよかったよ。


 レベッカ、アタシの師匠。

 彼女には自分を律するコトを教えられたな。

 色々と反発ばかりしたけど今なら良く分かるよ。


 そうだ。


 アタシの周りには色んな人がいたんだ、って。


 気が付かなかっただけでホントはずっと色んな人に助けられてきたのかもしれない。


 声が聞こえる。


 ああ、ホント。


「本当にウルサいんだから──」


 何をすればいいのかは、自然と分かる。

 ここは自分の世界、奥底。

 ただ意識を集中させ、表に、出るコトだけを考える。


『それでいいのです美影』


 ペルソナの声が聞こえる。消えてしまった、そう思ってたけど彼女はアタシが気が付かなかっただけでずっと傍にいてくれた。


 ”ありがとう”


 これは彼女へ贈る言葉。

 短いけど、本心からの言葉だ。


『あなたはもう大丈夫です』


 ”そうだね。アタシは一人なんかじゃない。仲間がいて、それで面倒くさい相手がいて……何にしても一人なんかじゃないんだ”


『ええ、だから自分に素直になってください美影』


 段々と声が遠退いていく。

 意識が切り替わっていく。

 世界が輝いていく。

 そして──。



 ◆



「あ、あ、ががががが────」


 コントローラーの声からは力、というモノが聞き取れない。

 全身を小刻みに震わせる様はまるで何かの薬物による禁断症状にも見える。

 だが単なる薬物依存症患者とは違うのは、彼女の身体から炎や氷が発せられる事。

 そしてその矛先は自然とすぐ傍にいる少年へ向かっていく。

「────」

 そんな状況にあっても零二はその場を動かない。

 ドスドス、と小さな氷の欠片はナイフのように刺さっていく。小さな火の粉程度でも無数に受ければ手足に火もつく。

 普通であればまず間違いなく一旦離れるであろう状況下。しかし零二はただその左右の手にのみ意識を集中させる。

 少しでも気を散らせば焔の調整が上手くいかない。

 そもそもこんな使い方は生まれて初めてだった。


(オレの焔に燃やす以外の使い方があるなンてな。いいぜ、やってやる)


 呼吸を整え、美影を温める。やってるのはただそれだけの事。

 だがそれでいいのだと思える。


(オレにはお前の抱える全部をどうのこうのは出来ねェ。だからソイツをどうするかを決めるのはあくまでもお前だ。オレに出来ンのはただ、ココにいるだけ。

 この手からお前に焔を通じて教えてやる。オレはココにいる。ケリを付けたいのなら、早くこっちに来いってな)


 そう心の中で呟き、零二は目を閉じて意識をさらに手に傾けていく。


 そうしてどの位の時間が経過しただろうか。


 それは数分にも数時間にも数日にも、実の所ほんの数秒足らずだったのかも知れない。


「ぐ、ぐ、ぐああっっっぎゃあああああああああああああああ」


 とてつもない悲鳴の声があがる。

 それはコントローラー、或いは美影、どちらかの断末魔の叫び。



 ◆



 アタシの目の前に誰かがいるのが分かる。


 その姿を見間違えるハズがない。

 だってそこにいるのはアタシ自身なのだから。


『はやくはやく消えてください』


「消えるのはソッチの方よ」


 互いに互いの存在は邪魔でしかない。

 なら、やるべきコトは決まってる。


 アタシも向こうも同時に火球を発する。

 大きさ、威力共に同質同様。

 ぶつかった結果は言うまでもなく相殺。


『さっさっさと諦めて消えろ消えろ』


「冗談、諦めて消えるのはアンタよ!」


 奇妙な感覚。その姿、声まで自分と瓜二つの偽者とアタシはぶつかり合う。


 お互いに、……ううん違うわね。

 仕掛けるのはアタシからで、向こうがそれに応じる感じ、か。


 確信はないけど相手はこちらよりも反応速度が遅れるのかも知れない。

 なら、ッッッ。




 こんなこんなはずではない。私はこの器を完全に掌握したはずですです。

 なのになのにどうしてこんな事態に?

 理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能。

 なぜなぜ奥底に押しやったモノがこうもしつこく食い下がるのか?


 炎が放たれる。こちらからも同様に炎を。


 それにそれにこちらの動作速度が器よりもコンマ二秒程遅い。本来であれば脳神経を支配している私の方が勝るはずだというのに。

 理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能ですです。


 ですがですがまだ手はあります。

 向こう側を消耗させればいいのです。精神的に疲弊させ、限界を超えさせればいいのです。

 そもそもそもそも私の存在意義とはマイノリティを極限まで使い潰す事。

 フリークと化したモノを私がコントロールし、有効活用する事ですです。


 持久戦というのであればプログラムである私の方があなたよりも断然断然有利。


 さぁ、いつまで足掻けるのか────なに?




 やっぱりそう。

 相手の動きはアタシよりも少し遅い。こっちが飛び出すのを見てから動き出すのが分かる。

 それから相手あっちは知らない。

 アタシには向こうが知らない”スイッチ”があるコトを。


 意識を集中させて成立する感覚。

 これを使うと周りの動きが遅く、まるでコマ送りになったかのように思える。


 実際のとこあくまでも感覚が鋭敏になっている、っていうのが正しい表現なのかも知れない。


 相手の表情が見える。

 何を言ってるのかはまだ聞こえない。

 だけど分かる。

 相手には感情、っていうモノが削げ落ちてるんだ、って。


 戦闘補助プログラム、文字通りに戦闘のサポートを行う仮想人格。だから普通に考えれば感情なんか必要ない。向こうの形こそ理想的なんだろう。

 でもね、アタシにはそれがどうにも虚しく思える。

 ただ何の感情もなく淡々と戦うだけの存在。仮面の存在ってのが。


 思えばアンタは変なヤツだったな。

 戦闘補助プログラムなのに妙にお節介で、心配性で、いつもいつも──。

 多分、アンタの存在は一種のバグみたいなモノだったんだと思う。欠陥品だったのかも知れないね。だけどそれが何?

 アタシはアンタに会えて良かったよペルソナ。


「うあああああああああああああ」


 間合いを潰して相手へと肉迫。速度は炎を噴出させ加速。

 ああ、ったく。何よコレ?

 これじゃまるで────アイツじゃん。


 拳に炎を集中させて、────叩き込む。


『バカバカバカバカな……理解不能理解不能理解不能りかいふのう、……』


 拳は相手の身体を突き破って、燃やしていく。

 より正確には相手の存在を消し去っていく。


「ええ、アンタには分かんないでしょうね」

『りかいふのう、りかい、ふうのう、り、か』


 さぞ不可解だろう。だってアンタを倒したのはアタシ一人じゃない。

 アタシの中でずっと一緒だったペルソナ。

 彼女が教えてくれた、思い出させてくれた色んな記憶。

 それから、…………認めるのは癪だけどバカみたいにコッチに話しかけてきたアイツ。


「…………い、ふノウ」


 ボロボロ、と崩れ去っていく相手。


「アンタよりもペルソナの方がよっぽど完成されてたよ」


 そんな言葉が自然と口をついた。



 ◆



「へっ、ようやくお目覚めかよお姫様?」

「…………ウザい」


 辛辣極まる言葉と共に美影は戻ってきた。



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