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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
337/613

憧れ

 

 白い箱庭での日々は私の知っていたこれまでの世界の全てを根底から覆した。


 この世界には人ならざる力を持つモノがいる。

 それらは個々によりその性質も姿も異なり、全く同じ能力を持つ者はまずいない。

 そしてその超人の事を今ではこう呼ぶのだそう。


 ”少数派マイノリティ”と。


 そしてその少数派の一人として私もいるのだと知る。


 その最初は自分がもう違うモノなのだと理解する、いや理解させられる事からだった。

 マイノリティがその他大勢の人間と大きく異なるのはその生命力。つまりは回復能力。それを自覚する為に私はあらゆる拷問を受けた。


 目隠しされどこかに縛り付けられた私はただひたすらに暴力を受けた。

 殴られ、蹴られたり、何か鋭利な刃物で切られ、刺されるのには慣れていたから耐えられたが、それ以外の焼かれたり、水に沈められたり、そして何かの薬品をぶちまけられるのには耐えられなかった。

 か

 叫ぼうにも猿ぐつわをされた私はまともに叫ぶ事も叶わず、ただ全身ありとあらゆる場所から液体を垂れ流した。


 そうした拷問を受け続け何日か経った頃だった。


 私は”彼”と対面した。


 自分よりも年下であろうその少年と私は戦わされた。


 私は生きる為ならどんな手段だって平然と講じてみせる。

 何故なら、そうやって生き抜いてきたのだから。

 だから何を使ってもいい、という研究者達の言葉通りに銃を手にし、マチェーテを振るい、挙げ句には手榴弾まで用いたが何の意味もなかった。

 あっさりと蹴散らされ、それで終わり。相手は私の事などまるで興味もないのか、とどめを刺す事もなくその場から立ち去っていく。


 彼は私が初めて目にしたマイノリティ。

 まるで焔の化身のようなその少年は私の目には神々しさすら感じられた。


 結果的に少年との戦いは私がマイノリティとして目覚めるキッカケとなった。


 結果的に死に瀕したその状況は私の中に眠っていた素養を引き出し、それで処分を免れ生き延びる事が出来た。


 ただ、私のイレギュラーは皮肉極まるモノだった。

 私が使う独自の能力とは”地雷”。正確には浮遊機雷のようなモノ。

 私をこの地獄へと追いやったモノと同様の力。

 これもまた何か因果とでも言うのか。


 自分の意識したある場所を任意で急炎上させる。どうやら水素を集約させ、それを点火させているようだと私の担当となった研究者が説明をしていた。

 なので私のイレギュラーの本質は水素の集約とそれからそれを点火させるだけの僅かなマッチ程度の炎を操る、それだけのモノだ。特定空間での敵の足止め及びに殲滅。まさしく以前と同じ役回りの力だった。


 あの白い箱庭、という場所では明確な区別が付けられていた。


 実験対象である我々には基本的に研究者に刃向かう権利はない。

 彼らの大部分は我々とは違い、一般人だ。本来であれば我々に叶う道理はない。

 だが、彼らとて馬鹿ではない。我々の反抗に対する備え幾重にも施していた。


 目の前で頭が弾け飛ぶ。


 脳漿が吹き出し、もうそこにあるのは命を失った単なる肉の人形。


 それはデモンストレーションだった。


 自分達に刃向かえばどういう末路を辿るのかを示す為の示威行為。


 それを目の当たりにし、私はもうここから生きて出る望みはないのだと悟った。


 それから先、私は従順に彼らの求めるモノを提示し続けた。

 望まれるままに他者を弑いもした。望まれるままに己を手術室で切り開かせもした。


 私は死にたくなかった。出るのが無理なのだとしても死にたくなかった。


 だから何でもした。他者から見れば私の姿は軽蔑されているかもしれないが関係ない。死ねばそこで終わりだ。昔、少し前の自分がそうやっていた事を方法を変えてやるだけの事だ。

 心など痛みはしない。今更痛むだけの良心など持ち合わせてなどいない。


 そうしてしばらくしてからだ、私があの少年と再会したのは。




 彼は他の実験対象とは明確に違っていた。

 着ている服は共通だし、やっている事とてそう違いはない。

 だが、違う。何かが決定的に私達とは異なるように思える。


 その答えを知ったのはそれから程なくしての事だった。


「あ、あああ」


 目にした光景は私の心に跡を残した。

 ただ圧倒的だった。彼の前では全てが小さく見えた。


 それはいつもの殺し合いとは違っていた。

 通常の実験では一対一が基本。何故ならデータ収集にはそれが一番管理しやすいからだ。


 だが彼は一人で二十人ものマイノリティを相手にした。

 しかも見た所、相手は実戦慣れした兵士らしい。明らかに不利な状況にしか見えない。

 なのに彼は表情一つ変える事すらなく、淡々とした面持ちで全てを灼き尽くした。


「美しい、彼は、彼こそ神に愛されたモノだ」


 その時から年少の少年は私にとって明確に崇拝の対象となる。

 私は彼について調べ、そして彼がこの施設で最高機密扱いの存在だと知った。だから私も同じ場所に入るべくがむしゃらに結果を残した。


 そして私は彼と同じく機密扱いの実験体となった。

 そこにいたのは異常な連中だらけ。まさに怪物の住まう場所。

 機密扱いの理由は様々で、私の場合のようにその精神構造の研究、という理由もあれば、単純に能力の研究、それからとてもじゃないが表には出来ない類の能力を研究する為といった場合もあった。


 彼はそんな怪物しかいない場所ですら”別格”だった。


 彼の普段いる階層には特定の研究者に関係者しか入れない。

 そこで何が行われているのかは分からない。全てが最高機密扱いの触れられざる存在、それが彼だった。


 だから私はあの男に近付いた。

 藤原新敷、その男の名前だ。男は彼の実験に対する責任者の一人。他の研究者よりも上の権限を持つ者の一人。

 あの男は典型的な暴力の信奉者だ。ああいった輩には昔から馴染みがある。どうすれば取り入る事が出来るかも知っている。

 あの男は自分の手駒・・を欲していた。だからそれに私が応じた。すると少しばかりの実戦形式のテストをしただけで私はあっさりとここの実戦対象ではなくなった。拍子抜けする位に簡単にだ。

 私の目的はあくまであの少年にまみえる事。その為にあんな屑のような男に従う事にしたのだ。

 そしてあの男に仕えればそれも遠くない内に叶う、はずだった。

 だが望みは叶わなかった。

 それから間もなくだ。白い箱庭、という場所が壊滅したのは。


 そしてそれを行ったのが、誰あろうあの少年だという。

 実験No.02。それが私にとって────。



 ◆◆◆



「あ、が────」


 吐息が漏れる。小さな石礫のような弾丸。それが身体を貫いた。

 実際に貫通したわけではない。

 焔が身体を灼いて、小さな穴を穿つとそのまま突っ切っていった、といった方が正しい表現だろう。


 小さな小さなその穴は傍目からはそんなモノがあるなど分からない程のモノ。血の一滴も流れておらずとても攻撃されたとは思えない。

 だがアトロシティは理解していた。

 これで終わりだ、と。


「悪いな。オレには時間がねェンだ。アンタは強かった、だから手加減は出来ない」


 零二の声が遠くに聞こえる。黒人青年は意識が薄れていくのを実感。


「フ、クク。満足だ────やはり君は…………」


 抑えていた感情が溢れ出す。

 今、まさしくアトロシティは満面の笑みを浮かべていた。

 彼にとってこの時間こそ至福の時だった。

 互いに対峙して、命の駆け引きをする事こそが彼にとって唯一の望み。


(結果的には負けたが、まぁいいさ。これもまたこれまでの…………)


 全身の細胞が加熱していくのが分かる。そう、あの焔の弾丸は一瞬で全身を沸騰させた。

 ボ、ボオと小さな火の手が全身から起きる。

「やはり君は強いな…………昔と同じくね」

「────ワリィな。覚えがねェンだ」


 零二は複雑な気分だった。確信していた、目の前の相手は何かを知ってると。自分が知らない何か大事な事を目の前の相手は知っている。


「いや、いい。これで……君は私を刻ん……だろ?」

「…………ああ。忘れねェ」

「な、ら────いい、さ」


 アトロシティの全身が一気に燃え上がっていく。苦痛は感じない。むしろ心地よさすら抱きながら、数秒の時を経てそこに残されたのは…………大量の灰のみ。


「…………」


 零二はその様を少しの時間眺めた後に、歩を進める。

 目指す場所はすぐそこ。

 二年前、自分が自分でなくなったあの時以来の自分の住処。



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