交錯
「ふん、小僧が」
零二と美影の対峙を藤原新敷は眉尻を上げながら眺める。
その表情こそ仏頂面ではあったが、気分は上々。
この日が来るのをこの二年、禿頭の大男は待ち望んでいたのだ。
「そうだ。殺し合え、その小娘を殺して、半端な覚悟などドブにでも捨ててしまえ」
そう、それが藤原新敷の思惑。どの道殺すには変わりない。だがその過程として零二を二年前と同じような状況へと追いやる。
ギリギリまで肉体を痛めつけ、精神をすり減らせて壊す。
そうやって限界まで追い込んだ末で、願わくばこの手で直に相手を潰す。その為のお膳立てとしてこの場所へ誘ったのだから。
「だがその中途半端な甘っちょろさを捨てられぬなら、その小娘にすら貴様は勝てぬぞ。
もっとも、それはそれとして──」
一興かも知れないがな、と呟きながらワインをグラスに注ぐ。
なみなみと注がれた赤色のワインはまるで、鮮血のような鮮やかさだった。
◆
二人の対決は激しい幕開けとなった。
美影は圧倒的な手数で先手先手を打ち続け、対して零二が迎え撃つという構図。
前回と大きく異なるのは零二もまた、動いている点。
昨日のように一方的に攻撃を受け続けたりはせず、攻撃こそ叶わないものの、積極的に打って出ようと試みる。
「だりゃっ」
「──」
零二の輝く双手──シャインダブルはまさしく名刀のような切れ味を見せる。
続々と迫っていく火球を切り裂き、そしてそれによって生じる炎をすら消し去っていく。
左右、二刀流を振るうかのように零二は少しずつ間合いを詰めようと試みれば、美影は更に火球を放ち、牽制。その隙に一歩、二歩と間合いを外していく。
零二にせよ、美影にせよ分かっていた。これは如何に間合いを保つか、の戦いだと。
爆発的な身体能力に一撃必殺とも云える焔を宿らせた近接戦闘に特化した零二に対して、その持ち合わせた常人離れした容量を活用しての手数を用いての中長距離戦闘。
零二が消耗の激しさから短期決戦を望むのに対して、美影の方は持久戦をこそ望む。
相反する二人の対決は如何にして自分の土俵へ相手を巻き込めるのか、にかかっている。
「どうしたどうした? ンなモンかよドラミちゃん?」
おどけるような口調で火球を裏拳で弾き飛ばしつつ零二は美影へ言葉を投げかける。
零二はとにかく相手へ肉迫する必要がある。一応飛び道具となる”クリメイションサードバレット”という攻撃手段は持ってはいるがあくまでも単発。中長距離戦闘を得手とする、ましてや手数で圧倒して来る相手にはあまり効果は望めない。
「────武藤零二、っっっ」
一方の美影、というよりは今や彼女を乗っ取った格好となった戦闘補助プログラムは時折口をつく器からの感情の発露など関係なし、とばかりにあくまで事務的に淡々と対処を実行する。正確にはこの乗っ取った補助プログラムこそが道園獲耐が己が右腕としていたコントローラーの正体。コントローラーとは文字通りの意味でマイノリティを操縦する為のプログラム。これまではコントローラーを移すだけの価値のある実験対象がいなかったので道園獲耐の手伝いをしていたが今は違う。
かねてより道園獲耐、が自分の研究成果の集大成として狙っていた怒羅美影、かつては白い箱庭で短期間だったとは言えNo.13というある意味で意味深なナンバーを得た少女。
長年に渡って戦闘補助プログラム開発の為の被験者として、またその器として様々な実験を行った存在。
「しゃああっ」
零二の突進をバックステップで躱しつつ、美影は左手を円を描くように動かす。するとそれに呼応するかのように無数の火球がその場に発生。そのまま前へと押し出すように放つ。
「や、べっ」
前のめりになっていた零二には躱すだけの余裕がない。ほぼゼロ距離で直撃していく。
ババババ、と炎が巻き上がる。
「──!」
だが零二は泊まらない。
上半身を炎に包まれようとも全くお構いなしに突っ込む。その拳を白く輝かせながら、目前の相手へ向かう。対して美影、もといコントローラーは普通であれば焦りを見せる展開であってもあくまでも客観的。零二の突進速度を把握した上で一歩、小さく後ろへ飛び退きつつ指を鳴らして小さな火球を発生。一見何の脅威にもならないその小さな火の塊が零二に接触した瞬間パアッと激しく白く輝きながら弾ける。
「う、く」
思わぬ目潰しに零二の勢いが削がれ、そこをコントローラーは見逃さない。一転して前へ飛び込むと共に零二の顎先を掌底で一撃。脳を揺らされ、零二の膝が崩れる。追撃とばかりにコントローラーは足を払って倒すとそこへ無数の火球を叩き込む。
巻き起こる爆発と炎上。
並のマイノリティなら確実に死ぬであろう猛撃。それを幾度も幾度も繰り返す。
だが零二は終わらない。
「──、む」
美影の手首が掴まれる。炎の中から手が伸びていた。
「捕まえたぜ──」
という声と共にグイッと引っ張られる。美影の華奢な身体では零二の腕力には抗せない。
横倒しになる格好で引き倒され、背中を打ちつける。素早く身体を起こした零二はそのまま馬乗りになって拳を叩き付けるか、と思いきや何を思ったか後ろへと飛び退く。
「やめだ。オレはお前を殺すつもりじゃねェンだ。だからよとっとと起きろよな」
「……おやおや随分とお優しいのですねクリムゾンゼロ?」
「ン、……アンタ誰だ?」
零二の目が細められる。
声こそ美影ではあったが、その声音から感じる音には一切の感情の起伏、というモノが聞き取れない。
訝しむ零二を尻目にコントローラーはふふ、と微笑んでみせる。
「ああああ、分からないのですね。私はコントローラー、というモノです」
「コントローラー? あの色々とオレにちょっかいをかけてきた誰かさンだったよな」
「ハイハイ左様ですです。私、ドクター道園によって作られたプログラムなのです」
「で、そのプログラムさん。お前何してるワケ?」
「これはこれは妙な事を訊ねますねクリムゾンゼロ。私は彼女のような存在をコントロールするのが本来の役割。それを忠実にこなしているだけですです」
「──!」
背中にヒヤリとした寒さを感じ取った零二はとっさに全身を焔で包み込む。
それと同時に背中に無数の氷柱が襲いかかり、そして氷解していく。
氷柱が溶けていき滴る水滴は地面に落ちる前に気化。まるで何もなかったかのように消えていく。
「ったく、そういや両方使えるンだったな。油断も何もあったもンじゃねェな」
「いやいや私からすればあの不意打ちを顔色一つ変えず無傷で切り抜けるあなたの方が油断出来かねますます」
淡々とした物言いながらも、コントローラーは演算を続ける。
零二のポテンシャルを余す事なく調べ上げる。これは道園獲耐自身が持ち合わせていた趣味の部分がプログラムに反映されている。
本来であればもっといかようにも上手いやりようはあるはずなのだが、コントローラーは目の前にいる武藤零二、というこの白い箱庭に於ける最重要機密についてのデータ収集を優先させている。確かに激しい衝突でこそあったが、もっと血みどろの戦いになってもおかしくないはずの対決にまで至らないのは零二が美影に対して殺す気が乏しい、という点と合わせて一種の膠着状態になっているもう一つの理由。
「まぁ、何にせよオレはここで死ぬつもりはないぜ」
「ではでは怒羅美影を殺害するのですかね?」
「いンや。さらさらねェな」
「ではでは──」
期待するような表情を浮かべるコントローラー。戦闘補助プログラム人格にとっては一番大事なのはあくまでもデータ収集。もっともっと零二を追い込みつつ、その性能を知りたい。
それに対して零二はすう、と息を吐くと、
「おいドラミ! さっさと出て来やがれ。オレに言いたいコトがあるなら面と向かって自分でやれっっ」
と怒鳴りつける。
零二が相手にしているのは目の前にいるコントローラーなどではなく、あくまでも美影であった。




